(2024.12.29 Vatican News Deborah Castellano Lubov)
教皇フランシスコは29日、「聖家族の祝日」の正午の祈りに先立つ説教で、可能な限り、家族が定期的に共に有意義な時間を過ごすこと、「夕食時に皆で食卓を囲んで携帯電話無しの会話を交わす」ことを信者たちに提案された。
この日のミサで読まれた福音書の箇所(ルカ2章41~52節)では、12歳になったイエスが、毎年恒例のエルサレム巡礼の旅の終わりに、両親であるマリアとヨセフと分かれ分かれになってしまい、神殿で教師たちの中に座って話を聞いたり質問したりしているところを見つけられた、と書かれている。
教皇は、「これは、穏やかな時間と劇的な時間が交互に訪れる家族の経験です」とされ、「現代の家族の危機、理解に苦しむ思春期の子供と、その子供を理解できない両親の物語でもあります」と付け加えられた。
そして、信者たちに、立ち止まって「この家族を見つめる」時間を取るように促され、「「ナザレの家族が模範である理由を知っていますか? それは、『会話する家族』だからです。対話は家族にとって最も重要な要素。コミュニケーションのない家族は幸せな家族とは言えません。ですから、聖家族がすべての家族にとっての素晴らしい模範なのです」と説かれた。
また福音書のこの箇所では、イエスが「どうして私を探したのですか。私が自分の父の家にいるはずだ、ということを、知らなかったのですか」と問いかけたのに対して、マリアとヨセフは「イエスが語ったことを理解できなかった」と記されている。
教皇は、これについて、「家族においては、理解することよりも、耳を傾けることの方がより重要。耳を傾けることは相手を尊重することであり、相手が自立して存在し、考える権利を持っていることを認識すること。子供たちにはこれが必要なのです」と語られた。
関連する形で教皇は、「食事の時間は、家族にとって特別な対話の時。食卓を囲んで語り合うのは良いことです。そうすることで多くの問題を解決でき、何よりも世代間の絆を深めることができます」と述べられ、「世代を超えて有意義な家族の時間を過ごすように。その方法は、『食事を共にする』という、太古からあるシンプルな振る舞いによってです」と念を押された。教皇は重ねて「家族の全員が互いに率直に話し、耳を傾ける必要性」を強調され、「聖母は、神の子の言葉に真に耳を傾ける努力をする、という模範を完璧に示しています」とも指摘された。
「決して自分自身に閉じこもってはなりません。ましてや、携帯電話に没頭しながら(食卓を囲む)などはもってのほかです」と信者たちを諭され、「お互いに話し、耳を傾けなさい。それがあなたにとって良いことであり、あなたを成長させる対話なのです!」と強調された。
また教皇は、イエス、マリア、ヨセフの家族が神聖なものであることを強調しつつ、「イエスの両親でさえも、いつもイエスを理解していたわけではなかった。それが私たちの家族でよく起こることであると考えるように」と語られ、また、そうした行き違いが起きた場合、自分にこのように問いかけることをお勧めになった―「私たちは互いに耳を傾けているか?」「お互いの話を聞くことで問題に対処しているかか」、それとも「沈黙、憤り、プライドに閉じこもっているか?」、そして「私たちは少し時間を割いて会話しているだろうか?」と。
そして、「これらすべてを念頭に置いたうえで、今日、私たちが聖家族から学ぶことのできるのは、『お互いの話を聞くこと』です」と語られ、説教の最後に、信者たちに対して、家族に耳を傾けるという贈り物を、聖母マリアに願い、助けを祈るように求められた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)