菅原教授やさしい教会法④教会と教会法

 160808%e3%83%90%e3%83%81%e3%82%ab%e3%83%b3%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%93

第一部 教会の生活 

 教会と教会法

Q カトリック信者には、教会法で決められた共通の権利もあるのですか?

A はい。たとえば自分が選んだ典礼に従って礼拝を捧げる権利やキリスト者としての教育を受ける権利、プライバシーを侵害されない権利、などが挙げられます。

***************************************

 教会法の第二集の最初の条文に、洗礼を受けた人はすべて平等(208条)であり、等しく権利を持つことが明記されています。この場合の権利は、いわゆる「基本的人権」や、国家に対する個人の不可侵の権利、あるいは人間の尊厳に基づく平等の権利を指すのではなく、洗礼の恵みから生じる権利のことです。キリストに結ばれて、教会の一員となった人が、神のイニシアチブでつくられた共同体の中で何ができるかを、法的な文章で表したものといえます。

 信者になることで認められる事柄として、救いの福音を告げ知らせる権利(211条)、司牧者に対して信仰に関わる必要と願いを伝え、意見を表明する権利(212条)、霊的な援助、特に秘跡とみことばを受ける権利(213条)が挙げられています。このため、司牧者には、説教を行うことが求められ(767条)、秘跡を受けることが禁じられていない、受ける準備が整っている信者に秘跡を拒むことができない(843条1項)と決められています。

 また、自分が選んだ典礼に従って礼拝をささげ、自分の望む霊的生活を送る権利(214条)、集団を結成する権利(215条)、使徒的な活動を行い、それを支える権利(216条)があります。こうして、聖職者(278条)だけでなく、信徒(327~329条)がそれぞれ会をつくり、霊的生活や宣教に役立てることができます。

 さらに、キリスト者としての教育を受ける権利(217条)は教義、霊性、倫理を学び、典礼や使徒活動のために養成を受ける権利を意味し、信仰に関わる事柄の研究と表現を自由を享受する権利(218条)も定められています。

 聖職者や修道者になること、結婚生活など教会内の召し出しを強制されずに選ぶ権利(219条)、プライバシーと名誉を侵害されない権利(220条)があり、最後に、教会法上の裁判を公正に受け、法律に明示されているのでなければ刑罰を受けない(221条)という、教会内で法律の保護を受ける権利も示されています。 

 洗礼を受けた人々の間の愛の関係が、「公正さ」や「権利」という言葉で表現されることに違和感があるかも知れません。人間の集まりとはいえ、教会は信仰と愛を生きる共同体ですから、信者個人と大小のグループの利益が最後まで対立することはないはずですが、現場では軋轢が残ることもあるでしょう。

 以上に説明した信者の権利も絶対的なものではありません。しかし、現実に大きな問題となるのは、聖職者も信徒もこうした権利が認められていることを知らず、特殊な法律用語が広範な適用をはばみ、実際に権利が侵害されても、誰に、どのように訴えればよいのか、分かりにくい点にあるかも知れません。

 *ひとくちメモ*

 この項にすべての権利が網羅されているわけではありませんが、現行法でプライバシーの権利(220条)が明言されたことは注目すべきでしょう。神学校入学や修道会入会の際の心理テストの実施や公けの場での告白など、内心の事柄を公けに表明しない権利や個人の信仰生活を自由に送る権利は、教会内の誰にでもあります。

(菅原裕二・司祭・教皇庁立グレゴリアン大学・教会法学部長=ドンボスコ新書・「教会法で知るカトリック・ライフQ&A40」より)

菅原教授やさしい教会法③教会と教会法  

160808%e3%83%90%e3%83%81%e3%82%ab%e3%83%b3%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%93

第一部 教会の生活 

 教会と教会法

Q カトリック信者には、法律で決められた共通の義務があるのですか?

A あります。教会法の「すべてのキリスト信者の義務及び権利」と題される章にしめされています。     

***************************************

 教会法には、中心的な位置を占める「神の民」(第二集)の冒頭に「キリスト信者」という章があり、信者の定義(204~207条)に続いて、「すべての信者の義務と権利」(208~223条)と題される部分があります。ごく一般的な表現の条文ですが、すべてのカトリック信者に共通の権利と義務が示され、信徒(全8条)や聖職者(全17条)に固有の権利と義務がその後に続きます。

最初の条文は、信者が性別、年齢、身分(聖職者、修道者、既婚者など)に関係なく、尊厳と行動において平等であり、それぞれが自分の立場で神の国の建設に協働する(208条)としています。聖職位階の中にも段階があり、奉献生活を送る人にも固有の権利と義務がありますが、最初に、すべての信者が真に平等である、という宣言がなされているわけです。

 すべての信者に共通の義務の第一には、教会と交わりを保つこと(209条)が挙げられています。信者は神との関係だけでなく、公の場でも私生活においても、神の民の交わりを生きる務めがあります。教会全体と交わり、自分が属する教区や小教区で有している義務を果たす(529条2項)ことが含まれます。

 第二は、聖なる生活を送り、教会の発展に尽くすこと(210条)です。聖性への歩みはすべての信者の召し出しで、聖職者や修道者が占有するものでないことが示されています。

 第三の義務は、宣教に努めること(211条)です。これは権利でもあり、宣教者であることは教会自身が持つ特性ですが、信者はそれぞれの生き方と言葉を通して、あらゆる機会に救いのメッセージを伝えることが求められています。

 次に、教会の牧者(司教や主任司祭など)に対して従順を示す務め(212条1項)があります。信者は自分の必要や希望を牧者に表明(同2項)できますが、その一方で、信仰にかかわる教理、誤謬に関する宣言、司牧に関する事柄について、司牧を委ねられた聖職者に従うことが求められます。これは、単なる受動的な従順、外的行為において従う、ということではなく、理解力と意思力のあるキリスト者が信仰と自由に基づいて示す態度、のことです。司牧者が命じることのできる権限の範囲も法律で規定されています。

 また、教会の必要に応じる義務(222条1項)があります。具体的には、礼拝、聖職者や奉仕者の生計の維持、使徒的活動のための経済的な援助にかかわることですが、教会内の事柄だけでなく、社会正義を促進し、貧しい人を援助する務め(同2項)も考えられています。最後の条文には、教会の共通善や他者の権利に考慮する義務(223条1項)が述べられています。

*ひとくちメモ*

 神の恵みにかかわる教会法に「権利」や「義務」という表現が登場することに違和感を持たれるかもしれませんが、教会の長い法制史の中でも、体系的に信者の権利や義務を示したのは現行法が初めてです。神からいただく恵みの上に成り立っている使命と務めを指しており、いわゆる基本的人権とは区別されるものです。

菅原裕二・司祭・教皇庁立グレゴリアン大学・教会法学部長=ドンボスコ新書・「教会法で知るカトリック・ライフQ&A40」より)

菅原教授やさしい教会法②

160808%e3%83%90%e3%83%81%e3%82%ab%e3%83%b3%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%93

第一部 教会の生活 

 教会と教会法

Q カトリック教会の法律は、誰が決めるのですか?

A たとえば、「普遍法」、「特別法」、「典礼法規」の制定者は教皇。「局地法」はその地域を治めている司教協議会や司教です。     ***************************************

 一口に法律といっても、カトリック教会にはさまざまな種類のものがあり、それによって制定する人が異なります。カトリック教会全体におよぶ規律を扱う法律は「普遍法」と呼ばれ、制定するのは教皇です。使徒座(聖座とも言います)の公報誌である『使徒座官報』に法律として掲載されると、普遍法として公布されたことになる(7条、8条1項)と定められています。

 現在、普遍法にはラテン教会を対象にした法典(1983年公布)と東方カトリック教会を対象にした法典(1990年公布)の二つがあります。日本に住むカトリック信者の多数がラテン教会に属しており、ヨハネ・パウロ2世が公布した『カトリック新教会法典』(有斐閣)は日本語にも訳されています。通常、「教会法」と呼ばれているのは、この本のことです。

 教会の法律には、普遍法のほかに「特別法」と呼ばれるものがあります。教皇はどのようにして選ばれるのか(いわゆる「コンクラーベ」に関する規定)、あるいは教皇庁の組織はどのように構成され、誰がメンバーを任命するのかなど、特殊な機会や分野において適用される法律で、制定者は教皇です。

 聖人の位にある、と宣言するためにはどのような手続きを経るか、という「列聖」も、「教皇特別法で扱われる」(1403条)と定められており、現在の手続きは、1983年に交付された47項目の細かい規定から成るものですが、『カトリック新教会法辞典』には載っていません。聖人になるのも、聖人にするのも、簡単ではありません。

 その他に一定の地域、たとえば国や地方、ある教区にだけ適用される法律を「局地法」と呼び、立法の権限はその地域を治めている司教協議会や司教にあります。教区長である司教は、自分の教区では立法者でもあるわけです。また、修道会や宣教会の規則を「固有法」と総称しますが、会の創立者などが書き残した会憲や会則と呼ばれる基本法の中に、会において誰が立法権を持っているのか(たとえば、総会、総長と顧問会など)が定められています。

 さらに、ミサや洗礼などの秘跡の規定、葬儀などの準秘跡の執行のための儀式書にある規則は、「典礼法規」と呼ばれ、全教会を対象に、教皇が制定します。

 これらに、教会と国家の間で結ばれる「政教協約(コンコルダート)」(協約を結ぶ主体はバチカン市国でなく、聖座です)を加えたものの総体を指して、広義では「教会法」と読んでいます。

 一口メモ

 『カトリック新教会法典』には1752条が載せられています。旧法典よりも662条少なくなりました。世界の180を超える国や地域に10億人を超える信者を抱える教会の法律、という点を差し引いても、数が少ないとは言えません。信仰生活を送るのに、福音書だけでは足りないのか、という批判が聞こえてきそうです。

(ドンボスコ新書・菅原裕二著「教会法で知るカトリック・ライフQ&A40」より)

菅原教授やさしい教会法①

はじめに

 教会法について、ローマなどの教皇庁立大学の教会法学部で専門的な勉強をする人以外は、法典全体や法哲学、国家法との関係などを学ぶ機会が多いとは言えません。聖職を志す人でも、通常、神学課程で法典の全条文に触れることはないでしょう。ここでは、条文の釈義集のような形ではなく、一般の方でも理解できるように、条文に触れながら、カトリック教会の生活について学んでいただくことを目指し、項目ごとの終わりに「一口メモ」を加えました。教会の法制度を理解し、よりよい信仰生活を送るための一助となれば幸いです。

            (教皇庁立グレゴリアン大学・教会法学部長・菅原裕二)

160808バチカン写真3

 

第一部 教会の生活 

 教会と教会法

Q カトリック教会にも法律があるのですか?

A はい、カトリック教会には「教会法」と総称されるたくさんの種類の法律があります。義務の規定も多いのですが、この法規は洗礼を受けた人の権利と教会の秩序を扱うものである、と理解することが大切です。

 ***************************************

 カトリック教会で洗礼を受けた方なら、普段の生活で条文に触れる機会がなくても、教会の法律があることを耳にしたことはあるでしょう。カトリック教会の法律には、たくさんの種類があります。プロテスタントの教会には、全体を規整する法規集がないので、教会法はカトリック教会に特徴的なもの、と言えます。

 「教会法」は、ラテン語の「ius canonicum」を日本語訳した言葉です。「法」と訳されていますが、ラテン語の「ius」には「権利」と「法律」の両方の意味があり、教会法は「洗礼を受けた人々の守られるべき権利と秩序を扱うもの」と理解すると良いと思います。権利があれば当然、義務についての論述もあります。「canon」のほうは「基準・目安」を指す言葉です。

 教会法が信徒にあまり知られていなくても、驚くことではありません。たとえば、電車に乗って隣町まで行く、家を建てる、あるいは小学校には六年間通うなど、私たちが普段行っている多くのことに法律がかかわっています。日常生活のひとつひとつの行いが円滑に運ばれるように全体を規整しているのは、契約や規則あるいは制度、つまり法律です。教会にも同じような性質があり、洗礼を受けることや日曜日にミサに行くことについて、いくつかの決まりごとがあるわけです。

 また、ある人が教員免許を取ろうとする時、あるいは教育問題を深く論じようとする時、教育に関する法律の中身を知ることになります。規則があることは知っていても、資格を取ったり、解決しなければならない問題に出会うことがなければ条文に触れることはないのが、多くの人の体験だと思います。

 教会法の場合も、聖職者になる際や、カトリックの活動に深くかかわりたいと思った時に、教会にはどのような決まりがるのかを知る必要が生じます。信仰を生きる人々にとって法律が問題解決の最良の手段でないことは明らかですが、人間の集まりには約束事が不可欠です。法律ですから、運用には正確な知識が必要です。

 また、教会の問題なので、司牧の経験も求められることがあります。そのため、実際の適用には、法律の専門家の助けが必要とされることが多くなります。

 一口メモ

 ローマには20ほどの教皇庁立の大学・機関がありますが、その多くに神学部や哲学部と並んで、法律を専門に扱う「教会法学部」があります。私が教鞭をとっているグレゴリアン大学にも37か国から170人ほどが法律家になる勉強をしに来ています。学生のほとんどが司祭で、平均年齢は30歳ぐらいですが、信徒の割合も少しずつ増えてきています。カトリック教会の中で弁護士、裁判官、外交官、教会法学の教員になる人々です。

(ドンボスコ新書・菅原裕二著「教会法で知るカトリック・ライフQ&A40」より)