・前教皇が巻き起こした「聖職者独身制」騒ぎが「名誉教皇の役割」巡る論争に発展(Crux)

New celibacy kerfuffle sparks debate over role of pope emeritus

In this Sept. 28, 2014 file photo, Pope Francis, right, hugs Pope Benedict XVI prior to the start of a meeting with elderly faithful in St. Peter’s Square at the Vatican. (Credit: AP Photo/Gregorio Borgia, File.)

 ローマ-教皇ベネディクト16世は2013年に教皇職を退いた際、彼は「自分は世界から隠れる」とし、「神は自分に『山へ登り』、祈りと瞑想に専念するようお命じになっている」と語っていた。

 だが、12日付けの日刊紙Le Figaroに、彼がバチカン典礼秘跡省長官のロベール・サラ枢機卿と共著の形で出版予定の本の抄録が掲載されるに及んで、「隠れる」という言葉が彼の辞書にないことが明らかになった。

 この本は「From the Depths of Our Hearts: Priesthood, Celibacy and the Crisis of the Catholic Church,(心の奥底から:司祭職、独身制、カトリック教会の危機)」というタイトルで、15日に出版される。内容は、二人の著者の、司祭の独身制擁護の強い姿勢で貫かれており、教皇フランシスコが昨年秋のアマゾン地域シノドスの議論を受けて、限られた条件の下で既婚者の司祭叙階を認めることの是非についての提案の中身を検討しているタイミングでの出版となる。

 この本が出版前から大きな反響を呼んでいるのは、ベネディクト16世が、後継者である教皇フランシスコが、既婚者の司祭叙階の認否という重要な決断について熟考を重ねている最中に、それを否定する意見を出したからだけでなく、著者名として、「名誉教皇」という立場に触れず、教皇の名称である「ベネディクト16世」を使っているからだ。

 カトリック教会内部の関係者たちは、このことにすぐさま反応し、「”名誉教皇”の役割を明確にする必要がある」とSNSに書き込み、「ベネディクトが沈黙を破った」という多くの書き込みが流れている。

 12日に流れたツイッターへの書き込みで、 Catholic University of Americaで教会法を教えているカート・マーテンス教授は「本が出るのを待っている」としつつ、教皇はフランシスコただ一人であり、ローマ司教もフランシスコただ一人であることを思い起こす必要性を強調し、「教皇フランシスコだけに、ローマ司教の執務室を持つ権力があるのです」と述べた。さらに、「この本の表紙に大きな間違いがある。この本は『ベネディクト16世』による本ではありません。(教皇を退任した)名誉職の人物によって書かれた本であり、表紙にそのことを明示すべきでした。『ヨゼフ・ラッツインガ―』(教皇になる前の本名)として出版するのが適切だった」と強調。「前教皇は、公の場で、何も語るべきではありません。教皇の執務室にいた時にはそれができましたが、今は、彼の後継者が統治しており、彼とその側近たちは、もはや統治をしていないのです」と語り、「教会法273条は聖職者(助祭、司祭、司教、そしてヨゼフ・ラッツィンガーも含む)に特別な義務を課している。それは、教皇に対して敬意と従順を示す、という義務です」と指摘した。

 同じように、米国の司祭、信徒のネットワーク「Faith in Public Life」のプログラム・ディレクター、ジョン・ゲーリングも、「教皇が一人でも十分に複雑。(注:前教皇の振る舞いは)めちゃくちゃだ」と批判。「ベネディクト16世に対する敬意をもって、『世界から隠れた存在』になる彼の約束を果たす時が来た、と申し上げたい」と述べた。

 バチカンの内部に詳しいイタリア人ジャーナリスト、サルバトーレ・チェルヌツィオ氏もツイッターでの論評に参加し、こう語っている。「ベネディクト16世は、2013年の教皇退任前の正午の祈りで『残りの人生を祈りに捧げる』と言っていたが、それから7年経って、インタビューを受け、書簡を出し、長文のエッセイを書き、新刊書を出版した… 『名誉教皇が、現教皇が検討中の問題について公けに批判するのは適当なことがどうか』に関して意見を述べるのは、とても破壊的な意味を持つ」。

 教皇の伝記作家でフランシスコの熱烈な支持者、オースティン・イヴェレイ氏は、Cruxの取材に対し、「後継者が与えられた課題について重要な決定をしようとしている時に、引退した教皇が介入するのは、まったく分別をわきまえない行為だと思う」と言う。そして、ベネディクトが発言するのは自由だが、「今の時点でこのようなやり方をするのは、教皇フランシスコに政治的圧力をかけ、その権威を弱体化させる狙いがあるように見える… 私の見方では、フランシスコは、既婚の助祭を司祭に叙階するという提案を支持するのを渋っているようだが、彼が今、この提案を却下すれば、その判断は自主的なものではなく、ベネディクトの影響を受けてなされた、と見なされるでしょう」と述べた。

 また彼は、ベネディクトが司祭の独身制について意見を述べることで、教皇フランシスコに反対する人々の「高度にコントロールされた作戦」に「操られている」、との見方を示した。「ベネディクトは頭脳明晰ですが、心身が弱り、(注:立場をわきまえて)自分を抑えることができなくなっている」とし、情報通が「92歳のベネディクトは”耳打ちする”以上のことはできず、一回に30分以上目を覚ましていることが難しくなっている」と彼に話したことを明らかにした。

 さらに、ベネディクトは昨年10月、新任の枢機卿たちの訪問を受けた際、忠誠心を持つことの必要性を強調したが、イヴェレイ氏は「『忠誠心を持て』と言うほかには、ほとんど何も語りませんでした。にもかかわらず、本人自身は、完全に(注:現教皇への)忠誠心に反する行為をした。それが、彼が(注:教皇フランシスコに反対する勢力に)利用された、と私が言う理由です… 仮に教皇フランシスコが辞任するとすると、辞任前に手を付ける最後の改革は、『名誉教皇制度の改革』となるでしょう」。「ベネディクト自身は、明らかに何か違うものを望んでいました… 最初は、教皇退任後に『バイエルンに戻りたい』と思っていたが、『バチカンに留まる必要がある』と(注:支持者たちに)言われたのです。ベネディクトは数多くの優れた資質を持っていましたが、確信を持って『何かをせよ』と言われると受け入れてしまう『弱さ』があります」とも指摘した。

 このような意見と反対の意見もある。教皇フランシスコをかねてから批判しているイタリアのベテラン・ジャーナリスト、サンドロ・マジステル氏はCruxに対し、「ベネディクトは列を乱しているのではなく、義務から外れているのです… 『名誉教皇』の肩書は「再考」されるものではない。歴史に先例のない、新しく考えられたものです。ラッツインガーは事実をもって、それを作り出しているのです。現教皇が検討中の問題に介入することを忍耐するかどうかは、その問題の質と重大さによる。そしてこの問題(注:既婚司祭の是非に関する問題)は、沈黙を破る義務を彼に追わせるものなのです」と反論した。

 今回出版される本でベネディクトが述べていることが適切か否かの議論は、今後しばらく続く可能性が高いが、おそらく最大の問題は、1月12日に「G1」ニュースサイトで、ブラジル人記者のフィリペ・ドミンゲス氏が述べている「これまで以上に忘れられているのは、『名誉教皇』が教会において実際に果たす役割に、我々が何を疑問に思っているか、ということ」だろう。彼は述べているー「教会法でその役割をはっきりさせる必要がある。今、それが緊急の課題です」。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

 Crux is dedicated to smart, wired and independent reporting on the Vatican and worldwide Catholic Church. That kind of reporting doesn’t come cheap, and we need your support. You can help Crux by giving a small amount monthly, or with a onetime gift. Please remember, Crux is a for-profit organization, so contributions are not tax-deductible.

 

 

 

 

 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
2020年1月15日