(2026.5.7 Bitter Winter )
国家の管理下にある司教や聖職者たちは、党の文書を説教するよう指示されている一方、バチカンの教えは依然として欠如している。(右の写真は李山司教。Weiboより)
全国のカトリック信徒は、4月に北京の社会主義中央学院で開かれた2026年「カトリックの中国化」に関する全国研修会の指示を実行するよう求められている。このイベントとそれに伴う指令は、中国の国家管理下にあるカトリック教会にとって「中国化」が実際に何を意味するのかを、またしてもありのままに示すものとなった。
中国天主愛国協会と公式の司教協議会から集まった50人近くの代表者たちは、聖書や神学、あるいはバチカンの文書を学ぶためではなく、中国共産党とのイデオロギー的な連携を深めるために集まったのだ。
中国天主愛国協会の会長、李山司教は、今や定型句となった表現を繰り返して会議を開会した。
強調したのは、「新時代の宗教活動」における「総合的な計画」の遂行。習近平の指示を実行し、宗教に対する法治による統治を強化し、カトリックが「中国の特色」を反映するよう確保することだ。
そして「中国の特色」とは、習近平の指示への確固たる順守を意味する。聖職者たちは、宗教に関する習近平の重要発言を「深く学び、徹底的に理解」し、「社会主義核心価値観」に説教を導かせ、牧会活動に「浸透」させるよう指示された。
今回もまた、バチカンや教皇によるいかなる文書も言及されなかった。北京が自らの善意の証として頻繁に引用する、中国における司教任命に関するバチカンとの暫定合意が存在するにもかかわらず、プログラムには教皇の教導権に関する言及はいっさいなかった。この”沈黙”は構造的なものだ。研修の目的は、「聖職者の知的・精神的優先順位を再編成し、党のイデオロギーが教会の権威よりも上位に立つようにすること」にあるのだから。
カリキュラムはこの優先順位を明示していた。参加者は習近平思想、習近平の宗教活動に関する発言、習近平の法治思想、そ
して中国共産党の「宗教の厳格な管理」に関する綱領を学んだ。また、オンライン上の宗教活動の管理や、国家目標の枠組みにおける宗教の「社会的機能」についても指導を受けた。強調された「伝統」とは、文化的ナショナリズムと政治的忠誠心を強化するものだった。
中国考古学博物館への見学旅行でさえ、同じ目的、すなわち「文化的自信」を育み、中国文明に関する党の物語への帰属意識を強めることに奉仕していた。そのメッセージは、「カトリック教会が中国において存在しようと望むのであれば、国家の政治プロジェクトに奉仕するよう再構築されなければならない」というものだった。
閉会式では、江蘇省、湖北省、貴州省の代表たちが忠実に政治路線を唱和した。彼らは「政治的立場を高める」「愛国の伝統を継承する」「中国化を深く実質的に推進する」と誓った。また、「中国の特色ある神学体系」を構築し、学んだことを党の近代化と国家復興のビジョンに向けた具体的な措置へと転換することを約束した。
そこから浮かび上がるのは、「福音宣教や秘跡、あるいは普遍的な教会への忠実さ」ではなく、「中国共産党の政策への規律ある奉仕」を第一の使命とするカトリック教会のモデルである。聖職者たちは、福音を説く前に「習近平」を説くよう、回勅ではなく党の文書を研究するよう、そして国家が定義する文化を体現するよう訓練されている。
バチカンが署名した際の当初の意図がどうであれ、2018年の聖座と中国政府の司教任命に関する暫定合意は何も変えなかった。国家が管理する中国天主愛国協会とそれに属する各地の教会は、依然として”自己完結的”であり、その使命を世界カトリックの一部としてではなく、中国のカトリック教徒に対する中国共産党の宣伝部門として理解している。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)