☩「私たちは、『愛の文明』を精神的、文化的、法的、政治的、経済的に具現化すべき千年紀に入っている」教皇、移民・難民のランペドゥーサ島訪問

Pope Leo XIV passes through the ' Gateway of Europe' during his pastoral visit to LampedusaPope Leo XIV passes through the ‘ Gateway of Europe’ during his pastoral visit to Lampedusa  (ANSA)
(2026.7.4  Vatican News   Deborah Castellano Lubov)

   教皇レオ14世は4日、イタリア南部の移民・難民の地中海での入口になっているランペドゥーサ島を訪問された。

 そして、島のグラウンドで捧げられたミサの説教で、移民や難民に対する残虐な扱いと海での人命の損失に言及され、世界の人々に対し、「計り知れないほどの苦しみを味わわされた、そして今、味わわされている移民・難民に、具体的で思いやりのある対応をとるように」と訴えられた。

同日朝、島に到着された教皇は、教皇はまず、イスラム教徒やカトリック教徒、老若男女、黒人も白人も、自由を求めて海で命を落としたすべての人々のための区画のある墓地を訪問。次いで、海路でやって来る人々への希望を象徴する彫刻「欧州への門」に立ち寄られ、教皇フランシスコにちなんで改名されたファヴァローロ埠頭で、移民家族と面談された。

 

 

*私たちの前に、何千もの人が半死半生の状態で置き去りに姿がある

 

説教の中で、教皇は、今日のランペドゥーサとその隣の島リノーザが、福音書の「善きサマリア人」のたとえ話に登場する「エルサレムからエリコへと続く道」と同じくらい危険な”道沿い”に位置している、とされ、「ここには、たった一人ではなく、何千人もの人間が、強盗の手に落ち、すべてを奪われ、残酷に殴打され、半死半生の状態で置き去りにされた姿があります」と語られた。

そして、「望んだ目的地にたどり着くことができなかった」多くの人々の命を、海が奪ったことを嘆かれ、そうした人々の存在が「ケアと援助を必要として上陸した人々と同様に、私たちに大きな問いを突きつけています」と指摘。

「いかなる知的考察やイデオロギー的信念よりも先に、私たちの目の前にいる、すべてを奪われた人々との出会いが、私たちに彼らに寄り添うよう、呼びかけているのです」と強調された。

*何事も自動的に起こるものではない

 教皇はまた、ランペドゥーサの人々の移民・難民の人々への連帯に感謝され、「ランペドゥーサの兄弟姉妹の皆さん。あなたがたの多くが示してくれた連帯、そして、聖書の「善きサマリア人」に書かれたことが再び起きている『思いやりの奇跡』に、感謝するため、私はここに来ました」「ありがとう、兄弟姉妹たち。あなたがたが他者に手を差し伸べるのは、決して当然のことではありません。何事も”自動的”には起こらない」と語られた。

 そして、この思いやりと慈悲の力に身を委ねる人々は、「生き方を変え、新たな市民となり、働き方も変わっていく。そうして初めて、先代の教皇たち―聖ヨハネ23世、聖パウロ6世、聖ヨハネ・パウロ2世―が構想された『愛の文明』が真に実現することができるのです」と強調。

 「過去の多くの預言者や殉教者たちと共に、教皇たちは、人間の心の深みと戦争の恐怖に応え、新たな始まりへの道を開くことができるのは、慈悲だけであることを理解していたのです」とされた。

*具体的な「愛の文明」

 最後に教皇は、「今、これらの巨人の肩の上に立つ私たちは、『愛の文明』を精神的、文化的、法的、政治的、経済的に具現化しなければならない千年紀に入っている。私たちが目撃する『苦しみ』という途方もない現実が、この呼びかけの根本的な性質を私たちが理解する助けとなるように」と心から願われた。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

このエントリーをはてなブックマークに追加
2026年7月4日