・Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」㉔ 届けたい音がある

 和太鼓の音に魅入られている。

 はじまりは2010年秋、縁あって訪れた国際基督教大学(ICU)の大学祭。同大学の和太鼓部によるパフォーマンスを目の当たりにした時のことだ。青空の下、校舎をバックにした緑の芝生の上で、高らかに響きわたる太鼓の音を聞いて驚いた。このICUでは、和太鼓部の演奏が大学祭プログラムの人気投票で毎年のようにトップを占めるというから、彼らのバチさばきと人気のほどはご理解いただけるだろう。

 あれから毎年のように和太鼓の演奏会やワークショップなどに足を運ぶようになって9年。聞く側の楽しみは色あせない。古来、「五穀豊穣」や「無病息」を祈る際に打ち鳴らされることが伝統の和太鼓だが、最近は災害からの復興支援をうたい、被災者へエールを送ることを主眼に演目が組まれることも多くなった。

 被災地・被災者の支援を主眼に置く和太鼓の演奏会が本格化したのは、1995年に起きた阪神大震災が契機と言えそうだ。各地の催しを振り返ってみる、この震災の翌年以降、神戸市などで地元の和太鼓集団が復興を誓う演奏会が毎年続けられるようになっている。

 そうした中で2000年6月、伊豆諸島・三宅島で雄山が噴火。全島避難で多くの人々が島を離れることを余儀なくされた。三宅島といえば、江戸時代から伝わる「三宅島神着神輿(かみつきみこし)太鼓」で知られる。「三宅太鼓」の通称で親しまれるこの太鼓の演奏は、低い姿勢から体全体を使って打ち込むスタイルと、聞く者の体に響くような音で和太鼓ファンの大きな人気を集める。

 島の噴火を機に都内へ移り住んだ元島民が三宅太鼓の普及に努めたり、著名な太鼓集団が三宅島支援の募金活動やチャリティー演奏会を開催したりするなどの活動を展開。災害からの復興支援と和太鼓演奏は、結びつきを一層強める形となった。「がんばれ」「くじけないで」「私が応援している」という思いがこもった和太鼓の演奏は、聞く者の心に強く響くものだ。

 病を押してステージの出演を目指す人たちを医療的な側面からサポートする女性医師の物語<ステドク>シリーズの第5話「届けたい音がある」を9月22日発売の小説現代10月号に発表した。

 今回の物語では、病床にある大切な人の回復を祈りつつ懸命に三宅太鼓を打つ奏者の姿を描いた。「がんばれ」「くじけないで」「私が応援している」と2
いう太鼓の音を文字で表現するのは、とても難しいが刺激的な体験だった。

 西日本を中心に全国の広い範囲で記録した集中豪雨、大阪北部と北海道を襲った地震、相次いで上陸した台風……。2018年は、災害の多い夏だった。ようやく季節が移り変わる時期を迎えたものの、今でも誰かが「がんばれ」「くじけないで」「私が応援している」と声を枯らしているはずだ。時には耳をすましたい。寄り添う思いを届けたい。

 (みなみきょうこ・医師、作家: 終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス―看取りのカルテ』=幻冬舎=が、7月12日に文庫化されました。クレーム集中病院を舞台に医療崩壊の危機と医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=も好評発売中)

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2018年9月27日