・Dr.南杏⼦のサイレント・ブレス⽇記㊽ 患者の思いが分かるということ

 「こんにちは。ご体調はいかがですか?」「痛いところはありませんか?」

 ⽇々の医療においては、⾼齢の患者さんを診ることが多い。その際に⼼掛けているのは、いかに患者さんの思いをくみ取るか、という点だ。

 急性期病院から現在の病院に移った当初は、「患者さんの平均年齢が89歳」であるという現実に⼾惑ったものだ。それまで⾏ってきたような検査や⼿術をすすめて、かえって予後を悪くする、という苦い経験も重ねた。

 「リハビリは嫌」「⾷べたくない」「もう横になりたい」といった患者さんの声を聞いても、最初はピンと来なかった。

 ところが⾃分⾃⾝、肩や腰が痛くなったり、昔のように⾷事をたくさん⾷べられなくなったり、⻑い階段を⼀気に上ろうとして途中で息切れしたりするようになってきた。すると「座っているだけでも⾷欲がなくなるほど疲労する」という患者さんの思いが分かってくる。

 考えてみれば、「⾷べるだけで精⼀杯」と話す患者さんは、ギリギリのところでバランスを取って⽣きているのだ。そうして私は、「やさしい医療」の存在に目覚めた。

 ⾼齢の患者さんを対象にする医療は、関われば関わるほど、奥の深い分野だと感じる。⼈⽣の師である患者さん⾃⾝から学ぶことも少なくない。それは、在宅医療の場では、なおさらであろう。

 在宅医療を受けている患者さんは、たばこもお酒も夜ふかしも⾃由だ。それは、「残り少ない命を思い通りに使い、⽣ききっていただけるような医療」であると⾔える。多くの医師にとって、医学部の教科書では習わなかった医療へのチャレンジでもある。

 医師になりたてのころだったら、「とんでもない」と眉をひそめたであろう医療が、実は患者さんを笑顔にすることに役⽴っている。そこに思いを寄せられるようになるには、医師の側にも⼈⽣経験が必要だ。

 5⽉21⽇公開の映画『いのちの停⾞場』で、吉永⼩百合さん演じる主⼈公の医師・⽩⽯咲和⼦が⼤学病院を辞めて在宅医療の世界に⾜を踏み⼊れるのは、60歳を過ぎてからだ。この点は、映画の原作となった拙作も同じ設定。年齢を重ねた医師というのは、⾼齢の患者さんにとっては悪くない存在なのかもしれない。映画をご覧いただけるとすれば、主⼈公の姿からそんなことも感じていただければ幸せだ。

(みなみきょうこ・医師、作家: 映画『いのちの停⾞場』では、4⽉中旬に予定されていた⼤阪府での舞台あいさつ、4⽉下旬の福岡県久留⽶市での公開前キャンペーン、5⽉上旬の北海道札幌市での特別試写会が、いずれも中⽌になりました。暗く⻑いトンネルが続きますが、昨⽇よりも今⽇、今⽇よりも明⽇に希望の光がありますように……)

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2021年5月5日