・愛ある船旅への幻想曲⑨  公園で出会った高齢のご夫婦の「共に歩む」に感動

 先日、散歩がてら山の上にある公園に出掛けた。暑くも寒くもない丁度良い天気。絶好の読書日和だ。一人ベンチに座りのんびりと本を読む。景色も素晴らしくなんと平和で幸せなことか。と、次々に老夫婦がやって来た。

 皆さん私と同じように、今日はここで過ごそうと思ったのだろう。隣のベンチに座ろうと、ご婦人が「こんにちは」と笑顔で、はっきり大きな声で私にあいさつされた。私は久々に感激した。「まさしくこれが“良心”だ」と。それから、私たちの会話が始まった。

 彼女は85歳、その夫は90歳。二人の結婚した経緯からその時代を垣間見ることができた。彼女の話は面白く、また伝え上手である。最近の自分達夫婦の日常生活まで詳しく話され、共に生きてこられた62年の歳月での夫婦の様子が、短時間のうちに私にはよくわかった。今日初めて会った人との“交わり”が私の心を明るくしてくれた。これが日常にある“交わりの喜び”であろうと、私は思った。

 『人が独りでいるのは良くない』(創世記2章18節)

 神様は、私たちに独りで生きるのではなくて、心からの“交わり”ができる他の人との関係を求めている。そこに“神の愛”を感じる。先の90歳の男性は‘人生100年時代’と強調された。彼ら夫婦の二人三脚は、まだまだ続くのだ。

 私は、各世代の人たちと共に生きることに喜びを持って体験していきたい。先ずは、100歳の人の生きてきた社会を知り、次の世代へと続く背景と歴史を知ることは大事と思っている。例え同級生であっても生きてきた場所によって感覚も価値観も違う

 だから、私にとって、歳が何歳違おうと「共に歩む」ことは可能で興味津々である。自分の知らない世界を知ることで、お互いが成長できる。その時間の共有から、自分を見つめ直さねばならない事が再々である。そこに神がおられ、私にその都度、人間としての“良心”を目覚めさせてくださるのだ。

 最後に、90歳の夫から85歳妻への愛の言葉、「私は、結婚してから一度も、妻の『体重』と『口』に勝ったことがありません」

 私は、寡黙な夫からの言葉に哄笑した。いい夫婦だ…

 (西の憂うるパヴァーヌ)

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2021年10月31日