・(解説)北京は香港を「中国」にしようとしているのか?(LaCroix)

(2019.11.20 LaCroix  Michel Chambon)

 香港と中国本土での1か月の現地訪問から戻って、香港問題に対する見解の激しい二極化と、話し合いで解決することの困難の増大を目の当たりにした。

 中国南部にあるこの自治地域では、多くの住民や外国人が北京政府のやり方を非難している。多くの人々は、若者たちが暴力的になってきているのは、香港行政府が住民たちの要求に応えることを、北京が認めないためだ、と考えている。つまるところ、香港の人々は中国共産党のために自治権を失っているのだ。

 境界線の反対側、中国本土では、多くの市民が香港に対する米国の影響を批判している。多くの人は、この地で起きている突然の暴力的な社会不安は米中の緊張関係と関係している、抗議活動をしている人々の背後に米国の存在がある、と考えているのだ。

 このような考え方は共に危険だ。人類学者でありキリスト教徒の私は、議論を二極化する単純思考に疑念を持っている。現状では、話し合いによる非暴力的な解決はますます難しくなっている。多くの当事者とその責任は、北京とワシントンに焦点を絞った言辞の裏に姿を消し、香港の人々の運命を危険にさらしている。

 だから、抗議している人々と香港政府の背後に誰がいるのかを、この境界線の両側で調べる手はない、と私は判断した。暴力的な対立に対して、ワシントンと北京には果たすことのできる役割が確かにあるが、その役割がいかほどのものか測ることはできない。

 敵対する二つの勢力の背後にある存在は分からないが、彼らの前に何があるかは分かるし、そこに私たちの注意の焦点であるべきだ。

 私は司祭として2003年から2006年にかけて香港で司牧活動をし、その後も毎年香港を訪れてきたので、かつてミサ奉仕をしてくれた若者たちやさまざまな友人たちから、定期的に話を聴く機会がある。彼らの家で何日かを過ごし、現地の流儀に従った質問の仕方なども学んだ。そして、彼らの日々の生活の実態や男女の交流などについても話を聴くことができた。

 例えば、ジェイソン。彼は34歳の父親で、海外移住を希望する敬虔なカトリック教徒だ。仕事は、大病院の救急車の運転だが、香港の標準語である広東語を話さない、中国本土出身の香港在住者のことを心配している。

 本土出身の人々を否定しているわけではない。彼自身、5年前に広東省育ちの女性と恋に落ち、結婚して経験がある。だが3年後、妻は狭いアパートに夫、娘、そして義理の母と同居することに耐え切れず、本土に帰り、離婚を申し出た。彼は娘を引き取り、妻の申し出を受けた。「こうなったのは、誰のせいでもない。私たちには生活するのに十分な部屋がないのです」と説明した。

 彼の仲間は抗議活動に参加している。4歳の面倒を見ている彼は参加していないが、多くの香港市民と同じように、抗議活動をしている人々を支持している。「私たちは鳥かごに住んでいるようなものです。耐えられない」。

 20年前、香港のほとんどの人々は、都市生活が改善される希望を持っていた。彼らは貧困脱出の記憶がまだ残っており、経済成長と周辺地域に開発の余地が多く残されているのを目の当たりにしていた。だが、今、希望は消えている。生活環境は悪化し、公営住宅への入居は難しく、わずか5,6平方メートルの部屋に共に住むしか選択肢がない人が多い。公共サービスの質は向上せず、公共交通機関の料金は上がっている。教育分野での競争は激しく、負担は重くなり続けている。多くの住民にとって、香港で生き残ることが難しくなっているが、国外に移住するのはさらに難しい。

 性格条件が良くなっている周辺国の中で、香港は取り残されたようになっているが、これまでの経済成長の恩恵は一部のエリートによって独占され、行政府は配分に失敗し、多くの住民は恩恵を受けられずにいる。

 一方、中国本土では、新しい近代的な都市が至る所に出現しています。平均的な家は、香港の家の少なくとも2倍の大きさ。多くの中国人は贅沢なアパートを購入する手立てがないが、しゃれた地区でほどほどに満足できる住まいを手に入れることが可能だ。バス、電車などの移動手段も大きな進歩を遂げており、驚くほどの低料金に据え置かれている。

 だが、香港にはそのようなものはない。 20年前には、まだ手頃な価格の住宅を選ぶことができたが、いまは価格が均一化され、手に入らない。移動コストも年々値上がりを続けている。

 香港で抗議運動に参加している人々と行政府の前にあるのは、このような物理的な現実だ。香港が過去20年間、歩んできた”エリート主義”の道は、もはや続けられない。緊急な見直しが必要だ。言い方を変えれば、北京政府は、香港を「中国」に単純に変えようとしてはいない。住宅と交通機関で見たように、香港はどんどん悪化している。

 実際、香港の問題は、それを“乗っ取った”裕福な投資家の影響と、彼らの力を抑制すべき行政府の能力の無さにに関連している。主な課題はそこにあり、それに対処する方法があるのだが、香港と中国本土で見聞した結果を分析するにつれ、主要な役者として北京政府とワシントン政府を取り上げる言辞が圧倒している、ことへの懸念が強まって来た。

 このような見方をとれば、香港の全住民の物質的な条件が、今最も必要とされている政治的解決の中心に置かれる可能性は低くなる。私たちが日々見ているように、暴力はエスカレートし続けており、修復不能な事態が起き、ひとつの世代が失われるかも知れない。

(ミシェル・シャンボンは、中国のキリスト教を専門とするフランスのカトリック神学者、人類学者)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。

LA CROIX international is the premier online Catholic daily providing unique quality content about topics that matter in the world such as politics, society, religion, culture, education and ethics. for post-Vatican II Catholics and those who are passionate about how the living Christian tradition engages, shapes and makes sense of the burning issues of the day in our rapidly changing world. Inspired by the reforming vision of the Second Vatican Council, LCI offers news, commentary and analysis on the Church in the World and the world of the Church. LA CROIX is Europe’s pre-eminent Catholic daily providing quality journalism on world events, politics, science, culture, technology, economy and much more. La CROIX which first appeared as a daily newspaper in 1883 is a highly respected and world leading, independent Catholic daily.

 

 

 

 

 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
2019年11月21日