・Sr.岡のマリアの風(64) 聖母月、ロザリオ・マラソンを振り返ってー「苦悩の時にあって『神の民』として『留まる』こと」

 2021年5月の聖母月は、昨年に引き続き、新型コロナの大感染の中、物理的に「集まる」ことができない、共に賛美をすることができない、という状況で迎えました。そんな中、教皇フランシスコの 強い望み で、世界30か所の聖母巡礼地を結ぶ「ロザリオ・マラソン」が行われました。

 30か所の一つに、日本の「被爆の聖母」小聖堂も選ばれ、21日午後6時からささげられたロザリオの祈りは、全国にライブ放映されました。私たちの共同体では、5日の韓国の聖母巡礼地でのロザリオの祈りにも、オンラインで参加しました。また24日はミャンマーの巡礼地で、苦しむ神の民の祈りの声が天に上げられました。(ロザリオ・マラソンについて、また「被爆の聖母」については「マリアのミニ動画」2021年5月も参照してください)

 さらに長崎の「みつあみの会」(長崎生まれの三つの修道女会の集まり)は15日にオンライン・ロザリオの祈りの集い」を行い、40以上の修道院(韓国、ベトナム、ローマも含む)を結び、参加してくださった司教さま、神父さま、協力者の信徒たちと共に、感謝、賛美、嘆願の祈りをささげました。

 一人では、落胆し、希望を失いそうなときでも、「神の民」として、父祖アブラハムから始まるすべての「信仰の父、母たち」とむすばれ、私たちは、私たちの時代の中で、私たちが生きている場所で、信仰に留まり、それを次世代につないでいくことができるようるなります。

 信仰に留まること。信仰を守る、保つこと。信仰を継承してくださった先人たちに感謝し、彼らの模範に力づけられ、そして後から来る世代のために、私たちの模範を残すこと。

 教皇フランシスコは、まさに、出口が見えない苦しみを生きているミャンマーの信徒たちと、バチカンの聖ペトロ大聖堂で共にささげたミサの中で、イエスが父のもとに帰る前に使徒たちに望んだ「守る(保つ、留まる)(custodire)」について黙想されました(5月16日)。祖国ミャンマーが「暴力、紛争、抑圧」によって刻印されている時に、「私たちは何を『守る』(何に留まる)よう招かれているのか」、と。

 教皇は、三つの「守る(留まる)」を挙げます。「信仰を守る」「一致を守る」「真理を守る」。それは、「信仰に留まる」「一致に留まる」「真理に留まる」と言うこともできるでしょう。

*信仰に留まる

 「留まる」-なぜなら、いただいた 賜物 の中に忍耐強く留まることだからです。信仰も、一致も、真理も、神の賜物です。それを私たちは、日々の生活の中でも経験します。私たち人間の自然の傾き、この世の論理は、信頼するよりも疑う、一致するよりも分裂する、真理よりも自分の都合のよいようにものごとを曲げて見る方へと流れます。

 キリストが私たちに賜物として与えてくださる信仰、一致、真理は、この世の論理ではなく、神の論理であり、神の論理は非常にしばしば「逆説的」です。父である神が私たちを救うため、私たちに永遠の命を与えるために遣わした、神の独り子イエス・キリストが、どのような生き方をしたか、何を言ったか、何をしたか、を見れば明らかです。

 イエスの最初の説教の一つ、「真福八端」は、 神の逆説 の最たるものでしょう。人間の論理ではとても理解できません。イエスは、まずご自分で、この逆説的な「真福八端」の生き方を示しました。ですから私たちは、「留まる」ことができるよう、イエスを見つめなければなりません。

 第一に「信仰に留まる」こと。イエスは、生涯最後の日々の苦悩の中にあって、「天を仰いで」祈っていた、と教皇フランシスコは強調します。[以下、試訳]

 それは、イエスの生涯の最後の時です。イエスは、近づいている受難への苦悩の重みを感じています。ご自分の上に降りかかろうとしている夜の闇を感じ、裏切られ、見捨てられたことを感じています。

 けれどまさにその時、その時においてもまた、イエスは目を天に上げます。まなざしを神に向かって上げます。悪の前に頭を下げず、悲しみに押しつぶされず、敗北し、絶望した人の歎きに陥らず、天を仰ぎます。

 どんな状況にあっても、まなざしを天に向けることを、イエスは弟子たち、私たちに、身をもって示されました。

 イエスはそれを、ご自分の弟子たちにも求めました。エルサレムが軍隊に侵略され、人々が不安になって逃げ出し、恐怖と荒廃に見舞われる時、まさにその時、「身を起こし、頭を上げなさい」と(ルカ福音書21章28節)。

 詩編作者たちのように、苦悩の中で天に叫びを上げること。信仰とは、「信頼」することから始まります。神は慈しみ深く、ご自分の子らの叫びに耳を傾け、私たちにとって最上の方法で応えてくださることに信頼すること。その信頼こそが 憎しみと復讐の連鎖を断ち切る唯一の武器です。

 祈りは、私たちを、困難な時においても、神への信頼へと開きます。祈りは私たちを、すべての事実にもかかわらず希望するよう助けます。祈りは日々の戦いの中で、私たちを支えます。それは逃亡ではありません、問題から逃げる方法ではありません。その反対に、祈りは、死を蒔くたくさんの武器の中にあって、愛と希望を守るために私たちが持っている唯一の武器です。

*一致に留まる

 二番目に「一致に留まる」こと。 一人きりで信仰に留まることはできません。私たちは必ず、民として、共同体として信仰に留まります。もしかすると、今、私がいる場所に、共に信仰に留まってくれる人はいないかもしれません。でも私は「民の一人」です。アブラハムから始まって、空の星のように、海辺の砂のように、数えきれない「信仰の兄弟姉妹たち」に繋がっています。

 何よりもまず、私たちは、イエスの十字架の下に留まった母マリアとつながっています。マリアほど、一人の被造物として 神の逆説を、自分の人格全体をもって(心で、体で)経験した人はいません。その母を、イエスは私たちに母として与えてくださいました。

 人類における最も暗い夜の中で、「闇の力が支配する時」(ルカ福音書22章 53節)に、イエスと共に、自分を空(から)にして、神に満たされるに任せた母マリア。マリアと共に留まるなら、私たちはどんなときでも、何があっても、イエスへの信仰に留まることができます。神が慈しみ深い父であることを信じ続けることができます。

 教皇はミャンマーの信徒たちに向かって嘆願されます。

 私たちは一致を守るよう招かれています。イエスの御父への、この深い悲しみからの嘆願を真剣に受け取るよう招かれています:一つになること、一つの家族を形造ること、友情、愛、兄弟愛の絆を生きる勇気をもつこと。特に今日、兄弟愛は、どれほど必要とされているでしょうか!

 そしてこの一致は、教皇フランシスコがたびたび思い起こすように、私たちの小ささの中で、日々紡いでいくもの、あきらめずに蒔き続けるもの、機械的にではなく「手作業で」造り出すものです。真の平和は、外交戦略だけでは達成できません。真の平和は、一人ひとりの心の中の平和から生まれるからです。

 マザーテレサが言うように、私たち一人ひとりが、大きな海の中の「清い水の一滴」となることから始まります。

 いくつかの政治的・社会的状況は、あなた方の力をはるかに越えていることを、私は知っています。けれど、平和と兄弟愛のための任務は、つねに下から生まれます。一人ひとりが、小ささの中で、自分の役割を果たすことができます。一人ひとりが、自分の小ささの中で、兄弟愛を築く者、兄弟愛をまく者となるため、暴力を増長するのではなく、引き裂かれたものを再建するために働くために努力することができます。

 なぜこのように「一致」が大切なのでしょう。イエスが弟子たちに求める一致は道徳的レベルのことではありません。イエスは、ご自分に敵対する力、悪魔が 「分裂するもの」であることを知っています。アダムとエバを誘惑した時のように、悪魔は巧みに私たちを分裂へと導きます。そして、分裂の果ては、家族の破壊、教会の破壊、社会の破壊だけでなく「私たち自身の破壊」だ、と教皇は言われます。

 多様性の中での一致を可能にする神の力、聖霊の力に対抗する、分裂させ、派閥を作り、敵対させる悪魔の力。どちらの方に私たち人間の本性が傾きやすいかは、私たち自身の経験で明らかです。だから決して悪魔と「対話」してはいけません、と教皇は繰り返します。私たちは簡単に、悪魔の巧みな罠に引っかかってしまうからです。一致への道が険しく、不可能に思われるときこそ、私たちは神の一致の力、一つに集める力に信頼して留まらなければなりません。

*真理に留まる

 三番目に「真理に留まる」こと。信仰に留まり、一致に留まることは、私たちがキリスト者であることの原点、イエス・キリストの内に留まることから来ます。キリストの言葉と行いの中に留まること、キリストの福音に留まること。福音の一部ではなく、総体の中に留まること。福音の中の幾つかの言葉を取り出して、それを自分の理想や思想を擁護するために操作するのではなく、私たち人間の知性にとって分からないこと、理解不能なこともすべて含めて、福音全体に留まること、イエスの行い、言葉全体に留まること。

 ですから、イエスが最後のときに、私たちのために父に願ったこと、真理の中に私たちを聖別することは、私たちが「教義やドグマの番人になること」ではなく キリストに結ばれて留まること、キリストの福音に捧げられた(聖別された)者となること」を意味します。キリストに留まること、なぜなら、特にヨハネ福音書のなかで「真理は、御父の愛の現れであるキリストご自身」だからです。

 教皇フランシスコのメッセージは明瞭です。「主は生ぬるい人々を必要としていません」。

 主は私たちが、この世の論理に妥協するのではなく、「人生のあらゆる状況において預言者となること、つまり、福音にささげられた者となり、たとえそれが時代の流れに逆らうという代償を要求しても、福音の証し人となること」を求めます。

 そしてそれは、福音への日々の忠実さの中で、「平和の職人」となること、「社会的・政治的選択を通しても働くこと」です。時に命を危険にさらしながら。「このようにして初めて、物事は変わるのです」。

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生ぬるくなりがちな私たちは、「苦しみの暗い夜においても、悪がより強く見えるときでも、神の国の喜びを証しすることができるように」、目覚めて祈らなければなりません。それは人間の力を超えるものだからです。復活のキリストの霊の力で初めて可能だからです。

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新型コロナの大感染の中で、世界中で止まない紛争、それによる難民・移民問題の中で、失業問題の中で、この聖母月は私たちに、「母」マリアのまなざしを通して、キリストのみ顔を見つめること、キリストのまなざし、言葉、しぐさを見つめることを思い起こしました。それは「原点に戻る」ことでもあるでしょう。教会もまた「母」であるからです。

 母マリアのまなざしで、イエスのまなざしを見つめるとき、私たちのまなざしも変えられていくのでしょう。今、私たちの周りに、イエスのいつくしみのまなざし、母マリアのまなざしを必要としている人々が、どんなにたくさんいるでしょうか。まず、私たち自身が、そのまなざしに見つめられるにまかせ、変えられるにまかせることができますように。

 そして、傷ついた世界、人類の上に注がれる、父である神の慈しみのまなざしを、私たちの生き方を通して証しすることができますように。

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女、教皇庁立国際マリアン・アカデミー会員)

2021年5月31日

・竹内神父の午後の散歩道⑦祈りの息遣い  

 病人の看病は、一種独特な体験です。枕元で本人の息遣い感じていると、こちらの方も疲れを覚え 苦しくなります。おそらく、それは、お互いの息遣いが一つになっているからではないか、とそう思います。心を込めて看病すればするほど、それは顕著になります。

 看病は、一つの祈りの形です。神の息遣いと自分の息遣いが一つとなるように、看病する人の息遣いとされる人の息遣いが 一つとなります。

天を仰いで深く息をつき…

 ある時、イエスは、耳が聞こえず舌の回らない人を癒します(マルコによる福音書7章31-37節) その時、彼は、まず天を仰いで深く息をつきます。「天を仰ぐ」という動作は、 神への祈り を表しています。「イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで祝福し、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆にお分けになった」(同6章41節)。

 「深く息をつく」(ステナゾー)という言葉は、また、「ため息をつく」ことでもあり、「うめく」ことでもあるようです。そのうめきは、特に、圧迫・苦難からの解放を求める切なる祈りにほかなりません。

 このうめきは、しかし、ただ単に否定的・消極的なものではありません。パウロによれば、むしろそれは、私たちの贖いにとって必要なものでもあります。

 「実に、被造物全体が今に至るまで、共に呻き、共に産みの苦しみを味わっていることを、私たちは知っています。被造物だけでなく、霊の初穂を持っている私たちも、子にしていただくこと、つまり、体の贖われることを、心の中で呻きながら待ち望んでいます。私たちは、この希望のうちに救われているのです。… 私たちはどう祈るべきかを知りませんが、霊自らが、言葉に表せない呻きをもって執り成してくださるからです」( ローマの信徒への手紙8章22-26節)。

エッファタ(開け)

 私たちは、普段、実に様々なものにとらわれています。それは、ある意味で、身体的にも精神的にも病の中にある、と言ってもいいかもしれません。身体は硬直し、心は閉ざされ、命の息遣いは弱くなります。そのような状態にあっては 、私たちは 決して安らぎを得ることも、希望を抱くことも、また生きる喜びを味わうこともできないでしょう。

 「開け (エッファタ)」ということは、しかし、ただ単に苦しみの中にある人の耳や目が開かれる ということに留まりません。その人の命そのものが、その目指すべき方向へと開かれ導かれます。ですから、イエスの奇跡は、何らかの魔術的な行為とは根本的に異なります。「私は命だよ」と語る、イエスの深い憐みの心から 溢れるように湧き出てくる行為です。 奇跡とは、つまり、神の慈しみの働きのしるしにほかなりません。

 イエスが直接触れられる。それによって、耳が聞こえず舌の回らない人が、癒されました。私たちも、また、直接イエスの指で触れられ、彼の息遣いと一つになりたい、とそう願い求めます。イエスの深い息遣いは、私たちの苦しみを共に引き受け、そこから私たちを解放へと導きます。だから、 祈り なのです。

 どのような言葉で祈るか、それは二義的なことです。自分の奥深くから 突き動かすように、深い息遣いが立ち現れます。すなわち、それは、呻くような祈りであり、それによって私たちの命は生かされます。

(竹内 修一=上智大学神学部教授、イエズス会司祭)(聖書の引用は「聖書協会・共同訳」による)

2021年5月31日

・愛ある船旅への幻想曲④ 立場とno side

 今年も我が家にツバメがやって来ました。

 巣に入っている雌を外で見守っている雄の姿は、毎年、ほのぼのとした気持ちにさせてくれます。

 雌雄のツバメが自分の立場をわきまえている様子は、私に感動と思いやりの心を与えてくれます。

 どの組織にも、数が限られた地位を得る為には、並々ならぬ努力が必要であり、苦労も伴う事でしょう。しかし、容易にその地位を得る人もいます。周りから頼りにされ、その地位にふさわしい人柄の持ち主、それも持って生まれた才能かもしれません。

 そして、その人が自分の立場をどのように使うかで評価されます。人の意見を聞き、置かれた場所で、時代に即応した的確な判断力が必要でしょう。意思疎通ができなければ、協力体制もとれません。また、自分の立場もわきまえす、周囲に不信感と悲惨な状況をもたらすなら、人として尊敬に値せず、周囲にそっぽを向かれても仕方ないでしょう

 私は大のラグビーファン、2019年のワールドカップもスタジアムで観戦しました。残念ながら日本は優勝できませんでしたが、開催国としてピッチの内外でもno side精神を最後まで貫き、大会を盛り上げました。私がラグビーを愛するのは、多様性のあるスポーツだからです。身体の特徴に合わせた活躍できるポジションがあるのです。試合を全員で守り、全員で攻める。One for All, All for One!

 カトリック教会も、自分一人では得られない大きな喜びを、皆で分かち合うことが必要かもしれません。自分の立場を逸脱して、晩節を汚すことなく、人を傷つけるような言動をせず、時代に即した教会運営をしてもらいたい、と思う今日この頃です。

(西の憂うるパヴァーヌ)

2021年5月31日

・菊地大司教の日記「13日はファティマの聖母記念日」

2021年5月13日 (木)ファティマの聖母記念日

Rozario3_20210513083201 5月は聖母の月で、毎年ロザリオの祈りが呼びかけられています。昨年に続き今年も、感染症による困難な状況の終息を願い、教皇様は特別に祈るようにと呼びかけられています。

 今年は、毎日、世界各地の聖母巡礼所を結んでのロザリオマラソンが行われ、また東京教区では、毎週月曜日の昼に、一連ずつをメッセ-ジとともに配信をしております。

 その5月の中で13日は、ファティマの聖母の記念日です。聖母マリアが、ポルトガルの三人の子どもたちに御出現なさったのが、1917年5月13日のことです。

 6回にわたり聖母の出現をうけ、またメッセージを受けた三人のうち、幼くして亡くなった二人、フランシスコ・マルトとジャシンタ・マルトの列聖式は、2017年に教皇フランシスコがファティマを巡礼し行われました。三人のうちもう一人のルシア・ドスサントスは、その後修道生活に入り、2005年に亡くなられましたので、現在列福調査が進められています。

 昨年は、翌5月14日が教皇様の特別な呼びかけによる祈願日であったことから、東京カテドラル聖マリア大聖堂でもロザリオの夕べを行いました。昨年の映像は、こちらのリンクからまだご覧いただけます。今年もロザリオの祈りにご活用ください。また以下にビデオをアップしておきます。

 またはこちらのリンクから、東京大司教区の、今年の毎週一連の配信もご利用ください。現在、一連と二連が配信されています。

 聖母の取り次ぎを求めながら、この5月の間、みなで共に祈りましょう。

 一日も早く、人類が直面しているこの困難な事態が終息するように、また病床にある人たちにいやしが与えられるように、医療関係者の健康が守られるように、経済の悪化でいのちの危機に直面する人たちに助けがあるように、さまざまな事情によりいのちを守るために助けを必要としている人たち、特に海外から来られた兄弟姉妹に必要な助けが与えられるように、さらに政治のリーダーたちがいのちを守るための正しい判断をすることができるように。

 そして、すべての人の上に復活の主イエスの守りと導きが豊かにあるように、わたしたち自身が御子イエスに倣って行動する勇気を持つことが出来るように、神の母である聖母の取り次ぎを祈りましょう。

 さて、教皇様は5月11日に、新しい奉仕職として、「信徒によるカテキスタ」を正式に制定されました。同日発表された自発教令「アンティクウム・ミニステリウム」において、これまでの教会の歴史を振り返り、「カテキスタ」の役割の重要性と、それも召命の一つであることを強調され、同時にこの制定が、新たな「聖職者主義」を生み出すのではなく、教会共同体を豊かにするための奉仕職であることを指摘されています。

 バチカン放送によれば、「信仰の証人・師・同伴者として、カテキスタは、洗礼の秘跡の準備から、生涯の育成にいたるまで、司牧に奉仕するよう招かれている、と教皇は説明」され、「信徒カテキスタは「深い信仰を持ち、人間的に成熟し」、キリスト教共同体の生活に積極的に参加している男女でなくてはならない」」とも指摘されています。

 今後、典礼秘跡省から、認定式などの儀式が定められることと、各地の司教協議会はそれぞれの地域の事情に応じて、信徒によるカテキスタの制度を整備することを、教皇様は求めておられます。

 ご存じのように、東京大司教区では「教区カテキスタ」の制度を定め、猪熊神父様を委員長としてカテキスタ養成コースを行ってきました(今年は感染症の状況に鑑み、中断中です)。今後、教皇様の今回の制定にあわせ、また示唆と励ましを頂き、東京における教区カテキスタの制度をさらに充実させていきたいと思います。

 

 

2021年5月14日

・菊地大司教の日記「地主・前札幌教区司教が帰天ー忘れられぬ颯爽とした姿」

2021年5月 6日 (木) 訃報:地主敏夫司教様

Jinushi2012a 前札幌教区司教(教区長)のペトロ地主敏夫司教様が、5月4日に入院先の札幌厚生病院にて肺炎のために帰天されました。90歳でした。(写真は、2012年9月に月寒教会献堂50年のお祝いで挨拶される、地主司教様)

 地主司教様の葬儀などは、現在の感染状況ですので、ご親族や司祭団だけで、5月8日(土)午前10時から札幌北一条教会で執り行われます。お祈りください。

 私も、札幌教区と縁がないわけではありません。2009年11月に地主司教様が引退されてから、後任として勝谷司教様が叙階された2013年10月まで、新潟教区の司教と兼任しながら、4年間ほど札幌教区の使徒座管理者を務めておりました。ですから、できれば札幌まで行って葬儀に参加したいところですが、緊急事態宣言下でもあり、当日は東京からお祈りさせて頂きます。

 教区司教は75歳になると、教皇様に引退願いを出すことになりますが、それに対して通常は、1:即座に引退が認められる、2:当面続けるように命じられる、3:後任が決まるまでその座に留まるように命じられる、の三つの選択肢があります。もちろんそれ以外にも、多くは自らの願いで協働司教を引退より数年前に任命して頂いて、協働司教は司教座の継承権を付与されるので、引退と共に即座に司教座を引き継ぐ場合などもあります。

 地主司教様の場合がどうであったかは、私は知る立場にありませんが(基本的には教皇様とご本人、そして宣教地の司教任命に関わる福音宣教省長官程度が知るのみでしょうか)、最終的に地主司教様は79歳まで札幌司教を続けられました。

 今でこそ、他の教区の司教が空位の司教座の管理者となることは普通となりましたが、当時の札幌のケースのように、他の教区司教が使徒座管理者となるのは日本では久しぶりのことで、当時は、私が新潟から北海道へ転勤となった、と勘違いをされたこともありました。

 いずれにしろ引退された当時、79歳の地主司教様はまだまだお元気で、その後も幼稚園の園長などを続けられ、冬にはご自分で車を運転して、スキーにも行かれていました。私も、4年間、毎月一週間ほどは札幌に通っていたので、札幌司教館で一緒に食卓を囲みながら、いろいろと昔話を聞かせて頂きました。話題は北海道の教会に留まらず、日本の教会や世界の教会の話題もしばしば飛び出し、文字通り「勉強」させていただきました。(下の写真、引退後も元気に司教館前の雪かきをする、地主司教様)

Jinushi2010a

 大げさなお祝いなどがお好きではなかったと感じましたが、一番印象に残っているのは、引退が発表された2009年11月17日の夜のことです。

 その週は、大阪方面で、日本と韓国の司教団の交流会が行われていましたが、夕食後の懇談中、ローマ時間のお昼になった瞬間に立ち上がり、「じゃあ、私は引退したから、これでさよなら」と、手を振って部屋を後にされました。

 残された者は、私以外、その事情を知らなかったので、唖然としていた、その雰囲気と皆の表情と、さわやかに別れを告げる地主司教様の、颯爽とした姿が忘れられません。このたびも、唖然とする周囲を尻目に、「じゃあ、さよなら」とばかりに、颯爽と御父の元へと旅立たれたことでしょう。

 司教様の様々なお働きに、そして生涯を通じた献身に、命の与え主である神が、豊かに報いてくださいますように。永遠の安息を祈ります。

*地主司教様の略歴(札幌教区の通知より)

1930年9月20日    北海道札幌市に生まれる
1934年9月16日    北一条教会で受洗
1960年3月20日    カトリック北一条教会で司祭叙階。北二六条教会助任。
1961年~1969年   司教館付司教秘書、教区事務局長
1969年~1978年   ローマ留学
1978年~1987年   円山教会主任、さゆり幼稚園園長
1987年10月3日    札幌教区長(司教)に任命される
1988年1月15日    司教に叙階される
2009年11月17日    司教の辞任が受理される
2021年3月19日    治療のため札幌厚生病院に入院
2021年5月4日      帰天

 生前、多くの役職を担われましたが、主だったものとして、司教協議会における教会行政法制委員長、典礼委員長、カトリック新聞や多くの各役職を歴任。その他にも社会福祉法人雪の聖母園、医療法人天使病院の他、多くの学校法人の幼稚園園長や理事、理事長も歴任されました。

2021年5月7日

・Dr.南杏⼦のサイレント・ブレス⽇記㊽ 患者の思いが分かるということ

 「こんにちは。ご体調はいかがですか?」「痛いところはありませんか?」

 ⽇々の医療においては、⾼齢の患者さんを診ることが多い。その際に⼼掛けているのは、いかに患者さんの思いをくみ取るか、という点だ。

 急性期病院から現在の病院に移った当初は、「患者さんの平均年齢が89歳」であるという現実に⼾惑ったものだ。それまで⾏ってきたような検査や⼿術をすすめて、かえって予後を悪くする、という苦い経験も重ねた。

 「リハビリは嫌」「⾷べたくない」「もう横になりたい」といった患者さんの声を聞いても、最初はピンと来なかった。

 ところが⾃分⾃⾝、肩や腰が痛くなったり、昔のように⾷事をたくさん⾷べられなくなったり、⻑い階段を⼀気に上ろうとして途中で息切れしたりするようになってきた。すると「座っているだけでも⾷欲がなくなるほど疲労する」という患者さんの思いが分かってくる。

 考えてみれば、「⾷べるだけで精⼀杯」と話す患者さんは、ギリギリのところでバランスを取って⽣きているのだ。そうして私は、「やさしい医療」の存在に目覚めた。

 ⾼齢の患者さんを対象にする医療は、関われば関わるほど、奥の深い分野だと感じる。⼈⽣の師である患者さん⾃⾝から学ぶことも少なくない。それは、在宅医療の場では、なおさらであろう。

 在宅医療を受けている患者さんは、たばこもお酒も夜ふかしも⾃由だ。それは、「残り少ない命を思い通りに使い、⽣ききっていただけるような医療」であると⾔える。多くの医師にとって、医学部の教科書では習わなかった医療へのチャレンジでもある。

 医師になりたてのころだったら、「とんでもない」と眉をひそめたであろう医療が、実は患者さんを笑顔にすることに役⽴っている。そこに思いを寄せられるようになるには、医師の側にも⼈⽣経験が必要だ。

 5⽉21⽇公開の映画『いのちの停⾞場』で、吉永⼩百合さん演じる主⼈公の医師・⽩⽯咲和⼦が⼤学病院を辞めて在宅医療の世界に⾜を踏み⼊れるのは、60歳を過ぎてからだ。この点は、映画の原作となった拙作も同じ設定。年齢を重ねた医師というのは、⾼齢の患者さんにとっては悪くない存在なのかもしれない。映画をご覧いただけるとすれば、主⼈公の姿からそんなことも感じていただければ幸せだ。

(みなみきょうこ・医師、作家: 映画『いのちの停⾞場』では、4⽉中旬に予定されていた⼤阪府での舞台あいさつ、4⽉下旬の福岡県久留⽶市での公開前キャンペーン、5⽉上旬の北海道札幌市での特別試写会が、いずれも中⽌になりました。暗く⻑いトンネルが続きますが、昨⽇よりも今⽇、今⽇よりも明⽇に希望の光がありますように……)

2021年5月5日

・画家・世羽おさむのフィレンツェ発「東西南北+天地」③ 美について

 今回は、私のイタリアでの生活について短く書き、その後、「美」について続けます。

 イタリアでは日中の気温差がとても大きいです。なので、春や秋に朝コートを着てアトリエに行き、昼には半袖で汗を流しながら絵を描いていることもあります。8月には40度まで気温が上がり、昼、外には猫の気配もない様子で太陽もギラギラと輝きまぶしいですが、こういった中クーラーなしで窓の開け閉めで室内の温度をできるだけ低く保ちながら、生活しています。

 つまり、朝、気温がまだ低いときは、家の全ての窓を全開にし室内温度を下げ、午後は反対に全ての窓、またカーテンの代わりに扉またはシャッターを閉め、夕方まで、朝の涼しさを少しでも長く確保しようとします。それでも、外は40度。なので、昼はともかく室内も暑くなる!でも、私はこういった自然のリズムと共に生きる、イタリアの生活が好きで、クーラー設置?などのアイデアは出てきません。

 また、四季に恵まれているのは、日本と同じですが、湿度の違いは、またとなく大きいです。イタリアでは、夏は乾いていて、冬はたくさん雨も降り、湿気があります。

 さて、美( la bellezza)について書きましょう。

 「美しい」という言葉から、読者の皆さんは、どのようなことを連想されるでしょうか? 調和、和やかさ、しなやかさ、純粋さ、これらの名詞、形容詞は、「美」の性質を表す一例でしょう。それでは、「美」を計ることはできるのでしょうか?

 大切なのは、「醜い」が、本質的には「美しい」の反対語ではない、ということです。ここで言う「美」は、何か普遍的なもので、個人の好き嫌いを超えたものです。つまり、美は愛の産物です。

 イタリア語の芸術 ”arte” は、絵画・彫刻などの ”belle arti”、 つまり美術より、幅広い意義を持って使われています。日々の生活も”arte”、つまり芸術となり、対人関係をどのようにするのか?そこにも、”arte”があります。どのように食卓を準備するか?どのように、全世界の兄弟に奉献するか、つまり、日々のたくさんの小さな、そして大きな選択を”arte”に還元することにより、生きること自体が芸術となるわけです。

 例えば、富士山を前夜、遅くから登り始め、早朝に日の出を山頂から眺め、言葉なく、ただ静かに、その「美」を享受するのは、つまり、普遍的な「愛」を感じているのでしょう。こういったように普段、私たちの中にある個人が宇宙と一体になり、参加する体験は、ある宗教の経典を理解している特別な人たちだけのものではなく、すべての人、あなたのものです。

 旧約聖書の創世記で、神は無から創造した代わりに、私たち芸術家、つまり、あなたを含めた、日々生活の芸術家は、この世にある創造されたものを変容、変形することで、美を実現します。レオナルド・ダ・ヴィンチが絵の具を使い、最期の晩餐の心象を具現化するように、ミケランジェロが大理石の中に聖母マリアとイエスを見つけるように。生活の芸術は、見せびらかすためでも、宣伝するためでもなく、最終目的は「愛」を美といった形で具現化することにあります。

 さて、聖書の良いサマリア人の一節を読んで見ましょう。

 「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追い剥ぎに襲われた。追い剥ぎたちはその人の服を剥ぎ取り、殴りつけ、瀕死の状態にして逃げ去った。ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、反対側を通って行った。ところが、旅をしていたあるサマリア人は、その場所に来ると、その人を見て気の毒に思い、近寄って傷にオリーブ油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』この三人の中で、誰が追い剥ぎに襲われた人の隣人となったと思うか」(ルカによる福音書10章30〜36節)

 この善いサマリア人にどのような印象を持ったでしょうか?私は、彼がとても美しい人だと思います。なぜなら、愛したからです。内面的な美しさは対人関係の中で築かれるものです。例えば、イエスは鞭受けの刑を受け、とげの冠をささげられ、顔、身体が変容した際にも、彼はとても美しかったわけです。

 内面的な美しさと外見的な美しさは、一見、合致しないかと思われがちですが、私たちが心の目によって見れば、対応するものであり、その根源には常に神の愛があります。そして、心の目で見える美しさを他人に見たと時に、評価し、また、神に感謝することによって、愛がどこまでも浸透していくことでしょう。

 つまり、ここでの善いサマリア人は富士山の日の出と同じように、日本古語でいう「あはれ」の情緒を持つものとなるでしょう。

(世羽おさむ、写実画家。ウェブサイトwww.osamugiovannimicico.com/jp インスタグラムwww.instagram.com/osamugiovannimicico_art/ フェイスブックhttps://www.facebook.com/osamugiovannimicico/ )

(絵は世羽おさむ作「隣人」 油彩、カンヴァス、75x60cm、2020年)

2021年5月2日

・三輪先生の時々の思いⅡ ⑤愛国心という迷妄:新渡戸稲造の場合

「愛国心の迷妄」を考えるとき、その筆頭に来るのは新渡戸稲造である。

 そもそも彼の研究発表の第一発は、英文の日米交渉史The Intercourse Between the United States and Japan: A Historical Sketch である。1891年をもってジョンズホプキンス大学出版局から出版されている。

   冒頭に出てくる徳川斉昭(1800-1860)の文書の英訳が、まるで出鱈目で、一種の捏造文書になっている。斉昭に、愛国的拡張主義者の発言をさせている。「・・・わが日本国の国旗が他国に翻ったことはあっても、侵略国の国旗が吾が国土に翻った試しは皆無である」ーそういう意味の事を、新渡戸は記しているのである。

 斉昭の原文には「旗」という文字は出てくるが、上記如きことは何も言っていないのである。贔屓の引き倒しも良いところである。学者人生のそもそもの発端で、こんな捏造をしてしまった稲造の公的発言はよくいって「ひねくれたもの」に成らざるを得なかったであろう。悪くすれば「嘘の上塗り」に堕すことになったであろう。

 これが私が新渡戸の公的生涯に下す評価の通奏低音である。

(2021. 5 .1記)

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長、プリンストン大博士)

2021年5月1日

・Sr.阿部のバンコク通信(55) 長引くコロナ禍の中でも「常に喜べ、絶えず祈れ…」

  長引くコロナ禍で、 危篤の方のお見舞い、亡くなられた方々の見送りができない状況が続いています。駆けつけたい気持ちが祈りに込められ、ミサを捧げ、遥か彼方より葬儀に臨む、何とも心が痛みますが、存分にできなくて満足いかない気持ちの底に格別の繋がりを感じ、不思議に思います。

 寂しい気持ちで過ごす病人や孤独な人々を訪問できないもどかしさもありますが、そうした中で、この事態を生きる知恵や工夫が生み出されている事実に、人間のたくましさ、優しさを感じます。

 98歳の母親を自宅で大事に介護しながら「状況が治るまで頑張って欲しいの」と友達が言ってました。人生で出会ったたくさんの方々に囲まれて、お母さんを見送ってあげたいのですよね。

 葬儀や墓といえば、タイ国では上座部仏教のしきたりで、通夜(3日から7日、偉い方は1か月から100日ないし1年)、葬儀、火葬、海山に散骨、という流れで死者の見送りが行われ、カトリック教徒などのようなお墓がないのです。

 「体は滅びても、魂は生まれ変わる」という輪廻転生を信じ、それぞれの人生と死が、死後の在り様を決定し、生まれ変わって生き続けるのです。火葬した遺体は「抜け殻」で墓所に保存しません。

 葬儀は寺院で、通夜、葬儀、火葬の全てが僧侶の祈りに伴われて行われます。遺骨は、骨壷に収められ山に、あるいは船をチャーターして川を下り、沖合で僧侶の祈りに伴われて家族の手で海に撒かれ、次いで花びらを撒いて見送ります。大自然に戻す見送りに、「安らぎさえ感じ、腑に落ちた」とは、ある日本人の体験談。

 以前、「私が死んだら火葬して。灰は自然の中に撒いてね」と言ったら、「だめよ、公害になるから」と姉妹と大笑い、「せめて堆肥に」と願ったのですが。

 バンコクも感染者が増え、復活祭後も緊張、自粛状況で、祈りに拍車がかかる日々、夕刻は聖体顕示をして交代で世界の状況を思い、コロナ感染で苦しむ方々のため祈りを捧げています。

 「常に喜べ、絶えず祈れ。何事にも感謝し奉れ」ー聖パウロの勧めに従って励み、安心して見送られ、うれしい旅立ちをしたい、と願っています。

(阿部羊子=あべ・ようこ=バンコク在住、聖パウロ女子修道会会員)

2021年4月30日

・愛ある船旅への幻想曲③ハンス・キュンク師の「勇気」に敬意を

 2021年4月6日にスイス人神学者ハンス・キュンク師が亡くなられた。93歳であった。

 キュンク師は、カトリックとプロテスタントの一致推進に貢献し、教会改革にも尽力された。カトリック教会内部の第二バチカン公会議の流れに逆行する動きに数々の批判をし、カトリック神学を教える資格を剥奪されている。彼については、様々な感想を信者は勿論、各宗教家、宗教を持たない人々にさえ論議されてきた。今、カトリック信者にとって、彼はどの様に評価されているのだろうか。年齢層によって大きな評価の違いがあるだろう。女性である私は、何よりも彼の勇気に敬意を表したい。

 キュンク師は、「私は冷静に確信する。私は根本的な変化を確実にみることはできないだろうが、私たちは決して希望を捨てることはない。望みえないのに望みを抱いて信じる(ローマの信徒への手紙4章18節参照)」(『キリスト教は女性をどう見てきたか 原始教会から現代まで』矢内義顕訳・教文館刊)と、未来のカトリック教会の為に希望を持つことを教えてくれた。

 コロナ禍の中、人として今までとは違う生活感を持って当然である。ある人は3つの職を掛け持ちしていると労働機関関係者から話を聞いた。土曜、日曜も働かねばならない。働く場所があればまだ救われる。報道されない女性や若者の自殺者が増えている。これは、個人の問題ではなく社会問題である。生活苦からメンタルを病み、行き着く先が自殺であってはならないだろう。しかし、これは誰にでも起こりうることかもしれない。

 私は知り合いを二人、自殺で亡くしている。二人はそれぞれに神の存在を信じていた。一人はギタリスト、カトリック教会でイエスとマリアに出会ったことをとても喜んでいた。一人はダンサー、晩年はアフリカの太鼓をたたき、舞うことで神と会話していた。二人とも純粋に神を求めていた。

 現代社会で生きている私たちは、真剣に信仰と宗教を考えねばならない。

 「教会とは?」「神とは?」「イエスとは?」と自分自身に問いかけ、黙想することが必要な時かもしれない。

 カール・ラーナー師やハンス・キュンク師のようにカトリック信仰を現代的な感覚で理解し、人間としてのイエスに倣い、友と共に船旅を続けたい。

 (西の憂うるパヴァーヌ)

2021年4月30日

(読者投稿)柔らかな春の陽の中で…

 命の育み

  今 木々は若葉を芽生えさせている

  柔らかく緑鮮やかな 小さな葉が みるみるうちに伸び開いていく

  庭の紅葉は 紅二本の間に緑が一本あり

  それが調和し何とも美しい 丸い小さな房の花がいくつもぶらさがり 可愛い

  ハナミズキも白い花がたくさん 葉と一緒に開き始めた

  この季節は どこを見ても植物が輝いて見える

  人の子も動物の子も 生まれてすぐは 特に愛らしい

  柔らかな肌 つぶらな瞳 あどけないしぐさ すべてが愛らしい

  母親の乳を探し懸命に飲む それが「生きる」ということだ と知っているかのように

  神様は 生きるすべてのものの誕生と育みを

  私たちに楽しませてくださっているかのようだ

  動物の成長は早く 愛らしいしぐさのときは  じきに過ぎてしまう

  それは  動物にとっては生きるための掟のように

  そして人も 動物も 大人を見ながら 教えられながら成長していく

  すべての生きものを創られた神様は 人の知恵を はるかに はるかに超え

  命の循環を綿密に創られた

  生きることの素晴らしさも苦しさもほんのひととき すべてを味わって全うして、「生きよ」と言われているようだ

 

 老女と息子

  眼医者に来ていた老女とその息子

  老女は呼ばれて両手を引かれ 腰を曲げて歩く

  検査の椅子に座り 椅子が上がる 足が床から離れる

  耳が遠いので 大きな声で看護師が説明する

  片方の目は ほとんど見えない様子

  診察を待つ間 隣に座った息子が 補聴器を老女に付けて話す

  「これから薬を注すから見えにくくなるよ」「今日はここだけだよ」

  この二人に 私の目は潤む

  何でだろう 母とわたしを思い出したのか

  母も少し腰が曲がっていた 耳も少し遠かった 一緒に医者にも行った

  何でだろう 優しい息子だなあ 私はどうだった?

  ふと 母の世話ができてよかった あのような時を過ごせてよかった

  幸せだった と思った

  こういうことって ずっと後になって感じるのだろうか?

  息子さん おばあちゃん 幸せですね 私も幸せでしたよ

 

(カトリック東京・小金井教会 Y.W.)

 

2021年4月30日

・Sr.岡のマリアの風 (63)聖母崇敬は私たちに「真の奇跡」-回心-をもたらす

「母」であるマリア

 聖母崇敬は、奇跡や不思議な現象を求めることではない。東方教会で、マリアは「神の母」(Theotokos)として呼び求められている。マリアは「母」。ゆえに常に「子」との関係の中にいる。マリアの子、イエス・キリストのうちに、私たちは神の子らとされた。「頭(かしら)」であるキリストに、切り離せない絆で結ばれている「体」である私たち。

 ゆえに、母であるマリアは、御子のうちに、私たちすべての子らと関係している。私たちすべてを、母としての気遣いと責任をもって見守る。東方教会イコン画の中で、一人で描かれているマリアはほとんどない。

 母はいつも子とともに描かれる。例外的にお告げのイコンがあるが、しかしそれこそまさに、最も緊密な方法で「子」と結ばれている「母」の画でもある。つまり、子が母の胎の中に宿った瞬間。

 祈りは奇跡や不思議な現象を求めることではない(教皇フランシスコ)。教皇フランシスコは、最近の祈りについてのカテキズムの中で…「マリアとの交わりの中で祈る」(2021年3月25日)「聖人たちとの交わりの中で祈る」(4月7日)「祈りの先生としての教会」(4月14日)。

 また、「イエスの聖テレジア教会博士宣言50周年、国際会議(アヴィラ)へのメッセージ」(2021年4月16日『オッセルバトーレ・ロマーノ紙』イタリア語訳掲載)の中で、キリスト教信仰は、ゆえにキリスト教の祈りは、「奇跡や不思議な現象」を求めるものではなく、「キリストとの一致」のためにあること、さらに、キリストとの一致は、人々に、世界にキリストの愛を運ぶよう、私たちを「出て行かせる」、キリストの愛のわざを行うよう、私たちを「駆り立てる」ものだ、と強調する。

 つまり祈りは、私たちの思いをキリストの思いと一つにすること、いやむしろ、祈りの中で、私たち自身を聖霊に開くことによって、キリストの思いによって、私たちの思いが形造られるにまかせること、キリストの考え方、メンタリティーによって、私たちの考え方、メンタリティーが形造られるにまかせること、
キリストの行い、キリストの生き方によって、私たちの行い、私たちの生き方が形造られるに任せることーだろう。

 このようなダイナミズムの中で、私たちの祈りが本物かどうかは、その祈りの「実り」で分かる、と教皇は言う。

 祈りが私たちを、自分の中に閉じこもらせ、「私とイエス」の個人的関係にのみ留まらせるなら、それは、まだキリストとの一致に達していないことであり、未熟な祈りである。

 キリストとの一致は、「私とイエス」の関係に閉じこもることではあり得ない。キリストとの一致は、キリストの思いを私の思いとすることだから。

 それでは、キリストの思いとは何か。イエスご自身、明言している。イエスの思いは、「父」の思いと一つである。「父」はこの世を愛し、私たちを愛するあまり、ご自分の独り子を世に遣わした。時が満ちた時、「女」から生まれさせて。

 それは、世を、私たちを裁くためでなく、救うため、「子」によってすべての人をご自分の子とするため、ご自分の命―永遠の命―にあずからせるため、ご自分のところ-父の家-に迎え入れるため、である。

 キリストの思いは、だから、「すべての人の救い」、すべての人の真の幸い、それ以上でもそれ以下でもない。キリストの思いを私の思いとするとき、ゆえに、「私だけの救い」「私の家族、友人、グループだけの救い」に留まることはできない。キリストの思いは、私たちを「駆り立て」、人々のところに、この「善い知らせ」、救いの知らせを伝えるよう「出て行かせる」。

 「善い知らせ」:神はいつくしみ深いお父さんであり、私たちがどんなに弱く、みじめで、罪深い者であっても、恐れることなくご自分のところに戻って来るよう、忍耐強く呼びかけ、いつも、両手を広げて待っているお父さんであること。

 この、キリスト教の根源にある真理を、私たちは毎年、特に主の復活祭と、その準備(四旬節)と祝い(復活節)の中で原点に戻って、もう一度、何度も、見つめるのだろう。

 主の復活のとき、マリアはどこにいたのか。今年の復活節、私は特に、「マリアはどこにいたのか」を思い巡らした。復活節の典礼の中で、主の母マリアは存在しないかのように見える。マリアは「存在しない」のではなく、生まれつつあるキリストの民の中に「溶け込んでいく」とは言えないだろうか。

 第二バチカン公会議は、マリアを、教会の典型、模範、姿(イコン)、始まり…として、また、地上を旅する神の子らが天の国に入るまで、絶えず気遣う母として示した。

 教皇フランシスコは、上述の話の中で、マリアが、そして聖人たちが、「私たちの側」、教会の中にいることを強調している。主の母マリアでさえ、神と人との間の唯一の仲介者であるイエス・キリストの「横」には並ばない。あがないのわざは、唯一、絶対的に「神のわざ」である。三位一体の神のわざである。

 マリア自身、「私は主の仕え女です」、つまり「主に仕える者」であって同等の者ではないことを明言し、「お言葉通りこの身になりますように」、つまり「主の思いの通り」-それは常に人間の思いを超える-、私の存在全体になるように、と答えを差し出した時から、徹底的に、人間の知恵では「分からない」、理解できない、時に人間の知恵と逆行する神の知恵、神のやり方を受け入れていく。神のやり方が、自分の存在の中で実現するように、と。

 マリアは、神の民イスラエルの娘である。神の慈しみは永遠であること、神の約束は、時が来れば必ず実現することを、両親から、また民の共同体の中で教えられてきた。

 神に見捨てられたかのように見えた十字架の時にも、マリアは「しるし」を求めず、神の慈しみは永遠であることを信じ続けた。これが、マリアの真の偉大さである。

 マリアは天からの「しるし」を求めなかった。神はマリアに、何の奇跡も行わなかった。しかし、よくよく考えてみるなら、マリアだけでなく、イエスの「ために」さえ、何の奇跡も行われなかった。

 イエスの「奇跡」は、常に「しるし」であり、それはご自分のためではなく、人々のため、弟子たちの信仰が成長するためである。主の変容の「奇跡」は、使徒たちの信仰を固めるため、ラザロの復活の「奇跡」は、ご自分が神であること、永遠の命をもっていることを示し、人々、特に使徒たちに、ご自分の受難・死の中で信じ続けることを可能にするためである。

「教会の母」聖マリア

 イエスの受難・死の中で、真っ暗闇の、すべての希望が消えたように見える中で信じ続けることが出来た唯一の人間、それがイエスの母、マリアである。

 イエスが遺言で-遺言の中でも最後に―、ご自分の母を、ヨハネの姿の中に集中する、ご自分のすべての弟子の母、さらには、世の終わりまで存在するすべての人の母と制定したのは、母の信仰の中に、すべての弟子の信仰の最高の実現を見たこともあるだろう。

 それが、教皇フランシスコが、教会の伝統を継承しながら、典礼暦に「教会の母」マリアの記念日を加えた理由の一つである。「教会の母」の記念日の日付、聖霊降臨の祭日の翌日、復活節から年間に戻った最初の月曜日であることは意味深い。

 マリアはまさに「年間」の女性、「普通の日々」の女性である。神のわざである復活の実りが、教会の中で実現され、経験される時。聖霊降臨によって、人々に、世にキリストを運ぶよう派遣されていく教会は、マリアの中に、「あがないの卓越した実り」、キリストに形造られた「新しい人間」、旅する神の子ら(私たち)にキリストを示し、父の家に集うまで気遣う「母」を見つめる。

 マリアが教会の母である、というのは、肩書でも飾りでもない。それは彼女の信仰の実りであり、私たちに対する、さらにすべての人に対する、神の慈しみの「しるし」である。

(岡立子=おか・りつこ=けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会修道女、教皇庁立国際マリアン・アカデミー会員)

(聖書の引用は「聖書協会・共同訳」を使用しました=「カトリック・あい」)

→Sr.岡の4月のトピック「PAMI(教皇庁立国際マリアン・アカデミー)オンライン会議」▷

https://youtu.be/fq7ONAPUmJo

2021年4月30日

・竹内神父の午後の散歩道 ⑥「二つの命の出会い」-聖母マリアの月に

 「命二つの中に生きたる桜かな」(『野ざらし紀行』)――松尾芭蕉が、同郷の弟子・服部土芳と二十年ぶりに再会した時の感懐を綴ったものです。場所は、桜の下。生きていればこそ、の再会です。二人の命が、こぼれ落ちるような桜の命に包まれている、そのような情景が浮かびます。人と人との出会いとは、本来、このような命と命の出会いなのではないか、とそう思います。出会いは、一見 当たり前のようでいて、実は、その背後には、本人同士にも分からない不思議な縁があるのではないでしょうか。

神の母

 マリアの中で 二つの命が出会います。一つは人間の命、そしてもう一つは神の命。この二つの命が一つとなって、私たちに与えられましたーイエス・キリスト。時は満ちました(ガラテヤの信徒への手紙4章4節参照)。永遠が時間の世界に入ります。慎ましい一人の「シオンの娘」(ゼカリヤ書2章14節)が、「神の母」(テオトコス)となります。生まれてくる子は「インマヌエル (イザヤ書7章14節)と呼ばれ、「いと高き方の子」(ルカ福音書1章32節 と言われます。彼は、ダビデの子孫として人間の子であり、神の霊によって神の子です。神の母となること、それが マリアに与えられた神からの使命です。それゆえ、彼女は 「恵まれた方」(ケカリトーメネー)と言われます (同書1章28節参照)。

恵まれた方

 「恵まれた方」ーこれが 天使ガブリエルのマリアに対するあいさつです。聖書において、この言葉が使われるのは、ここだけだそうです。「マリア」ではなく、「恵まれた方」と呼びかけられます。あたかもそれが、マリアの名前であるかのようです。マリアが そのように呼ばれる理由として、次の二つのことが考えられます。

 一つは、彼女が、聖霊によって神の子を胎内に宿したから。 すなわち、霊的祝福を受けたからです。 聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む (ルカ福音書1章35)。「包む」は、「影を落とす」という意味であり、旧約聖書において、それは、雲の中の幕屋における神の現存を表わします。つまり、「神の霊がマリアの中に降り、彼女を守る」ということでしょうか。

 もう一つは、戸惑いながらも 神の御旨を素直に受け入れ、それによって神の救いの業に参与したからです。「私は主の仕え女です。お言葉どおり、この身に成りますように 」(ルカ福音書1章38節 )。それによって、「秘められた計画」(ローマの信徒への手紙16章25節)が明らかにされます。

 私たちは、まったく同じ意味で、恵まれた者となることはできないでしょう 。しかし、「恵まれた方」という名に与ることなら、できるかもしれません。神の言葉に心を開き素直にそれを受け入れ、それを深く静かに味わいたい、とそう願います( ルカ福音書11章28節、 詩編95章7 8節参照)。

 神の子は、確かに 私たちに与えられました。彼は、神と人間の唯一の仲介者であり(テモテへの手紙1・2章5節)、たった一点を除いて、私たちとまったく同じ人間となりました。その一点とは、彼の中に「まったく罪がない」 ということです(ヘブライ人への手紙4章15節)。

 マリアの中で 二つの命が一つとなりました。そのように、私たちの中でも、神の命と自分の命が出会い 一つとなります。なぜなら、この神の子が、御父との交わりの中に私たちを招いているからです(ヨハネ福音書17章21節)。

(竹内 修一=上智大学神学部教授、イエズス会司祭)(聖書の引用は「聖書協会・共同訳」による)

2021年4月30日

・画家・世羽おさむのフィレンツェ発「東西南北+天地」②「心と愛」

 私のコラムは、緩やかに第一回からつながりを持たせて、書いていこうと思います。なので、時間があったら、前編からご覧ください。

 よくキリスト教は西洋のもの、つまり、東洋と対比するものと思っている方々とお話をするのですけれど、イエスのことは、ヨーロッパに弟子を通して伝えられました。つまり、ヨーロッパ文化の基盤にあるキリスト教は、むかしむかし、2000年前、西洋では異教であったのです。

 では、イエスは私たち、古今東西すべての人に何をもたらしたのでしょうか? それは、愛です。

 愛と一言にいっても、いろいろな局面に表されるもので、例えば、パートナーに対する恋慕の情、家族や友人を大切に思う気持ち、また子供を愛おしく思う気持ちですね。共通しているのは、見返りを求めないこと、純粋で、与えることに満足する、ということです。また、ありのままを受け入れることでしょうし、相手の必要とすること/ものを理解し、与えることでもあるでしょう。そして、最も大切なのは、愛は自由な選択を好む、ということです。押しつけた愛は、矛盾的であり、行為によって意義を否定する、悲しいものとなります。

 ただ、この愛の自己犠牲的な姿勢は、ことわざでいう、「自分に厳しく、他人に優しく」といったものとは、本質的に異なります。なぜなら、誰かを愛するためには、まず、愛されていることが大切なのです。

 イエスは、使徒たちに最期の晩餐で、おっしゃいました。

 「互いに愛し合いなさい。私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛しなさい。互いに愛しあうならば、それによってあなたがたが私の弟子であることを、皆が知るであろう」(ヨハネによる福音書13章34-35節)

 また、人を愛することと赦すことは、深くつながっています。また、イエスはおっしゃいました。

 「あなたがたの父が慈しみ深いように、あなたがたも慈しみ深い者となりなさい。人を裁くな。そうすれば、自分も裁かれない。人を罪に定めるな。そうすれば、自分も罪に定められない。赦しなさい。そうすれば、自分も赦される。与えなさい。そうすれば自分にも与えられる…」(ルカによる福音書6章36‐38節)

 ここでいう父は、つまり、私たちを常に見守っている、私たちの心のすべてを知っている超越的な存在で、肉親ではありません。その存在の名前をどうつけるかは別にして、つまり、「あなたは、貴重な存在で、愛されている」ということです。どんなに、仕事場、学校、または家庭で人間関係が難しくても、この「父」は、あなたを純粋に愛しています。

 何か、怖いですよね。名前も知らないし、実際会ったこともないし、自己紹介もしてないし。ただ、私たちが、彼と会いたいことを望むのであれば、いずれ、その機会がくることでしょう。

 イエスは、私たちの自由な心での選択について話しているのです。自分に害を与える人の前でさえ、本能的反応を超え、相手を裁かないで、赦すことを選択する、内面的、精神的自由によって、彼または彼女を愛することができます。その結果、より人間らしくなります。イエスが、身を持って、彼の人生とそして、復活によって示してくださいました。

 さて、最後に、少し日本社会に目を向けて見ましょう。2024年の新紙幣では、明治期のクリスチャンである津田梅子などが顔を出すようで、経済状況悪化も影響して、日本も転換期に来ているのでしょう。

 天然災害の多い日本の歴史で集団を尊重する文化が育ったことは、うなずけますし、また、良かったことでもあるでしょう。平安時代までは、女性がとても、尊ばれていた

日本文化でしたが、キリスト教迫害期の江戸時代以後、国学として、儒教道徳が正式的に取り入れられ、今でも、それが日本の人間関係の基盤になっていることを、どれだけの人が気付いているのでしょうか?

 父に仕えることは「孝」、君(また、現代でいう会社の上司)に仕えることは「忠」、友に交わることは「信」、民を治めることは「仁」。愛と共に、心から行われれば、この道徳も成就するものの、反対に形式だけを重視すれば、人を道徳の名のもと、裁く要因にもなりかねません。

 一方、19世紀、明治維新の原動力となった、陽明学は、それまでの儒教を以下のように、人間化しました。

 「それら(孝忠信仁などの徳)はすべて我が心にこそかかっているのであり、であればこそ、心がそのまま理であるのだ。この心が私欲に覆われてさえいなければ、それはそのまま天理なのであり、それ以上何も外からつけ加えるものはない。この天理に純なる心をこそ発揮して、父につかえれば、それがとりもなおさず孝であり、君につかえればとりもなおさず忠であり、交友・治民の上に発揮すればそれが信であり仁であるのだ。」(王、p13)

 明治期には、国を変えた、たくさんに人々がクリスチャンだったことも、特徴的ですが、陽明学は現代において、忘れ去られているようです。私たちの社会で、本当に年齢、性別、人種、文化などの多様性を心から自由に愛する選択を個人個人がすることで、一歩ずつ、社会が、形式を超え、人間らしくなっていくのでしょう。僕自身、イタリアで移民として、生活をしていますが、日本が移民を受け入れることは、社会によい影響を与える機会とすることができますと思います。

   聖霊を通して。

  次回は、芸術、美を通して「日本らしさ」について、書いていきたいと思います。

 (引用は、「聖書」(聖書協会共同訳、日本聖書協会)、「伝習録」(王陽明著、溝口雄三訳、中公クラシックス)

(世羽おさむ、写実画家。ウェブサイトwww.osamugiovannimicico.com/jp  インスタグラム www.instagram.com/osamugiovannimicico_artist/ フェイスブックhttps://www.facebook.com/osamugiovannimicico/ )

(絵は世羽おさむ作「マグダラのマリア(イエス復活の最初の証人)」 油彩、カンヴァス、75x60cm、2021、個人蔵)

2021年4月7日

・Dr.南杏子のサイレント・ブレス日記㊼ ヘビが目を丸くする

 新型コロナウィルスの感染拡大が続くこの1年、スイスのジュネーブにある世界保健機関(WHO) の記者会見がニュースとして放映される機会が増えた。WHO の紋章には「ヘビが絡みついた杖」が描かれている。ギリシャ神話の医学の神アスクレピオスのシンボルとしてご存知の方も多いだろう。

 では、この杖と並ぶ存在として、医療・医術の象徴として広く用いられるシンボルマーク「ヘビの巻きついた杯」をご存知だろうか? それは、アスクレピオスの娘の一人で、歴史上名前の知られている最古の女性医師と言われるヒュゲイアが持っていた杯だ。

 神話の世界では医神の「父」とともに語られながら、現代では忘れられがちな「娘」の名前を冠した電子書籍『ヒュゲイアの後裔(すえ)女性医師の系譜』(岩田誠著、中山書店)がこのほど刊行された。パイオニアとして医学の道を志しながら、苦難の道を歩んだ女性医師たちの評伝集である。

 洋の東西を分けて取り上げられているのは、古くは古代ギリシャのアテネで産科医療を行ったアグノディケー、日本の大宝律令下に宮廷の婦人科治療に当たった名もなき女性医師らにはじまり、近代以降では世界初の公認女性医師とされるアメリカのエリザベス・ブラックウェル、日本初の荻野吟子、生澤クノらの名前が並ぶ。

 先人たちが生きた時代、国、家庭にはさまざまな違いがある。しかし、共通しているのは、苦難と闘う長い道のりだ。

・男装して診療をしたが女性であると分かり訴追された=アグノディケー
・書物による教育は行われず、口述の技術指導のみだった=大宝律令下の女性医師たち
・女性であることを理由に総計28校から入学拒否された=ブラックウェル
・医学校を出ても東京と埼玉の医術開業試験受験を拒否された=荻野吟子
・医学校で断髪と男装を強いられ、隣室から聴講した=生澤クノ

 本書を通じて私たちは、これでもかというほどに、同じような差別が繰り返された歴史と向き合わされることになる。

 本書の著者は、東京女子医科大学の名誉教授で、医学部長も務めた神経内科医・岩田誠氏。医学部2年の学生を対象にして、岩田氏が十数年にわたって行った講義「女性医師の系譜」の内容をまとめたものだ。医学部長時代、あまたの女子学生たちに「至誠と愛、そしてそれらを実践する勇気」を説かれたという著者ならではの視点に貫かれている。

 最後にもう一つ、本書から歴史的なエピソードを紹介したい。東京女子医科大学で1908年に行われた記念すべき最初の卒業式は、一部の来賓(!)が「女医亡国論」を唱えて大混乱に陥ってしまったのだという。彼らの論旨は、次のようなものだった。

「手術をし、血を流すことに平気な殺伐な女が増え、日本の醇風美俗を壊し、ひいては国家を滅亡に誘う」                           「女は月経という穢れがある。手術室の神聖を冒す」                                               「女は妊娠して仕事を休む。人命を委される医術には不適当である」

 混乱の第1回卒業式から110余年。「ご心配には及びませんよ」と胸を張って先人に報告するためには、社会全体にわたって、なお一層の意識の変革と環境の改善が求められる。一歩間違うと、「女性医師の多い病院は時間が……」などという発言が飛び出しかねない日本の現状は、ブラックウェルも荻野吟子も、ジュネーブのヘビさえも目を丸くしかねない。

(みなみきょうこ・医師、作家: 医学部入試の不正入試事件に5人の女性医師の生き方を重ね合わせて描いた『ブラックウェルに憧れて』=光文社=の執筆では、エリザベス・ブラックウェルの生涯から多くのことを学びました。)

 

 

2021年4月3日