・Dr.南杏⼦のサイレント・ブレス⽇記 ㊿ パズルの向こう側に

 認知症の人たちが共同で暮らすグループホームやデイサービスなどの高齢者施設を訪ねる機会がある。ある高齢者施設のフロアでは、利用者の方たちがパズルを楽しんでおられる風景を目にした。

 卓上に広げられているのは、ジグソーパズル……いや、よく見るとそうでなかった。

 一般にジグソーパズルのピースの形は、各辺に凹凸部があり、カタカナの「キ」に近い形をしている。 隣り合うピース同士が「キ」と「キ」の凹凸部をかみ合わせて接合し、はずれにくい構造になっている。それぞれ良く似た形のピースはたくさんあるものの、全く同じ形のピースをしたものはないかららしい。

 その施設で人気のパズルは、個々のピースが「キ」ではなく、青空に浮かぶ雲のような形をしていた。ピースのサイズも大きい。ジグソーパズルと区別して、「板パズル」「ピクチャパズル」などと呼ばれていた。ピースの数にも大きな違いがある。ジグソーパズルは150ピース以上が当たり前。2000ピースを超える超難関もある。一方、雲形ピースを楽しむパズルは、40~60ピースが標準。26ピースといった品もあるという。

 施設にある、パズルのストックを見せてもらった。フロアの棚に納められていたのは、約50種類。雲形ピースの板パズルのほかに、通常のジグソーパズルもあった。

 だがいくつもの板パズルがほこりをかぶっていた。何年も使われていないと見えるジグソーパズルも随分あった。それを指摘すると、スタッフは「ご利用者様から人気がなくて」と苦笑する。それらは、五十音や九九の表のデザインだったり、ポケモンやアンパンマンなど子供向けのキャラクターが描かれている品だったりした。保有するパズルの約3分の1はお蔵入り状態だという。

 「明らかに子供向けのものは、ご利用者様に手にしてもらえません。難易度が高すぎるものも同様です。これらの死蔵品は、パズルを買い集めた担当者だけでなく、日々の介護に携わる私たちスタッフ全員にとって大きな教訓です」と教えられた。

 介護保険制度の導入から20年余。「高齢者の尊厳を重視するケア」「一人一人に合わせた介護」といった理想は、利用者とスタッフ相互の、それこそ小さな試行錯誤の積み重ねによって支えられているのだと改めて実感する。パズルだけでなく、言葉遣いから、食事、体操のメニューなど、いろいろな教訓が積み重ねられてきた。

 わずか46ピースの板パズルでも、出来上がりの図は存在感を強くアピールする。満開となった桜の枝越しに見える富士山、緑あふれる皇居のお堀端、ゴッホやミレーら巨匠たちの名画、愛らしい子猫や子犬たちの姿……。

 「きれいにできましたね」と同じ思いを共有する瞬間は、利用者も介護スタッフも同じ笑顔を浮かべている貴重な時間だ。そんなひとときをいかにたくさん作れるか、スタッフの試行錯誤はこれからも続く。

 

(みなみきょうこ・医師、作家: 2021年は、⼥性看護師の⽬を通して医療現場の現実と限界を描いた『ヴァイタル・サイン』、命がけで舞台に立つ人たちと医師との物語『希望のステージ』を上梓しました。映画化された『いのちの停⾞場』の続編として、家族が担う介護に焦点を当てた『いのちの十字路』を福島民友新聞、下野新聞、山陰中央新報ほかで連載中です)

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2022年2月1日