Pope Leo XIV leads the Sunday Angelus prayer in Castel Gandolfo (ANSA)
(2026‣8・30 Vatican News Deborah Castellano Lubov)
教皇レオ14世は30日、教皇別邸カステル・ガンドルフォでの年間第22主日の正午の祈りに先立つ説教で、この日の福音に描かれたペトロのなりふりを取り上げ、「聖ペトロもまた極めて人間的だったこと」を信者たちに想い起させた。
そして、彼と同様に「私たちも、心が乱れているときであっても、イエスに、自分の本音を謙虚に伝えること… 期待を超えるイエスの求めを受け入れようとするためにも、ペトロのような従順さを育むべきです」と説かれた。
教皇は前夜、アルバーノ湖で行われた「湖の聖母」のマリア行列に参加した後、カステル・ガンドルフォに一泊しておられた。
説教で教皇は、この日のミサで読まれたマタイによる福音を取り上げ、「この箇所で、イエスは弟子たちに、迫り来る受難、死、そして復活の神秘を明かしておられます」とされ、ペトロがイエスの言葉に驚い手、諫めようとする場面を捉えて、「信仰生活や祈りにおいて、私たちもペトロと同じ誠実さを持って、たとえ心が乱れていても、イエスに自分の本当の気持ちを謙虚に打ち明けられるようにしましょう」と信者たち求められた。
*神の御心を理解し、受け入れることは必ずしも容易ではないが
教皇は「主の御言葉が『敵を打ち負かす助けとなる勝利に満ちた力強いメシアだ』という人々の期待とはかけ離れていること」、そして「ペトロがこれに異議を唱え、驚きと失望のあまりイエスを叱りつけ、「『主よ、とんでもない! あなたにそんなことがあってはなりません』と諫めたこと」を取り上げ、「この出来事は、私たちに人間の本質について考えさせます」と述べられた。
そして、「私たちにとっても、神の御心を理解し、受け入れることは必ずしも容易ではない。特に、それが私たち自身の考えからかけ離れている場合はなおさらです」とされ、また、「『信仰の理屈に反しているから、主こそが間違っているのだ』と考えたり、さらに悪いことに、『主が私たちの声に耳を傾けていない』、あるいは『私たちのことを気にかけていないのだ」と考えたりする誘惑が生じる」ことをお認めになった。
*聖ペトロは私たちに重要な教訓を教えてくれる
そのうえで教皇は、「この不確実性に直面して、ペトロが、その衝動的な性格にもかかわらず、私たちに二つの重要なことを教えています」と指摘。
第一に、「そのような時でさえ、主との対話を決して絶やしてはならなりません。そして、主が、私たちに何を求めているのか理解できない難しさを、自信を持って主にお伝えすべきです」。第二に、「神の御業を決して裁いてはならず、たとえそれが私たちの期待に沿わない場合でも、主がその御業を通じて私たちに啓示されていることに、謙虚に、そして祈りの心をもって耳を傾ける必要があります」と説かれた。
そして「使徒たちの頭であるペトロの偉大さも、この点に表れています… ペトロがご自身を諫めた時、イエスは『サタンよ、私の後ろに下がれ!』と答え、ペトロや他の弟子たちに、『私の足跡に従うためには、自分を否定し、十字架を背負って従わねばならない』と言われましたが、ペトロはまさにイエスが言われたとおりにするでしょう」と指摘。
「主の御言葉を聞いた後、ペトロは、イエスの命令を入れ、自分の救い主であると認めたキリストの御言葉に、殉教に至るまで、生涯を通じて忠実であり続けるのです」と強調された。
*十字架の足元においてもなお、御子への従順を示した聖母
そうして教皇は、主に対して「私たちもまた、信仰生活と祈りの中で、心が混乱している時でさえ、ペトロと同じ誠実さをもって、イエスに自分の本心を謙虚に打ち明けることができるように」、そして、「イエスが私たちの予想を超えることを求められたとき、それを謙虚に受け入れるという、ペトロの従順さを私たちも育んでいけますように」と共に祈るよう、信者たちに呼びかけられた。
そして、「御子イエスの十字架の足元でさえ、神の御計画に従順であった聖母マリア」が、その模範をもって私たちを助けてくださるようにと祈られ、説教を締めくくられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)