*新教皇レオ14世に期待する・・
プレボスト枢機卿がレオの名を選び、レオ14世と名乗られたことは喜ばしいことだと思います。その名を選ばれた動機となったレオ13世(在位:1878年–1903年)について振り返ってみましょう。レオ13世の存在は、近・現代においてカトリック教会が社会と関わりを持つようになった原点だからです。
*レオ13世の時代背景
時代背景を見てみますと、フランス革命(1789年~)があり、ナポレオン後、思想的には啓蒙主義、近代の自然科学など、理性の立場が社会を支配していきますから、キリスト教や聖書が述べる奇跡などは認めないとする時代思潮となります。
産業革命があり、それに合わせて人間関係、社会も変化し、労働者階級ができ、彼らは貧困化します。資本家や地主と対立。男も女も子供も奴隷のように働かされます。長時間労働、伝染病の蔓延。スラムもできます。社会では共産党、社会主義運動、労働運動など。19世紀後半は西欧の諸国家は政教分離、教会は社会との関係を失い、社会への発言力も失います。
*レオ13世の前はピオ9世教皇・・
ピオ9世教皇は1864年、「誤謬表(シラブス)」で近代を全面的に批判します。哲学的な合理主義も、社会主義も自由資本主義も進歩や近代文明もすべて否定・断罪します。こうしてカトリック教会は社会から孤立して、伝統的な「信仰の遺産」を墨守し、「教義本位主義」という頑なな姿勢を貫きました。
*レオ13世の登場で・・
そんな中にレオ13世が登場し、近代社会との和解を実現していきます。啓蒙思想や科学などの「理性」の立場と「信仰」は共存できると言いました。
そして1891年に回勅「レールム・ノヴァールム」を出し、資本家、雇用者、労働者、そして国家の義務や権利を明確にします―資本家・富裕層と労働者は、それぞれの義務と権利を認め合い、協議によって和解し、労働者も人間らしい生活を営めるようにすべきであり、それが資本家にもプラスになる。雇用者は労働者が家族を養うに足る賃金を支払う義務がある。労働時間、休憩時間、婦人や年少者の保護。労働組合を結成する権利もある。国家にも、生活の困難な労働者を援助する義務、貧しい人を守る義務があり、人間は精神的存在なのだから、人々の精神生活、宗教生活を守る義務がある。日曜日にはミサ・礼拝に参加できるようすべき、と。
*レオ13世によって教会は社会や政治との関りを持つように・・
以上のような主張は。社会に大きな影響を与え、カトリック教会は、政治、社会運動に関与するようになりました。社会の中で、世界の中で発言権を得ていったのです。カトリックと民主主義の両立が可能である、それで「キリスト教民主主義」という政治運動が生まれました。
歴代の教皇は、国際連盟の設立にも影響を与え、国際労働機関(ILO)などの国際機関との関係を構築してきました。教皇ヨハネ23世は、1962年のキューバ危機で米ソ首脳を仲介し、核戦争を防ぐことを助けました。冷戦末期には、教皇ヨハネ・パウロ2世が、まだ共産主義政権だった母国ポーランドを訪れ、民主主義運動「連帯」を支えました。1989年にポーランドで総選挙が行われ、共産党政権は崩壊。教皇が民主化運動が東欧に広がるきっかけを作った、との見方もされました。
第二次世界大戦後、1962年に、ヨハネ23世は第二バチカン公会議を通して、現代社会の戦争と平和、富と貧困といった問題も「教会の問題」として捉えるようになり、バチカンの国連との関係も出来ます。国連には、政治的に中立を保つためオブザーバーとして参加。教皇フランシスコは核廃絶運動に注力され、核兵器が引き起こした惨状を身をもって知るために被爆地を訪問されました。地球環境問題への取り組みも、国際的な影響を及ぼしています。
これらの延長線上にプレボスト枢機卿が「レオ14世」を教皇名に選んだということは期待していいのだろうと思います。
*レオ14世への不安・・ドイツの「シノドスの道」への対処は?
もう一つの関心は、新教皇がドイツの教会に対してどのような姿勢で臨んでいくのか、です。
教会における信徒の役割を大きく高めようとするドイツの司教団に対してNOを突き付けた3人の枢機卿のうちの1人が、当時のプレボスト枢機卿(司教省長官)でした。あとの二人はパロリン国務長官とフェルナンデス教理省長官です。ドイツの「シノドスの道」の歩みの重要な段階である「シノドス委員会」の設立を承認するか否かの投票を行なわないように、という書簡を、3人の連名で、投票直前になってドイツ司教協議会に送ったのです。
信者団体「我々が教会」によると、それは「突然の、脅迫的な手紙」でした。2023年3月にシノドス集会で、シノドス委員会を新たに設立することが決まり、その後、その規約なども決議されました。そして信徒組織であるZdK総会で、圧倒的多数の賛成をもってシノドス委員会の規約は決議・採択されました。
最終的な決定には、司教サイドの承認が必要でした。司教協議会総会の決議を経て初めて効力を持つことになるからです。司教協議会総会は2024年2月アウクスブルクで開催されましたが、その直前にバチカンから3人連名の書簡が届いたというわけです。
*シノドス委員会、そしてシノドス評議会とは・・・
世界の教会の取り組みに先駆けて進んできたドイツの教会の「シノドスの道」の歩みを、さらに協働的なものにするための審議と決議の場となる「シノドス評議会」を2026年3月までに発足させること、そしてその準備のための「シノドス委員会」を新たに作ること。。すでに決まっていました。
シノドス評議会の機能は、教会と社会に助言し、司牧計画や将来の展望を示し、一つの司教区だけで決めることのできない経済的・予算的事柄を教区を超えて決定することです。全教区に関わる連邦レベルでの機能を果たすことが狙いです。
*バチカンからの書簡の背景にあるもの・・・
バチカンからの3人連名の書簡が、ドイツ教会の動きにストップをかけた理由は、「司教たちと一般信徒による共同統治を含むシノドス評議会の機能は、カトリックの教会観、カトリック教会の秘跡的構造と一致しない」というものでした。
そしてドイツ内部の問題も指摘されました。司教団の一致の乱れ。シノドス集会等で、ケルンと南部3州のアイヒシュッタト、パッサウ、レーゲンスブルクの司教たち4名が反対したこと。ドイツは全部で27教区ありますが、4教区の司教が反対し、「シノドスの道」から撤退したので、委員会に合法性に疑問を呈したのです。
シノドス委員会の規約上、もはや司教優位の投票方法ではなく、司教か信徒かの違いに関係なく、投票数の3分の2の多数で議決されますので、4名の司教が委員会に入らなければ、一般信徒に有利になってしまう、ということも危惧され、委員会の運営資金の調達も、司教たちの満場一致の承認が必要なので、この面からも問題が生じます。
*その後・・・
2024年6月、教皇フランシスコの意向に従って、ドイツ司教団の代表とバチカンの代表それぞれ6名が、丸一日の会談がもたれました。詳しくは2024年7月31日付けコラム「シノドスの道に思う⑭ドイツの視点から・8」をご覧ください。バチカンの介入もあり、シノドス委員会(Ausschuss)をどうするか、シノドス評議会(Rat)をどうするかという問題が話し合われました。シノドス評議会はシノドス審議会Gremiunに名称が変更され, 内容も変わるようです。
2025年5月9,10日、マクデブルクにおいて第4回目のシノドス委員会が開催されました。もちろんドイツ司教協議会と信徒団体ZdKの共催です。そこではシノドス審議会Gremiumはシノドス団体a synodal body と英訳されています。「連邦レベルでのシノダル団体」です。はっきりしていることは2024年10月に出た世界シノドスの最終文書に添ってドイツのシノドスの道も進めていくという方針が確認されたことです。
5月のシノドス委員会には、あの撤退していた4つの教区(アイヒシュタット、レーゲンスブルク、パッサウ、ケルン)のうちの3教区からも招待客が参加したようです。次回は2025年11月、フルダで第5回シノドス委員会が開かれ、そこで「連邦レベルでのシノダル団体」の規約が決まる予定です。ドイツの27教区が一致してシノドスの道がさらに展開することが期待されています。
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参考までに、ドイツの「シノドスの道」がどのように歩んできたかを、これまでこのコラムに書いてきたことから要約してみます。
*ドイツ・シノドスの道の略歴・・
ドイツの「シノドスの道」のきっかけは、聖職者による性的虐待と教会当局による隠ぺいの原因の研究でした。これに基づいて、危機打開のためには自由で公開の討論が必要だ、と司教協議会総会が認め、「シノドスの道」の歩みが始まりました。
2019年12月に始まり、翌年、第1回目のシノドス集会。「シノドスの道」は2つの団体、すなわちドイツ司教協議会と一般信徒組織である「ドイツカトリック者中央委員会(ZdK)」の共同作業として行なわれています。合計約230名。シノドス集会が最高の会合であり、様々な決議(決定)を行なう。メンバーは等しい投票権を持つ。なお、中央委員会のメンバーは約230人で、その内97人はドイツカトリック組合の作業チームから選ばれ、84人は各教区の信徒連合から約3名ずつ送られた者、45人は個人として選ばれた人たちです。
*ドイツ・シノドスの道で扱うテーマは4つ・・・
テーマは①権力と権力の分散―宣教への共同参画と参入について ②今日における司祭の存在について ③教会における女性の奉仕と役務について ④継続する関係における生活―セクシャリティとパートナーシップにおける生ける愛について。要するに、統治の問題、司祭の問題、ないがしろにされてきた女性の問題、特に性の倫理の問題の4つです。
これらを審議して出席メンバーの3分の2(そのうちに司教協議会の出席メンバーの3分の2を含む)の賛成で決議案は可決しますが、この決議案が法的効力を持つためには、司教協議会と個別教区司教の教導権によります。諸会合において、審議から決議文ができるまでは、聖職者も一般信徒も平等の権利(一票の権利)を持って参加しています。
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最後に―
*新教皇への期待と不安・・・
レオ14世に対しては、ドイツ司教協議会もZdKも期待していることは間違いないと思いますが、例の書簡のことを考えると、ドイツの「シノドスの道」は大きな改革を進めるなことはできないのではないか、とも思われます。
信者団体「我々が教会」は、今年5月7日の新聞記事で、教皇フランシスコが始めたシノダル(共働的)な教会への改革を、新教皇がさらに進めることへの希望を表明し、具体的に4点を挙げています—①あらゆる点における共同の意思決定:小教区、教区、シノドス(教会会議)において。②女性、LGBTQ+、叙階された奉仕職における既婚者にも同等の権利。③司教の任命において、性的虐待を絶対赦さない。④異なる文化の多様性における一致の尊重。これらは「シノドスの道」の方向とほぼ同じです。
蛇足ですが、2024年度のドイツのカトリック教会の統計の仮発表がこのほどされました。それによると、受洗者数も、教会での結婚者数も、減少傾向が続いており、小教区数も2023年度に9418から9291に減っています。教会を公的に去った人数は2023年度に40万2600人、24年度に32万1600人と、若干少なくなったものの、教会離れの傾向は続いています。
ちなみに、日本では教皇フランシスコが通常の教導権において承認した昨年10月の世界代表司教会議総会・第2会期の最終文書」は、「カトリック・あい」の有志信徒による試訳は昨年11月に完成、掲載されているにもかかわらず、司教協議会の”公式訳”はそれから半年以上も経つのにまだ出てきません。”シノドスの道”への日本の教会の取り組みは極めて消極的でしたが、今やほとんど忘れ去られたように思う
のは私だけでしょうか。
参考=レオ13世に関しては増田正勝「労働者問題とドイツカトリシズム―レオ13世 『レールム・ノヴァールム』100周年に寄せて―」、アゴラ言論プラットフォームの八幡和郎、 湯浅 拓也の記事参照。その他ドイツ司教協議会、ZdK、「我々が教会」のサイトを参照してください。
(西方の一司祭)
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