・伊「尊厳死法」が施行…ローマ法王容認、議会動く(読売新聞)

(2018年2月2日 読売新聞朝刊)

【ローマ=佐藤友紀】国民の8割がカトリック教徒のイタリアで1月31日、尊厳死を認める法律が施行された。一人の男性の安楽死をきっかけに、「神以外の手で死をもたらす」としてタブー視されてきた行為への容認論が広がり、ローマ法王フランシスコの「鶴の一声」もあって議会が動いた。

DJ男性安楽死 きっかけ

 法律では「医師は延命治療を望まない患者の意思を尊重しなければならず、その際殺人罪などに問われない」となっている。

 法案は1980年代から議論されていたが、議員や支持者にカトリック信者が多く、欧州各国で法制化が広がる中、イタリアでは棚上げされていた。

 世論の変化をもたらしたのは、北部ミラノでDJとして活躍していたファビアーノ・アントニアーニ氏(享年40歳)が2017年2月に安楽死した事件だった。

 アントニアーニ氏は14年6月13日、ミラノ市内を車で運転中に交通事故に遭い、四肢まひの後遺症を負った。全身に痛みが走り、好きな音楽を聴くのも苦痛になり、死を考えた。交際相手が16年、法律制定を呼びかけてきた人権団体「ルカ・コッショーニ協会」(ローマ)に連絡。アントニアーニ氏はインターネット上に尊厳死や安楽死の容認を求める動画を投稿した。

 同協会の会計担当マルコ・カッパート氏(46)は「尊厳死や安楽死が認められているスイスに行きたい」というアントニアーニ氏の希望を聞き入れ、ともにスイス入り。アントニアーニ氏は17年2月27日、病院で死に至る薬を胃に送るチューブのスイッチを自力で入れた。

 カッパート氏は帰路、警察に出頭し、自殺ほう助の容疑で逮捕された。2月14日に言い渡される判決は、懲役5~12年が見込まれている。

世論調査会社SWGによると、アントニアーニ氏の死後の昨年3月、尊厳死や安楽死に条件付きで賛成するとの回答は74%に上った。20年前は約10%だった。

 13年に就任した現在のローマ法王フランシスコが改革推進派のため、カトリック教会も次第に柔軟になりつつあるとの見方もある。ローマ法王は昨年11月、尊厳死について「道徳的に正当」と容認に前向きな発言をした。

 これを受け、与党内で法案に反対していた議員の一部が賛成に転じ、当初から法案に賛成していた下院最大野党で新興ポピュリズム(大衆迎合主義)政党・五つ星運動も賛成して法案は昨年末に可決した。カッパート氏は、「政教分離が進んでいないイタリアの大きな一歩だ」と評価した。

 ただ、バチカンや教会関係者の間では依然、反対論がくすぶる。バチカンのパロリン国務長官は昨年末、「病院や医師レベルで、(尊厳死の)良心的拒否は認められる権利がある」と発言した。

 カトリック教会が運営し、イタリア国内に約1500ある医療施設の一部を束ねる健康保健協会ARIS(ローマ)のベルジニオ・ベッベル会長(72)も「命は我々が操作出来るものではない。病院には施術の拒否権があるべきだ」と主張する。今後、医師の施術拒否権が認められ、尊厳死を認める法律が形骸化するシナリオも捨てきれない。

カトリック影響力 変化も

 カトリック教会やカトリックの教義がイタリアの政治や社会に及ぼす影響力にも変化の兆しが見える。

 イタリアには多くのカトリック教会や教会運営の学校があり、地域には枢機卿や司教、司祭が多数存在する。人々は教義を尊重するよう教育され、教義に外れた行為は社会的信頼を失う、と認識されている。

 ジェノバ大学のルイセラ・バッタリア教授(倫理学)は「特に1991~2007年にイタリア司教会議の議長を務めた枢機卿は保守的で、尊厳死や中絶手術など命に関わる問題は『交渉の余地なし』との立場だった。その考えは、地域の司教や司祭を通じて市民にも及んでいた」と説明した。

 ただ、イタリアの政治経済ジャーナリストのカルロ・トロイロ氏(79)によると、信者は、信仰があつく教義を守る人と、政治家や医師など支持者やキャリアを失う恐れから教義に反発しない人に分かれ、前者は近年、減少傾向にあるという。

 ローマ法王庁立グレゴリアン大学の菅原裕二・法学部長は、教義を根拠とした現行の教会刑法が制定されたのは1983年で「その後35年間、科学の進歩はめざましく、教会も制度や意識の変化が必要ということは理解している」と話す。

【尊厳死】  患者の意思に基づき、生命維持治療の停止や不開始により患者を自然に死に至らせること。安楽死は、苦痛を訴える患者に医師などが致死薬などを提供することで死期を早めること。伊調査団体「オープンポリス」によると、欧州では、2001年に世界で初めて国の法律として制定したオランダのほかスイス、ベルギー、ルクセンブルクが法律で安楽死を認めている。英国、オーストリア、クロアチア、スペイン、ハンガリー、フィンランド、ポルトガル、ドイツ、フランスが尊厳死を認める法律や規定を持つ。日本では尊厳死に関する法律はなく、安楽死は違法と見なされている。

(教皇の表記は、読売新聞の原文のまま「法王」にしています=「カトリック・あい」)

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2018年2月2日