☩「マリアからお生まれになったイエスに、心の扉を開こう」-無原罪の聖母の主日・正午の祈りで

教皇フランシスコ 2024年12月8日のお告げの祈り(2024.12.8 バチカン放送)

 教皇フランシスコは「無原罪の聖母マリア」の祭日の8日、新たに叙任された21人の枢機卿たちと共に、バチカンの聖ペトロ大聖堂でミサを捧げられた後、正午の祈りを聖ペトロ広場に集った巡礼者たちと共に唱えられた。

 祈りの前の説教で教皇は、ルカ福音書(1章26-38節)に記された天使からおとめマリアが神の子イエスの懐妊のお告げを受ける場面を観想された。要旨は次の通り。

 **********

 無原罪の聖母マリアの祭日、福音は人類の歴史上、最も重要な出来事、「受胎告知」の場面(ルカ福音書1章26-38節)を印しています。マリアが大天使ガブリエルのお告げに「はい」と答えたことが、神の御子イエスの受肉を可能にしました。

 これは大きな驚きと感動をもたらすシーンです。いと高き、万能の主である神が、天使を介して、ナザレにいる一人のおとめと対話され、ご自分の救いの計画のための協力を求められているのです。

 天の御父の指が人間の指と触れ合おうとする、ミケランジェロがシスティナ礼拝堂に描いたあのアダムの創造の場面のように、私たちの贖いの始まりにおいても、おとめマリアが「はい」と応える、あの祝福された瞬間に、人間と神とが出会うのです。

 小さな辺境の村の一人の女性が、歴史の中心へと永遠に召されす。人類の運命は、おとめマリアの答えにかかっていました。そして、人類は、再び微笑み、希望をもつことができるようになりました。それは、運命が確かな手の中に置かれたからです。

 大天使ガブリエルの挨拶にあるように、マリアは「恵まれた方」(ルカ福音書1章28節)、無原罪の方、神の御言葉に身と心をもって仕える方、常に主と共にいて、主に完全に信頼する方です。

 マリアの中には、神の御旨に逆らう、いかなるものもなく、真理と愛を拒む何ものもありません。これこそ、代々に歌われるマリアの至福です。私たちも大いに祝いましょう。無原罪の御母は、私たちの救いであるイエスをもたらしてくださったのですから。

 この神秘を観想しながら、自分に問いかけましょう。「戦争に揺れ、所有と支配の欲にまみれたこの時代に、私はどこに希望を置こうとしているのか?」「力やお金や有力な友人の中にだろうか。それとも、神の無限の慈しみの中にだろうか?」「メディアやインターネットの中をただようキラキラとした偽のモデルを前に、私はどこに自分の幸福を見つけようとしているだろうか?」「私の心の宝はどこにあるのだろうか?」「神は、私を無償で、先立って愛してくださり、回心のたびに赦してくださる、という事実の中にだろうか。それとも、何が何でも自我を、自分の欲望を、通そうという思い違いの中にだろうか?」。

 聖年の扉の開門が近づく中で、心と精神の扉を、無原罪のマリアからお生まれになった主イエスに開きましょう。そして、主が私たちの人生の中に住まわれるよう、御母の取り継ぎを祈りましょう。

(編集「カトリック・あい」)

このエントリーをはてなブックマークに追加
2024年12月10日