人の命を支えるものとは何だろうか――? 首都・東京の一隅にある終末期専門病院。医師として数多くの患者の生と死に向き合う日々を過ごしながら、確かにそんなことを考えた「あの日」が、再びめぐってくる。
8年前のことだ。窓辺に春の日差しが降りそそぐ病室で、銀髪の女性患者が私に向かってつぶやいた。仮にその女性の名を、澄江さんとしよう。70歳台後半。癌の末期で余命は3か月と診断されていた。
「先生わたしね、夫や子どもや、家族のことだけ考えて生きてきたの」。おだかやかな口調で、これまでの人生を語る患者は多い。私は診察の手を進めながら、彼ら・彼女たちの言葉に耳を傾けるのを楽しみにしている。
だが、澄江さんの次の言葉は実に意外なものだった。
「でも、今度のアメリカ大統領選挙、とっても関心があるの」。私は、彼女の目を覗き込んでしまっていたかも知れない。「先生、オバマとヒラリー、どっちが大統領になると思う?」。思いがけない話題に、私が返答できないでいると、澄江さんはきっぱりとした口調で続けたのだった。「わたし、選挙の結果を見届けるまで死ねないわ」。
秋までは難しい――そう見られていた澄江さん。彼女は、2008年6月に終了したアメリカ民主党の予備選挙でバラク・オバマ上院議員がヒラリー・クリントン上院議員に勝利するニュースを目にした上、11月の本選挙の結果までも見届け、翌年の1月、オバマ氏が黒人として初めて大統領就任式に臨む直前、静かに息を引き取った。
短編の名手、オー・ヘンリーには、窓から見える蔦の葉が落ちたら命が尽きると信じ込んだ女性患者の一言から物語が動き出す名作「最後の一葉」がある。
自ら死を選んだ太宰治は、最初の小説集『晩年』に収めた「葉」の中で、次のように記している。「死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目しまめが織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った」。
遠い国の選挙、一枚の葉、夏の着物……。人の死以上に、人の生は不思議なものである。
そしてまた11月8日、太平洋を越えた彼の国で大統領選挙の投票日がめぐりくる。今回もヒラリー・クリントン氏とドナルド・トランプ氏は、人々の生に希望を与えてくれただろうか? それが「まだ」だとしたら、私たちはもう少し辛抱強くなれるかも知れない。
*「サイレント・ブレス」とは、静けさに満ちた日常の中で、
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