2026年7月の巻頭言
「日本の教会の終身助祭に未来はあるか-『日本初』だった今井氏の帰天を機に考える」
*6月の個別閲覧件数で「教皇のAI回勅」、そして「鹿児島教区のいきなりの献金増額」が圧倒的
6月の「カトリック・あい」の閲覧件数は、月間総数で約1万4000件前後。個別閲覧件数で際立っているのは、5月下旬の発表2日後に掲載を始めた教皇回勅『Magnifica Humanitas-人工知能(AI)の時代における人間の人格の擁護』と、読者投稿「財政赤字に窮したカトリック鹿児島教区が取った、あまりにも”反シノドス的”な、いきなりの献金増額要請」 の二つ。 5月下旬からの累計で前者は800件、後者は700件をそれぞれ大きく上回っている。後者には、読者から共感と怒りの声も寄せられている。このような問題に対する読者の方々の関心の強さを示していると言っていいだろう。
*日本の教会で最初の、東京教区で”ただ一人“の終身助祭が亡くなった
詳細な背景説明がいるので、記事には載せることができなかったが、東京教区の終身助祭、今井康雄氏が5月に亡くなられた。
この巻頭言で、どうして彼の訃報を取り上げたのか。理由は二つある。
まず、終身司祭制度は、第二バチカン公会議の教会憲章で約1000年ぶりに復活し、日本の司教団が1995年に教皇認可を得て導入され、今井氏は、東京教区だけでなく、日本のカトリック教会で初の終身助祭。そして、今に至るまで27年の間、東京教区で叙階された唯一の終身助祭だったことだ。
そして、筆者は、四半世紀前、白柳枢機卿、森補佐司教の時代に、第二バチカン公会議の精神をもとにした福音宣教全国推進会議の成果を受けて東京教区に設けられた、森司教をトップとする司祭、信徒約30人で構成する生涯養成委員会のメンバーとして、今井氏と共に活動した仲間だったことである。
*第二バチカン公会議の「教会憲章」で終身助祭導入を決定、欧米などは対応したが…
終身助祭制度は第二バチカン公会議の教会憲章で導入が決定。29項で、「助祭職を聖職位階の固有の永続的な段階として再興ことが可能」とし、導入は「教皇自身の認可の下に、種々の地域の管轄権を有する司教団が決定する」「壮年男子には、結婚生活をしていても授けることができ、適性があれば青年にも授けることができる」とされた。
この決定を受けて、欧米を中心に世界の教会で1970年代から導入が進んだ終身助祭制度が、日本の教会では、判断を委ねられた司教たちがなかなか対応しようとしなかった。
*終身助祭を決意した今井氏の働きかけで、東京教区が制度導入を決定し、日本の第一号に
商社マンとして欧米などで活躍されていた今井氏は、現地の教会で、終身助祭が典礼奉仕や信徒支援などで貢献しているのを知り、帰国後、所属していた東京教区の白柳枢機卿、森補佐司教に働きかけ、制度整備を促すとともに、自分自身がその先頭に立とうと決断。
白柳大司教(後に枢機卿)は、日本の各教区に先駆けて、教皇の認可を受け、「終身助祭制度に関する教書」を出し、「現代社会の生ける複雑な課題や教会の公的役務を果たすために、信徒と司祭の架け橋となる新たな奉仕職」として、司祭への昇叙を前提としない「終身助祭」の採用を言明。
養成プログラムなどと共に教区の全司祭、修道者、信徒に提示し、今井氏は商社を早期退職して、神学校などで研修を続け、1999年3月に東京カテドラルで、教皇から導入の認可を得た白柳枢機卿によって、日本の終身助祭第一号として叙階された。
*大々的に祝われて終身助祭に叙階されたが、司祭、司教の支援なく、”後続“もないままに
叙階式は、司祭の叙階の式よりも大掛かりで、参列者も多く、特に信徒たちの期待の大きさを示すものだった。今井氏の終身助祭叙階は、当時の「東京教区ニュース」の160号(1999年3月1日)、161号(同4月1日)と、2号にわたって「教会の新たな召命の道―東京教区終身助祭制度を導入」「祈りと喜びのうちに、東京教区に助祭誕生!!終身助祭、今井康雄さん」の見出しで大々的に取り上げられた。
そして担当司祭からは「開かれた教会作りの課題に取り組む日本の教会にとって新制度は、活性化のカギを握る…今井氏の終身助祭叙階の日は、東京教区にとって画期的な日となる。21世紀の日本の教会に活力をもたらす終身助祭制度を育てて行こう」とエールが送られた。
共に神学校で学んだ新司祭や神学生から「本来の助祭が現代に復活してことは大いに喜ぶべき…終身助祭の活躍は、教会が文字通り『信徒の教会』になっていくためにも、また日本の教会が文化的に真に受容されていくためにも望まれる…日本の教会に今井さんに続く助祭が何人も誕生することを願っています」と期待の声が寄せられた。
だが、今井氏が、それこそ「青雲の志」を抱いて終身助祭として奉仕を始めた後の、このエールや期待との”落差“は、あまりにも大きかった。
今井氏は、毎年の年賀状での新年の挨拶にも一切、辛い胸の内を漏らすことは無かったが、仄聞するところ、支援どころか少なくない司祭たちから疎んじられ、思い描いていたようなポストも与えられず、叙階後に病を得て10年後に帰天した白柳大司教・枢機卿の後を継いだ岡田大司教からも支援を得られず、日本の終身助祭の模範となるような役割を果たすことができなかった。
*東京教区のHPで、あまりにそっけない訃報、東京大司教など関係者の追悼文も無し
東京教区ニュースの訃報にある彼の終身助祭叙階後の略歴に、1999年3月から関口教会付、2002年3月から教区本部付、2005年3月から2011年3月まで大司教秘書、としか書かれていないのが、それを物語る。
実際に、彼に続く終身助祭は東京教区には今に至るまで誕生せず、そのような制度があったことすら、忘れ去られようとしている。
教区事務局長名のその訃報には、「今井助祭は、日本の司教団が終身助祭制度導入を決定して初めての助祭になります」としか書かれなかった。 菊地大司教(枢機卿)はもちろん、関係者の追悼の言葉も皆無。”素早かった“のは、亡くなってわずか6日後の葬儀。広報が徹底せず、筆者も含め、親しくしていたにもかかわらず参加がかなわなかった信徒も少なくないようだ。
*日本司教団の毎年発表の「カトリック教会現勢」に、終身助祭のデータは皆無
そして、日本の教会の終身助祭の現状は…まず、実態を日本の司教団の公式資料から把握しようとしても、毎夏、司教協議会発表の「カトリック教会現勢」は、終身助祭のデータは日本全体も教区別も皆無だ。
個人的に調べて判明したのは、後続を断った東京を始め、大阪(高松教区を合併する前)、長崎の大司教区は導入せず、首都圏でも横浜教区が2001年に「当面見送り」を公式表明したまま。終身司祭の活動している教区は、札幌、さいたま、名古屋、鹿児島、旧高松、那覇の六つ。人数は、それぞれ数人前後のようだが、彼らが、どのような働きを具体的にし、貢献しているのか、どうなのか、改善の余地があるのかないのか、ほとんど分からない。。
*司教団の「終身助祭養成委員会」が「司祭・終身助祭養成員会」に変わったが積極姿勢は伺えず
カトリック中央協議会のHPには、「2025年に日本司教協議会の司祭生涯養成部門および終身助祭養成委員会を統合し、司祭・終身助祭養成委員会を新設した…終身助祭の生涯養成については教皇庁教育省/聖職者省『終身助祭養成基本要綱:役務と生活のための指針』(1998年公布)をもとに、制度を導入している教区と連絡・調整を行い、研修等を企画する」とあるのみ。
終身助祭の四半世紀にわたる活動を分析・評価し、それをもとに他教区にも広げていく価値があるのかないのか、価値があるならどのようにして広げて行ったらいいのか、その様な問題意識も、意欲も見られない。
*司祭の減少、高齢化、病弱化がもたらす「教会の危機」深刻化に、司教団の対応が全く見えない
日本、そして欧米の教会で「召命の危機」が起きて既に半世紀以上。深刻の度は増すばかりだ。 「カトリック教会現勢」によると、2024 年 12 月末現在の日本の聖職者・修道者・神学生合わせて5613人、20年間で34.8%も減っている。司祭の数の減少だけでない。高齢化、病弱化も急速に進んでいる。
こうした結果、1人の司祭が二つの小教区掛け持ちは当たり前、三つ、教区によっては四つ、五つも持たされる。相対的に司祭が多いとされている東京教区でさえ、程度の差はあれ、変わらない。高齢・病弱の司祭も小教区の現場に出されるケースが散見され、特に司祭が少ない教区では、信徒が主日のミサに与れるのは月に一回という小教区も増えている。
日本人の若者の司祭志願者減少が常態となる中で、司祭叙階の条件が”緩和“されたのか、「日本語での信徒との対話が満足にできない」「ミサ中の説教がよく理解できない」など困惑する小教区信徒の声が、巻頭言子の耳にも入るようになっている。
例外と思いたいが、叙階されて何年も経っていない司祭が、組織的な麻薬密輸が問題になっている母国の男に頼まれて(それと知らずに?)麻薬を教会で受け取り、警察当局に逮捕され、一か月も拘留、取り調べを受ける(後に処分保留のまま釈放)という事態も発生している。
日本の教会は、そのリーダーである司教団は、こうした「危機の事態」にどのように対応しているのか。残念ながら、全く見えない。
*司教団は、危機克服の重要な柱として終身助祭育成強化に連帯して取り組むべきだ
単に司祭不足・高齢化を補うため(それも現状では重要だが)だけでなく、故白柳枢機卿が終身助祭制度導入の際に説明した「現代社会の生ける複雑な課題や教会の公的役務を果たすために、信徒と司祭の架け橋となる新たな奉仕職」として、叙階を祝う担当司祭が期待した「21世紀の日本の教会に活力をもたらす」ものとして、日本の教会全体、全教区連携して、全日本レベルの終身助祭制度の確立、育成に取り組むべきだ。
健康寿命が延びる中で、実社会で多くの経験を積み、定年後にさらに社会貢献で第二の人生を送りたい、と希望する健康な人も多くなっている。それだけ終身助祭の人材も増えているということだ。「終身助祭」という名称そのものに抵抗があるなら、「特任助祭」に改めたらどうか。
これまで日本で行われてきた教区ごとの終身助祭育成で、財政負担や育成の体制・人材が壁になっているなら、司祭と同じように日本の教会全体で育成を考えるべきだ。
具体的には、日本カトリック神学校に、司祭養成と並んで、「終身助祭養成部」を創り、育成側の人材が足りなければ、教育修道会であるイエズス会などの力を借りればいい。定年退職を前提にすれば、退職金、厚生年金、国民年金などの収入があるから、少ない給与でも、第二の人生として、自身も生きがいを得られるメリットに惹かれる人も少なくないはずだ。
*教皇フランシスコの終身助祭への期待の言葉は、日本のリーダーたちに届いているのか
教皇フランシスコは2021年6月、ローマ司教区の終身助祭とその家族などとの集まりで、「終身助祭は…教会の典礼奉仕などで重要な役割を果たしている…『聖職者主義』の悪臭を克服するのに役立つ」と強調され、「謙虚であるように」、「善き夫、父、あるいは祖父として、困難の中にあるカップルに希望を慰めをもたらすように」、そして「『貧しい人や疎んじられている人の中におられ、彼らを通して私たちの心の扉をたたかれるイエス』を教会共同体が見つめるのを助ける”番兵“になるように」と求められていた。
このような教皇の願いは、日本の教会のリーダーとされる司教たちに届いているのだろうか。
(「カトリック・あい」代表・南條俊二)