・Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」㉚理想の休暇の過ごし方-モンゴルへ!

 昨年の夏、ある女性雑誌から次のような取材を受けた。「あなたにとって、理想の夏休みの過ごし方を教えてください」。

 なかなか休みを取りづらい身としては、雲をつかむような問いだった。ただ、「ほお、おもしろい」とも感じたのは、その質問に、「たった1日の休み、1週末だけの休み、そして1週間の場合に分けて、それぞれ理想の過ごし方を教えてください」と注文がついていたことだった。私は次のように回答した。

 理想の1日の夏休み=VRでバンジージャンプ体験:

 「ひどい高所恐怖症なので、高い場所に立つだけでも怖くてたまりません。なのに、なぜかバンジージャンプにずっと挑戦したかった。そんな私なら都内で体験できるバーチャル・リアリティー(VR)がぴったりかなと。貴重な1日だけの夏休みは、井の頭線に揺られて渋谷に繰り出します。お目当てはバーチャル・リアリティーのテーパマーク。家族や友達など、なるべく大勢で行って、普段は全く出したことのない叫び声をあげれば、ストレスを発散してリフレッシュできそうです」

 理想の1週末だけの夏休み=「変なホテル」への宿泊:

 「星新一の世界に紛れ込んだように、受付はロボット、ルームサービスはAIというのを体験してみたい。どこでもいいのですが、浅草橋のローカルな街並みを経由して行くと、新旧のギャップが大きくて面白いかもしれません。いちばんの目的は異次元空間の体験というか、遊び心です。ただ、病院も宿泊施設の一種なので、未来の病院に役立つヒントに気づくかもしれないと期待しつつ、職場の友人と行ってみたいです」

 理想の1週間の夏休み=モンゴルのゲルで暮らす:

 「子供の頃、初めて『遊牧民』という言葉を聞いたとき、とても不思議な気持ちがしました。遊んで、牧畜する民、ですからね。毎日学校に行くのが当たり前、家は動かないのが当たり前、大人になるまで同じ町に暮らすのが当たり前、そんな生活をしていた小学生にとって、遊牧民として暮らす人々がいるというだけで、もう、文字通りのカルチャーショックというか、世界の広さを感じたものです。
その遊牧民の象徴のように思えるものが、私にとってはゲル(移動式住居)なのです。折りたたみ式の住居というだけで、もう、どんなふうになっているのか興味津々です。構造や素材なんかもしっかりと確認したいですね。『行きたいところ』というより、モンゴルでゲルに泊まれればどこでもいい。

 『住んでいるように過ごす』ことで見えてくるものがあります。気分は『冒険』や『探検』なので、観光名所については、実はあまり興味がありません。家族でも友達でも、それを理解してくれる人といっしょに行きたい。本当はもっと長期の方がいいのでしょうが、とりあえず1週間のチャレンジから。

 今のモンゴルの人々がどう生活しているのか、牧畜をしている様子や、普段の食事、日常の娯楽風景などを知りたい。気温や寒暖差、日差しの強さ、周囲の風景などの自然を体感したい。そして何よりも、移動日にいっしょにいさせてもらって、ゲルをたたんでロバ(?)に乗り、一家で暮らした地を離れ、また新たな安らぎの地を求めて草原を移動、再びゲルを建てるところまでをぜひとも見たいです。

 固定した場所に順応する毎日から、移動しつつ順応できる場所に暮らす日々を過ごせば、世界の見え方が変わるかもしれない。日本に帰国したとき、自分の生活がどんなふうに見えてくるのか、新しい小説の発想にもつながる気がして、その変化がまた楽しみなのです」

 夢のような休みをめぐるお話から約9か月。人生、ときに願いがかなうことがあるのだ、ということを実感している。平成から令和の改元に伴う10連休、私はモンゴル行きの機会を手に入れた。あす日本を発ち、ウランバートルを経由して、あこがれのゲル暮らしへ。

 「草原の夏」というにはなお肌寒い季節に、1週間には少し足りぬ6日間のチャレンジである。まさしく珍道中になるだろう旅のご報告は、そんな機会があればまた。――それでは、行ってまいります。

 (みなみきょうこ・医師、作家: 終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス―看取りのカルテ』=幻冬舎=が昨夏、文庫化されました。クレーム集中病院を舞台に医療崩壊の危機と医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=も好評発売中)

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2019年4月28日