・Dr.南杏⼦のサイレント・ブレス⽇記 ㊸ ⽵内結⼦さんの悲報を聞いて

 ⼥優の⽵内結⼦さんが死去したニュースは、私たちの社会に⼤きな衝撃を与えた。東京・渋⾕の⾃宅マンションで9⽉27⽇未明、⽵内さんがぐったりしているところを家族が発⾒し、119番通報したが救急搬送先の病院で息を引き取ったという。遺書は残されていないものの、状況から⾃殺と⾒られている。享年40歳。本当に惜しまれる死だった。

 ⽵内さんの死を悼む各種の報道では、⽵内さんが主役を務めた数々の映画やドラマが紹介された。

 筆者も⽵内さんが出演された映画やドラマの作品群には、⼀ファンとして特別な思い⼊れがある。さまざまな追悼ニュースで詳しく報じられた⽇本アカデミー賞主演⼥優賞作品やNHKの⼤河ドラマではない。筆者の職業ゆえの思い⼊れだろうが、⽵内さんが⽩⾐を優雅に着こなし、作中で医師を務めた映画やテレビドラマを懐かしく思い出すのだ。

 その筆頭が、2008年に公開された東宝映画『チーム・バチスタの栄光』だ。海堂尊さん原作のベストセラー⼩説を映画化したこの作品で⽵内さんは、東城⼤学医学部付属病院の神経内科医・⽥⼝公⼦を演じている。阿部寛さんが演じた、個性あふれる厚⽣労働省⼤⾂官房の⽩⿃圭輔と図らずもコンビを組み、⼤学病院で起きた術中死のミステリーに迫る――という物語だ。

 作品の中で⽵内さんは、⼤学病院で「不定愁訴外来」を担当する医師という設定になっている。はっきりとした原因は不明だが、さまざまな不調を抱える患者の話を聞くことが第⼀の仕事であることから、院内では「愚痴外来」と呼ばれるセクション。ここで⽥⼝医師は、さまざまな患者から⼼⾝の悩みを聞き出し、病院の⼤きな謎にたどり着く。

 ⽵内さんの演ずる⽥⼝医師は、のんびりペースの⼈物だが、患者の話にしっかりと⽿を傾ける信頼に⾜る医師で、物語の中で⽋くことのできない役柄だった。

 実は原作は、⽥⼝医師を「⽥⼝公平」という地味な男性を思わせるキャラクター設定だったものの、映画化に当たって⼥性に変更された経緯がある。これが⽵内さんの当たり役となったことをご存じの⽅も多いだろう。翌2008年公開のシリーズ第2作の映画『ジェネラル・ルージュの凱旋』でも、⽵内さんの存在感は際だっていた。

 2009年、映画情報サイト「Yahoo!映画」のインタビューで⽵内さんは、さまざまな患者の悩み話を聞く⽥⼝医師の⼤切な役回りについて語った上で、「⾃分は話を聞くタイプか、話すタイプか?」との質問を受け、「⼈に愚痴をこぼしたりすることももちろんありますけど、気が付いたら⼈の悩みに付き合っている⾃分がいたりします。お茶を飲んだり、⾷事をしたり、ときどきみんなでお酒を飲んだりすると、ついつい何だ、そうかぁ… それはつらいなぁ… なんてことになっていたりするので、半分半分ですね(笑)」と答えている。

 何げないエピソードひとつひとつが改めて胸に迫ってくるーそんなことを痛切に感じた悲しいニュースだった。

 (みなみきょうこ・医師、作家: 世間を騒がせた医学部不正⼊試事件に、5⼈の⼥性医師の⽣き⽅を重ね合わせて描いた『ブラックウェルに憧れて』=光⽂社=を7⽉に刊⾏しました。⾦沢を舞台に終末期医療や尊厳死を考える物語『いのちの停⾞場』=幻冬舎=は映画化が決定し、吉永⼩百合さん、松坂桃李さん、広瀬すずさん、⻄⽥敏⾏さんにご出演いただき、東映系で2021年に全国公開されます)

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2020年10月3日