米ニューヨーク教区長のロナルド・ヒックス大司教は29日、Vatican Newsのインタビューに応じ、教皇レオ14世の最初の回勅『Magnifica humanitas』について、「将来の世代にとって不可欠。特に職業の変容について、教皇は正しい課題を提起しておられる」と語った。教区の若者たちが「私たちは、10年後に存在しない職業のために勉強しているのでしょうか?」と問いかける中での発言だ。
大司教は、教皇がこの回勅を通して、AI問題に取り組む決断を下したことを歓迎し、「教皇は、この世界で起きている現実の問題の核心を的確に捉えておられる、と感じる」と述べ、回勅を「時宜を得た… 将来の世代にとって不可欠なもの」と評した。
そして、「AIがこの世界に定着するものであることを認識し、この問題に正面から向き合い、技術開発が人間の尊厳と公益に根ざし続けるよう努めようとされる教皇」を称賛。「在位初期の段階で、これほど実質的で、関連性があり、必要とされるものを与えてくださったこと」への感謝を表明した。
ヒックス大司教は、今年1月に教皇レオ14世から、ニューヨーク大司教に選ばれたばかりだ。
*ニューヨークのロナルド・ヒックス大司教へのインタビュー全文は以下の通り。
Q:教皇レオ14世の最初の回勅『Magnifica humanitas』の意義をどのように捉えているか。
A:まず第一に、この回勅に心から感謝している。教皇は、この世界で起きている現実の問題の核心を的確に捉えておられる、と感じる。教皇はそれらに真正面から取り組んでいるのだ。AIは今後も定着していくものであり、誰もが話題にしているものだ。教皇は就任当初から、教会としてこの世界と向き合い、現実の課題に取り組んでいくという姿勢を示しておられると思う。これは時宜を得ており、極めて重要な問題だ。
また、この回勅で教皇が示された点で私が評価しているのは、「対話」を真剣に受け止めていることだ。教皇は、AIをめぐる議論や、その最適な活用方法について話し合いたいと考えている。「AIから目を背け、存在しないふりをしよう」などとは言っていない。AIは確かに存在するが、どこに倫理的なガバナンスが設けられるのか、どこに責任の分担があるのか、そして実際にAIを公益のために活用する上で、どこに協力関係が生まれるのか、といった点を問いかけておられるのだ。 私は感謝しているだけでなく、この回勅に本当に胸を躍らせている。世界にはこれが必要だと思う。非常に好評を博している。このテーマについて、互いに語り合い、対話を続けていくのを待ちきれない。
Q: 教皇は決して技術を恐れてはおられない。数学に情熱を注いでこられ、数学の学士号もお持ちだ。あなたはニューヨークの大司教。ニューヨークは権力、ビジネス、技術、そしてイノベーションの中心地と見なされることが多い。産業界にも言及し、人工知能の時代における人類の保護を呼びかけるこの文書に対し、どのような反応が見られるか。
A: 教皇のこの回勅を受け、人々が示しているのは、開放感、受容、感謝といった感情。私はそれ以外のことを何も見ていないし、聞いていない。誰もが、AIについて「まだ理解できていないことが山ほどある」と認めている。だから、それについて話し始めよう。
そして教皇ご自身が、そしてカトリック教会がこの議論の中心にいるという事実。熱心なカトリック信者ではない人々でさえ、この対話に参加している。今起きているのは、非常に歓迎すべき、開かれた対話だ。そして人々はこう問いかけたい、と思っているはずだ。「AIにただ自律運転を任せておくのか?」「 利益追求のためだけに、ごく一部の人々に支配されるままにするのか? 」「それとも、世界のため、人類のために活用できるのか?」と。
また、教皇が回勅の中で「人間であること」の意味について深く考察している点にも注目したい。技術が高度化し、AIの行動様式も進化し続けるこの世界において、「人間であるとはどういうことか」という問いを提起されているのは意義深い。結局のところ、私たちは皆、人間なのだから、この問いは誰からも受け入れられる。私たちは皆、同じ船に乗っている。すべての人の尊厳を擁護するために、私たちの心が一つになることを願っている。この素晴らしく凝縮された文書には、実に多くのことが込められている。
Q:この回勅で教皇が表明された懸念のうち、あなたにとって最も共感を呼ぶものはどれか。あなたの大司教区において、人々にこの文書から何を得てほしいと思うか。
A: 私たちは時として、この回勅をいくつかのキャッチフレーズに矮小化しがちだ。だが私は、この回勅を、私たちがじっくりと向き合い、見極め、祈り、話し合い、熟考すべき文書の一つだと考える。あなたの質問への答えとして、この回勅で特に印象に残った点は何かと言えば、教皇が現代社会とどう結びついているかという点だ。そこには、AIが雇用市場にどのような影響を与えるか、ということがある。私は若者たちの声に耳を傾けてきたが、AIというテーマは、彼らの関心事のまさに中心にあり、彼らが考え、心配していることそのものだ。
若者たちはこう問いかけている。「今、自分が学んでいること―仕事やキャリアのために―は、AIに取って代わられて、今後10年ほどで存在しなくなるものではないか?」と。そこには不安や懸念があり、彼らは指針も求めている。この回勅は、あらゆる年齢層の人々が直面しているこうした現実的な課題にどう対処すべきかについて、極めて実践的な道筋を示してくれていると思う。
Q:教皇レオ13世の回勅『Rerum Novarum』を、教皇は回勅で繰り返し引用しておられるが、デジタル革命の影響の規模において、それが産業革命と比較できると本当に信じておられるのだろうか?
A:その通りだ。『Rerum Novarum』とは、直接的な関連性がある。そこで取り上げられている19世紀の産業革命は、世界全体を変えたのだ。そして、それが雇用市場をどのように変えたか。当時の人々は懸念を抱いた―「私たちが行う仕事や、私たちが就く職に、人間の尊厳は残されるのだろうか?」「私たちは単に、利益追求の奴隷やロボットに成り下がるだけなのだろうか?」。そうした問題こそが、産業革命において取り組まれる必要があったのだ。『Rerum Novarum』はまさにそれに取り組んだのだ。
今回の回勅は、今後、数十年にわたって、そして次の世代においても、『Rerum Novarum』と同じように活用されていくと思う。AIは定着する。定着するのだ。あらゆるものを変えていく。私たちは同じような問いを投げかけることになるだろう。「それは単に利益追求だけになるのか」「それとも人類の幸福のために目を向けるべき何かがあり、単に利益のための奴隷やロボットにならないようにできるのか?」「公益にどのような影響を与えるのだろうか」。だから、あなたの指摘は的を射ている。今回勅には、『Rerum Novarum』と直接的な関連性がある。そして、これから何世代にもわたって、極めて重要なものになるだろう。
Q:『Magnifica humanitas』は社会回勅だ。教会の司牧活動にとって特に重要だと考える点は何か。教皇ご自身がこの文書を発表した際にも、「これは単なる人工知能に関する回勅ではなく、人工知能の時代における人間そのものを守るための回勅だ」と度々語られていた。回勅は教会の牧会活動にとってどのように重要なのか?
A: ご指摘の通り、この回勅は「人間であるとはどういうことか」と問いかけている。カトリック教会にとって、それは明らかに私たちのメッセージと使命の一部として受け入れるべきものだ。イエスご自身が、完全な人間であり完全な神として来られたイエスのために、私たちが完全な人間となるよう招いておられる。そして、イエスは私たちが彼と共に永遠の命を分かち合い、私たち一人ひとりの人生の中にイエスの命の反映を見出すことを望んでおられる。
この回勅は、まさにそれに関連している。「私たちは互いにどのように関わるべきか?」「人間であるとはどういうことか?」「創造物の中、そして互いの顔の中に、いかにして神の御顔を見出し、互いの顔の中に兄弟姉妹を見出すのか?」。これらの問いすべてが、私たちの人間性に関わることであり、それは教会の教えの一部であり、教会の使命の一部でもある。AIはこれらすべてに影響を及ぼすだろう。教皇がこれら二つを結びつけていることは、時宜にかなっており、関連性があり、私たちには確かに必要だと考える。そして、これは長い間活用されていくことになるだろう。
Q:他に何か付け加えたいことは?
A: 教皇が在位初期の段階で、これほど実質的で、関連性があり、必要とされるものを私たちに与えてくださったことに、ただ感謝の意を表したい。教皇のリーダーシップに感謝している。そして、この文書によって議論がどこへ向かい、どのような決定が下されるのか、を楽しみにしている。教皇は世界のあり方を形成する一助となっている。そして、それは「カトリックの社会教説」という文脈の中で、またイエス・キリストに由来する教会の使命の中で行われているのだ。私は本当に教皇に感謝している。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)