・Dr.南杏⼦のサイレント・ブレス⽇記 ㊷ 2020年、彼岸花の⾵景

 猛烈な暑さが続いた今年の夏だが、9⽉の声を聞くと「秋の花」をめでたい気持ちになる。彼岸花苗2鉢セット|山野草栽培苗|自然を育てる|自然生活ネット通販

 秋の花の中で、私は、彼岸花に⼼ひかれる。花茎の先に鮮やかな⾚い花を反り返るように咲かせる姿。お彼岸の時期に花芽を出し、燃えるような⾚い花で周囲を⾚く染め上げる。⽇本の秋の⽥園⾵景には⽋かせない花だ。

 彼岸花は、東京都⻘梅市にいくつもの名所がある。霞丘陵⾃然公園、吹上しょうぶ公園、塩船観⾳寺……。いずれも私の勤務先からほど近い距離だ。このうち霞丘陵公園は、毎年9⽉中旬から下旬にかけ、約2600平⽅メートルの敷地⼀⾯に⾚い花が広がる。その数は、約2万株に達する。⽩や⻩⾊の彼岸花も混じり、⾥⼭の⾵景が美しい。

 塩船観⾳も、⼭⾨から阿弥陀堂に⾄る参道脇に彼岸花が乱舞する。吹上しょうぶ公園は、園名をなす春の菖蒲に取って代わり、9⽉末から10⽉はじめにかけては彼岸花が主役となる。

 彼岸花には、⽇本各地でさまざまな異名がある。その数は1000を超えるとも⾔われている。

 いくつかを紹介すると、曼珠沙華、死⼈花、地獄花、幽霊花、狐花、捨⼦花、毒花、灯籠花、痺れ花、剃⼑花、狐の松明、天蓋花……。その多くが、不吉な⽂字を当てられ、もの悲しい響きを持ち、「死」を強く連想させる。花の咲くタイミングが昔から⽇本⼈に「来世」を意識させる彼岸の時期であること、墓地などで群⽣が⾒られること、球根にアルカロイドを含む強い毒性があることなどが、こうした名前の理由なのだろう。

 ⼀⽅、お隣の韓国ではこの花を、「相思華」(サンチョ)と呼ぶ。

 彼岸花は、冬に茂った葉が夏に枯れ、その後、秋に花が咲く。このため、葉と花が同時に出ることはない。花が凜と美しく咲く時期に、緑の葉は⾒られない。こうしたことから、「葉は花を思い、花は葉を思う」という意味で、相思華という名前がついたのだという。どんなに相⼿のことを思えども、決して会えない切なさを感じさせる。

 2020年9⽉、新型コロナウイルスの感染拡⼤は「第2波」のただなかにある。⾃由に帰省ができない。故郷に暮らす両親に会えない。東京の⼤学で学ぶ我が⼦と会えない。単⾝赴任中のパパに帰って来てもらうことがかなわない。同じ都内の施設に⼊所するおばあちゃんの部屋を訪ねることもできない……。⼤切な⼈がウイルスに感染するリスクをできるだけ低減させるためには、彼岸花のように、「花」と「葉」が距離を保つ必要がある。

 私たちには、もう少しの⾟抱が求められる。新しい⽣活様式の定着、命を守るための優先事項の順守、そして、愛する⼈たちとの距離をきちんと考えること。2020年の秋を彩る彼岸花=相思華は、例年とは別の「⾵景」を私たちに⾒せてくれるのではないだろうか。

 (みなみきょうこ・医師、作家: 世間を騒がせた医学部不正⼊試事件に、5⼈の⼥性医師の⽣き⽅を重ね合わせて描いた『ブラックウェルに憧れて』=光⽂社=を7⽉刊⾏。他の著書に『いのちの停⾞場』=幻冬舎=、『ステージ・ドクター菜々⼦が熱くなる瞬間』=講談社など。モンスター患者で揺れる医療現場と医師―患者の絆を考える『ディア・ペイシェント―絆のカルテ』=幻冬舎⽂庫=はNHKテレビ「ドラマ10」で連続ドラマ化され、放映中)

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2020年8月31日