昨年、教皇は、自発教令を発表し、ミサなどの教会の公式の典礼・祈祷文の翻訳の認可の権限を、基本的には現地の司教たちに委ねると言う方針に転換した。
この自発教令によって、これまでバチカンの典礼秘跡省に与えられていた権限は、大幅に制限され、司教団から提出された翻訳文の最終的な認可を行うことだけのことになり、これまでのように、翻訳文の中身の是非にまで介入することは出来なくなってしまった。
これまでは各国のミサなどの公式の式文の翻訳はすべて、たとえ、それぞれの国の司教団が責任をもって翻訳したとしても、典礼秘跡省に提出し、その翻訳が原文のラテン語規範版にそったものかどうか、一語一句、同省の判断を仰がなければならなかった。またその作業には、時間がかかり、最終的な裁可を受けるまで、各国の司教団は忍耐を強いられてきていたのである。
したがって今回の教皇の教令は、バチカンの典礼秘跡省の厳しさにさんざん悩まされ、忍耐を強いられてきた各国の司教団、特に日本司教団などにとっては、朗報なのである。
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周知のように、ミサが、それぞれの国の言語に捧げられることが出来るようになったのは、第二バチカン公会議後のことである。それまでは、世界中、どこでもラテン語によるミサであり、それ以外の言語で捧げることは許されなかった。
公会議前に洗礼を受けた私も、教会で侍者などの奉仕をするときは、ラテン語で応答しなければならなかった時代を経験している。しかし、ラテン語は、大昔のローマ帝国の言語である。ローマ帝国が滅んだ後は、教会の公式の言語として残り、聖職者たちの間では使われてきていたものである。実に、私がローマの神学院で学んだ頃も、授業はラテン語、教科書もラテン語、試験もラテン語であった。ヨーロッパの神学生たちにとっては古典になるので、それほど苦労することもなく対応していたが、東洋からの神学生たちにとっては、ラテン語漬けの日々は一般の人が想像する以上に過酷なものだった。
ラテン語は死語であり、カトリック信者の信仰生活の源泉、原動力ともなるミサが、一般信徒が理解出来ないままで捧げられていると言うことは、よくよく考えてみれば、不可解なことである。いまだにラテン語に拘る信者もいなくはないが、そもそもラテン語はキリストが使った言語でもなく、ラテン語に拘ることも実はおかしなことなのである。
またキリストが人々を教えるために用いたたとえ話が、非常に具体的で、誰にも分かりやすいものであったことなども念頭におくならば、一般の人々が分からないラテン語のミサは、そんなキリストの心に背くものでもある。
とにかくカトリック教会は、何世紀にもわたってラテン語にこだわり続けることによって、知らず知らずのうちに、信仰と現実生活との遊離、教会と社会との遊離を招いてしまってきていたのである。
第二バチカン公会議に招集された教父たちの大半は、司牧の前線に立って苦労してきた司教たちである。彼らが公会議で願ったものが、根本的な教会の刷新であり、そのために教会と社会との遊離、信仰と生活の遊離の克服を求め、そのために真っ先にチャレンジしたのが典礼の改革であり、それが母国語でのミサへの道を拓いたのである。
典礼改革は、第二バチン公会議が歴史の残した大きな功績であり、現代カトリック教会のありようも、この典礼改革によるところ大なのである。
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しかし、それがまた、行き過ぎを招いてしまったことは、否定しがたい事実なのである。
母国語への翻訳と適応、そして同時にミサを捧げる聖職者たちやあずかる信者たちの主体性が強調されたため、適応という名のもとに、ラテン語の規範版にはない文言が勝手に付け加えられたり、原文とは異なる意味の文言に変更されたり、またその時々に、ミサを捧げる司祭が、勝手に自分の主観に基づいた祈り文を加えたりなどして、ミサの式文が落ち着きのないものになったりして、収拾がつかなくなってしまったのである。
それは、長年ラテン語に縛られ、自らの思いをミサの中で自由に表現することが出来ずにきてしまっていたことの反動として理解することが出来なくはないが、バチカンは、混乱が広がってしまったために規制が必要と判断し、各国の翻訳文がラテン語の規範版にそったものであるか否か、厳しくチェックする方針を選択したのである。1980年代になってからのことである。
そのため、典礼秘跡省は、委員会を設置し、それぞれの国の言語.文化・伝統が分かる学者・神学者たちを委員として招聘し、彼らに各国の翻訳文とラテン語の規範版との整合性の検討を委ねたのである。しかし、そこに委員として招聘される委員たち資質の問題が噴出したのである。
その一つは、それぞれの国の司牧の前線に立って日頃から人々と向きあって宣教司牧に苦労している司教たちと司牧経験の乏しい委員たちとの問題意識のずれである。司牧経験の乏しい委員たちには、各国の翻訳文に込められている各地の司教たちの思いを汲み取ることが難しく、どちらかというと原則論に流れて判断してしまうため、しばしば各国司教団との齟齬が生じ、各国司教団の苛立ちを招き、典礼秘跡省への不信を増長させてしまったのである。
もう一点は、特に、ローマ在住で、日本語や中国語などの東洋の言語・文化・伝統に堪能な学者・神学者たちは少なく、日本など東洋の言語・文化・伝統に蘊蓄のある委員を選任することは容易なことではなかったことである。
委員会に、日本の文化・伝統に疎い委員たちが多かったため、事実、日本の司教団が、日本人の感性にふさわしい訳として判断して提出した文言も、原文とは異なってしまっていると判断されて、突き返されてしまったことは、一度や二度のことではなかった。
過去には、典礼秘跡省が、日本の司教団が翻訳し、典礼秘跡省に提出した翻訳文を、日本語が分かる者がいないことからローマの神学院で学んでいる何人かの日本人の神学生たちに検討を依頼し、彼らの意見・指摘を参考にして、司教団が提出した翻訳文に対する是非を判断して、司教団を指導してきていたということも、あったのである。それは司教団にとっては、無論屈辱的なことであった。
こうした経緯を振り返るとき、今回のフランシスコ教皇の自発教令は、各地の司教団にとっては、確かに朗報とも言えるのである。
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しかし、今回の自発教令を手放しで喜んではいられない一抹の不安が、私にはある。というのは、日本語への適応という名のもとに、ミサの式文の中に込められている真意を歪めたり軽くしてしまったりしているケースが、これまでも多々見られたからである。
一つ一つ具体例を挙げていけば切りがないが、その中でも、今私にとって最も気になるものが、「主の祈りの新しい口語訳」である。その中の、「私たちの罪をおゆるし下さい。私たちも人をゆるします。」という文言である。
この訳は、明らかに神学的には間違っているように思われる。というのは、文章の流れから、私たち人間に人の罪を許す権限があるかのような印象を与えてしまっているからである。罪を許す権限は神だけのはずである。
ちなみに、マタイ福音書では、「私たちの負い目をゆるしてください。私たちも自分に負い目のある人を赦しましたように」と負い目に統一されている。ルカ福音書では「私たちの罪をお許し下さい。私たちも自分に負い目のある人を皆赦しますから」になっており、罪と負い目とに使い分けている。
負い目は、私たちにも赦すことが出来る。「罪」をどのように理解するかは、神学者によって意見は異なるかも知れないが、どうあれ、罪と言う表現を使う限り、罪を赦すことができるのは、神だけである。
ここでは、一つの例にしか過ぎないが、今日の日本語のミサの式文には、日本語にこなれてないものもあれば、ラテン語の規範版の意味とは明らかに異なる意味になってしまっている文言も、少なくない。
もし、これから、日本の司教団が、新しい自発教令によって、責任をもって訳を進めていくとするならば、私が進言できることは、今の中央協議会の典礼委員会を充実させることである。聖職者中心の委員会では限界がある。委員会の扉を開放し、日本的な感性が豊かで、日本語にも鋭い感覚を持っているに聖職者以外の委員を加えることである。
今の典礼委員会による訳に批判的な声をあげる人々も少なくない。ネットを開いてみれば、今のミサの日本語訳に対する真剣に考え、自らの意見を述べ、別の訳も提示している者もいる。そうした人々と意見を交換したりすることも、プラスになるはずである。これまで典礼委員会がそうした声に丁寧に応えてきていたのどうか、私には分からない。
これからは、公式の典礼文に関しては、扉を開いて多くの人々に声を掛け、協力を仰ぐことである。
この際、典礼委員会には、これまで以上に善意に満ちた信者たちの声に耳を傾け、議論を重ねながら、規範版を裏切らない、しかし、日本人の心に届く典礼文の実現に努めてくださることをお願いしたい。と同時に、なぜ、この訳にしたのか、丁寧な説明をお願いしたい。
(森一弘=もり・かずひろ=司教・真生会館理事長)