(評論)米歴史学者が語る「新教皇がレオ14世を名乗られた意味と、レオ13世の時代と私たちの時代」(Vatican News)

2021.05.15 Leone XIII Rerum Novarum

問:教皇レオ14世が10日、枢機卿たちとの初の面談で、「レオ」という名前を選んだいくつかの理由について説明され、特にレオ13世に言及されました。レオ13世は、「レオ」の名を冠した最後の教皇であり、19世紀後半の偉大な社会改革者でした。教皇がレオ13世の時代と私たちの時代とのつながりについて語ったことについてお話しください。

答: 教皇レオ13世は1878年から1903年まで在位された、20世紀最初の教皇です。彼が生きた時代は社会が大きく変化した時代であり、教会は当時の差し迫った社会問題の多くに対する答えを必要としていました。教皇レオ14世は、特に彼の偉大な、カトリック教会の社会教説のもととなった1891年の回勅『Rerum novarum)』に言及され、なぜ「レオ」を選んだのか語っておられます。

新教皇は、13世が、社会が大きく変化する時代に生きていたこと、その変化は、教会や教会の教義だけでなく、人間の尊厳そのものへの挑戦であったことを、認識されている。教皇が「レオ』を名乗られたのは、教皇レオ13世がちょうど新たな時代への移行の時代に生きたように、私たちも、そうした時代に生きていることを理解しておられることを意味しています。レオ13世は、社会主義と自由放任の自由資本主義という二つの危険の間に、カトリックの道、カトリックの解釈を織り込もうとしたのです。

実際、教皇レオ14世は、「今日の人類への挑戦と人間の尊厳への挑戦、特に人工知能の問題のために、教会がこれらの非常に深刻な問題に取り組む新しい時代を示すために、この名前をつけた」と語っておられます。

問:教皇はまた、新たな産業革命についても語られていますが、レオ13世は第一次産業革命がもたらした課題に取り組まれました。それについて少し説明していただけますか。

答:教皇レオ13世の時代には、大規模な都市化が進んでいました。人々は欧州と北米の農村から都市に移り住み、それによって劣悪な生活環境、劣悪な労働条件に遭遇しました。彼らは企業経営者たちによって労働組合の結成を妨げられ、既存のシステムを転覆させようとする新しい政治イデオロギーに惹かれました。

そうした中で、レオ13世は労働者の権利を強化しようとされました。労働者の仕事への尊厳と人間の尊厳、特に家族という重要な社会的単位における人間の尊厳を強化することを望まれたのです。

教皇レオ14世は今日、新たな転換期を見ておられます。その転換期とは、AI(人工知能)の台頭、ロボット工学の台頭がもたらすものであり、今後10年、20年、もしかしたらそれよりも早く、労働の尊厳、特にレオ13世が直面された”ブルーカラー”、つまり工場労働者ではなく、”ホワイトカラー”、つまりオフィスワーカー、コンピュータ・プログラマー、それを教える人の労働に対する挑戦が起きる。新教皇は、レオ13世同様、人類のこの重要な転換期を確実にする最前線に立ちたいと願っておられます。

教会は、過去二千年以上にわたって、このような根本的な転換期を通して常に人類に寄り添ってきました。教会は、人々が正義において、仕事の尊厳において、そして人間としての尊厳を保つために、自分たちの立場や生活を維持するのを助けることができる、真の、そして決定的な対応力を持っているのです。

問: あなたがおっしゃったことの中から2つ取り上げたい。ひとつは、労働者の尊厳だけでなく、仕事の尊厳についても言及され。また、レオ13世は労働者の苦境に対処されようとしたが、今は”ブルーカラー”の労働者よりも、”ホワイトカラー”の労働者が増えている。一方で、私たちはまた、モノづくりの仕事、発展途上国の人々によって先進国向けの製品を生産するような仕事で、人々が搾取されている世界の多くの地域を目の当たりにしています。そして、この2つのテーマは故教皇フランシスコにとっても非常に重要なものでした。レオ14世はそれを認識されていると思うが。

答:レオ14世は南米で司教を務めた経験から、搾取される労働者の問題に非常に敏感だと思います。世界各国の安価な労働力や、時には不幸にも奴隷労働に依存している世界的な経済システムの状況を知っておられます。ですから、レオ13世が第一次産業革命において声なき人々の代弁者であったように、レオ14世は、そのような人々の代弁者となるでしょう。レオ14世は13世の伝統を引き継ぎ、この世界におけるさまざまな不当な形態の搾取によって脅かされている人々の代弁者となるでしょう。その意味で、彼は故フランシスコの取り組みを受け継いでいくことにもなります。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年5月15日

(評論)レオ14世の第一歩は、フランシスコとの連続性を示しつつ、「合議制による統治」を明確にしている(LaCroix)

 (2025.5.12 La Croix   Nicolas Senèze

 教皇レオ16世の選出からこれまでの発言と見る限り、フランシスコとの強い継続性を強調しつつ、彼自身のアウグスティヌス的なタッチと、より大きな合議性で統治するという明確な意図が見て取れるようだ。

教皇レオ14世の最初のレジーナ・コエリ、バチカン市国、サンピエトロ大聖堂のロッジア、2025年5月11日。(P(picture alliance / Stefano Spaziani / Newscom / MaxPPP)

  新しい教皇の初期の動きは注意深く読まれ、広く解釈されている。彼は何をするのだろうか?彼は何を決めるのだろうか? バチカンでは、人々は徐々にフランシスコの後継者を知り始めている。ある関係者が言ったように「急がない、急がない、ゆっくり行こう」だが。

 それでも、教皇レオ14世の最初の発言と公の場への登場は、教皇制が形作られつつあることを垣間見せてくれる。フランシスコの遺産を継続し、唐突ではなく、慎重に進むことに努めているように見え、しかも、明確かつ確固と話すことを恐れない姿…

 11日の主日の正午の祈りで、彼はフランシスコの「第三次世界大戦の断片化」を描写するフレーズを繰り返し、教皇パウロ6世が国連の演壇から「これ以上の戦争はやめよう」と嘆願した1965年の嘆願を繰り返した。

 そのわずか数日前、8日木曜の夜に行われた最初の講話で、彼はすでに「すべての人に平和を」と呼びかけていた。日曜日には、ウクライナの「公正」で「永続的な」平和、捕らわれている人々の解放、拉致された子供たちの帰還を強く求めた。また、ガザでの停戦と人質の解放を呼びかけた。
 その同じ朝、この日が「世界召命祈願の日」であることを振り返りながら、再びフランシスコからのメッセージを引用し、前任者と同様に、彼らの人々の近くに生きる羊飼いの必要性を強調した。

*喜びに満ちた信仰と親しみやすい口調

 

 その同じ司牧的な精神は、前日土曜日の、ローマの東約50キロにある小さな町、ジェナッツァーノへの急遽の訪問中に示された。そこで彼は、かつて彼が総長を務めていたアウグスティヌス会に委ねられた善良な助言の聖母の礼拝堂で祈り、集まった何百人もの地元の人々に挨拶する時間を取った。それは彼にとって初めての公の外出であり、微笑みを浮かべ、親しみやすい教皇を印象付けた。彼の新しい役割が命じる注目に、まだ少し圧倒されているようにも見えた。

 フランシスコとのその連続性の感覚は、彼がジェナッツァーノから戻った後、前任者の墓で祈った土曜日の夜にも明らかだった。翌金曜日の朝、システィーナ礼拝堂の枢機卿たちとのミサで、教皇として初めての説教をし、「救い主イエスへの喜びに満ちた信仰」を宣言することの重要性を強調。そして、キリスト教の信仰があまりにも頻繁に「弱者や知性のない人々にとっては、ばかげたもの」と片付けられ、社会は「技術、お金、成功、権力、そして快楽」を好んでいる、嘆いた。

*第二バチカン公会議への全面的なコミットメント

 続けて新教皇は、「そのような場所では、使命を果たすことが急務です。信仰の欠如は、しばしば悲劇につながるからです。意味の喪失、慈しみの無視、最も劇的な形での人間の尊厳への攻撃、家族の危機、そして私たちの社会を深く苦しめる他の多くの傷です」と訴え、翌日、シノドスホールでの枢機卿たちとの会議でこのビジョンを強化した。

 そして、枢機卿たちに、「 求めるべき普遍的教会の姿は、第二バチカン公会議をきっかけに何十年にもわたって続いています。今日、私たちの完全なコミットメントを共に新たにしましょう」と促し、フランシスコの使徒的勧告『Evangelii Gaudium(福音の喜び)』のレンズを通して第二バチカン公会議を解釈する意向を明らかにした。

 フランシスコの教皇職の綱領として広く見なされているその画期的な文書から、レオ14世は、「全キリスト教共同体の宣教者による改宗」、「最も小さい者と拒絶された者への愛情深いケア」、「さまざまな要素と現実における現代世界との勇気と信頼に満ちた対話」など、いくつかの主要なテーマを強調した。また、第二バチカン公会議の『Gaudium et Spes(現代世界憲章)』を想起しました。

*彼自身のアクセントで、合議制のガバナンス

 フランシスコの脚本から深く引き出しながら、レオ14世はすでに彼自身のアクセントを加えている。前任者と同様に、彼は貧しい人々への懸念を共有している。しかし、1891 年に『Evangelii Gaudium(新しい事柄について)』を交付したレオ13世、その工業化に対する教会としての最初の主要な対応に敬意を表して、自身の教皇としての名に「レオ」を選んだことで、彼は新しいテクノロジー時代の課題に立ち向かう意欲を示している。AI(人工知能)、経済の混乱、人間の尊厳、正義、労働に対する新たな脅威など、今日の革命がもたらす課題について、カトリックの教説が語られることを望んでいる。

 最も注目すべきは、10日土曜の枢機卿との会議で、「合議制」の重要性を強調したことだ。これは教皇選挙の前の枢機卿団の全体会議で出された主要な批判の一つ、つまりフランシスコが時に孤立した形で統治したこと、に対する”返答”といえる。レオ14世は、「教皇の最も緊密な協力者」と表現した枢機卿たちとの密室での会話の前に、短く話すことで明確な声明を出したのだ。

 バチカンが「自由な会話」と呼んだ彼の目標は、「アドバイス」、「提案」、「提案」を集めることだった。「非常に具体的なこと」と彼は要求した。このやり取りは、レオ14世が聖ペトロ大聖堂のバルコニーからの選出直後の演説で呼びかけた「シノダル(共働的)な教会」を具現化する、新しい統治モデルへのシフトを示しているのかもしれない。

*「キリストが残るように消えなさい」

 フランシスコがイエズス会士であったのに対し、レオ14世はアウグスティヌス会士だ。そして、それが最も意味のある違いを示しているのかもしれない。若い頃、ロバート・プレボストは、アウグスティヌスの共同体における先任者の役割に関して教会法の博士号を取得している。その役割は、権威だけでなく、霊的な奉仕と共同体の識別力に根ざしていた。

 今、グローバルな共同体を率いることになったレオ14世は、教会は「その構造の素晴らしさや建物の壮大さ」で知られるのではなく、「その構成員の神聖さ」、つまり「神が召した者の奇跡を宣言するために選んだ人々」によって知られるべきである、と枢機卿たちに強調した。

 深くアウグスティヌス的な、キリスト中心のビジョンの中で、ほんの数日前に世界的な注目の中心にいた男は、彼が「教会で権威を行使するすべての人に対する無条件のコミットメント」と呼んだ印象的なアピールで締めくくられた。 「キリストが残るために姿を消すこと、彼が知られ、栄光を受けるために小さくなること、そして誰も彼を知り、愛する機会を奪われないように、自分自身を完全に捧げること」である、と。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。
LA CROIX international is the premier online Catholic daily providing unique quality content about topics that matter in the world such as politics, society, religion, culture, education and ethics. for post-Vatican II Catholics and those who are passionate about how the living Christian tradition engages, shapes and makes sense of the burning issues of the day in our rapidly changing world. Inspired by the reforming vision of the Second Vatican Council, LCI offers news, commentary and analysis on the Church in the World and the world of the Church. LA CROIX is Europe’s pre-eminent Catholic daily providing quality journalism on world events, politics, science, culture, technology, economy and much more. La CROIX which first appeared as a daily newspaper in 1883 is a highly respected and world leading, independent Catholic daily.
2025年5月13日

(評論)新教皇レオ14世について、すでに分かっていること(そして予想されること)は(Crux)

Pope Leo XIV: What we know already (and what we can expect)

  Pope Leo XIV, with Monsignor Leonardo Sapienza, walks out of the Vatican’s Synod Hall on May 10, 2025. (Credit: Vatican Media.)

(2025.5.11   Crux  Contributing Editor   Christopher R. Altieri)

 枢機卿たちは教皇フランシスコの後任として教皇レオ14世をペトロの座に選んだ。

 ロバート・フランシス・プレヴォストとして生まれ、ローマでアウグスティヌス会の総長を務め、ペルーのチクラヨで司教を務めた宣教司祭がバチカンにやってきたのは2023年のことである。

 カトリック教会に前例がないことはないが、このようなことは過去にあまり例がなく、教会ウォッチャーを驚かせたことは間違いない。

*ハードパワーとソフトパワー

 従来の常識では、枢機卿が米国から教皇を選ぶことはないだろう、と考えられていた。それは、バチカンの 「ソフトパワー 」と米国の政治的(経済的、軍事的、文化的)影響力という 「ハードパワー 」が不健全な形で結合してしまう、という恐れを持っていたからだ。

 このような考え方を正当化する前例がないわけではなかった。

 14世紀の大半、教皇が、そして最終的には教皇の”宮廷と政府”すべてが、フランスのアヴィニョンという町に移された。アヴィニョン教皇庁は、当時欧州の覇権を握っていたフランス国王が、教皇選挙が機能しなくなったのを解決する方便として始まった。それはすぐに「アヴィニョンの捕囚」(時には「バビロン捕囚」)として知られるようになり、1309年から1376年までの70年間続いた。要するに、アヴィニョンを教皇庁に引き入れることは、教皇庁をアヴィニョンに引き入れることと同じか、それ以上に悪いことになるのではないか、という懸念があったのだ。

 「米国が政治的に衰退するまでは、米国から教皇が選ばれることはないだろう」というシカゴの故フランシス・ジョージ枢機卿の言葉は、長年にわたって広く使われてきた。時代の予兆を読み解く人々は、今、目撃していることは、その慣れ親しんが”知恵”の破棄を意味するのか、それとも予言の成就を意味するのか、おそらくその両方、と考えていることだろう。

*「レオ」という名前に込められた意味は

 いずれにせよ、「レオ」という名前には大きな意味がある。歴代教皇で最後に「レオ」と名乗ったのはレオ13世で、近代におけるカトリックの社会教説の父であり、産業革命の熱気に包まれた時代に、資本と労働の権利と義務に関する重要な回勅『Rerum novarum』を教会と世界に発出した。

 8日木曜日の夜、つまり教皇レオ14世が選ばれた夜に、教皇と食事をしたラディスラフ・ネメット枢機卿は、RTクロアチア・ラジオに対し、「教皇は21世紀に展開する『デジタル革命』を敏感に感じ取っておられる」と語った。「(教皇は)私たちは新しい革命の中にいると言いわれた。レオ13世の時代に起きていた産業革命と対比するように」。

 Cruxのチャールズ・コリンズが教皇選挙の数日前に鋭く指摘したように、メディアの報道(枢機卿の発言の報道、分析、識者の論評)は、枢機卿たちが、選挙にあたって、一方では「伝統的価値観」やラテン語のミサ、他方では同性婚や女性聖職者をめぐる論争に象徴される保守とリベラルの対立に焦点を当てた課題を念頭に置くであろうことを強く指摘していた。

 ひと言で言えば、「20世紀後半の論争」だ。これに対して、コリンズは「21世紀の前半は、人間であることの意味を問う社会だ」と書いている。これらの初期の兆候を、新教皇が認識しているとすれば、9日土曜日の朝、新シノドス・ホールに集まった枢機卿団を前に新教皇が行った講話で、教皇自身が可能性の残る疑念を取り除いたことになる。

 教皇レオ13世は、歴史的な回勅『Rerum novarum(新しい事柄について)』をもとに、最初の偉大な産業革命の文脈における社会問題に取り組んだ。そして、レオ14世は語った—「今日、教会は、もうひとつの産業革命とAI(人工知能)の発展に対応して、その宝である社会教説をすべての人に提供する」。

内に向けて、外に向けて

 教皇レオ14世が宣教司祭として、また世界南部の貧しい地域で司教として奉仕したこと、また、聖アウグスティヌス修道会の総長、そしてバチカンの司教省長官として教会行政で指導的役割を果たしたことについては、これまで多くのことが語られてきた。これらすべてが、教皇選出にあたっての、枢機卿たちの判断に重要な役割を果たしたことは間違いない。

 レオ14世がそれなりに評判の高い教会法学者であることは、初期の論評から判断すれば、特に教皇フランシスコ以降の教会の法学状況を鑑みれば、一般に考えられる以上に重要なことだ。

 フランシスコの治世の間、高位の教会関係者たちから批判されたことのひとつは、しばしば私的なものであったが、教会内の広範な見方は、フランシスコはこれまでペトロの座に就いた者の中で最も注意深い秩序ある立法者ではなかった、というものだった。

 例えば、教皇フランシスコが2015年に行った結婚裁判の構造改革は、普遍的に好意的に受け入れられたわけではなかった。フランシスコによる教皇庁の断片的な改革は、理論的には適っていたが、教会の中央統治機構を21世紀の行動に適した形にする実際的な細部への配慮に欠けていた。

 教皇フランシスコは、特定の問題を解決するために法的命令を出すことを好んだ。そのような物事の進め方は、目の前の問題にうまく対処できるかもしれないが、後々に困難を引き起こす傾向がある。フランシスコはその教皇職期間中、年におよそ5つのペースで使徒的書簡(motu proprio)を発布した。

 少し視点を変えてみよう。 教皇ヨハネ・パウロ二世は在位中の26年間で31通の使徒的書簡を発布した。フランシスコは、在位5年目の終わりに、それを上回り、最後までペースを緩めることはなかった。

 フランシスコの教皇任期中、最も重要な法改正は2019年に制定された「Vos estis lux mundi」だ。フランシスコは、教皇就任後、しばしば憂慮すべき不始末に悩まされたが、この法律を意味ある規則性や透明性をもって利用することに消極的であることが証明されている。そして、枢機卿たちは、自分たちが選んだ人物が事態を収拾しなければならないことを知っていた。

*クローゼットから”骸骨”を引き出す

 バチカンのオブザーバーたちがすぐに指摘したのは、レオ14世は虐待と隠蔽のケースを扱うのに不完全な記録を持っているということだった。彼が直面した告発のいくつかは、信憑性が非常に疑わしい方面からのもので、当時のプレヴォスト枢機卿の容疑を晴らすような審査結果が出されていた。

 だが重大な不始末の疑惑が残っている。そのひとつは、十分に根拠があるように見える。その疑惑とは、シカゴ大司教区の虐待司祭ジェームズ・レイ神父の事件に関するものだ。2000年にシカゴのアウグスチヌス会の管区長であった当時のプレヴォスト師は、性的虐待の疑惑があり10年近く聖職を制限されていたレイ神父を、アウグスチヌス会の所有する建物に住まわせた、というものだ。

 シカゴ大司教区は、小学校のすぐ近くにあるアウグスヌス会の建物にレイを受け入れる際、レイに対してされている聖職の制限を指摘したと伝えられている。当時のプレヴォスト師は、小学校側に警告を発することも、警告を発するように仕向けることもなかったようだ。

 レイの問題は、聖職者による性的虐待と隠蔽が世界的なスキャンダルに発展する2年前に起こったものだ。スキャンダルの世界的な表面化は2002年にボストンから始まったが、世界中に広がる前に、瞬く間に米国全土を巻き込んだ。

 聖職者による性的虐待と隠蔽の危機は、教会の最近の歴史の一部であるだけでなく、非常に長い歴史を持つ、現在の教会の一部であることは間違いない。この危機に関する教会の主要な専門家の一人であるイエズス会のハンス・ゾルナー神父は「私たちが生きている間にこの危機が終わることはないだろう 」と2019年3月に語っている。

 危機は2000年にはすでに私たちと共にあったが、スキャンダル、そしてスキャンダルが強いる意識は、地平線上にぼんやりとしかなかった。だが、間違いなく、人々を危険にさらし続けている。

 BishopAccountability.orgのアン・バレット・ドイルは、レオ14世の、聖職者の性的虐待に関連する記録を 「厄介なもの 」と呼ぶ声明を発表した。その1つの「例外 」は、ペルーを拠点とするカトリック系団体 「Sodalitium Christianae Vitae(SCV)」に対する制裁である。SCVの内部告発をした虐待被害者、ペドロ・サリナスは、プレヴォスト枢機卿がバチカンの司教省長官であった当時、この団体を制裁するため「極めて重要な役割 」を果たした、と語っている。

 とはいえ、バレット・ドイル氏は声明の中で、教皇レオ14世は、聖職者による性的虐待への対処で、「自ら進んでリーダーシップを発揮できることを証明しなければならないでしょう… 被害者とその家族の信頼を勝ち取るのは、教皇レオ14世にかかっているのです」と言明した。

 聖職者の性的虐待に関するプレヴォスト師の不完全な記録は、実際、枢機卿たちの間で遅ればせながら目覚めつつあることの表れかもしれない。それは、枢機卿たち、そして彼らが選んだ人物が、虐待と隠蔽がいかに重要な問題であるかを、ようやく理解したことを示しているのかもしれない。 彼らが教皇に選んだ人物が「クローゼットの外に出ている人物」、つまり、彼が精査され、弁解の余地がないことを知っている…。

 そう考えると、教皇レオ14世の選出は、枢機卿団が、聖職者による性的虐待とその隠蔽がもたらしている危機を、真剣に受け止めていることの表れなのかもしれない。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2025年5月12日

・新教皇レオ14世がご自身のモットーと紋章を公表

Pope Leo XIV and his coat of armsPope Leo XIV and his coat of arms 

 教皇レオ14世が10日、ご自身の所属修道会であるアウグスティヌス会のルーツを明確に反映した紋章とモットーを公表された。

 教皇レオ14世の紋章は、教皇のアウグスティヌス会士としてのルーツと、教皇在位中に推進しようと努める価値観、特に教会内の統一と交わりを明確に反映している。

 シールドは斜めに2つのセクションに分かれており、上半分には青い背景に白いユリが描かれている。

  盾の下半分は明るい背景で、アウグスティヌス修道会を思い起こさせる、矢で貫かれた心臓が描かれた閉じた本の図像が描かれている。これは聖アウグスティヌス自身の回心体験を直接参照したもので、彼は神の言葉との個人的な出会いを「Vulnerasti cor meum verbo tuo」(あなたの言葉は私の心を刺し貫きました)というフレーズで表現している。

  教皇レオ14世はモットー として、このアウグスティヌスの伝統を反映したモットー「In Illo uno unum」を選ばれた。これは「一において、我々は一つである」という意味だ。このフレーズは聖アウグスティヌスの詩篇第127章の解説から取られており、そこで彼は「私たちキリスト教徒は多数であるが、唯一のキリストにおいて私たちは一つである」と説明している。

  2023年、バチカンニュースのティツィアナ・カンピシ氏とのインタビューで、当時枢機卿だったロバート・フランシス・プレヴォスト師は、このモットーの重要性について次のように語っっている。

 「私の司教のモットーからもわかるように、一致と交わりはまさに聖アウグスチノ修道会のカリスマの一部であり、また私の行動や考え方の一部でもあります… 教会における交わりを促進することは非常に重要だと信じています。そして、交わり、参加、そして使命がシノドスの3つのキーワードであることはよく知っています。ですから、アウグスティヌス会の会員として、私にとって一致と交わりを促進することは基本です」。

 聖アウグスティヌスの詩篇 127 章に関する考察は、この考えの神学的根拠を強調している。 「キリストは頭であり体であり、一人の人間である。ではキリストの体とは何だろうか?それは彼の教会である」とアウグスティヌスは書いている。そして彼はこう付け加えている。「私たちキリスト教徒は多数ですが、唯一のキリストにおいて私たちは一つです。私たちは多数でありながら一つです。なぜなら、私たちはキリストと一つになっているからです。そして、私たちの頭が天にいるなら、その肢体も従うでしょう」。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年5月11日

(評論)新教皇レオ14世が直面する12の課題(La Croix)

(2025.5.9 La Croix   Arnaud Bevilacqua and Mikael Corre, Céline Hoyeau, Héloïse de Neuville, Matthieu Lasserre, Dorian Malovic, Mélinée Le Priol, Nicolas Senèze, Malo Tresca)

 虐待から外交、性倫理から教会改革まで、新教皇は相当な課題に直面している。La Croixは、レオ14世を待ち受ける12の主要な優先事項、つまり、緊張した世界と教会において、預言的な権威と信頼性の両方をもって語る彼の能力を形作る問題を概説する。(写真は pixabay.com より)(写真は pixabay.com より)

①女性と一般信徒の役割向上

 

 2024年10月の議会は、最も多くマークされました 教会の歴史における女性を含むシノドス。約50人の女性が参加しました。 シノドス第2会期で投票した。投票権 2023年に女性に与えられた米国聖公会の集会は、最も大胆なジェスチャーの1つでした フランシスコの女性に対する教皇の。

 もう一つの大きな変化は、 一般の人々(男性であれ女性であれ)が、バチカンの省のトップに立ったことだ。その最初の女性はシスター・シモーナ・ブランビラだった。そしてフランシスコの下で約20人の女性たちが主要なバチカンの部署のポストに配置された。

 新教皇がこれらの改革を覆すと期待する人はほとんどいない。だがしかし 彼はどの方向に進むのか?

 大きな問題の1つは、 女性に司祭叙階の道を開くのか。多くの神学者は、聖書的な根拠が強くないと考えているが、 彼らの叙階を否定し、それは公式に禁止されているが、” シノドスの道”の歩みの中で、繰り返し再浮上してきた。

 また、不確かなのは、これが、フランシスのビジョンであるかどうかだ。 「シノドス教会」—すべての洗礼を受けた人々を対話に導き、分かち合う教会。その 責任は、彼の教皇職を超えるかも知れない。

②緊張が深まる道徳と性に関わる問題への対処

 

 これは、教会で最も論争の的となっているものの一つだ。表に出して世界に語りかけることの難しさがもとになっている。世界中の信者たちは、それが 道徳と性的な教えに関わるものと受け止めている。

 2023年12月の出されたFiducia Supplicansで、 同性カップルの非典礼的祝福を条件付きで許可されたことで、緊張が頂点に達した。アフリカの一部の司教団は、これを拒否した この文書は、欧米の多くの人々が長年の懸案の解決の第一歩と歓迎したものの、受け止め方の”南北格差”が拡大し、統一性と一貫性が衰えた教会に分断の恐れが高まっている。。

 緊張の根底にあるのものの一つは、相対主義に対する保護手段として教義の明快さを求める声。 もう一つは、具体的な状況に対し、福音のメッセージが一連の禁止事項に還元されないようにする司牧的アプローチの要請だ。

 フランシスコは司牧的な道を確かに選ばれたが、それ以来、規範と実践の間のギャップ、混乱の深まりを懸念する声が上がっている。同性愛、避妊、生命倫理などの問題 は、新教皇の下での議論の中心であり続けるだろう。慎重なナビゲートが求められる。

③聖職者による性的虐待がもたらす危機への対処

 ベネディクト16世のリードに続いて、フランシスコは決定的な役割を果たしました 教会での性的虐待と戦うための努力、特に彼の2018 「神の民への手紙」と2019年の世界司教サミット。それでもなお やるべきことはまだたくさんあります-特に、虐待が頻繁に行われるグローバルサウスでは いまだにタブー視されているテーマです。

 虐待の発覚に最も動揺している国々は、 予防措置と報告プロトコルが実施されていますが、広大な地域ではまだ不足しています リスニングセンター、民事司法制度との協力、および適切 司祭の養成。重要なテストは、バチカンが完全な Vos estis lux mundiの地方施行、2019年の法令 司教が虐待を報告すること—まだめったに適用されないこと。

 性的虐待以外にも、より広範な課題が残っています。 精神的な操作と権力の乱用に対処すること、多くの場合、大人が関与すること、 レイまたは宗教的。新しい教皇は次のステップに進み、神学者を招待しますか そして司教たちは、より深い霊的、神学的、教会的な教訓を引き出すために このシステミックな危機?これまでのところ、教会の歪んだ質問 権力、身体、そして世界との関係は、ほとんど探求されてこなかった。

④世俗化された現代社会における福音宣教

 信仰にほとんど無関心に見える現代社会で、教会はどのようにして福音を宣べ伝えることができるのか。この問いかけは、従来から続いている欧米から、中南米やアフリカの一部へと広がっている。

 教皇選挙に先立って繰り返し開かれた全体会議で、多くの枢機卿が「 世俗化する世界への教会の対応が、今日の中心的な課題となっている」と指摘。「閉鎖された世界観の中で、人々は個人主義と主観主義に傾倒している」「では、どのように教会は、世界と関わるか に強い関心を持って行動しているか。それとも、疎外された立場に身を置いているのか」などの反省も出た。

 新教皇はどのような道を選ぶのか? そして、教皇、枢機卿たちの福音宣教の努力は、信徒たちの日々の生活を通した証しによって支えられなければならない。

⑤トランプの米国との関係をどう進めるか

 バチカンと米国メリカの関係は、 フランシスコの教皇在任中に最低となった。教皇は、 「資本主義の行き過ぎ」、つまり世界経済を「人を殺す経済」と呼び、 トランプ大統領の厳しい移民政策を非難した。トランプの移民問題担当者は「 私たちの国境を守るために、教皇は私たちに何をしてくれるのか。バチカンの周りにも、壁があるではないか」と反論した。

 バチカンは今、微妙な道を歩まなければならないだろう。 世界をリードする大国との開かれた対話を維持しながら、 人権に基づいた主張を続ける必要があるが、トランプを強力に支持する カトリック教徒(ある世論調査では、全信者の64パーセントが支持している)がいる中で、政治的問題だけでなく、伝統的な教義を信奉するに声に、どう向き合っていくのか。

 そして、もう一つの差し迫った懸念は、カトリック教徒であるバンス副大統領によって擬人化されたナショナリズム。新教皇は、 カトリック教徒を遠ざけない形で、教会の価値観を持って、これらのイデオロギーの流れに慎重に対処する必要がある。

⑥気候変動問題への対応

 フランシスコと彼の回勅「ラウダー・ト・シ」によって バチカンは、気候変動との闘いにおける主要な道徳的声となった。この遺産を受け継ぐ新教皇は、大きな課題に直面するだろう。それは、 より広い世界での「integral ecology(自然と人間の活動が密接に関わっていることを強調する、包括的な生態学的な考え方)」の深い一貫性を把握し、 生態学的懸念と「pro life(人工妊娠中絶に反対し、生命尊重の立場をとる人や団体、考え方を指す言葉です。具体的には、胎児の生命を保護し、中絶を合法化しないことを支持する立場)」倫理は矛盾していないようにするか、だ。

 フランシスコの「使い捨て文化」批判に対する批判もある。「彼は妊娠中絶と安楽死に反対されました。しかし、もっと 静かに、おそらく環境変革のためのより広範な連合を構築するための努力がひつようです」とある大学の学長を務めるシスターが語る。

  環境保護と、妊娠中絶や自殺幇助への反対は、 人生と自然に対する功利主義的な見方を拒絶する同じ論理から出ている。気候変動で言えば、今 世紀末までに地球の平均気温が3°C上昇する可能性があると予測されているが、 教会はこれへの対処を最優先事項としているにもかかわらず、具体的な行動に踏み込まず、「環境主義」にとどまっている。

⑦分断が進む教会で、どうやって一致を維持するのか

 

 フランシスコが始めた”シノドスの道”の歩みは、教会が抱える問題の深さを明らかにした。 教会における文化的および神学的分裂。多元主義が台頭する中で、教会はどのようにして一致を維持できるのか ?

 世界の一部の地域の教会では、教会 改革、特に性道徳と女性の役割などに関して意見が大きく分かれている。特にアフリカやアジアの一部では、より保守的な路線を提唱する声が強い。新教皇は、これらの相反する流れに巧みに対応することで分裂が決定的になるのを避けねばならない。

 重要な試金石は、新教皇が フランシスコが始めた ”シノドスの道”の歩みフォローアップ。その歩みで得たものを制度化するのか、それとも 教義の統一性を回復するために後退させるのか? どちらの選択にも、教会の一部を疎外するリスクがある。

⑧いまだ途上のバチカン改革の推進

 教皇フランシスコはバチカンに抜本的な改革をもたらす Praedicate EvangeliumのCuriaを交付し、実行された。福音宣教をバチカンの使命の中心に置き、省や委員会などの部署の再編成は大きく進んだが、改革の全体像はまだ出来上がっていない。特定の部署の統合・再編では、 役割と責任について混乱を招き、まだ調整中の部署もある。または人員の効率化などもまだ進んでおらず、 フランシスコが繰り返し言われた「地方分権化(権限のバチカンから現地教会への移譲)」も実現していない。

 新教皇は、これらの改革を確実に仕上げねばならない。バチカン行政の明快さと士気を高めつつ進める必要がある。一部の枢機卿は、財務の透明性を高めることも求めている。財政赤字を払しょくし、 不透明な支出をなくすことも課題だ。

⑨激動の世界でバチカン外交をどう進めるか

 新教皇は、フランシスコの野心的な外交課題を引き継ぐ。 ウクライナと聖地の平和に向けた努力を促進し、キリスト教他宗派、他宗教との対話の促進、そして、中東、アフリカ、およびアジアの一部で少数派となり、迫害されているキリスト教徒を守ることも重要だ。

 教皇フランシスコは、慎重な外交のモデルを好んだ。 多くの場合、対立よりも調停を選択した。これは彼の慎重な態度に表れていた。 中国へのアプローチと、ロシアとウクライナとの対話を維持するための彼の試みが続けられたが、東欧の司教たちと一部の人権擁護者などから、姿勢の曖昧さが批判されることもあった 。

 新教皇はこのような外交路線を続けるかどうかを決めなければならない。 フランシスコの”非同盟外交”継続のために、より率直で価値観に基づいたスタンスを採用するか否か。 いずれにせよ、新教皇は、 ロシアのウクライナ侵略や、トランプ米大統領の自国ファーストの教皇の中で、国連など国際機関が影響力を失い、国際規範の崩壊が進む中で、世界におけるバチカンの役割を再定義する必要があるだろう。

⑩キリスト教他宗派、他宗教との関係を深める

 第二バチカン公会議に始まったエキュメニズム(キリスト教の一致の運動)は、カトリック教会にとって、依然として中心的な課題だ。フランシスコの下で、エキュメニカルな対話が行われた。彼の2016年のギリシャ正教総主教との会談、さらにロシア正教のキリル大司教との歴史的な会談を実現したが、その後のロシアによるウクライナ軍事侵略によって、進展が妨げられた。

 キリスト教他宗派とのエキュメニカルな取り組みは続いているが、分断の動きもある。 特に福音派とペンテコステ派の教会は、急速に保守的な動きを強めい、グローバルサウスで、しばしばカトリックの教えが挑戦を受けている。

 こうした世界的な様々な変動の中で、新教皇は、カトリックのアイデンティティを損なうことなく、キリスト教の一致を、 政治的な目標としてではなく、分断された世界における福音の証人としてすすめねばならない。

⑪召命を復活させ、聖職者の生活を新たにする

 世界の多くの地域で司祭の不足が深刻化している。欧州と北米の国々でそれが顕著だ。一方で、 アフリカやアジアの一部などでは、司祭の需要が強い。そうした中で、課題は、まず、司祭の養成を確実にすること、 心と精神の両方を形成することだ。もう一つの課題は、聖職者の間での士気の低下にどう対処するかだ。 最近の教会改革への対応で混乱したり、性的虐待と高位聖職者による隠ぺいなどで、司牧活動への気力を失くすケースも目立っている。

 新教皇は、構造的な問題にも取り組む必要がある。一般信徒の教会における主導的役割の拡大、終身助祭の昇進などの改革、または 教区制度の見直しなど、司祭減少の中で、活気を取り戻す具体的取り組みが求められる。

⑫危機の世界に必要なのは「希望」をもたらし、人々の心に触れる能力

 今日の世界は「不安」によって特徴づけられている。気候変動、 戦争、経済の不安定さ、社会のなどなど。多くの人々、特に 若い人々は、人生に意味を見つけるのに苦労している。教会は、そうした世界、人々に、答え以上のもの、「希望」を提供せねばならない。

 ”絶望の解毒剤”として、教皇フランシスコはしばしば「喜び」「慈しみ」「優しさ」について語った。教会は”戦乱”に満ちた現代社会で、教会は自己を守る「要塞」になてはならない、苦しむ人々のための「野戦病院」になるべきだ、と繰り返し訴えた。新教皇はそのアプローチを継続する必要がある。そして、教会の壁を越えて、人々の心に響く、新しい言葉を語ることが求められる。

 新教皇の信頼性は、 教義の明確さや制度的な管理だけにかかっているのではない。何よりも、人々の心に触れる能力だ。あるバチカンのオブザーバーが言ったように、「現在の分裂の時代に、人々は 自分の心の奥底にある恐怖や願望に語りかけ、『癒しへの道』提供できる人を求めている」のだ。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。
LA CROIX international is the premier online Catholic daily providing unique quality content about topics that matter in the world such as politics, society, religion, culture, education and ethics. for post-Vatican II Catholics and those who are passionate about how the living Christian tradition engages, shapes and makes sense of the burning issues of the day in our rapidly changing world. Inspired by the reforming vision of the Second Vatican Council, LCI offers news, commentary and analysis on the Church in the World and the world of the Church. LA CROIX is Europe’s pre-eminent Catholic daily providing quality journalism on world events, politics, science, culture, technology, economy and much more. La CROIX which first appeared as a daily newspaper in 1883 is a highly respected and world leading, independent Catholic daily.

2025年5月9日

(評論)米国人教皇レオ14世の誕生の背景に時代の変化、故教皇の課題取り組みの継続を枢機卿たちは望んだ(Crux)

(2025.5.8 Crux   Elise Ann Allen and John Allen)

 ローマ₋発-8日の木曜日、教皇選挙のためにバチカンに集まった枢機卿たちが、ロバート・プレヴォスト枢機卿を史上初の米国出身の教皇に選出し、その教皇名がレオ14世と宣言され、教会の歴史に刻まれた。

 長い間、「米国人教皇の誕生は考えられない」と言われてきた。新大陸からの蒸気船はローマに到着するまでに時間がかかるため、米国人枢機卿の到着が投票に間に合わないことがしばしばあった。

 その後、「米国人教皇」に対する拒否権は、地政学的なものとなった。バチカンで教皇の決定がなされているのか、それとも米国のラングレーのCIA(中央情報局)本部でなされているのか、世界中の多くの人々が疑問に思ったからだ。

 しかし、プレヴォストが教皇に選出されたことで、その考えは払拭された。米国はもはや世界唯一の超大国ではないし、いずれにせよ、枢機卿会議内部の力学は変化した。

 枢機卿たちは、もはや、候補者がどのようなパスポートを持っているかではなく、どのような精神的、政治的、個人的プロフィールを体現しているかに関心があるのだ。

 過去2年間、教皇フランシスコの下でバチカンの超強力な司教省のトップを務めたレオ14世は、世界中の新司教を選ぶ際に教皇に助言する責任を負っていた。

 同僚の枢機卿たちはこのアウグスチヌス修道会の元総長を知るにつれ、多くがその人柄に好感を持つようになった。 穏健でバランスの取れた人物で、確かな判断力と鋭敏な傾聴能力で知られ、自分の意見を聞いてもらうために胸を張る必要のない人物、だということに。

 レオ14世は1955年にシカゴでイタリア人、フランス人、そしてスペイン人の血を引く家庭に生まれ、高校は「アウグスティノ会」と呼ばれる聖アウグスティヌス修道会が運営する小神学校に通った。そこからフィラデルフィアのヴィラノヴァ大学に入学し、1977年に数学の学士号を取得した。同じ年にアウグスティヌス修道会に入会し、カトリック神学大学(CTU)で学び始め、1982年に神学修士号を取得した。(CTUの卒業生として初めて枢機卿に任命された)。

 次にローマに送られ、ドミニコ会が運営する聖トマス・アクィナス大学(通称 「アンジェリカム」)で教会法の博士号を取得した。

 1985年、レオ14世はペルーのアウグスチヌス会の宣教活動に参加した。彼の指導者としての資質はすぐに認められ、1985年から1986年までチュルカナス管区の管区長に任命された。その後、ペルーに戻るまでの数年間は、シカゴでアウグスチヌス会管区の召命担当司祭として過ごし、その後10年間は、トルヒーヨでアウグスチノ会神学校を運営するかたわら、教区神学校でカノン法を教え、学務総長を務めた。

 聖職者生活には古くからの”ルール”がある。有能であることが災いし、「物事を成し遂げる才能がある」と認められるのに正比例して仕事量が増える傾向がある、というものだ。こうして、プレヴォストは本職に加えて、教区司祭、教区本部の役人、トルヒーヨの養成部長、教区の司法官の仕事もこなした。

 レオ14世は1999年に再びシカゴに戻り、今度は管区長を務めた。この時期、司祭の性的虐待スキャンダルに遭遇し、告発された司祭を学校の近くの司祭館に住まわせる決定を下した。この対応は後に批判を浴びることになるが、これは、米国司教団が2002年にこのようなケースを扱うための新基準を採択する前のことであり、彼の署名は基本的に、大司教区と告発された司祭の霊的アドバイザーおよび安全計画の監督者との間ですでに行われていた取り決めによる形式的なものだった、と判断された。

 2001年、レオ14世は世界的なアウグスチヌス会の総長に選出された。ローマにあるアウグスチノ会教皇庁教理学院に本部があり、「アウグスチニアヌム」として知られている。プレヴォストは2期にわたって総長を務め、手際の良い指導者、管理者としての評判を得た後、2013年から2014年にかけて、修道会の養成ディレクターとしてシカゴに一時帰国した。

 2014年11月、教皇フランシスコは彼をペルーのチクラヨ教区の使徒的管理者に任命し、1年後に教区司教となった。歴史的に言えば、ペルーの司教団は解放の神学運動に近い左翼とオプス・デイに近い右翼の間でひどく分裂していた。その不安定なミックスの中で、レオ14世は2018年から2023年まで会議の常任理事会と副会長を務めたことに反映され、穏健な影響力を持つと見なされるようになった。

この2月、教皇フランシスコは当時のプレヴォスト枢機卿を枢機卿司教団に入会させたが、これは教皇の信頼と好意の明らかな表れである。観測筋によれば、プレヴォスト枢機卿と故フランシスコは常に意見が一致していたわけではなかったが、それでもフランシスコは米国人のプレヴォスト枢機卿の中に信頼できる人物を見出していた、という。

 基本的に、枢機卿が法王候補を検討する際には、常に3つの資質を求める。「 宣教師」-つまり信仰に前向きな顔を見せることができる人物、「政治家」-つまりドナルド・トランプ、ウラジーミル・プーチン、習近平といった世界的な舞台で堂々と立ち回ることができる人物、そして「総括・管理者」-つまりバチカンを掌握し、財政危機への対処を含め、”列車を定刻通りに走らせるこ””ができる人物である。

 レオ14世が、この3つの条件をすべて満たしていることは確かだ。

 彼はキャリアの大半を宣教師としてペルーで過ごし、残りの一部を神学校や養成課程で過ごしたため、信仰の火を灯し続けるために何が必要かを理解している。そのグローバルな経験は、国家運営の課題においても財産となるだろうし、生まれつき控えめで平静な性格は、外交術にも適しているかもしれない。最後に、修道院長、教区司教、バチカン総監など、さまざまな指導的地位で成功を収めたことは、彼の統治能力を証明している。

 さらに、彼は「生意気な米国人の傲慢さ」という古典的なステレオタイプに翻弄されることはない。むしろ、イタリアの新聞『ラ・レプッブリカ』や国営テレビ局『RAI』が最近評したように、彼は 「il meno americano tra gli americani(米国人の中で最も米国人らしくない人物)」という印象を与える。

 基本的に、レオ14世の選出は、大まかには「教皇フランシスコのアジェンダの中身の多くの継続」を多くの有権者枢機卿たちが支持したものと見ることができる。

 カトリック教会の活動における多くの争点に関しては、「フランシスコ」はある種の隠語である。女性司祭の叙階、同性婚の祝福、ラテン語ミサといった問題で、レオ14世は、自分のカードをベストの近くで使っている。

 加えて、レオ14世は、聖職者による性的虐待の訴えを不当に扱ったとして、「神父に虐待された人の被害者ネットワーク(SNAP)」が苦情を申し立てた数人の米国人枢機卿の一人だ。1人はシカゴで告発された神父、もう1人はペルーのチクラヨで告発された神父である。その話には説得力のある別の側面がある。つまり、 両事件とも、複数の関係者がレオ14世の当時の行為を擁護しており、ペルーの被害者の弁護を最初に担当した教会法弁護士は、恨みを持つ失脚した元神父である一方で、レオ14世は、チクラヨでは教区の児童保護委員会の責任者として成功を収めた、と評価されている。

 要するに、プレヴォストの教皇選出は、枢機卿たちが伝統的に求めてきたことの多くを満たすものであり、いくつかの争点について明確な実績がないことでさえ、結果的には”負債”というよりむしろ”資産”になったということだ。

 2023年、プレヴォストが枢機卿に昇格した時のCTUからの以下の賛辞は、彼の魅力をほぼ要約している。

 「プレヴォストは、宣教師の心と、学問の学び舎から貧しいバリオ、行政の上層部まで、長年の聖職経験を枢機卿団にもたらす。聖霊が導くところ、どこにでも奉仕する用意がある、という福音の呼びかけを体現している」。

 教皇レオ14世として選出されたことを考えると、歴史上初の米国出身の教皇であり、彼の枢機卿選出者たちがその思いを共有していたことは明らかである。

2025年5月9日

☩教皇レオ14世がローマと世界に挨拶「あなた方すべてに平和があるように…シノダル(共働的)な教会として、共に歩もう!」

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年5月9日

改・第267代教皇にプレヴォスト枢機卿を選出―「レオ14世」、69歳、初の米国出身教皇に

新教皇レオ14世 2025年5月8日 バチカン・聖ペトロ大聖堂新教皇レオ14世 2025年5月8日 バチカン・聖ペトロ大聖堂 

   教皇選挙は現地時間8日午後行われた投票で、第267代ローマ教皇に、ロバート・フランシス・プレヴォスト枢機卿を選出した。教皇名はレオ14世。

 新教皇は69歳。初の米国出身の教皇で、男子修道会・聖アウグスティヌス修道会の元総長。ペルーのチクラヨ教区長などを経て、教皇フランシスコのもとでバチカン司教省長官を務め、2023年には枢機卿に任命されていた。

・・・・・・

 「レオ14世」という名前に関し、バチカンのマッテオ・ブルーニ報道官は「教会の社会教説を創始した聖レオ1世と、この教説を概説した教皇レオ13世による1891年の回勅『レルム・ノヴァールム』が新教皇の念頭明確に置かれている」と説明、社会教説がレオ14世の教皇職の中核をなすことを示唆した。

  ⇒『レルム・ノヴァールム』は日本語で「新しき事がらについて」を意味し、「資本と労働の権利と義務」という表題がつけられた。カトリック教会社会問題について取り組むことを指示した初の回勅(「カトリック・あい」)

 なお、新教皇は9日、システィーナ礼拝堂で彼を選出した枢機卿団と共にミサを捧げ、11日の復活節第4主日には、聖ペトロ大聖堂の中央バルコニーから初めての正午の祈りと説教を行う。そして、故教皇フランシスコと同様、12日月曜の特別謁見で、バチカン駐在の特派員たちと面談する予定だ。

(この項はCrux)

・・・・

 教皇選挙の2日目、5月8日18時10分ごろ、教皇選出を知らせる白煙が、システィーナ礼拝堂の煙突から上がり、朗報を心待ちにしていたバチカンの広場の信者たちから歓声と拍手がわき上がった。新教皇の登場を待つ人々の期待が高まる中、バチカンの大聖堂の中央バルコニーにプロトディアコノ、ドミニク・マンベルティ枢機卿が現れ、ラテン語の式文をおごそかに述べた。

 「Annuntio vobis gaudium magnum: habemus Papam!(皆さんに大きな喜びをお伝えします。私たちは教皇をいただきました)」

 続いて、ローマと世界に向けて、新しく教皇に選ばれた枢機卿の名前と教皇名が告げられた 新教皇に選出されたのは、ロバート・フランシス・プレヴォスト枢機卿、教皇名はレオ14世。

 この告知と共に、広場を揺るがす歓声がとどろき、教皇レオ14世が聖ペトロ大聖堂の中央バルコニーに立ち、最初の挨拶を述べ、ローマと世界に祝福をおくった。

・・・・・・・・・・・

 新教皇レオ14世(ロバート・フランシス・プレヴォスト)は、教皇庁司教省前長官、1955年9月14日、米シカゴ生まれ、米国出身、聖アウグスティヌス修道会会員。1985年から1986年、および1988年から1998年までペルーで、小教区司祭、教区聖務職員、神学校の教員および管理者として奉仕した後、2001年から2013年までは聖アウグスティヌス修道会の総長を、2015年から2023年まではペルー・チクラーヨ教区の司教を務めた。2023年に枢機卿に任命され、同年に教皇フランシスコによりバチカンの司教省の長官に任命されると同時にラテンアメリカ委員会の委員長に就任していた。英語スペイン語イタリア語フランス語ポルトガル語を話し、ラテン語ドイツ語を読む事が出来るなど、語学に堪能。

2025年5月9日

・教皇選挙:8日朝の二回目の投票も”黒煙”次回投票は日本時間深夜に

(2025.5.8 Vatican News  )

 第267代教皇を選出する教皇選挙の2回目の投票が、8日朝行われたが、午前11時50分(日本時間午後6時50分)、「選出できず」を示す黒煙がシスティーナ礼拝堂の煙突から挙げられた。

 枢機卿たちが昼食のために休憩している昼の間も、聖ペトロ広場にいる約1万5000人の信者たちは期待に胸を膨らませながら煙突を見上げ続けている。次の投票は午後4時頃(日本時間午後11時頃)に再開される予定だ。

 広場にいた人々の中には、新婚旅行でローマに来てた米国人のカップルもいたが、「教皇フランシスコのミサに出ることを楽しみにしていたので、お亡くなりになってとても悲しい。でも、新教皇の選挙に立ち会えるのは一生に一度のこと。新教皇が、多くの問題を抱える世界の中で理性の代弁者となってくれることを期待したい」と語った。

 ボンベイ大司教区からローマに留学中のプラシャント・パドゥ神父も、「教会はこれまで、素晴らしい歴代教皇に恵まれてきました。新教皇には、彼らの最も素晴らしい美点を兼ね備えた方になった欲しい」と述べている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年5月8日

・教皇選挙、第一回投票結果は「黒煙」、第二回投票は日本時間8日夕に

(2025.5.7バチカン放送)

 第267代教皇を選ぶ教皇選挙の初日、7日午後9時頃、第1回目の投票結果を告げる煙がシスティーナ礼拝堂上の煙突から流れ、その色が黒であったことで、新教皇も未決定が人々に伝えられた。

 同日から始まった教皇選挙の結果を見ようと、バチカンの聖ペトロ広場には大勢の信者が詰めかけ、その数はおよそ4万5千人に達し、すでに暗くなった空に上がる黒煙を眺めた。

 投票は、2日目の8日以降は、午前と午後に各2回、新教皇決定まで毎日4回行われ、8日は午前9時15分(日本時間午後4時15分)から第二回目の投票、午後4時30分(同11時30分)から第三回目の投票が予定されている。

 システィーナ礼拝堂の煙突からの煙は、午前の投票後の正午頃(同午後7時頃)に、午後の投票後の午後7時頃(同翌日午前2時頃)に、1回ずつ上げられることになっている。ただし、新教皇が決まった場合は、煙突から白煙が早めに上がる、とされており、午前の投票では10時30分(同午後5時30分)の後、午後では5時30分(同翌日午前零時30分)の後に煙が上がるのは、教皇選出を告げる白煙のみとなる。

(「カトリック・あい」編集)

2025年5月8日

・コンクラーベ開始、有権枢機卿らシスティーナ礼拝堂に入る

(2025.5.7バチカン放送)

第267代ローマ教皇を選ぶコンクラーベが、2025年5月7日(水)、始まった。同日午後、有権枢機卿たちはシスティーナ礼拝堂に入場、宣誓を行った。この後、枢機卿らと、儀典長、黙想指導者を残し、全員が退出、礼拝堂の扉は閉ざされた。

 教皇フランシスコの逝去に伴い、その後継者となる第267代ローマ教皇を選ぶためのコンクラーベが、5月7日(水)、バチカンで開始された。

 午前、聖ペトロ大聖堂でとり行われた「ローマ教皇選挙のためのミサ」に続き、午後、133人の有権枢機卿たちは宿泊先のサンタ・マルタ館を出て、バチカン宮殿のパオリーナ礼拝堂に集った。

 パオリーナ礼拝堂で共に祈りを捧げた後、有権枢機卿たちは、諸聖人の連祷が響く中、行列を作りながら、宮殿内を横切り、システィーナ礼拝堂へと向かった。

 システィーナ礼拝堂に到着した枢機卿たちは、「ヴェニ・クレアトール・スピリトゥス」(創造主なる聖霊よ、来り給え)を歌い、聖霊の助けを願った。

 続いて、有権枢機卿たちは、一人ひとり福音書の上に手を置き、ラテン語による宣誓を行った。

 全員が宣誓を行った後、儀典長ディエゴ・ラヴェッリ大司教が「エクストラ・オムネス」と厳かに告げた。こうして、システィーナ礼拝堂内に、有権枢機卿らと、黙想指導を行う前教皇付説教師ラニエーロ・カンタラメッサ枢機卿、そして儀典長自身を残し、全員が退出。

 やがて儀典長の手によって、システィーナ礼拝堂の扉は固く閉ざされた。

 黙想終了と共に、儀典長とカンタラメッサ枢機卿も会場を後にし、枢機卿らによる第1回目の投票がいよいよ行われる。

2025年5月8日

・コンクラーベ初日:枢機卿ら集い「ローマ教皇選挙のためのミサ」

(2025.5.7バチカン放送)

コンクラーベ初日、「ローマ教皇選挙のためのミサ」が、バチカンの聖ペトロ大聖堂でとり行われた。

 2025年5月7日(水)、カトリック教会は、教皇フランシスコの逝去に伴う、新教皇選出のためのコンクラーベ初日を迎えた。

 同日午前、バチカンの聖ペトロ大聖堂でとり行われた「ローマ教皇選挙のためのミサ」(ミッサ・プロ・エリジェンド・ロマーノ・ポンテフィチェ)は、枢機卿団主席、ジョヴァンニ・バッティスタ・レ枢機卿を主司式者とし、220人の枢機卿との共同司式で捧げられた。

 このミサには、教会の歴史的な節目を共にしようと、5千人以上の信者たちが聖堂内に詰めかけ、枢機卿たちと心を合わせ、新教皇選出のために祈った。

 レ枢機卿はミサの説教で、「この困難で複雑な歴史の曲がり角にあって、わたしたちは教会と人類が必要とする教皇を選出するために、聖霊の助けを呼び、その光と力を祈り求めるためにここにいる」と話した。

 同枢機卿は、「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である」(ヨハネ15,12)というイエスの言葉を、イエスの新しい掟、愛のメッセージとして示しながら、ペトロの後継者の教会の一致と交わりを守り育てる使命を強調した。

 「ローマ教皇選挙のためのミサ」における、ジョヴァンニ・バッティスタ・レ枢機卿の説教は以下のとおり。

**********

 使徒言行録には、キリストが天に昇られた後、聖霊降臨を待つ間、皆がイエスの母マリアと共に心を合わせて熱心に祈っていたと記されています(参照 使徒言行録1,14)。

 これこそ、コンクラーベを数時間後に控えた今、使徒ペトロの墓の上に建てられたこの大聖堂で、祭壇の脇に置かれた聖母像のまなざしの下に、わたしたちが行っていることなのです。

 わたしたちは、神の民全体が、その信仰心と、教皇への愛、そして信頼に満ちた期待をもって、われわれと一致しているのを感じます。

 この困難で複雑な歴史の曲がり角にあって、わたしたちは教会と人類が必要とする教皇を選出するために、聖霊の助けを呼び、その光と力を祈り求めるためにここにいます。

 有権枢機卿たちが、人類と教会における最大の責任を帯びた行為と、たぐいまれな重要性を持選択に備える中、聖霊に向かって祈り求めることは、唯一持つべき正しい態度です。それは、あらゆる私的な考えを捨て去り、頭と心の中をイエス・キリストの神と、教会と人類の善だけで満たす、人間性にかなった態度です。

 先ほど朗読された福音は、イエスが最後の晩餐の夜に弟子たちに託した至高のメッセージ=遺言の核心にわたしたちを導きます。「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である」(ヨハネ15,12)。「わたしがあなたがたを愛したように」という言葉は、わたしたちの愛がどこまで到達すべきかを、より厳密に示しているかのようです。実際、イエスはこの後で明言します。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(同15,13)。

 これは、イエスが「新しい」掟と呼ばれる、愛のメッセージです。これが新しいのは、「自分がされたくないことを、他の人にもしてはならない」という旧約聖書の訓戒を前向きに、拡大するものだからです。

 イエスが啓示する愛には際限がありません。そして、それは、イエスのすべての弟子たちの思いと行いを特徴づけるものでなくてはなりません。イエスの弟子たちの態度において、パウロ6世が 「愛の文明 」と呼んだ、新しい文明の構築に貢献する真の愛を常に示すものでなくてはなりません。愛は、世界を変えることのできる唯一の力です。

 イエスは最後の晩餐の始めに、驚くべき態度をもって、この愛の模範を示してくださいました。使徒たちの足を洗ったイエスは、他者に仕えるために身を低くされました。ご自分を裏切ることになるユダさえ除外せず、誰をも差別せず、彼らの足を洗われたのです。

 イエスのこのメッセージは、ミサの第一朗読でわたしたちが耳を傾けた内容と結びついています。そこで預言者イザヤは、牧者に不可欠な素質は、完全な自己献身に至るまでの愛であることをわたしたちに思い起こさせています。

 それゆえに、このミサ聖祭の典礼文は、わたしたちを教会の一致、また人類の普遍的友愛の推進のために、兄弟愛と相互の助け合いへとわたしたちを招いています。ペトロの後継者の責務の中に、交わりを育てるというものがあります。そこは、すべてのキリスト者とキリストの交わり、教皇と司教たちの交わり、司教同士の交わりがあります。それは自己完結的な交わりではなく、教会が常に「交わりの家であり学び舎」であることを念頭に置いた、個人、人民、文化間へと広がる交わりです。

 さらに、キリストが使徒たちに残した足跡において、教会の一致を維持するようとの呼びかけは強いものです。教会の一致はキリストが望まれたものです。その一致とは、画一性を意味するものではなく、福音に完全に忠実であり続ける限り、多様性における堅固で深い交わりを意味するものです。

 すべての教皇は、ペトロとその使命を体現すると共に、キリストの地上の代理であり続けます。ペトロは岩であり、その上に教会は建てられています(参照 マタイ16,18)。

 新教皇を選ぶことは、単なる人の交代を意味しません。新教皇は常に、帰って来た使徒ペトロなのです。

 有権枢機卿は、システィーナ礼拝堂で投票を行います。使徒憲章「ウニヴェルシ・ドミニチ・グレジス」にあるように、同礼拝堂では「すべてが神の現存への意識を増すようにと競い合っています。いつか、その神の御前に一人ひとりが進み出て、裁きを仰がなければなりません」。

 教皇ヨハネ・パウロ2世は「詩:黙想ローマ三部作」の中で、投票によって大きな決断がなされる時、ミケランジェロの裁判官イエスの像が迫り来て、「偉大なる鍵」(ダンテ)を正しい手に委ねる責任の重大さを一人ひとりに思い起こさせる、と述べています。

 この100年間、まことに聖なる偉大な歴代の教皇たちをわたしたちに与えてくださった聖霊に、教会と人類のために、神の御旨に沿った、新しい教皇を恵んでくださるようにと祈りましょう。

 科学技術の偉大な発展を特徴としつつも、神を忘れがちな今日の社会で、すべての人の良心と、倫理的・霊的エネルギーを最もよく目覚めさせることのできる教皇を教会に与えてくださるよう神に祈りましょう。

 今日の世界は、人間的、精神的な基本価値を守るために、教会に多くを期待しています。これらの価値なしでは、人類の共存の向上はもとより、未来の世代に良いものをもたらすことはできません。

 聖霊が有権枢機卿の心を照らし、今日の時代が必要とする教皇を選出するために彼らを一致させてくださるよう、教会の母、至福なるおとめマリアの母としての執り成しを祈りましょう。

2025年5月8日

・コンクラーベ初日と2日目のプログラム

(2025.5.6バチカン放送)

バチカンで5月7日(水)より始まる教皇選挙について、初日と2日目の日程詳細がバチカンのブルーニ広報局長より発表された。

 教皇フランシスコの逝去に伴い、その後継者を選ぶコンクラーベ(教皇選挙)が、バチカンで5月7日(水)より開始される。

 コンクラーベ初日と2日目のプログラムが、5月6日(火)、報道関係者を対象としたブリーフィングの席で、バチカンのマッテオ・ブルーニ広報局長より発表された。

 これによれば、コンクラーベ開始日2025年5月7日(水)、午前10時、「ローマ教皇選挙のためのミサ(ミッサ・プロ・エリジェンド・ロマーノ・ポンティフィチェ)」が、枢機卿団主席、ジョヴァンニ・バッティスタ・レ枢機卿によって、聖ペトロ大聖堂でとり行われる。

 同日16時30分、枢機卿たちは、枢機卿団において自身が所属する名義上のオーダー順(枢機卿・司教・司祭・助祭の名義上のグループ順)に従い、「アビト・コラーレ」と呼ばれる服装で、諸聖人の連祷の中、行列を作りながらシスティーナ礼拝堂へと向かう。

 システィーナ礼拝堂では、「ヴェニ・クレアトール・スピリトゥス」が歌われ、続いて宣誓と、前教皇付説教師ラニエーロ・カンタラメッサ枢機卿による黙想が行われる。

 次いで、第1回目の投票が行われ、夕方、当コンクラーベにおける最初の煙が上がる。

 コンクラーベ2日目、5月8日(木)、枢機卿たちは午前8時前にバチカン宮殿に集い、パオリーナ礼拝堂でミサと朝の祈りを行う。

 続いて9時15分、システィーナ礼拝堂で昼の祈り(三時課)を唱えた後、投票が行われる。

 12時30分頃、サンタ・マルタ館で昼食。

 15時45分、再びバチカン宮殿へと向かい、16時30分、システィーナ礼拝堂に入り、投票。

 終わりに、夕の祈りが唱えられる(19時30分頃)。

 祈りはすべてラテン語で唱えられる。

 投票は、初日は1回、2日目以降は、午前と午後に各2回、一日計4回まで行われるが、煙は午前の2回目の投票後、12時頃に1回、午後の2回目の投票後、19時頃に1回ずつ上がる。

 教皇が午前か午後の1回目の投票で選ばれた場合は、白煙が早めに上がる。すなわち10時30分の後、あるいは17時30分の後に煙が上がるならば、それは教皇選出を知らせる白煙のみと言える。

2025年5月7日

・枢機卿団:コンクラーベ翌日に控え、最後の全体会議

(2025.5.6バチカン放送)

コンクラーベを翌日に控え、枢機卿団の最後の全体会議が、5月6日(火)午前、バチカンのシノドスホールで開かれた。

 枢機卿団により5月6日(火)に開かれた、コンクラーベ前の最後の全体会議(第12回全体会議)について、バチカンのマッテオ・ブルーニ広報局長は報道関係者へのブリーフィングで次のように伝えた。

 本日6日、枢機卿団の第12回目の全体会議が開かれた。同会議は、午前9時、共同の祈りと共に始まった。 

 同会議には173人の枢機卿が出席、そのうち有権枢機卿は130人であった。

 席上、26人が、多様なテーマ・趣旨の発言を行った。

 −教皇フランシスコの改革、特に、未成年者の虐待をめぐる法の制定、財政、教皇庁、シノドス的あり方、平和のための働きかけ、被造物の保護などにおける改革を継続する必要が示された。

 −新教皇に求められるものとして、一致をめぐるテーマが強調された。橋を築く者、司牧者、人類の師、善きサマリア人的教会の顔としての教皇像が挙げられた。

 −戦争、暴力、深い分極化の時代において、いつくしみと、シノダリティ、希望を感じさせる教皇の必要性に言及した。

 −教会法と教皇の権限、分裂の問題、教会における枢機卿のあり方、王であるキリストの祭日と貧しい人のための世界祈願日が近いこと、共に読むこと、コンチストーロ(枢機卿会議)の際に枢機卿団の会合を開く必要性などが話された。

 −宣教的行為としての洗礼と育成、紛争地と宗教の自由がない場所での殉教者の証しを記憶する必要、気候変動という緊急課題について意見が述べられた。

 −復活祭の日付、ニケア公会議、エキュメニカル対話もテーマとなった。

 今朝のこの会議で、「漁夫の指輪(漁師の指輪)」が無効にされた。

 いくつかの紛争状況において、紛争当事者らに永続的停戦と和平、公正で恒久の平和を呼びかける声明が読み上げられた。

 同会議は、12時半に終了した。

 他の全体会議は予定されていない。

2025年5月7日

(評論)7日の教皇選挙を前に、枢機卿たちは密室で何を話し合ってきたのか?(La Croix)

(2025.5.5  La Croix  Arnaud Bevilacqua)

 教皇フランシスコの死後、世界中からバチカンに集まった枢機卿たちは、1週間以上にわたって毎日、”密室”で会合を開き、カトリック教会が直面する課題について話し合い、次期指導者のプロフィールを形成してきた。

 朝と夜だ。それが枢機卿たちの会議の頻度であり、全体会議(コンクラーベに向けた準備会議)のペースを上げている。5月3日、彼らはこれらの会議の頻度を増やすことを決定した。その結果、5月5日には午前9時から午後零時30分まで、また午後5時から7時まで開かれることになった。

 この決定の背景には何があるのだろうか?何人かの枢機卿から、「お互いを知り、深く耳を傾けるのに、十分な時間がない」という懸念の声が上がった。133人の枢機卿選出者のうち、スペインのアントニオ・カニサレス枢機卿とケニアのジョン・ンジュ枢機卿の2人は健康上の問題で欠席する。多くの枢機卿は遠く離れた国から来ており、互いに初対面である。

 アルジェリアのジャン=ポール・ヴェスコ枢機卿は5月3日、パウロ6世ホールに入る前に記者団に対し、「共に祈るにはもっと時間が必要だったでしょうが、その時が来れば、私たちは準備ができており、主の意図する教皇を教会に与えることができると確信しています」と語った。

 教皇フランシスコの死後、これらの会議ではどのような重要なトピックが浮かび上がったのだろうか。それはおそらく、教会の喫緊の課題に対応するために次期教皇が備えていなければならない、と枢機卿たちが考えている資質を知る手がかりになるのだろうか。

 

 

*カトリック教会が直面する主要課題

 枢機卿たちは 「教会と現代世界との関係」、「福音化」、「福音を宣べ伝えることと日常生活の中で福音を実践することの間の一貫性の必要性 」について、かなりの時間を費やして議論してきた。他のキリスト教宗派や世界宗教との宗教間対話も議題となっている。

 「聖職者の性的虐待」という重大な問題は、明確かつ繰り返し取り上げられた。

 教会内部の問題としては、教会内の分極化、司祭や修道者の召命の減少、バチカンの財政難なども表面化している。教皇フランシスコが強調していたシノダリティ(共働性)については、しばしば彼に関するより広範な議論と結びついた、もうひとつの繰り返されるテーマである。

 5月3日、多くの枢機卿は、次の教皇が 「内向きにならず、世界に出て行き、絶望に満ちた社会に光をもたらす教会を導くことができる、預言者的な精神を持った教皇 」であってほしい、という希望を強調した。

*対話する世界の教会

 

 全体会議では毎回、14人から34人の枢機卿が発言し、世界の教会の多様性を反映した5分間の演説を行っている。La Croixの取材によると、マルセイユのジャン=マルク・アヴェリン枢機卿は土曜日の総会でイタリア語で演説した。「私の興味は、世界のさまざまな地域で教会が現在どのような立場にあるのかを理解することです」とある欧州の枢機卿は語った。別の枢機卿は、「私たちは多くの枢機卿を初めて知り、教会の普遍性を感じている 」と付け加えた。

 枢機卿たちは5月7日、教皇フランシスコの後継者を選出する、という厳粛な任務を帯びてコンクラーベに臨む。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。
LA CROIX international is the premier online Catholic daily providing unique quality content about topics that matter in the world such as politics, society, religion, culture, education and ethics. for post-Vatican II Catholics and those who are passionate about how the living Christian tradition engages, shapes and makes sense of the burning issues of the day in our rapidly changing world. Inspired by the reforming vision of the Second Vatican Council, LCI offers news, commentary and analysis on the Church in the World and the world of the Church. LA CROIX is Europe’s pre-eminent Catholic daily providing quality journalism on world events, politics, science, culture, technology, economy and much more. La CROIX which first appeared as a daily newspaper in 1883 is a highly respected and world leading, independent Catholic daily.

2025年5月6日