「パトモスの風」⑬娘から悪霊を追い出すようイエスに願う女性の言葉に、神が「極めて良かった」と言われた世界が映っていた

 創世記は、「我々のかたちに、我々の姿に人を造ろう。そして、海の魚、空の鳥、家畜、地のあらゆるもの、地を這うあらゆるものを治めさせよう」(創世記1章26節)という神の言葉で、御心を明かしました。

 そして、「神は人を自分のかたちに創造された。/神のかたちにこれを創造し/男と女に創造された」(1章27節)とあります。続く「産めよ、増えよ、地に満ちて、これを従わせよ。海の魚、空の鳥、地を這うあらゆる生き物を治めよ」(1章28節)という神の命じられた言葉を見ると、上記の御心と異なっている箇所が目に留まります。

 人を創造して、「海の魚、空の鳥、家畜、地のあらゆるもの、地を這うあらゆるものを治めさせよう」とありましたが、命じられた言葉は、「地に満ちて、これを従わせよ。海の魚、空の鳥、地を這うあらゆる生き物を治めよ」となっています。「地に満ちて、これを従わせよ」が新たに付け加えられて、「家畜」が除かれています。

 他にも除外されている生き物たちがいます。神が第5の日に創造された大きな海の怪獣や、第6の日、人を創造しようと思い立たれる前に創造された地の獣です。しかしそれらは、今も人が従わせるのには現実的ではありません。「家畜」は、初めから人に従うように創造されていたので「除かれていた」と考えられますが、創世記にこのように記した理由があったに違いありません。

 神が人に、「地に満ちて、これを従わせよ」と命じられた理由が、「家畜」にあったのです。続く創世記の言葉は、「神は言われた。『私は全地の面にある、種をつけるあらゆる草と、種をつけて実がなるあらゆる木を、あなたがたに与えた。それはあなたがたの食物となる。また、地のあらゆる獣、空のあらゆる鳥、地を這う命あるあらゆるものに、すべての青草を食物として与えた。そのようになった」(1章29~30節)とあって、確かにここに「家畜」という言葉はありません。

 「家畜」のために誰が食物を用意するのか… エデンの園の土を耕し、守る者とされたことの奥に、このようなことが隠されていたことを、そして、創造の初めから、人と家畜がこんなふうに関わるようにされていたことに、私は気付かず、思ったこともありませんでした。しかし、ここから神が、造られたすべてのものを御覧になって、それは「極めて良かった」と思われた世界が見えてくる気がします。

 神は、人も、他の動物も、すべての命の必要を満たすことがおできになります。そして、「神である主は、エデンの園から彼を追い出された。人がそこから取られた土を耕すためである」(3章23節)とあるように、人は、園を追い出された後も土を耕してきました。人々は家畜と共に生きてきたのです。

 福音書には、「幼い娘から悪霊を追い出してください」と願う女とイエスのやり取りが、次のように書かれています。「イエスは言われた。『まず、子どもたちに十分に食べさせるべきである。子どもたちのパンを取って、小犬に投げてやるのはよくない』。女は答えて言った。『主よ、食卓の下の小犬でも、子どものパン屑はいただきます』。そこで、イエスは言われた。『その言葉で十分である。行きなさい。悪霊はあなたの娘から出て行った』」(マルコ福音書7章27~29節)。

 この物語は、前の場面に続けて書かれたものでした。そこでは、昔の人の言い伝えにこだわるファリサイ派の人々や律法学者たちと議論し、その内容を、たとえをもって群衆に教えられましたが、それを聞いていた弟子たちさえも理解しなかったことを知ったイエスは、「人から出て来るもの、これが人を汚す。中から、つまり人の心から、悪い思いが出て来る」(7章20~21節)と諭されました。

 女に「その言葉で十分である」と言われたイエスには、「人の心から、悪い思いが出て来る」と諭された場面とのコントラストを見ておられたのではないでしょうか。「主よ、食卓の下の小犬でも、子ども
のパン屑はいただきます」と答えた女の言葉には、造られたすべてのものを御覧になって、それは「極めて良かった」と言われた世界が映っていたのだ。と思います。

(横浜教区信徒 Maria K. M.)

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2026年6月30日