☩「キリストは人類に、失った感覚を取り戻させ、”飢え”を満たされる」-教皇、年間第18主日の正午の祈りで

(2026.8.2 Vatican News   Deborah Castellano Lubov)

 教皇レオ14世は年間第18主日の2日、正午の祈りに先立つ説教で、この日のミサで読まれたマタイ福音書の「パンと魚の奇跡」の箇所について考察され、イエスは人類が失った感覚を取り戻させるだけでなく、その出会いによる豊かな賜物によって養ってくださることを強調された。

 この福音書の箇所は、群衆に深い憐れみを覚えられたイエスが、五つのパンと二匹の魚で五千人以上の人々を奇跡的に養った様子を伝えている。

 教皇は、イエスがなさった、このしるしについて、「目の見えない人を見えるように、耳の聞こえない者を聞こえるようにされたことと同じように、イエスの私たちに対する特別な愛と、イエスが世界にもたらす救いを明らかにする行為。そうされることで、キリストは単に奇跡的な行いをなさるだけでなく、神の国が近づいていることをすべての人に宣言しているのです」と指摘。

 そして、「このパンと魚の奇跡の物語は、イエスが飢えた人々を養われたことを示すだけでなく、主との出会いそのものが滋養となる体験であることを明らかにしています」とされ、皆の飢えが満たされたうえに、パン切れが十二籠も残ったように、「キリストと共にいれば、私たちの必要は溢れるほどに満たされます」と説かれた。

 さらに教皇は、「主の私たちに対する摂理的ななさり方は、決して尽きることがありません。キリストこそが、人類の飢え、すなわち真理と命への私たちの渇きを真に満たしてくださるのです」と繰り返された。

 教皇はまた、「しばしば買いだめや浪費という形で、私たちに現れる貪欲という悪に陥らないように… この霊的な病は、私たちの感覚を麻痺させ、富に酔いしれさせ、『飢えに泣き、渇きに叫ぶ人々』を忘れさせてしまう」と信者たちに警告。

 「『戦争』と『傲慢』という荒れ野に直面する私たちは、主がどれほど慈愛に満ちた眼差しで天を仰ぎ、祝福し、パンを裂き、弟子たちに与え、彼らがそれを群衆に配れるようにされたかを思い起こす必要があります」と訴えられた。

 そして、教皇は、この「バンと魚」の業でイエスが示された「愛の奇跡」に、「私たちはイエスの特徴的な行いを見出します。それは、主が、兄弟として、私たちに御自身の命そのものを与えられた最後の晩餐において、頂点に達するのです」と強調。

 信者たちに、「聖体の恵みを味わう際、家族や友人と分かち合う食事の祝福から始め、日々の行動を通じてその美しさを証しするように」と呼びかけられ、さらに、「イエスと共にいるなら、困窮する隣人に手を差し伸べれば、休暇の時でさえも、兄弟愛に満ちた安らぎのひとときとなり得ます」と語られた。

 説教の最後に、教皇は、「私たちの愛する母である聖母マリア」に対し、「誰もが『日々の糧』を欠かすことがないように、私たちが愛を深めることができるよう」に助けを願われた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2026年8月2日