・「余白の想い」(9)「日本人の精神風土にイエスの福音が開花」することはない?

 今やネット上は”インフルエンサー”と呼ばれる人やルッキズム的な人を、多くの人々が歓喜しながら追いかける。「面白ければいい」という風潮が、まん延している。こうした時がいつまで続くのであろうか?

 さて、ここからは少々真面目な話をします。

 「救いとは」何か?AI、SNS時代に「救い」を語るのは、そう簡単ではない。何故なら、人々の考えが多様化しており、西欧キリスト教において述べ伝えられた、洗礼を受けることが「救い」だと言っても、なかなか、理解はされないであろう。

 では、いったい聖書は何と言っているのか?イエスが生前活動した時代には、教会は存在しなかった。キリスト教会を作ったのは、イエスの弟子たちである。従って、イエスにとって「救い」は、教会で洗礼を受けることではなかった。

 教会が、キリスト教は唯一絶対であり、洗礼を受けなければ、「救われない」と言い出したのは、中世時代の伝統的な西欧キリスト教である。西欧キリスト教は「洗礼を受けなければ、救いはない」と金科玉条の如く説いた。このことは本当に信頼できるのか?はたまた、この西欧キリスト教は、果たして日本人の心に響くのであろうか?

 ここで、ひとまず「救い」について話を戻そう。人の顔形が違うように「救いの姿」も千差万別であり、人が置かれた状況によって違うのである。それぞれの苦しみに救いがある。ただ、「救い」とは「掬(すく)い」だと思う。すくい上げてもらえる、拾い上げてもらえる、ということである。それは、「神には無条件・無制限の赦しが根底にあること」を意味する。

 おおまかに言えば、「救い」とは、自分と出会ったすべての人々、出会いの場となったすべての環境と社会、自分を構成している世界の全体が、神に掬い取られることである。

 ここで、西欧キリスト教についてごく簡単に触れる。いささか唐突ではあるが、以下に井上洋治神父の文を引用する。

 「これから日本キリスト教会は、もっとも多難な時期をおそらく迎えることとなるであろう。<西欧の風俗の一環としてのキリスト教>は、もはやこれからの日本には居座る場所を持ちえないであろうからである… 現在の西欧キリスト教の形が大幅にくずれてしまわない限り、日本の精神的風土にイエスの福音が開花することは、ないであろうからである」(井上洋治著作選集8、山根道公編、日本キリスト教団出版局、2017年、246~247頁引用)

 井上神父の西欧キリスト教に対する正当とも言える批判は、その著作集全10巻に詳細に述べられている。従ってここでは、いちいち引用は控える。

 彼が目指した「日本人の精神風土に開花するキリスト教」は、今後のことなのであろうか?

 1986年4月20日、井上神父が設立された「風の家」は、今やそのお弟子さんたちに引き継がれ、2026年6月10日「風の家」創立40周年を迎えたとのことである。このことは井上神父が提唱した「風の家」が目指した日本人精神風土のキリスト教が開花し始めた、と云えるだろう。

 聖なるものに触れながら、孤立からも救われる場所。教会がそれになることができれば、キリスト教は消えない。

 最後に井上神父の言葉をあげておく。「21世紀という新しい歴史の転換期を迎えて、やはりこれからのキリスト道にとって一番必要とされ、要求されるのは、もはや新しい型の修道会の求道性ではなく、この地球に存在する数多くの文化圏の中で生活している『在世間信者』の求道性の確立、ではないでしょうか」(「風」山根道公編 第96号、2014、風編集室、78~79頁引用)

 幾多の困難にもかかわらず、井上神父86年の生涯、「日本人精神風土のキリスト教」を伝えるべく、その命を賭して戦った。

 ネット上では「井上はもう古い」という言葉を散見する。古ければ消えてもよい、と思う。だが、井上神父の提唱した「風」は、常に人とあり、決して消えることはない。井上神父は、私が尊敬出来る唯一の邦人司祭である。

(東京教区信徒 纐纈康兵)

2026年10月7日

・「愛ある船旅への幻想曲」(67)社会に開かれた教会を目指ざすなら、まず日本社会を真摯に知ることだ

 

 「教会とは何か」と疑問を感じ始めた私は、森一弘司教の著書『心の闇を乗り越えて—私の歩んできた道』を購入し一気読みした。

 聖職者でこれほど正直に自分の意見を世に発表する司教の存在を知った私の喜びは、半端でなかった。そして、森司教のコラムが掲載されたインターネットマガジン「カトリックあい」に出会い、森司教の嘘のない身近な感覚の文章に毎回目から鱗が落ち、愛読するようになった。

 そもそも私の教会への疑問は、教区の会議に委員として出席せねば生じなかったと思う。

 司教の定年は75歳と案内されている。私が知る宗教組織であるカトリック教会の教区では、司教が変わるたびに組織運営の方向性が変わり、既存の小教区や教区評議会規約も暗黙のうちに変えられている。

 順応性がある?信者は素直に従うかもしれないが、私みたいに「何?」と思う信徒もいるわけだ。今までのことは何だったんだろう、時間をかけて話し合い決めた規約が新しく着座した司教によって、信徒には何の相談もなく変わるわけだ。首長が変わるたびに案件が変わる行政と同様の宗教組織を、私は受け入れることができないのかもしれない。

 「教会とは何か」と悩み続けている私に当時の担当司祭が「森司教を黙想会にお呼びしましょうか?」と提案があり、私は賛成の挙手を一番にした。

 初めて森司教とお会いできた。森司教の教会への思い、本来あるべき姿の教会像の話を生の声で聞くことができた。まだまだ分からないことが山積みではあったが、森司教と対面でお話しする機会が与えられ、森司教から「あなたも書きなさい」と勧められたことが、今も”カトリックあい”に拙い投稿を私が続ける所以である。文章を書くことによって自分自身の考えも整理されていくことを、森司教は私に力説された。

 また以前から私は、井上洋治司祭、遠藤周作氏の著書を愛読しているが、今お二方の憂いが、違う場で生じている、と思っている。

 ここは日本であり、私は日本人であり日本の教会で受洗した。日本人として日本の歴史を理解し、今日本にある法律を守り、日本社会のルールで私は生きている。

 外国人司祭や外国人信者が持つ自国のルールは、日本では受け入れられないことが多々ある。外国人信者が日本社会で生きていくために知らねばならないルールを、誰が教えるのだろうか。

 だが先ずは、日本人信者が日本の社会を真摯に知ることが必要かもしれない。社会に開かれた教会を目指すのであれば…

(西の憂うるパヴァーヌ)

 

2026年10月6日

・Sr.阿部の「乃木坂の修道院から」㉙「本音」で語らう機会を工夫してみよう!

  『本音」で語らう時のスッキリした気持ちは何とも言えない。偽りのない本心からの言葉は、すうっと心根に届き、自分の素直な気持ちに触れ、本音が誘われて出て来るのを感じます。

 確かに、人の飾らない、見せかけない姿言葉は、周囲を穏やかな雰囲気にしますよね。自分が人目にどう映っているか、見られていると意識する時、心の面が濁った感じがします。真実な方である神様の前に素直に純な動機で在り、生きたいと日頃願っています。

 「本音」の語源を調べてみました。楽器の本当の音色から来たもので、人が語る「本当の言葉」本音の意味合いに使われるようになったのだそうです。それで本音には魅せられるのですね。

 『本音で出会い、語らう集い』を毎月、やっていたことがあります。
以前の任地長崎と神戸で若者たちと、その後タイ国の宣教に派遣されて間もない頃から、私が去る280回目まで。その後も続き296回目の集いに至っているとの事。

 2時間ちょっとの、普段のありのままの気持ちで出会い語らう集いです。その日の司会役がテーマ記事を、本や新聞雑誌などから選んで用意します。短い沈黙で気持ちを落ち着け、司会の導入に続き題材記事を輪読。そして15分前後の沈黙、各自ゆっくり素直な本音で味わい自由に思い巡らします。

 その後、それぞれの思い考え感じた事を分かち合い、相槌、質疑応答や対話無しに聴きます。分かち合っていただくことを恭しく聞くのです。分かち合いが終わり、感謝しながら沈黙のひと時を持ち終了、至極シンプルです。

 1人ではなかなか作れない大事な空間と時間、自分の気持ち本音と向き合う、できるようでできない状況を仲間と用意するわけです。自分の内の感性、気付きに対峙する心のブレイクです。これが凄い事なのだと思います。そして仲間の分かち合いをじっと聴く。

 「え?私すごいこと言ってる」と、自分で驚く若者がいました。若い神父が参加して「赦しの秘跡の場にいるようだ」と、若者の素直な本音の分かち合いに感動。

 自分の本当の気持ちに素直に出会う、本音に触れる機会に先ず感じ入り、そして他人の本音触れて更に響くわけです。

 私はいつも、心を開き分かち合ってくださる仲間に合掌するような気持ちで聞き入ります。お互いに豊かになります。カトリックの信仰に導かれた人も、召命の惠を受けた人も、結婚に至る出会いまでの例もありました。

 たった一度でも分かち合った仲間と、深い絆ができるから不思議です。長年親しく付き合った関わりも顔負けです。魂のWF感性の素晴らしい霊に結ばれた絆です。

 情報過多、忙しく騒がしい渦中、じっと自分の内の本音に聞く機会、そして友の本音と語らう機会を!ぜひ工夫してみてください。せっかくですから、生き生き感動した人生を生きてみませんか?

 香ばしい珈琲を満喫するようなひと時、人生をリセットしスッキリさせて…心身の免疫力も高まります。AIも降参、創造主の傑作=人間の魂の本音で出会い語らいましょう。(阿部羊子=あべ・ようこ=聖パウロ女子修道会会員)

2026年10月4日

・「エクソシズム(悪魔祓い)―伝統と現代的意義」のシンポジウム、10月10日に清泉女子大で

 国際シンポジウム「エクソシズム(悪魔祓い)―伝統とアクチュアリティ(現代的意義)について考える」が2026年10月10日(土)、東京・五反田の清泉女子大学で以下の要領で開かれる。研究者、学生、一般の方も歓迎。参加申し込みはn-sakata@seisenn-u.ac.jp へ。「

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【日時】 2026年10月10日(土)13:00開始 場所: 清泉女子大学1号館140教室

【テーマ】 神学・教父学・宗教学から「エクソシズム(悪魔祓い)」の伝統と現代的意義(アクチュアリティ)について考える

【講師】

*田中昇(カトリック東京教区司祭、教皇庁立ウルバノ大学で教会法学教授資格取得、上智大学神学部、南山大学人文学部非常勤講師)「カトリック教会における祓魔四季神学・典礼・歴史・教会法則」

*渡辺優(大学院人文社会系研究科准教授=基礎文化研究専攻・宗教学宗教史学)「善、それでもなお―ジャン=ジョゼフ・スュランと悪魔体験の彼方」

*Francesco Scarsella(イタリア・司祭、神学者) 「エクソシズム—過去と現在」

【主催】坂田 奈々絵 ・清泉女子大学総合文化学部准教授

2026年10月1日

・「パトモスの風 」⑯神は、私たちの父、自分を受け入れた人、その名を信じる人々に子となる権能を与えた

 ヨハネ福音書が、新約の司祭職を中心テーマとして書かれたのではないかと考えて、考察をしてみようと始めたのですが、その冒頭の記述から創世記に引っぱられ、今に至っています。でもそのおかげで、ヨハネ福音書に父の名の記載があまりに多いことの理由に辿り着いたことは、大きな収穫でした。

 創世記で「善悪の知識の木から取って食べることを人に禁じられた神は、私たちの父なのだ」と捉え直してから、3章で神に背いた初めの二人の物語や、4章でカインの殺人事件を読んでみると、そこには、子供たちの後始末に追われる父の姿と、罪を犯してしまった子にきちんと向き合い、「何とかして救おう」とする父の姿が見えてきました。

 この理解は、イエスが最期の食卓で祈った「私は彼らと一緒にいる間、あなたが与えてくださった御名によって彼らを守りました」(ヨハネ福音書17章12節)という言葉の意味に行きつくものでした。このイエスの言葉は、私たち信者にとって、神を父と呼ぶことそれ自体に、計り知れない可能性が秘められていることを示唆しています。

 そして、「私と父とは一つである」(同10章30節)と言われたイエスの言葉によって、私たちが神を「天の父」と呼ぶことはイエスを呼ぶことでもある、ということになるのです。イエスの名には、天使が夢でヨセフに告げた秘められた意味である「この子は自分の民を罪から救う」ということと、その名の在り方である「神は私たちと共におられる」ということが、イエスにおいて同時に実現されたという事実が込められています(マタイ福音書1章21~23章参照)。

 イエスは、この事実を計画された神を、天の父と呼ぶように求めておられます。ヨハネ福音書に、「私たちは皆、この方の満ち溢れる豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを与えられた」(ヨハネ福音書1章16節)とあるのは、イエスが私たちに、神が父であることを徹底的に記憶させようとされたことにあったのだと思います。そして、イエスご自身が、父から遣わされ、父を現す方なのです。

 神は、私たちの父です。イエスの言葉によって育まれたその感覚は、「言(ことば)は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には、神の子となる権能を与えた」(1章12節)とある、「神の子となる権能を与えた」というところに注目させます。

 私たちはイエスの養成に応えて、神を天の父と呼ぶことで、その恵みに答え、イエスを受け入れ、その名を信じて、授かった「神の子となる権能」を守ることができます。私たちには、守るものがあるのです。そのために神を天の父だと自覚することが、新約の司祭職を与えられた民であることのしるしなのだと思います。

 私たちは、黙示録のヨハネと共に、「私たちを愛し、その血によって罪から解放してくださった方に、私たちを御国の民とし、またご自分の父である神に仕える祭司としてくださった方に、栄光と力が世々限りなくありますように、アーメン」(黙示録1章6節)と祈ることができるのです。

(横浜教区信徒 Maria K. M.)

2026年9月30日

・「カトリック精神を広める」㉞勧めたい本紹介・17「聖カルロ・アクーティス-デジタル時代の使徒」いつくしみセンター著

 今回取り上げるのは、「聖カルロ・アクーティス-デジタル時代の使徒」いつくしみセンター著(2026年8月15日初版 税込み1,320円)だ。。

 カルロ・アクーティスは、2006年に15歳で亡くなり、2025年9月7日に、カトリックの聖人に上げられた。ジーンズを履き、ポケモン等のゲームにも興じたことのある現代の普通の少年が、聖人となったのである。その伝記が本書だ。

聖人とは何か。一言で言えば、いま現在、確実に天国にいて、私たち信者の模範となり、天国でイエスキリスト様への取り次ぎをしてくださる方、と言える。聖人に認定されるためには、聖人の取り次ぎで起こった2つの奇跡が必要だ。本書にはその経緯が記されている。そのご遺体は、神様の恵みにより腐敗から免れ、イタリアのアッシジのサンタ・マリア・マッジョーレ教会に置かれており、信者はガラス越しでご遺体を見ることができる。

 聖カルロ・アクーティスが生前もっとも心血を注いだのは、ご聖体への信仰を広めることで、彼が作ったホームページには、世界各地のご聖体にまつわる奇跡が紹介されている。その一つには、聖変化を疑った神父のもとで起こった「パンとぶどう酒が本物の血と肉となった奇跡」がある。それは現在に至るまで腐敗することなく、イタリア、ランチャーノの教会で保存されている。

 わずか15歳の聖カルロ・アクーティスが、インターネットやスマホが跋扈(ばっこ)する現代において、なぜ聖人の位に上げられたのか。しかも聖人の家族は、毎日ミサに預かる敬虔なカトリックの家族ではなかった。彼らは、わずか15歳の聖人に感化されて熱心なカトリック教徒になっていったのである。その秘密は本書に記されている。

 (横浜教区信徒・森川海守=もりかわうみまもる):noteに記事を書いています。ご覧いただければ幸いです。(https://note.com/mamoru_umi)

2026年9月30日

・「余白の想い」⑧AIの著しい進歩の中で、キリスト教が問われているのは

 キリスト教とAIについてごく簡単に述べる。あらかじめお断りしておくが、私はこの分野の専門家ではないため、思い違いや誤りがあるかもしれない。その点はどうかご寛容に願いたい。

 今現在、AIの進歩・発展が著しく、AIによって我々は過去の歴史や思想を広く参照しながら考えることのできる時代である。キリスト教はその役割をAIに譲ることになるのだろうか。が、キリスト教が不要になるというよりも、人間がキリスト教に求めてきた事柄をAIが代行するようになる可能性のほうが大きいのではないかと思う。

 AIは、人が不安や孤独、喪失、罪責感に襲われる場面を学習し、それぞれにふさわしい教義、儀式、祈祷、音楽、励ましの言葉を提示することができるだろう。そうなれば、既存の教会制度は相対化され、宗教経験そのものが仮想現実やメタバース(仮想空間)の中で再構成されていくかもしれない。

 問題は、そのようなものが信仰そのものなのか、それとも信仰の機能的代用品にすぎないのかという点である。キリスト教の礼拝において、いわゆる聖職者と呼ばれる人びとの一部は、将来、不要になるかもしれない。少なくとも、教義や聖書解釈を説明するだけの説教者は、もはや決定的には必要とされなくなるだろう。

 聖書の原典を、どの学者よりも広くかつ細かく参照し、それを学識のない一般信徒にもわかりやすく解説することは、AIにとってそれほど難しいことではない。しかも、その速さにおいてAIは人間をはるかに上回る。

 しかし、AIにできないことがある。AIは、生きることも死ぬこともできない。身体をもたない故、痛むこともできない。また、祈る主体としての私をもたない。AIは祈りについて語ることはできても、祈ることそのことはできない。そこに、AIと人間との決定的な違いがある。

 産業革命以降、人間は直線的に歩み、人間とは何かを見直さなくてよかった。ここで初めて、自ら作り出したものに人間が乗っ取られようとしている。だから今は、人間にとっての最終章かもしれない。人間とは何かを改めて見直し、新たな人間像を打ち出さないと、人間の未来は危ういかもしれない。AIによって作られる自律型の超AIはそれを物語っている。

 キリスト教が問われるのは、教義の正しさ以上に、人類の危機に対して何を語り、何を支えうるかという点である。 

 

*参照文献:「AI新世紀」毎日新聞朝刊(2026年8月31日、1~2面)AI研究の巨匠、ヨシュア・ベンジオ教授が、AIの暴走で「人類絶滅」の危機と警告されている。

 

 追記:地球温暖化も避けて通ることは出来ない。AIと同じく地球温暖化も我々の未来を危うくすることは間違いない。この二つの事柄(AIと温暖化)を放置することは許されない。

(東京教区信徒 纐纈康兵)

2026年9月15日

・「愛ある船旅への幻想曲」(66)「隠蔽と男性中心の組織、一般信徒の悩み・苦しみに寄り添えない教会を変えるには」

 今年ほど「神の語りかけ」を感じた夏はない。戦争や自然災害の怖さから命の大切さを見つめ直し、全ての人々の心の平安を得るために祈る。一人の私という人間の答えも、神はご存知だろう。

先日、同級生の男友達と久しぶりに会い、高校時代にカトリック教会で4人の米国人司祭方から英語を習ったことを互いに懐かしく話した。1人の司祭は米国の超難関・理系大学出身で、友達は数学も教えて頂いたようだ。

 人生の過渡期に素晴らしい司祭方に私達は出会った。だが、そのうちの2人の司祭は私達が高校卒業前に結婚した。この地で愛する人を見つけたようだ。当時、未信者の英語を習う高校生や高専生は、司祭が結婚できないことを知らなかった。突然、英語クラスが閉講された理由を当時は知るすべもなかった私だが、今ははっきり分かる。。

 あれから半世紀以上たった今も司祭の独身制は変わらない。 「カトリックの司祭は結婚できないんだろう?」と友達。この質問になると、誰もが小声になる。。

 最近では、異なる宗教間の対話は以前よりも活発に行われているかも知れないが、肝心のカトリック信者同士の対話はできているだろうか。

 カトリック教会には、独身制を守る司祭と妻を持つ終身助祭がおり、独身男女の修道者が別々に組織を形成している。この組織形態から世間は何を感じるだろうか。学校の社会の教科書にあるカトリック教会は、中世ヨーロッパでの権威、日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルとイエズス会そして豊臣秀吉に始まる禁教、ルターの宗教改革等が記載されているが、司祭の独身制については書かれていない。

近年、司祭の性的虐待事件が世間を騒がせていることから、「隠蔽と男性中心の組織」として世間に知れ渡り、強い非難の対象となっている。組織ぐるみの隠蔽と権威の乱用は赦される問題ではない。「個人の不祥事」とは言えないのである。今まで事件を隠し通し、教会組織の改革をして来なかったカトリック教会の責任は大きい。「私はカトリック信者だ」と友達に言うのが恥ずかしい。このような事実を知っていれば私は受洗しなかっただろう。

そのようなカトリック教会で『人間の尊厳』をどのように理解すればよいのだろうか。私の知る教区では、ある日突然、丁寧な説明もなく、司教から”命令”が下りて来ることが以前より多くなった。まともな信徒にとって、納得がいかない事例が後を絶たず、堪忍袋の緒が切れ、教会から離れている。信徒が何を訴えても、この組織は受け入れない、真摯な対応さえしてもらえない。そのことを彼らは身をもって知っている。

 そして私が出たミサの説教では「”命令”に黙って従う信者しかカトリック教会には必要ない」と、司祭自身が「支配的特権の持ち主だ」と思い込もうとする意図がちらつく。私たち信徒は全ての聖職者を知っているわけではないし、司祭の養成がどのように行われているのか知らない。司祭団がどのような話をしているのかも知らない。司祭たちは、今のカトリック教会の規律や制度に対して、何の疑問も感じないのだろうか。

 私が知る限り、社会で揉まれ、苦労を重ね、他者と交わり、真っ当な人間として生きるために必要な愛を得るために葛藤を繰り返す一般社会の男性と、聖職者の質はあまりにも違う、と感じることがしばしばだ。男友達とするような本音トークは、カトリックの聖職者や修道者とできるはずがない、と思ってしまう。

 私自身は、司祭が結婚できないと知った日からずっと、司祭の選択的独身制が望ましいと思っている。今の世界の教会の状況では、実現には程遠いことも、選択的独身制になれば、教会が大きく変われるわけではないことも分かっている。それでも、少しは一般信徒に寄り添う、”シノドスの道”を共に歩むことのできる司祭が増え、現在の日本、私の周りに見られる、イエスの思いからかけ離れた教会の現状を少しは改める力が期待できるだろう。

(西の憂うるパヴァーヌ)

2026年9月9日

・Sr.阿部の「乃木坂の修道院から」㉘「聖霊の”ナビ”をスイッチ・オンにして”シノダリティ″を生きよう!」

 心に明記した鉄則、「視界ゼロの状況では動かない、人生の大切な事は決めない」。今日ここに至るまでの長い人生を護り導いたくれました。

 ”ナビ”が大活躍する現在、便利至極になりましたが、人間の魂の”ナビ”は少し深く、高い次元で霊波が飛び交っていると思います。

 すべての人間の魂に込められている神様からの聖霊の”チップ”、これが感知する次元が厳然とあると信じます。絶対に遮断されない霊波が宇宙に満たされているのです。この霊波の働きを感知しながら数えきれないほどの惠、導かれた体験をして来ました。

 この霊のナビを意識し始めたのは、タイに派遣されて間もない頃でした。フィリピン管区管轄下でタイに女子パウロ会を始めるにあたり、日本管区を去りフィリピンの2人の姉妹とタイ国へ。司教協議会に正式に受け入れられ、タイ語学習しながら宣教の準備を始めました。邦人修道会に泊めたいただきながら家探し…、フィリピンとタイ文化に親しみ馴染むちょっとワクワク挑戦の生活でした。

 しばらくして、次々と二進も三進も行かない状況、自分の限界に突き当たりました。聖霊の導きをお願いして祈り、示唆される知恵に素直に即従おう、きっと導いてくださる。そう確信して心身鎮めて聖霊の”ナビ”を感知し、どんな閃き、囁きにも理屈をこねずに従いました。

 小さな例ですが、1人の姉妹がカルチャーショックで、食事もせずに寝込んでしまいました。その時の聖霊”ナビ”の囁き、『私が用意する食事を受け付けなくなったらそれ迄、フィリピンに連れ帰ろう』、毎日炊事をしていたので、姉妹の好みの食事を用意して、『食べて元気になってね』と運び続けました。完食、どんどん元気になり、労苦を共にしながら一緒にずっと働きました。

 小事につけ大事につけ、導かれ、救われました。語り尽くせない、神様だけが天のノートに付けてくださっている事ごと、聖霊の”ナビ”が見事に。細やかに、これまで導いてくださいました。これからも、そう固く信じて、電気が無くても働く聖霊”ナビ”に導かれて精一杯、召されたパウロ会会員としての宣教人生を完走したいです。姉妹たちと一緒に、多くの人々と共に。

 愛読者の皆さん、聖霊の”ナビ”をスイッチon にして、今日の流行語「シノダリティ(共働性)」を生きましょう。

 余談ですが、人間が理屈をこね、知恵を働かせている間は、聖霊はお休みしているのだそうですよ。

(阿部羊子=あべ・ようこ=聖パウロ女子修道会会員)

2026年9月7日

(読者投稿)『神言会裁判』に思うー「あなたがたには、ささいな争いすら裁く知恵がないのか」パウロの嘆きは、日本の教会にも通じる

 9月6日の年間第23主日のミサで読まれたマタイ福音書(18章15₋20節)で、イエスは「きょうだいがあなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところでとがめなさい… 聞き入れなければ、ほかに一人か二人、一緒に連れて行きなさい… それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい」(聖書協会共同訳)と、段階を追ってトラブルを解決するように勧めておられます。

 もっとも、これは「教会は、公正な判断力を持って内部の問題に対応すべきだし、そうである」という前提に立って話しておられるのだ、と言っていいでしょう。実際、パウロは、その前提が崩れているコリントの信徒に宛てた手紙1の5章から6章にかけての箇所で、「あなたがたが裁くべき者は、内部の人々ではありませんか… あなたがたはささいな争いすら裁く力がないのですか… 一体、あなたがたの中には、きょうだいの間の争いを仲裁できるような知恵ある者が、1人もいないのですか」(同)と嘆いています。

 パウロが嘆いた現実は、現代のカトリック教会に、そして日本の教会にも見られます。例えば、長年続いている「神言会裁判」。被害女性が、神父の性暴力を教会に訴えたにもかかわらず、対応してもらえなかったとして、加害者が所属していたカトリック修道会、神言会を訴えた裁判は、16回目を迎えます。

 性的虐待問題に対して司教団は消極姿勢で被害者に寄り添おうとしないことから、被害者は大きな犠牲を伴いながら、裁判所に判断をゆだねるケースは、これ以外にも、長崎教区でも仙台教区でも起きていました。

 唐突と思われるかも知れませんが、江戸時代の「忠臣蔵」の話をしましょう。江戸時代中期の元禄14年3月(1701年)、「松の廊下刃傷事件」が起こります。この日は江戸城で朝廷の使者(勅使)を接待する日でした。江戸城本丸の松の廊下で、接待役の赤穂藩主・浅野内匠頭が、高家(儀式典礼の責任者・指導者)の吉良上野介に背後から小刀で斬りつける。何か許しがたい遺恨があったのでしょうか。理由ははっきりとはわかっていませんが、将軍綱吉の命により、場所もわきまえず刃傷事件を起こした浅野は即日、切腹となりました。
このあとの展開が「忠臣蔵」になります。喧嘩両成敗が当時の慣習だったのに、赤穂藩は取り潰し、吉良はおとがめなしだったので、これを不服とする赤穂藩国家老・大石良雄(内蔵助)をはじめとする赤穂浪士(旧藩士)47名は、藩主の無念を晴らすため、仇討ちを決めます。元禄15年12月14日(1703年1月30日)未明に、本所・吉良邸へ討ち入り、吉良を殺害しました。

 しかし幕府はこれを「仇討ち」とは認めず、「徒党を組んだ私的な復讐にすぎない」と判断しました。通常なら斬首となるはずですが、武士の体面を重んじて「切腹」という処罰となり、赤穂浪士たちは切腹し、主君と同じ泉岳寺に埋葬されました。この「赤穂事件」をもとにした芝居が皆さんご存じの「忠臣蔵」です。

 文芸評論家小林秀雄の『考えるヒント』に忠臣蔵についての随想があり、「赤穂浪士の討ち入り事件後、1週間もたたぬ間に、この事件に取材した芝居が興行された」と2回も書いています。「忠臣蔵」は 人形浄瑠璃および歌舞伎の演目のひとつとなり、講談や浪曲、演劇、映画、テレビドラマになっていきました。

 なぜ「赤穂事件」に取材した芝居が1週間も立たないうちに興行されたか、それは民衆の同情を買うものがあったからでしょう。浅野内匠頭とその家中の者たち大石ら四十七士への共感・同情です。演劇の「劇」はまず登場人物の心の中に生まれなければ、それを観る人々の中にも生まれない、と小林秀雄は書いています。初めに、浅野や大石らの「事件」があり、それを聴いた人々の心にも同情が湧きおこる、「劇」となった。だから芝居になったのです。

 「神言会裁判」に戻ります。教会の中で聖職者による性的虐待が起こり、被害者は苦難の末に教会に訴えた。でも話をきちんと聞いてもらえない、相手にされない。つまり一人の人間としての人格の尊厳をないがしろにされた。人権侵害です。だが、教会に、教会法があり、裁判所があるのに、この訴えを取り上げようともしない。それで仕方なく、”外部”の公的な判断を求めて、裁判所に訴えた。

 だが、原告の被害者は弁護人と共にこれまで15回の裁判に毎回出ているのに、被告である神言会の代表(この場合は日本管区の管区長でしょう)は一度も出廷せず、代理人弁護士に任せたまま。これでは、責任を回避して逃げている、と見られても仕方がない… 年内にも裁判所の判断が下されるそうですが、こちらは「忠臣蔵」のように多くの人々の心を打つ演劇になる話ではなく、「醜聞」としか言いようがありません。

 「忠臣蔵」はこの事件を赤穂「義士」として評価しているわけですが、武士道の観点から考えてみると…。新渡戸稲造(1862∼1933)は、1984年に発行された5千円札の肖像にもなった人でクリスチャンでもあり、国際連盟事務次長を務めた人でもありますが、米国滞在中に「武士道」という本を書きました。

 新渡戸は向こうの人から「日本人は宗教信仰を持たないのに、なぜ道徳心があるのか」と尋ねられたそうです。新渡戸は、「日本人の魂の根底には武士道がある」と感じてこの本を書いたといいます。武士道の中心にあるのは、義(正しいことを行なう心)、勇(勇気をもって行動する)、仁(他者を思いやる)、礼儀、忠義(忠誠)など。そして、時には自分を犠牲にしても主君や社会の利益のために動くことなどです。

 新渡戸は、「忠臣蔵」の赤穂義士を「義(人としての正しさ)」を生きた人として高く評価しています。武士でなくても万人に通じる精神、普遍的な道徳性を、新渡戸は説いていると思います。「神言会裁判」においても、被告である修道会は、「義」「仁」「礼」「誠」をもって対処すべきではないでしょうか。原告に誠実に対応しようとしない”キリスト者”の信仰に、意味はあるのでしょうか。

(日本の教会を憂うる一司祭)

2026年9月6日

・「パトモスの風 」⑮その時、アダムとエバはまだ子供だった!ユーチューバ―の故山田五郎さんの話で納得

 この7月14日にユーチューバーの山田五郎さんがお亡くなりになりました。67歳でした。彼は上智大学の文学部を卒業され、講談社に入られ、退職されてYouTubeで美術史関連の講座を開いておられました。私が彼の講座と出会ったのは、創世記3章についての一般的な説明にずっと不満を持っていて、自分のこういう状態をなんとか突破したいと考えて模索中の時でした。

 とにかく自分は、どうしてもアダムとエバが第二次性徴前の少年少女だったと思うのです。「神が父である」と教えてくださったイエスの言葉は、私の中で絶対です。善悪の知識の木から取って食べることを禁じられた神は父なのですから、それを取って食べたことが過ちだとか、罪だとか、とお考えになるわけはなく、その後始末に集中しておられたと私は受け取っています。

 さらに、善悪の知識の木に関する神の命令が、人との契約だったとか、約束だったというのはおかしなことで、さらにそこから罰に至るのは、父である神の御心を思うと、想像を絶することのように思われます。子供が、神から与えられた成長の途上で過ちを犯したとしても、それがたとえ父である神に背を向けた行為に見えても、「神がそれを罪とされるわけがない」と私は信じています。

 人は確かに神に敵意を持ちました。しかし人の心の中をよくご存じの神は、人間の敵意の原因となった情報に対して、「神の敵意」で応じられました(創世記3章15節参照)。それは病気になった子に薬を与える親の取る姿勢です。同時に彼らの子孫をバックアップなさったのです。実際カインは、そのおかげで、殺人の罪を犯したにもかかわらず、自分の行為に恐れをもって神に向き直り、救われました。

 イエスは、「あなたがたのうち、一体誰が、私に罪があると責めることができるのか。私が真理を語っているのに、なぜ私を信じないのか」(ヨハネ福音書8章46節)と言われました。このヨハネ福音書8章は、姦淫の現場で捕らえられた女をイエスが助けた場面から始まります。イエスは、彼女を罪に定めず、彼女を追い詰める罪が何かを教えられました。彼女の心の中をよく知っておられたのです。

 こうして「万物は言によって成った」(創世記1章3節)と書かれているように、「言」であるイエスは、いつもご自分によって成った人々を神に向かって解き放ち、導くために対話に応じ、説得してこられました。

 創世記3章を振り返って思うことは、「神はずっとイエスのようにしてこられた」ということです。創世記には、新約の司祭職を人に授けるという神の偉大な計画の始まりがあります。そのために、ノアの物語から後、創世記は、神が本格的に人々の養成に入ったことを告げています。時が満ちてイエスはその恵みを携えて世に来られました。

 私はずいぶん若いころから、“アダムとエバは少年少女だった説”を持っていました。若さに任せて聖書の勉強会でその説を言ったことがあります。すると、神父さんが笑いながら、「彼らは夫婦だったのですよ」とおっしゃいました。

 私は聖書の箇所を示して、「『彼らはいちじくの葉をつづり合わせ、腰に巻くものを作った』とあるのは、まだ第二次性徴前だったからだと思います。それに、『さて、人は妻エバを知った。彼女は身ごもってカインを産み』とあるのは、二人がエデンの園を追放されてからです。」と言ってみました。

 すると彼は即座に、「エデンの園では、彼らに子供はいなかったけれど、行為はしていました。教会はそう教えています」と言って、次の話題に移ってしまいました。

 確かに、アダムとエバがまだ子供だったと捉えていた神学者は、2世紀に登場した聖イレネオ司教教会博士くらいで、後の人々は思ってもみなかったようです。しかしこのことは、神が父であることをイエスから知らされた私たちにとって、大事な分岐点に見えます。

 そんなことを何十年も考えていた時、山田さんの講座をYouTubeで偶然見つけました。そして、絵画の世界では長い間人の裸を描いてはいけない時代があったことを知りました。ただし、神話や天使などの聖画の範囲で描くことが許されていたそうで、創世記3章の場面は格好のテーマだったわけです。

 アダムとエバを題材にすれば、人の裸を堂々と描くことができる。それでは“アダムとエバは大人だった説”が固まってしまうわけです。納得でした。たとえそれが絶対ではなくとも、私にとっては、突破口になりました。

 それからは、時々彼の講座を、興味を持って見るようになっていました。そこで訃報を知った時はショックでした。しかしすぐにご葬儀の写真が私の目を釘付けにしました。そこには東京カテドラル聖マリア大聖堂が写っていたのです。神に感謝でした。そして、山田さん、ありがとう!

(横浜教区信徒 Maria K. M.)

2026年8月31日

・「神様からの贈り物」㊲「スマホとパソコンが壊れ、改めて『いただいたタラントを、しっかり増やしてお返ししたい』と」

 私事ではありますが、7月末にスマホとパソコンの両方が、経年劣化で壊れてしまい、8月号のコラムの提出が大幅に遅れてしまいました。ご心配をおかけして、申し訳なかったです。皆様にお詫びします。

 連絡手段を失った私は、プチパニックの状態でした。久しぶりに、テレフォンカードを取り出し、公衆電話を探しましたが、公衆電話の設置場所を見つけるのに苦労しました。また、メールアドレスしか知らない人や、ラインなどのSNSのみで繋がっていた人とは、それを知らせる手段がなく、必要な人には葉書を送るなどの対応を取りました。連絡が取れた時に「無事でよかった」「元気でよかった!」というリアクションがもらえて、人の温かさを感じました。

 また、スマホやパソコンやAIの技術の便利さや、スピード感に頼りきっていたことに気づきました。けれども、それらは電気が止まったり、故障したら、何の役にも立たないことも実感した体験でした。

 時代はどんどん便利になり、手や体を動かすことなく、様々なことが速くできるようになりました。また、頭を使うことなく、仕事を進めたり、心を遣わなくとも、『一見親切に見える』サービスが提供できるようになりました。

 けれども、神様からいただいた体、頭、心。使わないのは、もったいないですよね。いただいたタラントを少しでも増やして、お返ししたいと頑張っています。

 (東京教区信徒 三品麻衣)

2026年8月30日

・「カトリック精神を広める」㉝勧めたい本紹介・16「銀幕の中のキリスト教」服部弘一郎著(キリスト新聞社刊)

 今回お勧めしたい本は「銀幕の中のキリスト教」服部弘一郎(はっとりこういちろう)著(2019年7月25日初版、キリスト新聞社)だ。

 著者、服部弘一郎氏は1966年生まれ。映画批評家として長年活動している。子供時代は、キリスト教系の幼稚園で過ごし、小学生の頃は日曜学校に通った。聖書やキリスト教は大好きで、それなりの知識を持っているが、クリスチャンではない。信じる気になれないでいるだけであると著者は言う。

 本書は、聖書を原作にした映画やキリスト教の歴史を扱った映画は除かれている。「一見、キリスト教とは無関係に見える映画の中に、隠されたキリスト教的テーマやモチーフが隠されていることを紹介しようとするのが本書の狙い」である。

 例えば、「ドラえもん 新のび太と鉄人兵団~はばたけ天使たち~」や「スーパーマンリターンズ」等が紹介されている。紹介された映画全49作の映画の中で、筆者が好きなのは、ベン・ハーが奴隷になっている時にキリストに助けられ、反対にキリストが十字架刑で町を歩かされている時にベン・ハーがキリストを助けるシーンがあるといったように両者が、ストーリー展開の中でうまくはめ込まれて、感動シーンにたどり着く映画「ベン・ハー」や、フランスの名匠ルネ・クレマン監督の、1952年にベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した「禁じられた遊び」、「SF映画の金字塔であり、特撮映画の最高傑作」と著者が評する「2001年宇宙の旅」などが紹介されている。

 中でも、スティーヴン・スピルバーグ監督、考古学者を演じたハリソン・フォード主演の「インディ・ジョーンズ・シリーズ」の1作目、娯楽作品としては大変興味深く、かつ恐ろしい映画だった「レイダース 失われたアーク聖櫃(せいひつ)」が、ことのほか好きである。

 このように、話題になり、ヒットした映画の中に、隠されたキリスト教的テーマやモチーフがあぶり出されており、大変興味深い。本書を読めば、見てみたい映画も出てくるし、見た映画の中にどんなキリスト教的テーマが隠されているのかが分かる。本書を読めば、ヨーロッパ人の心の中に見いだされるキリスト教的常識に気づかされ、真に映画を理解できるようになること請け合いである。これが、本書を推薦する理由である。

(森川海守=もりかわうみまもる)noteに記事を書いています。ご覧いただければ幸いです。(https://note.com/mamoru_umi)

2026年8月30日

(読者投稿)日本の”シノドスの道”の歩みで提案ー各教区に「シノドス意見箱」を設けよう

 教皇フランシスコにより2021年10月10日から始まった「世界シノドス」も、早いもので5年を迎えようとしています。

 この間、国内におけるシノドスへの取り組みは、各教区によって大きな幅があるように感じられます。特に気になるのは、シノドスを継続的に推進していくための明確なロードマップが見えにくく、具体的なアクションプランも十分に示されていないことです。

 バチカンへの報告や各国との連携などは、一定の事務的な対応がなされているものと思われます。しかし、最も大切な小教区において、そして信徒一人ひとりにおいて、「シノドスとは何か」「私たちはこれからどのように歩んでいくのか」という意識が、十分に共有されているでしょうか。

 振り返ってみると、各教区におけるこれまでの取り組みには、シノドスを真剣に推進しようとする姿勢の違いが見受けられます。

 本気で推進するのであれば、当然、具体的な推進計画が必要となります。そして、その計画を実行するためには、人員や予算などの具体的な措置も必要です。ロードマップもアクションプランも明確でないままでは、「シノドス」という看板だけが掲げられ、実質的な取り組みが伴わない、いわば「看板倒れ」になってしまうのではないでしょうか。

1.まず「聴く」ことから

 シノドスの基本は、「ともに歩む」ことです。そのためには、まず司教・司祭が信徒の声に耳を傾け、「聴く」ことが出発点になります。果たして現在、この「聴く」という基本姿勢が十分に実践されているでしょうか。

 もちろん、シノドスが始まった当初は、新型コロナウイルス感染症の影響によって集会や対面での話し合いが制限され、十分な活動ができなかった事情もありました。しかし、コロナ禍を経た現在においても、シノドスを具体的に進めるための取り組みが十分に見えてこないとすれば、改めてその進め方を考える必要があるのではないでしょうか。 「シノドス」が、単なる理念やスローガン、あるいは「絵に描いた餅」で終わってはならないと思います。

2.「シノドス意見箱」の設置を

 そこで、まず具体的に実行できる取り組みの一つとして、**「シノドス意見箱」**の設置を提案します。これは、教会におけるさまざまな声を、誰もが気軽に届けることのできる仕組みです。

 必ずしも手書きの意見箱に限定する必要はありません。教会内に設置する投書箱に加えて、QRコードなどを利用したWebフォーム、SNS等による意見の受付も可能です。
特に、若い世代は紙媒体よりもスマートフォンやSNSに慣れているため、デジタルによる意見聴取を取り入れることで、これまで教会の声として届きにくかった若年層の意見も幅広く集めることができるのではないでしょうか。

3.集めた声を「見える化」する

 さらに重要なのは、集めた意見を単に受け取るだけで終わらせないことです。寄せられた意見を、個人が特定されない形で整理・分類し、データベース化することが考えられます。

 例えば、
• 教会活動について • 青少年・若者について • 高齢者について • liturgy(典礼)について • 福音宣教について • 教会運営について • 司祭と信徒の関係について
• 教区・小教区の情報公開について • 地域社会との関わりについて
など、テーマごとに分類することができます。さらに、その傾向をグラフやレーダーチャートなどで「見える化」すれば、教会が現在どのような課題を抱えているのか、信徒が何を望んでいるのかを把握するための有効な資料になります。

 これは単なるアンケートではありません。「聴く → 集める → 分析する → 共有する → 行動する → 振り返る」という、シノドス的な教会づくりのための継続的なプロセスにすることが重要です。

4.今こそ具体的な一歩を

 現在、「世界シノドス」の次の実施ステージも進行しています。だからこそ、今こそ国内の教会において、シノドスを一過性の取り組みで終わらせず、日常の教会生活に根付かせていく具体的な仕組みが必要です。

 全国司教協議会の「シノドス特別チーム」においても、こうした現場の声を受け止め、各教区・各小教区で実践できる具体的な仕組みについて、早急に検討し、展開していただきたいと思います。

 「シノドス」は、特別な人だけが進めるものではありません。司教も、司祭も、修道者も、信徒も、ともに歩むものです。その第一歩は、**「聴くこと」**ではないでしょうか。

 「シノドス意見箱」は、そのための小さな一歩かもしれません。しかし、その小さな一歩が、教会を「聴き合う教会」「ともに歩む教会」へと変えていく、大きな一歩になることを願っています。

(鹿児島教区信徒 樋留安鈍)

2026年8月27日

・「神様がくれた贈り物」㊱『聖母被昇天の祝日と終戦記念日が同じ8月15日なのは…』

 まだ、カトリックの信者になっていなかった夏、初めて聖母被昇天の祝日ミサにあずかった。8月15日の朝、自宅を出る私が母に、「ミサに行ってきます」と伝えると、「お盆の時期にミサがあるのね」と言われた。だが、私がもっと気になったのは、終戦記念日と重なっていたことだった。

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 私の祖父母は、4人とも、戦争を体験した世代だった。祖父母たちから、戦争について詳しいことを聞く機会はあまりなかったが、一度だけ、ちゃんと話を聞くチャンスがめぐってきた。

 それは、私が小学4年生くらいだった時、担任の先生から、「おじいちゃんとおばあちゃんから、戦争の話を聞こう!」という宿題が出されたからだった。私は、どんな話が出てくるのか、あまり深く考えずに、祖父母たちにすぐ電話をかけた。

 父方の祖父母は、交代で電話口に出て、話をしてくれた。父方の祖父は、特攻隊に行くための訓練をしていたそうだ。祖父は、「あと数日、戦争が長く続いていたら、パパもまいちゃんも生まれてなかったんだよ」と話した。

 その話自体は、私が幼い頃から繰り返し聞いたエピソードだった。けれども、授業で、特攻隊について『飛行機に乗り、爆弾を抱えたまま、敵にぶつかることで相手を倒すため、帰りの燃料は持っていかなかった』ことを改めて知り、印象がガラリと変わった。

 父方の祖母は、実家がお寺だったため、多くの人が避難に来たそうだ。食べるものがほとんどない中で、避難してきた大勢の人たちに食べさせようと、たくさん工夫をしたそうだ。食べられるものは何でも食べ、サツマイモのつるさえも、料理に使ったそうだ。

 一方、母方の祖父母からは、「疎開したけど、あんまり覚えてない」と言われ、話をほとんど聞けなかった。しかし、その数年後の夏、祖母の家で二人でのんびりテレビを見ていたら、偶然、広島の原爆の映像が流れた。ふと横を見ると、いつも気丈に振る舞う祖母が、黙って大粒の涙を流していた。私は、その様子に気づかない振りをして、テレビに視線を戻した。

*****

 冒頭に述べたあの日から、終戦記念日が、マリア様が天に昇られた日と重なることについて、ずっと気になっていた。つい最近、スペインの血を引く友人から、「マリア様は、日本を守っておられるから、私は日本にいることができてラッキーなの」と言われて、はっとした。自分の中で、すとんと腑に落ちる感覚があった。

 私も、私の両親も、戦争を体験していないが、決して繰り返してはいけないと、理解している。これからも、私たちが正しい選択をし、平和を受け継いで行けるよう、今日もマリア様の取り次ぎを願い、眠りにつきたい。

(東京教区信徒:三品麻衣)

2026年8月13日