(読者投稿)「反シノドス的な鹿児島教区」続ー信徒から疑問の声噴出、意味不明の知牧区創立100年記念…で破綻しつつある「献金増額」

 鹿児島教区は、教区財政支援という名目で4月から献金増額を始めたが、既に迷走している。一つは、各小教区から疑問の声が出始めており、当初の維持費納入者への「毎月一口千円」増額が実現していない。「赤字の原因が説明されていない」「教区本部から毎年の会計報告がなされていない」「無駄な出費がなかったのかについて、身を切る改善が成されていない」「赤字額を維持費納入者数で割って計算した千円の増額は無神経ではないか」などと信徒からの疑問が噴出している。

 「財政赤字に窮したカトリック鹿児島教区が取った、あまりにも”反シノドス的”な「いきなりの献金増額要請」の筆者の投稿は5月18日に「カトリック・あい」で掲載いただいてから、これまでの累計閲覧件数は1560件。個別の閲覧件数としては前例があまりないほどだという。単純な比較はできないが、鹿児島の司祭、信徒の総計が子供たちも入れて約8000人。教区外も含めて、それだけの方が批判と共感を持って読んでくださっているというこどだ。

 最近では、「大口の寄付により、赤字が1500万円減った」という噂も出ており、そのためか、「増額は強制ではない」「千円未満でも良い」などと教区側の言い方も、トーンダウンしてきている。 一方で、「なるべく早い時期に教区から小教区に説明に伺う」(3月19日付司教文書)と約束したにもかかわらず、4か月経った今も果たしていない。信徒の疑問に対する説明責任を放棄していると言わざるを得ない。それどころか、鹿児島教区の教区報6月号・7月号では、「献金増額」について、ひと言も触れていない。

 もうひとつ、財政の問題とも絡んで、”反シノドス的”な、首をかしげたくなる教区の取り組みが進められようとしている。今年になって発表された「鹿児島使徒座知牧区設立百周年記念行事」だ。鹿児島教区は来年、2027年に使徒座知牧区設立百周年を迎えるが、ずっと前から分かっていたことだし、信者に周知徹底しながら、その内容も、司祭、信徒と相談しながら準備していくのが筋だろう。それを、今年になって、いきなり記念行事をする、という。

 「知牧区とは一体何なの」「記念行事をする意義はどこにあるのか」「”シノドスの道”の歩みもろくろくせずに、記念行事をするのはいかがなものか」「教区会計が赤字で大変だ、と言っておきながら、どうやって資金を捻出するのか」など、疑問の声があちこちから出ている。そのような疑問に答えることもせずに、そもそもやる意味があるのだろうか。

 鹿児島にキリスト教が伝えられたのは、1549年、フランシスコ・ザビエルによるが、使徒座知牧区は、1927年に長崎教区から分離する形で作られ、正式に司教区となったのは1955年だ。 使徒座知牧区は、カトリック教会の教区が設置されていない宣教地域に設立された管轄の一形態である。

 その百周年を祝う、というのだが、まず、何のために記念行事をやるのか。提案者である司教は、年頭の教区報1月号に「過去を振り返りながら、これからの鹿児島教区の伸び代を探っていきたい」と書いていた。全く意味不明。何人の司祭が、信徒が理解できるだろうか。当然、これでは、記念事業を行なう意義が、司祭にも信徒にも伝わらない。

 教区報6月号には、行事内容として「祈りのカード作成、カレンダー作成、前夜祭、来賓の食事会、祝賀会」などとある。福音の香りがしないイベントにすぎない。このような行事と、「過去を振り返りながら…伸び代を探っていく」のと、どう繋がるのか。早々と作成された「祈りのカード」は内容が抽象的で、信徒の現実感覚からかけ離れている。用語や表記にも誤りがあり、信徒にも一般市民にも訴える力がない。

 鹿児島教区は今、厳しい状況に置かれている。信徒・司祭ともに病気や高齢化などにより減少している。現在の小教区体制を維持することは物理的に不可能になりつつある。加えて教区財政はひっ迫している。目的も内容もはっきりしない「知牧区設立百周年記念」をしている場合ではない。シノダリティ(共働性)をテーマにした世界代表司教会議の最終文書をもとに、財政を含めた教区の抜本改革を進めることが先決だろう。

(日本の教会と鹿児島教区の前途を憂うる一信徒)

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2026年7月31日