(2024.6.20 vatican News Salvatore Cernuzio)
ローマの教皇庁立ウルバノ大学で、教皇使節として初めて訪中したセルソ・コスタンティーニ枢機卿(1876-1958)とバチカン中国関係に関するフォーラムが開かれ、バチカンピエトロ・パロリン国務長官が講演、中国との継続的な対話と同国の国民に対する教皇の感謝について語った。
このフォーラムは、ブルーノ・ファビオ・ピギン大司教の著作「セルソ・コスタンティーニ枢機卿と中国 – 東西間の『橋』の建設者 -」(Marcianum Press刊)の出版を記念して開かれたもの。ピギン大司教は、中国への最初の教皇使節であるコスタンティーニ枢機卿の列福と列聖の原因を提唱するイタリアの歴史家で、司教使節。
国務長官は講演で、「教皇は中国に対して、人々、歴史、文化に対して常に大きな感謝と尊敬を示してきた」としたうえで、「現時点では時期尚早に思われるが、中国側に寛容さがあれば、教皇もすぐに中国を訪問されるだろう」と述べ、「偉大で高貴な」このアジアの国をいつか訪問したい、という教皇の決して隠されることのない願望を繰り返した。
長官は、講演に先立つ取材記者たちとの短い会話の中で、現在、二度の更新を続けている、中国での司教任命に関するバチカンと中国政府の暫定合意に関連して、「中国とは、これまでも対話を続けてきた。暫定合意は、今年末に更新されるが、(教皇訪中の)最善の手順を模索している」と説明した。
前日19日の水曜恒例の一般謁見で教皇は、「セルソ・コスタンティーニ枢機卿の友の会」の会員たちにあいさつした際、合わせて「親愛なる中国人」に挨拶を送り、「私たちは常に、素晴らしい文化を持つ、とても勇敢で高貴な人々のために祈っています」と語っておられた。
これを受ける形で、 パロリン長官は「教皇は中国の国民と国家に対して本当に大きな感謝の気持ちを持っており、その気持ちを表現する機会を逃されません。それは教皇が(中国で宣教したマテオ・リッチ神父の出身母体である)イエズス会士であり、過去の遺産をすべて持っているからでしょう。確かに、これらはすべて、お互いを一層、理解し、一層、近づくのに役立つステップです。この道が前向きな結論につながることを願っています」とコメントした。
そして、教皇の訪中の可能性についての記者の質問には、「教皇は中国に行く用意があり、実際に中国に行きたいとが思っておられます」と述べつつ、「今のところ、教皇のこの願いが実現するための条件が整っているようには思えません」と慎重な答えを返した。
この後の講演でも、長官は「私たちは中国を愛し、尊敬しています。中国の人々、文化、伝統、そして現在、中国が行っている努力を… 本当に中国は、私たちの心の近くにあり、教皇とその協力者たちの心の近くにあります」と強調。
コスタンティーニ枢機卿については、教皇使節だった彼が1946年にピオ12世のもとを訪れ、32人の新しい枢機卿の中に中国人司教の名前を含めるよう要請した際の逸話を披露し、枢機卿が「中国に福音の光を広める」ため、そして何よりも文化に溶け込んだ教会を推進するために尽力し、働き、犠牲を払ったことを称賛。「1924年に上海で開かれた中国カトリック教会会議を主宰したのはコスタンティーニ枢機卿であり、この会議が第2バチカン公会議の予言的なインスピレーションとなり、1963年時点で23人の司教で構成されるまで成長した中国教会の基礎を築いたのです」と述べた。
そして、バチカンと中国の関係における「コスタンティーニ方式」は、今日では「教皇フランシスコも従っておられる方向だ」と述べ、ベネディクト16世教皇の2007年の「中国カトリック教徒への手紙」に始まり、2018年に北京で調印された司教任命に関する「暫定」合意で具体化された、とし、「『暫定』という表現は、それが出発点であることを示しています」と説明。
「暫定合意が二度更新されて今日に至るまでにしるされた前向きな進展は、より多くの、より大きな進展が続く、という希望を与えてくれます。実際、この暫定合意の結果、『孔子の国』の全ての司教は、『ペトロの教会』と完全な交わりを持つようになりました… 偉大な人々への愛を証明してきた教皇との完全な交わりにおいて、中国のカトリック教徒が司牧者たちの指導の下により大きな調和を育むために始めた対話のプロセスが継続されるという希望があります」と繰り返した。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)