(2026.4.18 Vatican News)
カメルーン訪問中の教皇レオ14世は18日朝、ヤウンデ・ヴィレ空港でミサを捧げられ、説教で「人生の激動や試練を乗り越える助けとなるキリストの平和が常に人々と共にあること」を強調され、皆がそれに固く立ち続けるよう励まされた。
このミサは、教皇の4日間の同国訪問を締めくくるもので、参加した約20万人の信者たちの多くは前夜から野宿して待っており、会場周辺にはさらに数十万人が集まってミサの様子を見守った。
教皇は、この間にカメルーンの人々から受けた歓迎と、共に体験した喜びと信仰のひとときに対し、深く感謝された。そして、フランス語で行われた説教の中で、イエスの弟子たちが、恐怖と疑念を抱きながらガリラヤ湖を渡る際、激しい風をどう乗り越えたかを記した福音書の箇所について考察された。
教皇は「私たち自身の生活で、そうしなければならないのと同じように、教会は、時代を超えて、多くの嵐を乗り越えてきました… 人生の試練の中で、私たちは逆境の力に打ちのめされたように感じることがありますが、私たちは『常にイエスが私たちと共にいて、いかなる悪の力よりも強いこと』、そして『イエスはガリラヤ湖で弟子たちを見捨てなかったのと同じように、私たちを見捨てないこと』を忘れてはなりません」と説かれた。
*勇気と信頼を持って前に進もう
そして、「イエスが決して私たちを見捨てないことを知ることで、私たちは何度転んでも立ち上がり、人生の嵐に足を止められることなく進むことができます… 私たちは常に勇気と信頼を持って前に進むのです」とされ、「信仰は、私たちを混乱や試練から免れさせてはくれませんが、イエスが私たちと共にいてくださることは確信できます。イエスはすぐに嵐を鎮めてはくれませんが、危険の只中に私たちのもとに来てくださいます。喜びや悲しみの中にあっても、弟子たちの時のように私たちと同じ舟に乗って、共にいるよう招いてくださるのです」と強調された。
*皆、同じ舟に乗っている
さらに教皇は「イエスが私たちと共におられるように、私たちもまた、恐れや苦しみに直面している人々のそばにいなければなりません… 彼らのそばに行き、抱きしめる必要があります。それは、人生の逆境に立ち向かうために、誰も一人きりにされてはならないからです。だからこそ、あらゆる共同体は相互扶助によって支え合う必要がある。特に、社会的、政治的、医療的、あるいは経済的な危機に直面した時、誰もが自分の能力と必要に応じて、助けを与え、助けを受けられるようにすべきです」と説かれた。
*「恐れるな」
教皇は、聖書に記されたイエスの「恐れるな」という勧告は、私たち一人ひとりに対して、また共同体として語られているものであり、「特に、貧困や正義に関わる問題や課題に、共通の責任感を持って共に立ち向かうための励ましを与えてくれるもの」とされた。
続けて教皇は、「信仰は、霊的なものと社会的なものを切り離すものではない。信仰はキリスト者に世界と関わり、他者、とりわけ最も弱い人々の必要に応える力を与えてくれるもの。個人の孤立した努力だけでは、共同体の救いには不十分です。必要なのは、福音の霊的・道徳的側面を地域の制度や構造の核心に統合し、それらを対立や私利私欲、あるいは実りのない争いの場ではなく、共通の善のための道具とするような、共同体の献身です」と言明された。
*聖霊に耳を傾け、困っている人々を助ける
また教皇は、最初の弟子たちが「信仰を分かち合い、共同体の中で生きる」という課題に直面し、立ちはだかる巨大な困難に圧倒されていた様子を振り返られ、「それでも彼らは集まり、問題を話し合い、そして祈りの中で一致して、いかにして福音を分かち合い、自分たちの間で苦しむ人々に心を配り、未亡人や孤児を助けるのが最善かを識別しました」と指摘。
「弟子たちは、聖霊の声に耳を傾け、苦しむ人々の叫びに心を配ることで、彼らは共同体内の分裂を回避しただけでなく、その成長に適した新たな手段を共同体に与え、危機の瞬間を、すべての人にとっての豊かさと発展の機会へと変えたのです」と述べられた。
*素晴らしい瞬間を心に留めて
説教の最後に、教皇はミサの参加者たちに、ミサの後、皆がそれぞれの日常生活に戻っていくこと、そして「神の恵みと一人ひとりの献身のおかげで、教会は最終目標に向かって歩み続けること」に注意を向けられ、「皆さんが、共に経験したこの素晴らしい瞬間を生き生きと心に留め、大切にするように、そして、人生の困難に直面するとき、イエスのために場所を空け、その御臨在によって毎日私たちを照らし、新しくしてくださるよう祈りましょう」と促された。
「カメルーンの教会は、生き生きとして若々しく、賜物と熱意に恵まれ、その多様性において活力に満ち、調和において素晴らしい。私たちの母である聖母マリアの助けにより、皆様の喜びに満ちた存在がこれからも花開きますように。そして、人生に常に付きまとう激しい風が、分かち合い、傾聴、祈り、そして共に成長したいという願いを通じて、神と兄弟姉妹への喜びに満ちた奉仕において、成長の機会となりますように」。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)