ローマ発―教皇レオ14世は、これまで出された中で最も重要な文書、回勅『Magnifica Humanitas』(「壮麗なる人類」)で、「平和よりも暴力が優先され、人間、とりわけ貧しい人々を犠牲にして無制限な技術的進歩が受け入れられる、いわゆる『権力の文化』」について言及。
「人類は暴力的な『権力の文化』へと滑り落ちつつある。そこでは、平和は、もはや負うべき責任としてではなく、紛争と紛争の間の儚い間隙としてしか現れない」と警告したうえで、「今日、これまで以上に、厳格な意味での自衛権を損なうことなく、『正義の戦争』理論が、あらゆる種類の戦争を正当化するためにあまりにも頻繁に利用されてきたが、今や時代遅れであることを再確認することが重要だ」と訴えた。
この発言は、戦争に関与している各国の多くの政治指導者、特に米国において波紋を呼ぶだろう。米国では、カトリック教徒であるバンス副大統領を含む政府高官らが、イランに対する米国の戦争を正当化するために、教会の「正戦論」を繰り返し引用してきたからだ。
米国人のレオ14世は、イラン戦争やその他の米国の軍事作戦を繰り返し非難してきた。そして、今回の回勅で、「戦争は、紛争に対する唯一の解決策でも、即効性のある解決策でもない」とし、「人類には、対話、外交、赦しといった、人間の生命を促進し、紛争を解決するための、はるかに効果的で有能な手段が存在する」と論じ、「武力、暴力、武器の使用は、関係性の貧困を反映しており、それは常に民間人に対して悲惨な結果をもたらす」と強く批判した。
教皇はこの回勅で、AI技術の急成長の中で人類の現状と課題について人類学的な考察を行い、AIに関する議論を「人類がどの方向へ進むかという選択」として位置づけている。 教皇によれば、人類は、神の代わりになろうとして「新たなバベルの塔を築く」か、あるいは、キリスト教共同体の助けを借りて破壊されたエルサレムを再建した聖書のネヘミヤのように、「神と人類が共に住む都を築く」かのいずれかを選択する岐路にある、という。
「これは神を中心とした取り組みであり、石で再建する前に、まず人間関係を再建するものです」と教皇は述べ、この文脈において、AI時代に人類が直面する主な選択は、「技術への『賛成』か『反対』かという問題ではなく、バベルを築くか、エルサレムを再建するかという選択であり、天を支配すると主張する力と、神の御前で協力し合い、兄弟的な共存の壁を再建しようとする民との間の選択である」と指摘した。
そして、現代の技術は「カトリック教会の社会教説」に根ざす必要があり、「経済や私的利益よりも、人類にとって何が善であるかを優先すべきだ」と主張。国家によるAI技術へのより強力な規制を求め、AI技術とその利益が「少数の手に」集中することを非難したうえで、「AIを開発する少数の民間企業に対しては、透明性の基準とチェック・アンド・バランス(相互牽制)のシステムを課すべきだ」と述べている。
また、AIの環境への影響、家族や労働世界への影響についても考察し、女性の平等な権利と賃金、そして戦争におけるAIの使用の問題も取り上げた。
*AIと戦争
回勅の最終章で、教皇は現代社会における「権力の文化」と支配について深く考察し、その代替案として「愛の文明」の構築を呼びかけている。
「デジタル革命が紛争の性質や戦争の遂行方法を変えつつある」と指摘。特に、サイバー攻撃、情報操作、影響力行使キャンペーン、システムの自動化が増加していることを挙げ、「防衛のために作られたものが、瞬く間に攻撃目的に転用され、保護と侵略の間の微妙な境界線が曖昧になる… AIは民間人の保護を強化し武力行使の敷居を下げることもあれば、民間人を単なる統計上の数字や『巻き添え被害』に貶めることにもなり得る」と警告した。
そして、現代世界において「権力文化が定着しつつある」と嘆き、「資源の有無や支配する能力が、意思決定の議題や基準を左右する傾向にある… この権力文化は社会に浸透し、人間関係や行動様式を変え、戦争を常態化させ、より大きな軍事力を追求し、多国間主義の危機を利用し、『他に選択肢はない』と主張する偽りの現実主義を助長することで、拡大している」と強く批判した。
この点について、教皇は「国際政治の手段としての戦争の復活」を嘆き、「歴史的記憶の喪失が過去の繰り返しを許している… 長期化する地域紛争、高まる緊張、相互の脅威はもはや日常茶飯事となりつつあり、克服されたと思われていた領土拡大の欲望に駆られた紛争形態が再浮上している」と述べた。
こうした傾向に加え、世論が徐々に「対立を煽るメディアの物語によって形成・左右されており、それらはしばしば、対立や衝突を優先するアルゴリズムによって増幅されている」と指摘。この意味で、「戦争は単に”戦われる”だけでなく、単純化された物語、敵か味方かという二元論、偽情報、そして恐怖を通じて、文化的に条件付けられている」と述べた。
さらに、「ホロコーストの生存者や、世界大戦の惨状を語り継ぐ目撃者が減少している中で、軍事力の増強が現在の政治情勢を特徴づけており、軍産複合体が多くの国において経済の重要な部門を形成していること」に言及。「経済的利益、軍事機構、そして政治的決定の間の密接な結びつきにより、戦争は政治の自然な延長のように見えるようになった」とし、武器貿易を「軍事的決定の背後にある自律的な原動力」と批判した。
「また、戦争の背後にある莫大な経済的利益も無視することはできない。軍需産業や武器を供給する国々は、紛争によってこそ繁栄する市場から利益を得ている」と非難し、かつては人類を滅ぼしうる兵器の脅威こそが、交渉や自制を行う理由となっていたが、現在では核兵器の備蓄が増大し、その使用は「以前ほどあり得ないことではなくなっている」と警告した。
この点について、教皇は70カ国以上が署名した2021年の「核兵器禁止条約」に言及したが、主要な核保有国がこれに参加していないため、同条約が「主に象徴的なものに留まる」恐れがあると警告。「これにより、核抑止力が安全保障に不可欠な前提条件であるという、広まってはいるものの誤った認識が生まれた」と述べ、さらに、制御が困難な「新たな軍拡競争」を招き、それに伴い「核軍縮協定が徐々に解体されつつある」と糾弾した。
また、「ジハード主義組織、民間の民兵組織、犯罪ネットワークが問題をさらに深刻化させており、国家による『武力行使の独占の終焉』を示唆している」と付け加えた。
さらに教皇は「兵器や兵器システムにおいてAIの役割が増大するにつれ、人間による戦争の監督と統制は縮小しており、これは『武力行使は正当な自衛の場合にのみ、最後の手段として行われるべきである』という原則を逸脱する方向にあることを示している」と警告。「いかなるアルゴリズムも、戦争を道徳的に容認できるものにはできない… AIシステムは、紛争に内在する非人道性を取り除くものになっていない」と指摘した。
そして、「実際、AIは紛争をより迅速に引き起こし、それをより非人間的なものにし、暴力に訴える閾値を下げ、防衛を脅威予測へと変容させ、ひいては犠牲者を単なるデータへと貶めるだけだ… これが『暴力は不可避であり、最適化されるべきものだ』という考えに私たちを慣れさせてしまうだろう」と警告。AIシステムには「そのプログラミングにおいて健全な価値観が必要だが、それだけでは問題は解決しない… 一般的な倫理観を掲げるだけでは不十分だ。判断のための具体的な基準を確立しなければならない」と訴えた。
教皇は、人間の管理を強化し、民間人や重要なインフラを保護するために、プロセスを急ぐことなく、個人的な責任感を維持し、行動する前に選択肢を真剣に評価する時間を取ることの重要性を強調した。
また、「多国間主義が直面する現在の危機」を指摘。国連のような国際機関は対話と紛争の平和的解決を促進できることから、「『愛の文明』を推進するための不可欠な手段だ」とし、「国連が脆弱な立場にある人々や少数派を保護し、軍縮を推進する能力」について聖座として支持を表明するとともに、「国連および国際政治システムの現在の弱点は、抜本的な改革の必要性を示していることも認識している」と語った。
さらに、「エキュメニカル(キリスト教各派間)および宗教間の「対話も、紛争の平和的解決を促進する上で重要な役割を果たす」と述べ、「偉大な精神的道の核心には、平和のメッセージが横たわっている」と語った。その一方で、「テロリズムや暴力、戦争を正当化するために神の名を利用する者たちは、神の真の本質を裏切っている。なぜなら、宗教の名の下に戦うことは、宗教そのものを攻撃することになるからだ」と述べている。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)