・三輪先生の時々の思い⑥一国平和主義の日本、”時代閉塞感”をどう打開するか

 一国平和主義の現代日本は、一触即発のエネルギーが沸々としているようだ。それは、1941年12月8日大本営発表をラジオ放送で聞いた時、軍艦マーチにのせられた民族的国民的高揚感に似た物への期待と羨望に似ている。今、そんな情動が国民精神の伏流を為しているように思われる。

 イランと米国の衝突への期待が、その辺に膨らんでいるのではないか。一国平和主義の安逸がもたらす妄想かもしれぬ。しかし、真珠湾攻撃で吹っ飛んだ時代閉塞感に似た鬱陶しさが、現代日本に瀰漫しているのは確かな事ではないか。

  おりから、たまたま政治の季節-参院選-である。はたしてこの時代閉塞感を希望に変えることの出来る政策提言は、あがってきているだろうか。聞こえてくるところを総括すれば「もっと光を」と言っているだけに見える。それでいいのか。

  蛍光灯、LED、と来て、あらゆるものが煌々と照明され闇は消えた。「闇」、つまり我々文明社会に住む者にとって最も身近な「自然」が、消えたのだ。現代社会の病理の根源は、ここに発している。政治家が発信すべき希望のメッセージは、もはや「光」ではなく「闇」。つまり「自然」ではないのか。

 誤解を招きやすいこの政策提言を、簡潔に説得的に表現できるかどうか、政治家としての資質が問われる局面ではないかと思うが、どうだろう。

(2012・7・10記)

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長)

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2019年7月12日