・破壊の地 進む復興・・ナイジェリアで現地に見る(読売新聞)

 

(2018年1月29日 読売新聞朝刊)

 ナイジェリア北東部ボルノ州では、女性や子供による自爆を常とう手段とするイスラム過激派組織「ボコ・ハラム」のテロが頻発する中、国連などの支援を受けた生活再建が進んでいた。(ナイジェリア北東部ボルノ州で、木村達矢、写真も)

ボコ・ハラム ナイジェリアでテロ…学校再開「友達いて楽しい」

 ◇恐怖の記憶

 1月24日、国連の防弾車両に同乗し、州都マイドゥグリ中心部から東へ約25キロ・メートルのヌグウォム村に向かった。

 サハラ砂漠の南縁にある同州は乾期。浮遊する砂で見晴らしが悪い。木もまばらな荒野の中、銃を持った治安部隊が目を光らせる検問をいくつも越え、約1時間かけて村に到着した。

 村は4年前、ボコ・ハラムの攻撃を受け、ほとんどの建物が破壊され、焼失した。多くの住民はマイドゥグリ市内の避難民キャンプなどで暮らしている。住民の一人で16人の子供の母親であるというファルマタさん(60)は「家に火を付けられ、子供とはだしで逃げた」と振り返る。逃げる際に転倒して歯を10本失った。

 ボコ・ハラムは多くの住民を拉致し、男性は兵士に、女性や子供は自爆テロの「実行犯」になるよう強要してきた。

 5年前にボコ・ハラムに村人11人とともに連れ去られ、半年間にわたって監禁されたブラマさん(58)は「食べ物もろくに与えられず、棒で何度もぶたれた」と語った。拉致された中で自分だけ年を取っていたためか、ある日自分だけ解放された。家に戻ると、やつれ果てた姿に息子も父親とは気づかなかったという。

 ◇警備の隙

 ナイジェリア政府は軍や警察を動員して掃討を進め、「ボコ・ハラムは弱体化している」と説明する。

 しかし、ボコ・ハラムの戦闘員は森の中やニジェール、チャド、カメルーンとの国境付近などに潜伏。警備の隙をついて市民にまぎれて自爆テロを仕掛けてくるため、手を焼いている。17日にはマイドゥグリ市内のマーケットで自爆テロがあり、12人が死亡した。

 国連開発計画(UNDP)は昨年2月から同村の復興を目指し、300世帯分の住宅や小学校、クリニックなどを再建。工事に地元住民を雇用し、農業の再開に必要な種や肥料、農機具などを支給している。

 ただ、テロがいつどこで起きてもおかしくない状況の中、活動は比較的安全な地域に限られる。

 ◇日本が先駆け

 日本政府は2016年以来、UNDPを通じ、ナイジェリア北東部の支援を続けてきた。マイドゥグリ市内の電柱設置工事や、同州南部キンバ村での就労支援などに日本の約404万ドル(約4億4000万円)の資金が使われている。

 ナイジェリア北東部で地域社会の早期復興を目指した支援活動は、日本が先駆的役割を果たしたという。ボルノ州の復興担当部局トップのババガナ・ウマラ氏は「生活手段も食料も医療もすべて破壊された。これからも支援を続けてほしい」と訴えた。

 翌25日、マイドゥグリ市から西へ約70キロ・メートルにあるマキンタ・クルリ村の小学校を訪れた。14年にボコ・ハラムに破壊され、昨年3月に日本の資金援助で校舎が再建された。現在、300人以上の児童が英語や算数などの授業を受けている。教育が再開されたため、避難していた住民が次々に戻ってきているという。

 ボコ・ハラムに父親を殺されたババ君(10)は、「学校には友達もいるし、楽しい」と話す。将来の夢を聞くと、「人を助ける仕事をしたいから、医者になりたい」と語った。

 UNDPナイジェリア事務所の野口義明さん(40)は、「この地区の雇用が増え、貧困が改善されない限り、若者たちの選択肢は、移民になるか過激派になるかに絞られてしまう」と力説する。

女子生徒を拉致

 ◆ボコ・ハラム 現地語で「西洋の教育は罪」を意味する。厳格なイスラム法に基づいた国家建設を目指し、2009年以降、過激化した。14年4月にボルノ州チボックの女子生徒276人を拉致した事件は世界に衝撃を与えた。15年3月にはイスラム過激派組織「イスラム国」に忠誠を誓った。国連によると、ナイジェリア、チャド、カメルーン、ニジェールの4か国で09年からこれまで2万人以上の市民を殺害し、200万人以上が避難生活を余儀なくされた。同州だけで95万戸以上の家が破壊されて、約89億ドル(約9700億円)の被害が出ている。

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2018年1月29日