☩「避難を余儀なくされた子供たちの叫びは、神のもとへ届く」-教皇、9月27日「世界移民・難民の日」へメッセージ

File photo of Pope Leo during his stay in the Canary IslandsFile photo of Pope Leo during his stay in the Canary Islands  (ANSA)

(2026.8.14 Vatican News   Deborah Castellano Lubov) 

 教皇レオ14世が14日、9月27日の第112回「世界移民・難民の日」に向けたメッセージを発表された。

 今回のテーマはマタイ福音書からとられた「たとえこの子供たちのうちたった一人であっても」だ。

 教皇はメッセージで、このテーマについて、「移住や避難の経験に直接関わる未成年者たち、彼らに尽くすべき配慮、そして『私の名によって、このような子供の一人を迎え入れる者は、私を迎え入れる』(マルコ福音書9章37節)という主の約束に、私たちの注意を向けるもの」とされ、特に「今日、避難を余儀なくされた子供たちの叫びは、神のもとへ届いています」と強調された。

*最も脆弱な未成年者に苦しみ

 教皇は、世界的な移住の流れの中で未成年者が最も脆弱なグループであることに注意を向けられ、「移住する子供たちの苦しみは、移住先での生活が始まったからといって終わるわけではありません」と指摘。

 そして「両親や兄弟姉妹、友人を失い、言葉に尽くせないほどの暴力を目の当たりにしたごく幼い子供たち、長期間にわたり家族と引き離されている子供たち、そしてたとえ両親と一緒に旅をしていても、過酷でトラウマとなるような状況にさらされている未成年者たち」のことを思い起こされ、また、「本国送還によって親と引き離された人々の悲劇的な状況も忘れてはなりません」と語られた。

 教皇はまた、「移住しようとする過程で発生する多くの死、人身売買や搾取、武力紛争に利用されるための未成年者の徴用、性的暴力、強制結婚、そして移動中に彼らが被ったり目撃したりした残虐行為」について、強い悲しみを表された。

 

 

*踏みにじられる子供たちの尊厳、無関心でいてはならない

 

 さらに教皇は、「彼らの尊厳は、数え切れないほど多くの方法で踏みにじられています」とされ、それでも「これほど多くの闇の中にあっても、見て見ぬふりをせず、連帯を示す多くの個人、家族、市民団体、教会共同体」に感謝された。

 教皇は続けて、この悲劇的な現実を前に、「私たちの良心に深く問いかけるイエスの「私の名によって、このような子供の一人を迎え入れる者は、私を迎え入れる」という言葉に注意を向けられ、「これは数字や統計の問題ではありません… 福音書は、『計算をするな』と私たちに呼びかけています。たった一人だとしても、どの子供、どの人間にも、無限の尊厳があるのです」と強調。

 そして、「あらゆる移民の子供の前で、私たちは人間性と信仰の行為をするよう召されています。なぜなら、彼らを受け入れることで、主と出会うことができるからです」と説かれた。

 だが、悲しいことに、「移民の子供たちは、自分たちを守り支えてくれる大人がいないために、より簡単に無視されてしまう… をのような彼らが逃れることを余儀なくされる原因を取り除くために、出身国で介入すると同時に、通過国や目的地となる国々でも保護と受け入れを提供する必要があります」と関係国、すべての国々の責任者に訴えられた。た。

 さらに、「今日、避難を余儀なくされた子供たちの叫びは、出エジプト記で聞かれた叫びと同じように、神のもとへ届いています… 私たちは無関心でいることはできず、またそのような苦しみに慣れてしまうこともできません」とされ、「私たちの個人的な生活においても、目と心を開き、その子の物語や恐れ、夢に深く耳を傾け、人間を自分とは直接関係のない統計上の数字に還元してしまうような無関心を乗り越えなければなりません」と述べられた。

 そして、「私たちは、『移民』という立場を考える以前に、一人ひとりの子供の尊厳を認め、その基本的権利―生命の権利、教育を受ける権利、そして身体的、精神的、霊的、道徳的、社会的に完全に発達できる生活水準―を守らねばならない」と強く促された。

*教会は、「受け入れる」という抽象的な概念を『持続的な司牧の実践』へ変える必要

 また教皇は、「教会の活動において、私たちは、『受け入れる』という抽象的な概念を、『持続的な司牧の実践』へ変えるよう求められています… この任務を特定のカリスマを持つ機関や団体に単に委ねることはできません」とされた。

 そして、「日々の生活の中で、私たちが直面する具体的な顔々を前にして、キリスト教共同体全体は、これらの子供たちを自分の息子や娘とし、一人ひとりの具体的な物語に向き合うよう求められているのです。キリスト教共同体は、難民や移民の私たちの社会へ参加を促進し、彼らを教会家族の一員として尊重するよう奨励されるべきです」と強調された。

 さらに、「異なる宗教の枠組みの中でも、こうした子供たちの一人でも、若者の脆弱性には宗教的な境界がなく、共通の人道的・霊的な責任によって私たちが結ばれていることを思い起させてくれる… これが具体的な宗教間対話の肥沃な土壌となります。そこでは、信者たちがそれぞれの超越性への感覚を糧に、保護のネットワークを築くために協力するのです」と指摘。

 「信仰共同体は、すべての少年少女が、それぞれの文化的アイデンティティにおいて尊重され、価値を認められる場を創り出すよう求められており、それによって過激派グループによる過激化のリスクを防ぐようにするのです」とも述べられた。

*『単なる移民管理』から、『人権の完全かつ即時の保護』へ視点を移せ

 

 教皇は続けて、「市民社会の制度という文脈においても、こうした子供たちのうちたった一人であっても、私たちに『子どもの最善の利益』という原則を再確認するよう求めています… すべての子供や青少年の保護と尊厳を最優先しなければなりません」と公的・私的組織にに呼びかけられ、「これには、効果的な法的保護手段の導入、家族の再統合の促進、そして分離によって引き起こされるトラウマの予防が必要です」と述べられた。

 そして、「視点の早急な転換が必要です… 議論の焦点を、『単なる移民管理』から、『人権の完全かつ即時の保護』へと移さねばならない。そして、『保護、受け入れ、そして移住者に対する真の統合の機会を保証できる、協調的かつ支援的で効果的な対応』を採用しなければなりません」と強調された。

 メッセージの最後に教皇は、「移民や難民の子どもたちを、聖母マリアの母なる保護に委ねましょう。聖母マリアは、聖ヨセフと幼子イエスと共に、ヘロデの暴力の残酷さとエジプトへの亡命という悲劇を経験されました。聖母が彼らの歩みを導き、私たちの共同体が福音の生き生きとした、信頼できるしるしとなるよう助けてくださいますように」と祈られた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2026年8月15日