・愛ある船旅への幻想曲⑦ 「 コロナ禍の中で感じる”ネット社会”の不安」

 コロナ禍の中、子供たちにとっては夏休みは夏休みであり、“はっきり”と学校に行かなくてもよい日が続き、少しは息抜きができたことだろう。しかし、今年の夏休みも又、今まで当たり前だったことができない過ごし方だったに違いない。いったい子供たち一人ひとりはどのように感じながら日々を過ごしているのだろう。

 新学期の始まりも各都道府県の学校によって日が違うようだ。明日の学校の予定も定かでない状況では、親子で落ち着かないだろう。また、親は学校からの連絡に何時も注意を払わねばならない。最近は、学校からの連絡手段もメールでの一斉送信、と聞いている。

 インターネットの普及から私たちの生活も変わらずを得ない。義務教育でも学校に行かずにオンライン授業を導入せねばならない昨今である。インターネット接続がなければ学校の授業も受けられない。デジタル社会で育つ子供たちは、これからどう成長していくのだろう。

 カトリック教会もYouTubeを利用してミサ、説教、分かち合いなどが配信されている。(司祭によっては趣味の番組作りなども配信しているようだ。)誰でもが、カトリック教会をネット上で自由に訪問することができる。世界中の教会の主日のミサに与ることができ、何度でも説教を聞くこともできるのだ。ある日本人信徒は、日本の教会を北から南へと順にアクセスして、今は一つの教会のミサに与っている。外国人信徒も同様に、英語圏から最終的に一つの教会を選んでいる。

 今の子供たちは、ネット社会からのスタート、と言えるだろう。必要な情報はネットから簡単に得ることができ、知らない人との接触もボタン一つで可能な時代だ。素晴らしい!と、思う事も多々あるが、今まで培ってきたコミュニティは希薄になり、自己愛と承認欲求がまかり通っているように感じるのは、私だけであろうか。バランスのとれた人間として生きていく為には何事にも苦労して学び、面倒くさく思わず、実体験を喜んでする教育が必要と私は思っている。

 神様は今、何を一番望んでいらっしゃるのか。神様のひとり言を“ちょっと”聞きたい私である。

(西の憂うるパヴァーヌ)

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2021年9月5日