Sr.岡のマリアの風 (60)最後の海外出張から帰って始めた「マリアのミニ動画」も早や一年近く…

   「カトリック・あい」の、「一月の」コラムを書きたい、書こう、書かなければ…とクレッシェンドする思いに駆られながらも, 「書かなければ…」の段階になると、時間があっても書けない、やっぱり「書きたい」の段階で書くべきだった…などと思いながら, 二月も半ば近く。

 今日は土曜日、今日「書きたい」。だから、こうして書き始めた。

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 昨年3月初め、コロナ・パンデミック規制ぎりぎりでルーマニア出張から帰って来てから早や一年。ローマ出張を二回延期し(いまだ実現せず)、国内出張を何度もキャンセルし、長期東京出張の後、感染予防のための「隔離」生活を二週間経験し…

 ローマでの勉学を終えて帰国したのが2007年1月。考えてみれば、その時から、出張も行事もなく本部修道院に「ずっと」丸一年”滞在”したのは久しぶりのことだ。

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 そのような状況の中で、2020年5月、修道会のITに長けた姉妹の協力で、月一回配信の「マリアのミニ動画」を始めた。(聖母の騎士修道女会HPからリンク)

 時には、今月、第9回の動画のように、ついつい力が入り、「ミニ」ではなくなってしまうけれど。「ミニ動画」は、わりと自由に、そしてかなりランダムにテーマを選び、母校、教皇庁立マリアヌム(Marianum)神学院で約七年、すばらしい恩師たちから学んだことを核にしてお話ししている。

 動画制作など初めてで、原稿作成、資料作成、撮影時の目線、話すスピード、ジェスチャー…おまけに試作動画をチェックするという「試練」もあり、(自分の動画を見るのは、今でも苦手である)。第一回の動画を見ると、慣れずにカチコチしているのがよく分かる。

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 それでも、私が原稿を読み間違えたり、次の言葉が出て来なかったり、時にはバックで急にヤギが鳴いていたり…でNGが続いても、動画撮影、編集を一気に引き受けてくれるSr.Hは「シスター、大丈夫ですよ~、もう一回、取り直しましょうね~」とおおらかに撮影を導いてくれて、感謝しながら何とか今に至っている。

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 その「訓練」の土台があったおかげで、2020年夏、私が所属する「教皇庁立国際マリアン・アカデミー(PAMI)」から、「このコロナ・パンデミックの時期に各国語で『マリア論オンライン講座』を行いたい、日本語版をしてみないか」と話があった時、わりとすんなり「やりたい、やる、今、やらなきゃ!…」と思った。

 このようにして、2020年9月から第一期「マリア論オンライン講座」日本語版がPAMIの企画の一部としてスタートした。一年九回、一回二時間。PAMI企画なので、無料だけれど登録制。

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 10人くらい集まるかな~と思っていたら、現時点(2021年2月)で受講・聴講を含めて286人の方が登録してくださっている。正直、びっくり。

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 「講座」の最初の段階で「手伝います!手伝わせてください!」と言うスタッフのAさん、Tさんが「現れた」。本当に「現れた」という感じ。今だから言えるけれど、これだけの人数の方に向けてオンライン講座をするのにAさん、Tさんがいなかったら…と思うと、まったく善意とやる気だけで始めた自分の無謀さに呆れるとともに、たよりない私を見守ってくださる方々、マリアお母さんへの感謝に堪えない。

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 無償のオンライン講座。当然、Aさん、Tさんも無償ボランティア。しかも日中は仕事をしながら。さらには二人ともオンライン講座の成長を自分のことにように喜んで、殆ど「ライフワーク」のように力を注いでくれている。

 私の原稿が遅れて、講座間近になっても資料が送れず、参加者の方々から「まだ資料が来ていないのですが…」とメールが次々と届いた時も、二人のスタッフは「急いでください」とは一言も言わず、じっと見守りながら待っていてくれた。やっと資料が出来上がると、それこそ夜を徹して編集し配信してくれた。

 このようなスタッフがいてくださるからこその「奇跡」ではないだろうか?…と、私はしばしば思う。

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 当の私も、修道院の姉妹たちに支えられ、助けられて。マリアさま大好き!のシスターたちの祈り、励ましには、どんなに感謝してもしきれない。

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 参加してくださる方々と言えば… 黙想会のお手伝いをしたC会の神学生たち、神学校の教え子の司祭たち、知り合いの聖公会の牧師さんと神学生、クラスメートたち、今まで、講話、勉強会、黙想会のお手伝いをしてきた修道会、教区の教会、教会関係機関の方たち、友人の神父さま、シスター方から勧められた方たち、果ては(?)私自身の姪や、幼馴染の奥さんまで…
カトリック、プロテスタント、聖公会、キリスト教ではない人… バライティーに富む方々の「表情」が講座を豊かにしてくださる。

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 私は「オンライン講座」の場、空間はちょっとした「マリアの家」ではないか、と思う。「マリアの家(Casa di Maria)」とは、教皇フランシスコがPAMI六十周年(2019年)のメッセージの中で言われた表現だ。世界中のマリアン・アカデミーが「マリアの家」になってほしい、と。

 「マリアの家」で、人々はイエス・キリストと出会い、マリアの母の気遣い、ケアの中でキリストをより深く知るようになり、父である神が私たち一人ひとりを大切にしてくださる、慈しみ深い方であることを経験する。そのようなヴィジョン。

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 「マリア論オンライン講座」日本語版は「プチ・マリアの家」…くらいだろうか?それでも、人々がこの家に入り、「光」「いのち」「道」であるキリストに出会い、困難な人生の中でも
父である神の「大きな救いの計画、愛の計画」の中に生かされていることを感じ、前に進む力をもらうような場所になったらいいな、とひそかに(?)思っている。

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 最後に…「マリア論講座」と名がつくのだから、当然、学問的な内容には、なる。でも、私にはかなり「大それた」夢がある。「マリアのミニ動画」も、「マリア論オンライン講座」も、目的は大きい。「すべての人」が少しでも「幸せ」になるため!そのために私のすべてを差し出したいと本気で望んでいる。

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 次のことを思い起こしながら…

 この地上での日々の生活が「無」に向かっているのではなく、確かな希望―神が私たちに約束してくださった永遠の命―に向かっていること。

 神は約束に絶対に忠実であること。

 私たちの「普通の日々」の中の出来事、出会う人々…すべてが、(一見、否定的に見えることでも)神の「内」に存在すること、神の「外」には何も存在しないこと。

 教皇フランシスコが繰り返すように、私たちは一人では救われないこと。

 「兄弟姉妹」である「すべての人」と「同じ船」に乗って旅をしていること―「天」の兄弟姉妹たちに助けられながら―。

 この船は「教会(Ecclesia)」であり、それは「すべての人の母」である教会、あらゆる境界を乗り越え、神がその中に集めるすべての兄弟姉妹―宗教、文化、国籍を超えて―を受け入れ、互いに気遣い、共に旅をする「教会」。

 この船のただ中には、人となった神、イエス・キリストがおられ、マリアは、この「教会(Ecclesia)」の母として、旅するすべての子らを母の愛をもって気遣い、見守り、助けてくださる。

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 土曜日の、ちょっと大それた独り言でした。皆さんの上に、主の豊かな祝福がありますように!

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女、教皇庁立国際マリアン・アカデミー会員)

 

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2021年2月13日