☩「資源を略奪し、戦争を繰り広げ、悪を助長する『盗人』に、平和と安らぎに満ちた未来を奪われてはならない」復活節第四主日の正午の祈りで

(2026.4.26 Vatican News   Deborah Castellano Lubov) 

 教皇レオ14世は復活節第四主日の26日の正午の祈りに先立つ説教で、信者たちに「主を信頼するように。私たちを迷わせ、喜びを破壊しようとする『泥棒』に欺かれてはなりません」と警告。「主は、私たちから何かを奪うために来られたのではありません。主は、命を増やし、それを豊かに私たちに与えてくださる『善き羊飼い』なのです」と強調された。

 

*イエスは「羊飼い」と「盗人」を明確に分けられる

 説教で教皇は、まず、この日のミサで読まれたヨハネ福音書の「羊飼いと盗人」の箇所を取り上げ、「イエスがご自身を『羊飼い』と『羊小屋の門』の両方にたとえ、『羊飼い』と『盗人』の対比を浮き彫りにされている」と指摘。

 「イエスは、この両者を明確に区別しています。『羊飼い』は羊との絆ゆえに門から入りますが、別の方法で柵をよじ登る者は、害をなそうとする『盗人』であることを自ら露呈するのです。盗人とは対照的に、キリストは、すべての人々が豊かな命を得られるように来られたです」と説かれた。

*羊飼いが羊を探すように、イエスは私たちを探し求めてくださる

 続けて教皇は、イエスが「友情」という絆によって、私たちと結ばれていることを強調され、「イエスは、私たちを知り、名前を呼んでくださり、導いてくださり、私たちが迷った時には探し出し、優しさをもって私たちを慈しんでくださいます… イエスは、私たちの命や自由を奪うために来られたのではなく、正しい道へと導くために来られたのです」と語られた。

 そして、「キリストは、私たちの良心を欺かれず、それを照らし出されます。イエスは。私たちの喜びを損なわず、より深く永続的な幸福へと開いてくださいます… ですから、御自身に身を委ねる者たちは何も恐れる必要がありません。イエスは、私たちから何かを奪うために来られたのではなく、満ち溢れる命を与えるために来られたからです」と繰り返された。

*「自分の心と生活に入り込むもの」に警戒を怠らないように

 

 教皇はまた、信者たちに対して、「自分の心と生活に入り込むもの」に対して注意を促され、「それらは、外見とは裏腹に、私たちの自由を抑圧したり、尊厳を尊重しなかったりする人々かもしれません。あるいは、他者や人生を穏やかに見つめることを妨げる信念や偏見かもしれません。あるいは、私たちを否定的な選択へと導く誤った考えかもしれません。あるいは、内面を空虚にし、常に自分を超えた生き方を強いる、表面的で消費主義的なライフスタイルかもしれません」と注意を呼びかけられた。

 さらに、「次のような『盗人』たちを忘れてはなりません。それは、地球の資源を略奪し、血なまぐさい戦争を繰り広げ、あるいはいかなる形であれ悪を助長することで、平和と安らぎに満ちた未来の可能性を、私たち一人ひとりから奪い去るだけの者たちです。ですから、『自分は、人生において誰に導かれることを許しているのか』を振り返り、道を誤らせるような影響から身を守るようにしよう」と促された。

 

 

*主に信頼を置くように

 説教の最後に教皇は、「福音が、私たちに、主に信頼を置くように、と呼びかけていること」を改めて強調。「キリストは、私たちから何も奪うことはなく、むしろ、豊かな命を与える善き羊飼いなのです」と改めて強調。聖母マリアの取り次ぎにすべてを委ね、「聖母が、私たちの旅路に寄り添ってくださるように」と祈られた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

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2026年4月27日