「今、ここに在り、私の人生を生きる」に限る―そんな思いを強くしながら、30年ぶりに乃木坂の修道院で生活しています。
東京・乃木坂の聖パウロ女子修道会を初めて訪れた時の、曲がりくねった同じ坂道、上り切った処に修道院が在ります。尽きない思い出を懐かしみながら上り下り、多少、「きついなぁ」と感じる様になりました。
久々に姉妹たちと母国語で、新鮮な気持ちで語らっています。目を輝かせて、宣教の出会いの思い出を語る姉妹。本当に素敵な福音宣教物語なのですが、私は既に暗記出来るほど繰り返し聞いているのです。鮮明に覚えている感動の思い出を、今を生き、語る隣人に全身の焦点を合わせて聞く…、生きている実感を噛み締める日々です。
「今、ここに在り生きる」-開き直った姿勢でここ数年過ごしています。単純さっぱりの実感があり爽快です。「もう何度も聞いた、またか、時間がもったいない…」と考えたらイライラして、心ここに在らず、という自分になりますよね。人生-時間、何のために?仕事?効率よく生きる?ノルマを果たす?
長い人生でたくさんのことを学びましたが、無駄だと思える事、振り払って生きてきた事々が、キラキラ輝く人生の星屑、大切に押しいただくようになりました。
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タイを去る寸前、チャンタブリのカミリアン老人ホームを訪問しました。尊敬するレナート神父が、60人のスタッフと140の要介護の患者と老人たちのお世話をしています。自力で歩ける人、車椅子で動ける人を除いて重軽度の介護が必要な人たちが大半。目と口だけが動かせる人、寝たきりの人を時間の許す限り訪ねました。
何もできないけど、側にいて「十字架のイエスと共に一番大切なお仕事をしている」と拝む様な気持ちで、摩ったり手を握ったり、目をじっと見つめて、信じる思いを捧げました。
レナート神父は毎日訪問して声をかけておられますが、入所者がどれほど喜んでいるかよく分かります。「スタッフは介護だけで手いっぱい。シスターみたいな存在が大事で望まれているんだけど…」
仏教徒が殆どですが、何人かの信者と朝ミサで会いました。近々洗礼を受ける2人は、連日周りの人のお世話や話し相手、とっても優しい笑顔で感心しました。折り紙を一緒に楽しみ、指ロザリオを造って、欲しい方に差し上げました。皆さんお守りにして、嬉しそうに指にかざして笑顔… ほんの数日間でしたが、タイ国民を支える合掌する手でもある人々に触れて、「お別れ出来て良かったなぁ」と感謝です。
愛読者の皆さん、星屑を拾いながら、「今」に焦点を絞って、爽やかに生きていきましょう!
(阿部羊子=あべ・ようこ=聖パウロ女子修道会会員)