
(2026 .5.10 Vatican News Deborah Castellano Lubov)
教皇レオ14世は10日の正午の祈りに先立つ説教で「イエスが私たちを永遠に、そして無条件に愛しておられること、そしてイエスのその愛が私たちを他者を愛するように導くこと」を強調された。
説教で教皇はまず、「主は、私たちを人生の試練の中で一人になさいません」と信者たちを励まされたうえで、こののミサで読まれたヨハネ福音書(14章15~21節)について考察された。
この箇所では、最後の晩餐の席でイエスが弟子たちに「あなたがたが私を愛しているならば、私の戒めを守るはずである」と語っておられる。
教皇は「この言葉は、あたかも私たちの義が、神の愛の前提条件であるかのように、『戒めを守るから愛されている』という誤解から私たちを解き放つものです。そしてイエスはこう断言されました―『神の愛こそが、私たちの義の条件なのだ』」と語られた。
そして、「私たちが、キリストが世界に示されたように、神との私たちへの愛を認める時、初めて私たちは、神の御心に従って真に戒めを守るのです。ですから、イエスの言葉は、関係を築くための招きであり、脅迫や疑わしい最後通告ではありません」と言明。
*イエスの愛こそが、私たちの中に愛を生み出す
そのうえで教皇は「主は、私たちを愛してくださったように、互いに愛し合うよう命じておられます… イエスの愛こそが、私たちの中に愛を生み出す。キリストご自身が、真の愛の基準であり尺度。それは、永遠に忠実で、純粋かつ無条件の愛です… 神がまず私たちを愛してくださるからこそ、私たちも愛することができる。そして、私たちが真に神を愛するとき、私たちは真に互いを愛するのです」と説かれた。
さらに、「人生そのものについても同じことが言えます… 命を受けた者だけが生きることができるように、愛された者だけが愛することができるのです」と指摘。「主の戒めは、偽りの愛から私たちを癒やす生き方であり、救いへと至る道である霊的な生活様式」とされた。
*主は「私たちと共にいる」と約束される
教皇は続けて、「キリストが私たちを愛しておられるからこそ、人生の試練の中で私たちを独りにされることはない。『パラクレートス』、すなわち弁護者、『真理の御霊』を私たちに約束してくださるのです… ですから、世の悪の中にあっても、私たちは、愛である神を、いつでもどこでも証しするように、求められています」とされ、「愛」という使命を果たす中で、「私たちの最善の努力さえも妨げようとするもの―聖霊が真理の力である一方で、神に敵対し、人々を互いに争わせようとする『告発者』、すなわち『偽りの父』」の誘いに乗らないよう、信者たちに警告された。
最後に、教皇は、「主の無条件で変わらぬ愛」に感謝し、その母である聖母マリアの取り次ぎに身を委ねるよう、信者たちに促された。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二=引用された聖書の翻訳は「聖書協会・共同訳」による)