教皇フランシスコは29日、「未成年者保護のための教皇庁委員会」のメンバーとお会いになった。
会見は、同委員会の定例総会最終日の集いの場で行われたもので、教皇は「どのような形の虐待も、容認できません。特に子どもたちに対する性的虐待は、成長期の人生を傷つけるため、いっそう重大です」と強調された。
そして、「虐待の被害者は、しばしば、生と死の間に閉じ込められたかのように感じており、その苦しみは、取り去ることのできないものです」と言明。
さらに「虐待被害者の証言は、キリストの体、すなわち教会に開いた傷口です」と語られ、「この傷の存在を知らせるために、また苦しむ人々を探し、これらの人々の中に苦しむキリストを見出すために、勇気をもって働いてください」と委員会のメンバーたちを励まされた。
また教皇は、「司教、修道会の長上、司祭、助祭、奉献生活者、カテキスタ、信者、教会を構成するすべての人が、それぞれの立場から、虐待の防止と、正義、癒しのために責任を負わねばなりません」と、司教など高位聖職者を始めとする全教会員に、その責任を果たすよう強く求められた。
教皇は、最近発表されたバチカン改革の使徒憲章「プレディカテ・エヴァンジェリウム」によって、今後、未成年者保護委員会が教皇庁の機関の一部として正式に教理の部署の中に設立される一方、「委員会の管理者とメンバーは、教皇から任命された会長を通して、教皇との直接的な関係を確保することができようになります」と、その独立性を強調された。
そして、委員会のさらなる使命として、「虐待被害者の保護とケアが、教会生活のあらゆる分野において規則となるよう取り組むこと」を指示されるとともに、「虐待被害者の心身の健康と司牧のための援助と対応が、委員会の緊急の課題となっています」とされた。
教皇は、「委員会が発足当初から虐待被害者たちとの出会いと傾聴の場を設けてきたことが、苦しみを体験した人々に対する私の司牧上の使命において大きな助けとなってくれました」と評価。
そのうえで、委員会の「極めて重要な仕事」として、「世界各国の司教協議会に、『虐待を経験した人とその家族を受容し、彼らの訴えを丁寧に聴き、癒しと正義の実現に歩みを共にするためにふさわしいセンター』が設置されるよう、各国協議会との対話を通じた見守りと支援」を求められた。
(2022.5.1 カトリック・あい)
以下は、バチカン広報局発表の、「未成年者保護のための教皇庁委員会」総会における教皇の説話全文の「カトリック・あい」の日本語試訳
ADDRESS OF HIS HOLINESS POPE FRANCIS TO THE MEMBERS OF THE PONTIFICAL COMMISSION FOR THE PROTECTION OF MINORS
Friday, 29 April 2022
親愛なる兄弟姉妹の皆さん、こんにちは!
総会の締めくくりとして、皆さまをお迎えできることをうれしく思います。オマリー枢機卿の紹介の言葉に感謝します。また、ご自分の活動と信徒の方々への奉仕の両方で、子供たちを保護する仕事に尽力してくださった皆さんに感謝します。今日、あなたがたの努力のおかげで、未成年者や弱者にとって、教会は以前より安全な場所になりました。また、オマリー枢機卿があらゆる障害にもかかわらず、委員会の目標を追求してきた粘り強さに感謝したいと思います。ありがとうございました!
*子供たちの尊厳を脅かす状況は今も続いている
あなたがたに託された活動は注意深く実行されなければならないものです。教会が未成年者にとって安全な場所であり、癒しの場所であるだけでなく、世界中で彼らの権利を守り育てられるように、完全に信頼できる場であることが証明できるように、委員会には絶え間ない注意が必要です。
残念なことに、子供たちの尊厳が脅かされる状況は今も存在し続けており、これはすべての信徒、すべての善意の人々にとっての懸念の源であり続けているに違いありません。
*癒しの道は長く、難しい
時には、虐待の現実と、それが「小さな子供たち」の生活に与える壊滅的で永続的な影響が、愛と理解をもって対応しようとする人々の努力よりも、勝っているように思われます。癒しへの道は長くて難しいものです。それには確固たる希望、十字架に進まれ、さらには十字架を越えて進まれたキリストへの希望が必要です。
よみがえられたイエスは、栄光に満ちた体に十字架につけられた傷を残しておられ、これからもずっとそうであり続けられます。その傷は、神が私たちに苦しみを渡すのではなく、苦しみを通り抜け、神の愛の力によって変えることで、私たちを救ってくださるのだということを教えてくれます。聖霊の癒しの力は私たちを失望させません。神の新しい命の約束は失敗することがありません。私たちは復活したイエスを信じる必要があり、復活された体の傷の中で私たちの命は休息します。
*息子を虐待された父親からの手紙ー苦しみは取り去ることのできない現実
いかなる形態の虐待も容認できません。特に子どもたちに対する性的虐待は、開花し始めたばかりの人生に対する犯罪として、。最も深刻です。虐待された人は、人生を謳歌する代わりに、時には永久に重い傷を負い続けます。
最近、息子さんを虐待された父親から手紙をもらいました。息子さんは、虐待を受けた結果、何年もの間、自分の部屋から出ることさえできなかった。彼と彼の家族が受けた虐待の影響は深刻でした。虐待された人々は、いわば「生と死の間に閉じ込められている」と感じることがあります。それ自体が苦痛であり、私たちが取り去ることのできない現実です。
*傷の苦しむ人たちを捜し出し、認知し、癒すことは、司教、司祭、修道者、そして信徒全員の責任
虐待被害者の証言は、教会であるキリストの体に開いた傷を表しています。これらの傷を明るみに出し、傷に苦しむ人々を探し出し、彼らが私たちの苦しんでいる救い主の証人であることを認めるために、熱心にそして勇気を持って働くことを、あなたにお願いします。なぜなら、教会は、自身を苦しむ僕としてキリストに従うほどに、復活された主を知っているからです。
これは私たち全員ー司教、修道会の責任者、司祭、助祭、修道者、カテキスタ、そして一般信徒ーが、歩まねばならない道です。教会の構成員全員が、それぞが置かれた場に合う形で、虐待が起きるのを防ぎ、正義が行われ、被害者を癒すために働く責任を負うように求められています。
*バチカン改革で委員会を「教理のための部署」に正式に位置づけ
委員会の皆さんの今後について、ひと言申し上げます。使徒憲章PraedicateEvangeliumで、私はローマ教皇庁の一部として、「未成年者保護のための教皇庁委員会」を、(注:現在の教理省を再編して誕生する)「教理のための部署」の中に正式に位置づけることにしました(同憲章78項参照)。
この措置が、あなたがたの思想と行動の自由を危険にさらす可能性がある、あるいは、あなたがたが扱う問題から重要性を奪う可能性がある、と懸念される方がおられるかも知れませんが、そのようなことは、私の意図でも、私の期待でもありません。そして、このようなことが起こらないように注意することをお勧めします。
未成年者保護委員会は、聖職者のメンバーの性的虐待を扱う「教理のための部署」に置かれますが、私はあなた方の主体性を明確にしました、あなた方は委員会の代表を通して、引き続き私と直接関係を持つことになります。代表は、教皇によって任命されます。
*バチカンの他の関係部署と協力し未成年と脆弱な成人を守り、癒す最良の方法を考えて