この7月14日にユーチューバーの山田五郎さんがお亡くなりになりました。67歳でした。彼は上智大学の文学部を卒業され、講談社に入られ、退職されてYouTubeで美術史関連の講座を開いておられました。私が彼の講座と出会ったのは、創世記3章についての一般的な説明にずっと不満を持っていて、自分のこういう状態をなんとか突破したいと考えて模索中の時でした。
とにかく自分は、どうしてもアダムとエバが第二次性徴前の少年少女だったと思うのです。「神が父である」と教えてくださったイエスの言葉は、私の中で絶対です。善悪の知識の木から取って食べることを禁じられた神は父なのですから、それを取って食べたことが過ちだとか、罪だとか、とお考えになるわけはなく、その後始末に集中しておられたと私は受け取っています。
さらに、善悪の知識の木に関する神の命令が、人との契約だったとか、約束だったというのはおかしなことで、さらにそこから罰に至るのは、父である神の御心を思うと、想像を絶することのように思われます。子供が、神から与えられた成長の途上で過ちを犯したとしても、それがたとえ父である神に背を向けた行為に見えても、「神がそれを罪とされるわけがない」と私は信じています。
人は確かに神に敵意を持ちました。しかし人の心の中をよくご存じの神は、人間の敵意の原因となった情報に対して、「神の敵意」で応じられました(創世記3章15節参照)。それは病気になった子に薬を与える親の取る姿勢です。同時に彼らの子孫をバックアップなさったのです。実際カインは、そのおかげで、殺人の罪を犯したにもかかわらず、自分の行為に恐れをもって神に向き直り、救われました。
イエスは、「あなたがたのうち、一体誰が、私に罪があると責めることができるのか。私が真理を語っているのに、なぜ私を信じないのか」(ヨハネ福音書8章46節)と言われました。このヨハネ福音書8章は、姦淫の現場で捕らえられた女をイエスが助けた場面から始まります。イエスは、彼女を罪に定めず、彼女を追い詰める罪が何かを教えられました。彼女の心の中をよく知っておられたのです。
こうして「万物は言によって成った」(創世記1章3節)と書かれているように、「言」であるイエスは、いつもご自分によって成った人々を神に向かって解き放ち、導くために対話に応じ、説得してこられました。
創世記3章を振り返って思うことは、「神はずっとイエスのようにしてこられた」ということです。創世記には、新約の司祭職を人に授けるという神の偉大な計画の始まりがあります。そのために、ノアの物語から後、創世記は、神が本格的に人々の養成に入ったことを告げています。時が満ちてイエスはその恵みを携えて世に来られました。
私はずいぶん若いころから、“アダムとエバは少年少女だった説”を持っていました。若さに任せて聖書の勉強会でその説を言ったことがあります。すると、神父さんが笑いながら、「彼らは夫婦だったのですよ」とおっしゃいました。
私は聖書の箇所を示して、「『彼らはいちじくの葉をつづり合わせ、腰に巻くものを作った』とあるのは、まだ第二次性徴前だったからだと思います。それに、『さて、人は妻エバを知った。彼女は身ごもってカインを産み』とあるのは、二人がエデンの園を追放されてからです。」と言ってみました。
すると彼は即座に、「エデンの園では、彼らに子供はいなかったけれど、行為はしていました。教会はそう教えています」と言って、次の話題に移ってしまいました。
確かに、アダムとエバがまだ子供だったと捉えていた神学者は、2世紀に登場した聖イレネオ司教教会博士くらいで、後の人々は思ってもみなかったようです。しかしこのことは、神が父であることをイエスから知らされた私たちにとって、大事な分岐点に見えます。
そんなことを何十年も考えていた時、山田さんの講座をYouTubeで偶然見つけました。そして、絵画の世界では長い間人の裸を描いてはいけない時代があったことを知りました。ただし、神話や天使などの聖画の範囲で描くことが許されていたそうで、創世記3章の場面は格好のテーマだったわけです。
アダムとエバを題材にすれば、人の裸を堂々と描くことができる。それでは“アダムとエバは大人だった説”が固まってしまうわけです。納得でした。たとえそれが絶対ではなくとも、私にとっては、突破口になりました。
それからは、時々彼の講座を、興味を持って見るようになっていました。そこで訃報を知った時はショックでした。しかしすぐにご葬儀の写真が私の目を釘付けにしました。そこには東京カテドラル聖マリア大聖堂が写っていたのです。神に感謝でした。そして、山田さん、ありがとう!
(横浜教区信徒 Maria K. M.)