☩「カトリック信者は、民主主義の”傷ついた心”を癒すよう求められている」ートリエステでの社会週間締めくくりに

(2024.7.7 Vatican News  Devin Watkins)

 教皇フランシスコは7日、イタリアのトリエステで開かれたカトリック教会の第50回社会週間の最終日の行事に参加され、講話の中で、全国から集まった約1000人の聖職者や信徒たちに対して、参加と政治的な慈善活動を通じて民主主義の危機を正すように呼びかけられた。

 講話で教皇はまず、イタリアでのカトリック教会の社会週間が、第二次世界大戦後のイタリアの政治、社会の民主的プロセスを活性化させたことを振り返られ、この行事が、カトリック教会の社会教説に基づいており、社会現象に対する福音的なビジョンを提示することを目指している、と指摘。「現在、民主主義の危機がさまざまな現実や国家に広がっている中で、社会変革に対する責任ある姿勢を示すことが、世界中のあらゆる場所で活動しているキリスト教徒に求められているのです」と強調された。

 教皇は、現在、世界中を襲っている民主主義の危機を「傷ついた心」に例えられ、「腐敗と社会的排除の動きが蔓延し、権力が自己中心的になり、構成員に奉仕できなくなる状態」が起きつつある、と警告。「『民主主義』という言葉が、単に国民の投票と一致するのではなく、すべての人が意見を表明し、参加できる条件を作り出さねばなりません」と語られ、さらに、民主的な(政治、社会活動への)参加は、「イデオロギー的、ポピュリスト的な誘惑に対して、市民が批判的な感覚を抱くように、若いうちから教え込む必要があります」と付け加えられた。

 また、すべてのキリスト教徒に対し、「個人の尊厳を守りつつ、宗教と社会の実りある対話を促進する」よう呼びかけられ、「連帯と補完性の原則は、参加を促し、無関心を克服するため、民主主義の絆を築くのに役立ちます。無関心は民主主義の”癌”です」と指摘された。

 

 さらに、「周囲を見渡せば、家族やコミュニティでの生活に、そして、経済、技術、政治、社会の分野にさえも、聖霊の働きの多くの兆候が見られます」とされ、「友愛は、社会の関係を繁栄させ、集団に願望の精神を生み出します… ”癒された心”を持つ民主主義は、未来への夢を育み、個人やコミュニティの働きに関与し、呼びかけ続けるのです」と語られた。

 そして、「カトリック教徒は、民主主義の弊害に対する即効薬以上のものを目指さねばならず、決して、”限界的な、あるいは私的な信仰”に後退してはなりません… 耳を傾けてもらうことを要求するのではなく、何よりも、公の議論の中で、正義と平和のための提案をする勇気を持つことが必要」とされ、「キリスト教徒の政治への関与は、『政治的な愛』、あるいは『政治的な慈善』の側面を持つ必要があり、それによって政治は責任を果たし、二極化を乗り越えることができるのです」と強調。

 最後に教皇は、「市民の情熱が欠けている世界に、このような愛を広めるための訓練をしましょう… 神の民として、より良く共に歩むことを学び、私たちが属する社会で、参加の”パン種”になりましょう」と呼びかけられた。

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 今年で創設50周年を迎えるイタリアの「カトリック社会週間」は、教会の社会教説の考察と再評価を促進するために、2年ごとに開催都市を変えて行われている。2024年度のテーマは、「民主主義の中心へ。歴史と未来の間に参与する」。50回目となる今回の社会週間の開会式には、セルジョ・マッタレッラ伊大統領が訪れた。教皇はこの講話の後、キリスト教諸教会の代表、アカデミック界関係者、移民、および障害者のグループとの出会いをもち、トリエステ訪問を締めくくる行事として「イタリア統一広場」でミサを捧げ、正午の祈りをされた後、ローマに戻られる。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2024年7月7日