・香港の”言論の自由の最後の砦”「蘋果日報」が廃刊に追い込まれた

(2021.6.25 カトリック・あい)

香港最大の民主派新聞で中国共産党・政府そして香港当局の民主主義弾圧を批判し続けてきた「蘋果日報(アップルデイリー)」が24日、最終号を発行し、廃刊に追い込まれた。26年にわたって発行を続けた同紙の廃刊は、香港の言論の自由、民主主義回復を求める多くの市民にとって大きな打撃だ。

 現地のジャーナリストの8つの団体は声明を発表し、「香港人は、勇気をもって発言し、真実を擁護することを主張するメディア組織を失った」と悲しみを表明した。ジャーナリストの国際団体「国境なき記者団」の報道の自由の年間ランキングで、香港は2002年の18位から今年は80位に引き下げられた。中国本土は、180のうち177位で、これより下の国はトルクメニスタン、北朝鮮、エリトリアのわずか3か国だが、今回の結果によって、香港が”中国本土並み”になるのは避けられそうにない。

 蘋果日報の創業者でこれまで報道の自由の先頭に立ってきた黎智英(ジミー・ライ)氏はカトリック信徒だ。ほかにも香港の民主政治を守ろうと、中国政府・共産党、香港当局に抵抗して多くの逮捕者を出している民主活動家の中にはカトリック信徒が少なくない。今回のような、基本的人権の大きな柱である言論の自由、報道の自由を力をもって抑え込もうとする露骨な動きに対して、香港のカトリック教会は、バチカンはどのように考え、対応しようとしているのだろうか。

  英国国営放送BBCなどマスコミ各社の現地からの報道によると、香港の「蘋果日報」本社前には23日夜、別れを惜しむ市民数百人が集まり、激励の言葉を叫ぶ人もいた。最後の編集作業に追われる記者たちも、時折バルコニーに出ては市民に手を振り返していた。最終号は約100万部印刷されたという。

 親会社「壱伝媒(ネクスト・デジタル)」が台湾で発行している「蘋果日報台湾(アップルデイリー・タイワン)」は、引き続き台北で事業を継続する。

Apple Daily journalists hold freshly-printed copies of the newspaper's last edition while acknowledging supporters gathered outside their office in Hong Kong
(印刷されたばかりの最終号を掲げるアップルデイリーの記者たち,(GETTY IMAGES))

「蘋果日報」ーは創刊当初、センセーショナルな見出しと”パパラッチ”の写真で有名だった。しかし26年間の歴史の中で、同紙は堂々と中国政府を批判することを恐れず、民主派運動の旗手を務めるという、より貴重な存在になった。香港で最も大きな抵抗の声として多くのファンを獲得したが、その姿勢が発行停止につながった。

 創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏は昨年、香港国家安全維持法(国安法)が施行された数カ月後に、無許可の集会に参加した罪などで逮捕された。現在は有罪判決を受け、服役中。そして香港の捜査当局は17日、アップルデイリーに掲載された記事が国安法に違反したとして、編集局を家宅捜索。銀行口座が凍結され、幹部6人が逮捕された。同紙は23日午後に発行停止を発表していた。

 BBCの取材に、香港中文大学の徐洛文助教授は「蘋果日報は、正に香港社会の要石、市民は同紙ーを読んで育ってきた。日常生活の一部だった。他の媒体もあるが、蘋果日報ーほど大規模で声高な新聞はなかった。それが当局をいら立たせていた原因だ。それでも手を緩めず、信念を貫いた」と語り、これまでの報道を高く評価した。

*「蘋果日報」は旧約聖書のイブの禁断の果実から名を取った

 「蘋果日報」は1995年、カトリック信徒の黎氏によって創刊された。紙名”リンゴ日報”は、旧約聖書創世記の禁断の果実、リンゴにちなんで付けられた。黎氏はシンガポールの中国語紙「連合晩報」の取材に「もしイヴが禁断の果実を食べなければ、罪はなく、善悪もなかった。もちろん、ニュースも生まれなかっただろう」と、新聞の名前に込めた思いを語っていた。

Interview with Jimmy Lai Chee-ying of Apple Daily, 1995
(1995年当時のアップルデイリー編集局と黎氏(GETTY IMAGES))

 香港では2000年代初頭、中国への統合に抵抗する人々によって、さまざまな社会運動が起こり始めた。BBCの取材に応じた豪シドニー大学の中国メディア研究家、ジョイス・ニップ博士は次のように語った。

 「抵抗運動の盛り上がりが、蘋果日報に政治報道のj分野を切り開き、香港の大手各紙が、中国政府・共産党の”一国一制度”に従い始める中で、同紙の当局の圧力も恐れぬ報道姿勢が際立つようになった。その編集方針やニュースの取り上げ方は、中国の政治システムや中国そのもの、そして中国から任命された香港自治政府に反対するものだった」。

 娯楽記事なども引き続き掲載する一方、政治関連の記事も次々と発表し、堂々たる民主派メディアとしての立場を固めていったが、記者たちは次第に中国での取材を禁じられることが増え、2008年の北京五輪では取材許可が下りなかった。中国政府と香港の親中派に対する批判記事を理由に、広告主から広告掲載を中止されるケースも目立った。

*「国家安全維持法」を基に中国政府・共産党による弾圧が激化

 中国政府・共産党は昨年6月、国家安全維持法を施行、中国からの分離独立や中央政府の転覆、テロ行為、外国勢力との”結託”を、最高で無期懲役の刑をもって禁止する、という名目で、中国政府・共産党に対する批判的言動、民主政治回復を求める運動を徹底的に取り締まる動きに出た。民主活動家たちは、「香港の言論や集会の自由を損なうもの」と批判したが、当局は意に介さず、法施行から半年後、”標的”とした黎氏をはじめとするメディアの重鎮や民主派活動家が次々と逮捕、蘋果日報も捜索を受けた。

Around 200 police officers raided the paper's office
(蘋果日報の社屋捜索には約200人の警官が動員された(GETTY IMAGES))

 それでも蘋果日報はひるむことなく報道を続けたが、黎氏は数々の容疑をかけられ、禁錮20カ月の実刑判決を言い渡された。黎氏は収監直前のBBCとのインタビューで、「恐怖を植えつけるのが最も簡単かつ効果的に統制する方法だと、彼らは知っている。脅しに屈しないただ一つの方法は、恐怖の前でも顔を上げ、怖がらないことだ」と強気の姿勢を続けていた。

 だが、創刊26周年を数日後に控えた6月17日、当局は、掲載記事が国家安全維持法に違反したとして、数百人もの警官を動員して蘋果日報の社屋などの捜索を行い、同社の関連資産1800万香港ドル(約2億5000万円)を凍結。日々の業務継続、従業員への給与支払いを不能にした。さらに、編集局長と他の幹部5人を逮捕した。Chief Operations Officer Chow Tat Kuen (C) is escorted by police from the headquarters of the Apple Daily newspaper

 (逮捕・連行されるアップルデイリーの親会社「壱伝媒(ネクスト・デジタル)」の周達権COO(中央)(GETTY IMAGES))

 徐助教授はBBCに「当局は蘋果日報が自ら発行停止するよう仕向けた。有罪とすら決まっていないのに資産を凍結された。資金はあるのに使えなくなってしまった」と述べ、ニップ博士も「これは権力の誇示だ。誰が実権を握り、何が許されない行為なのかをはっきりと示したのだ」と指摘した。

 BBCによると、23日の発行停止の発表前には、取締役会が警察によって中断され、ジャーナリスト1人が逮捕されている。黎氏の顧問を務めるマーク・サイモン氏はBBCの取材で、「この取締役会は蘋果日報の今後を決めるために開かれていた。警察の介入は、取締役会の結論に影響を及ぼして(中略)早急かつ確実に(アップルデイリーを)閉鎖させるのが狙いだった」と説明。

 さらに、「黎氏はいずれこうなると分かっていた。当たり前のことだ。皆、いつかこうなると思っていたが、発行を続けていた。それがジャーナリストというものだ。香港のジャーナリズムは今後、闘いになると思う(中略)ジャーナリストは毎日闘うことになるだろう」と述べた。

 

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2021年6月25日