鹿児島教区が教区財政支援の名目で献金の増額を始めている。信徒の意見を聞くこともなく、3月に突然、「教区財政支援献金」要請文書(以下「献金要請文書」と略す)なるものが発表されたのだ。教区内では、対応がまちまちで信徒間でも意見が分かれている。一番の問題は信徒の意見を聞かずに、一方的に決めたことにある。シノドス(共働性)の道を共に歩くことに無関心な教区における「反シノドス的」手法だ。
もっとも、これは鹿児島教区に限ったことではないのではないか。信徒も司祭も、司教も教皇も共に歩む教会を目指すシノドスの道を、”霊における対話”の”シノドス流”にすり替え、司祭・信徒の高齢化、減少、若者たちの教会離れなど緊急の問題を司教、司祭、信徒が皆で率直に話し合い、具体策に力を合わせて取り組むことをしない日本の教会、司教団に共通した現象かもしれない。
「献金要請文書」は、教区報5月号にその詳細が5つの項目に分けて掲載され、一般信徒に広く知られることになったのだが、まず、唐突に出されたこの文書の真意が理解しかねる。昨年の「教区評議会」で教区会計の赤字が問題となったが、それ以後、原因分析や具体的対応についてどのような協議がなされてきたのか、経緯の説明がなされていない。
第1項に、「情報開示が遅くなり… 司教として責任を感じる」とあるが、本当に責任を感じているのであれば、「経済問題評議会」、「司祭会議」等における議事録の公表など、説明責任を果たすべきだろう。どのような協議がなされ、今回の信徒の教会維持費など献金の増額という結論に至ったのか。維持費納入の当事者である信徒の意見はどのように反映されているのかを明らかにすべきでではないか。
この文書の宛先は「鹿児島司教区の皆様」となっている。「皆様」であれば、司祭、修道者、、信徒全員を含むことになるが、文書の内容は、維持費負担者である信徒に対する献金増額の要請である。そうであるなら、あて先は「鹿児島教区の信徒の皆様」にすべきだ。
また、「赤字額が過去最高の2000万円台」(第1項)とあり、直近5年間の教区の赤字額が一覧表で示されているが、収入・支出それぞれの中身の分析がない。当たり前のことだが、赤字は収入よりも支出が多いことから生じるものである。そうであるなら収入の減少と支出の増加の両面からの分析が必要だ。昨年の「教区評議会」の資料も支出についての精査はされていない。無駄な支出がなかったかどうか、出費を抑えるための努力がされてきたのか、全く不明だ。
「維持費納入者の継続的減少」(第2項)とあるが、毎年行なっている教区現勢調査で、信徒数について実態調査が行なわれているのか。宗教法人法に基づく信徒名簿が作成されているのかどうか。信徒数に占める維持費納入者が少ない現実をどのように分析しているのか。
これらの調査・分析を行なわず「維持費納入者の継続的減少」と安易に言うべきではない。維持費納入者が少ない現状の根本的原因を、これまで教区全体で真剣に議論したことがあるだろうか。他教区の中には、「維持費改善プロジェクトチーム」を作って恒常的にこの問題に取り組んでいる教区もある。筆者は、教区が本来の使命である「福音宣教」を怠っていることに最大の原因であると考えているのだが。
「教会において人件費は・・・「典礼」を支えるために欠くことのできない支出である」(第2項)と書いてある。あたかも典礼が教会の存在理由とも読める。典礼のためだけの教会であれば、支出は抑えられるはずである。しかし、その直後には「教会の存在理由である宣教司牧活動が滞る」とも書いてある。
「教区が宣教活動をしている」と見ている信徒がどれほどいるだろうか。教区が懸命に福音宣教に取り組んだ結果、教区会計が赤字になったのであれば、信徒も何とかしようと思うはずである。残念ながらそうでないからこそ維持費納入者が減っているのだ。
この文書の第2項の終わりに、第二バチカン公会議公文書の引用がある。「教会生活の頂点であり源泉である典礼」(「教会憲章」10項)」とあるが、これは「典礼憲章」10項の誤りである。その程度の認識なのだろう。今回の献金や財政問題に関して第二バチカン公会議文書を引用するのであれば、「現代世界憲章」69項、「信徒使徒職に関する教令」8項が適切だと思う(岡田武夫『福音の喜びを伝えるために』女子パウロ会参照)
第3項に「教区財政支援献金のお願い」が書いてある。そこに「納入者増のためのご協力をお願いします」とある。これについて司教自身の具体的指針は明らかでない。「自分は文書を出し、後は小教区の主任司祭に委ね、納入は各信徒の判断にお任せ」ということなのだろうか。このようなやり方は教区指導者として適切ではないだろう。
第4項で「一口1000円として、毎月の維持費とともに小教区に納入する(複口数の納入も可とする)」といきなり”事実上の強制”とも受け取られかねない具体的な数字が出て来る。仮に毎月3000円維持費を納入していた信者は、1000円上乗せして毎月4000円納入することになる。物価高で生活が苦しい中での出費は痛手だ。維持費納入者の大半は、年金生活者である。毎月6~7万円の年金から1000円の増額献金はかなりの負担になるはずだ。
司教は信徒の生活状況をどのように理解しているのだろうか。カトリック教会には確かに生活に余裕のある信徒もいるだろう。しかし、「貧しい人々に対する配慮と注意が教会の中でもっとはっきり存在すること」(教皇レオ14世『私はあなたを愛している』第三章参照)を思い起こしてもらいたい。
今回の献金要請文書では、献金増額をいつから始めて、いつまで続けるのかが、一切書かれていない。通常の要請文書では、通知をしてから一定期間経過した後に実施するものである。文書の受取人(信徒)が趣旨(教区財政支援の目的)を理解して、全員(全教区民)に周知する必要があるからだ。
3月末に突然、文書を発表し、4月から献金増額を開始するということであれば、常識外だ。社会通念上、ありえない。終期のない献金増額も異様である。教区財政再建の見通しも示さずにこのような行為はまともな企業、団体ならとても通らない。
また、”特別献金”名目での増額であれば、無記名での納入にすべきである。記名の納入を原則とすれば、教会内での「差別化」が生じることが懸念される。増額に応じられない信徒、納入口数が少ない信徒に肩身の狭い思いをさせる方法は取るべきでない。
第5項に「教区司教・教区本部としても引き続き… 収入と支出の一つひとつについて注意深く精査してまいります」とある。本当に精査する意思があれば、これまでの年度会計報告について精査したものを全教区民に公表すべきだろう。文書の最後にある「鹿児島の地における福音宣教の維持のため」(第5項)という文言が空虚に聞こえる。
今回のような文書を拙速に出し、いたずらに献金の増額を信徒に”強制”することより、今、取り組むべき課題は、教会刷新のために世界代表司教会議(シノドス)第16回定例総会の最終文書の実践に、司教、司祭、信徒が手を取り合って、共に取り組むことだ。
教皇フランシスコが始められた”シノドスの道”を引き継がれたレオ14世は、2028年の世界教会会議を目指して、この最終文書をもとに、世界の小教区から、教区、国、地域のレベルに上げて行く形で、歩みを進めて行くよう求めておられる。この歩みの中で、教区財政の現状と課題について分かち合い、具体的な財政再建の方策と司教、司祭、信徒が一体となって作り上げ、実施していくことこそ、正道ではないか。
(日本の教会と鹿児島教区の前途を憂うる一信徒)