・ボスニア・ヘルツェゴビナで5万人以上が参加して30回目の若者フェスティバル

 ボスニア・ヘルツェゴビナ南部メジュゴリェで世界各国から5万人以上が参加して、 “Follow me”をテーマにした第30回若者フェスティバルが1日、ローマ司教代理のアンジェロ・デ・ドナティス枢機卿による開会ミサで始まった。

 フェスティバルは6日間にわたって行われ、6日の閉幕ミサはバチカン新福音化推進協議会のサルバドーレ・フィジケッラ大司教が司式する予定だ。

 1日の開会ミサの説教で、デ・ドナティス枢機卿はまず、「主が私たちに耐えることなく注いでくださる恩寵」に驚きを表し、「すべてが、恩寵です」と述べ、イエスが「私に付いてきなさい」と言われた時、彼の言葉を聴くために、「聖霊が私たちの心を開き、神の知恵で満たしてくれる」必要がある、と指摘し「今日の福音は、私たちに神との新しい契約の筆記者-福音書によれば”賢者”を提示しています」とし、その賢者から引き出すことのできる「三つのしるし」について語った。

 そして、「天の王国は、私たちが聞いている通り、魚を獲る網に似ています… 網は、できるだけたくさんの魚を獲るために海に投げ込まれます」。漁師は、食料とするために良い魚をより分け、悪い魚は捨ててしまうが、「どのキリスト教徒も、『良い漁師』と同じように、心の中の海を見張り、聖なる考えを釣り上げ、価値のない、有毒な考えを捨てるのです」と述べ、「福音書は、キリストの考えを喜んで受け入れるために私たちの考えを純化するように、私たちに求めています。福音の心は、自由な精神を求めているのです」と強調した。

 枢機卿はさらに、二つ目のしるしについて、「イエスは審判について話します… この審判は『真実の喜ばしい光』であり、『暴君の審判』ではありません」としたうえで、「最後の審判」は、信じる人々すべてにとって「神の愛の勝利」であり、キリストを否定する人にとって、善に満たされたこの光は「実をつけずに過ごした人生の事実に光を当てる」ものとなる、と言明。「私たちは、速やかに真実の地平に自分自身を置くことによって、神の真の審判を期待して待たねばなりません」と説いた。

 最後に、三つ目のしるしについて、枢機卿は「今日の福音は、王国の筆記者が、彼の心の宝物から『古く、そして、新しいもの』を引き出すキリスト教徒だ、と説明しています」と述べ、古いものと新しいものの関係を理解するために、素晴らしい表現を使うことができるとして、「旧約は新約を準備する」が、新約は、旧約に触れた場合に限って、理解することができ、「古いものと新しいものは、互いに門戸を開くために、互いを必要としているのです」と語った。

 そして、次のように締めくくった。「本物のキリスト教徒は、伝統主義者でも、進歩主義者でもありません… 本物のキリスト教徒は、”ホームメードのパン”のおいしさを保ち続けています。よい匂いがし、食欲をそそります。なぜなら、昔からのレシピで粉をこね、焼き上げるからです」。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2019年8月4日