・「リーダーシップを取りたいなら、性的虐待で汚れた家をきれいにして」-汎アフリカ会議でシスターが警告

(2019.12.7 Crux  national correspondent Christopher White)

Nun warns African Catholics, ‘If you want to lead, clean house on abuse’

Sister Mumbi Kigutha presents at the Pan-African Congress in Nigeria. (Credit: Crux / Christopher White.)

 ナイジェリア、エヌグ発-「神学、社会、司牧生活」をテーマにした汎アフリカ・カトリック関係者会議が6日から4日間の予定で、ナイジェリア南東部のエヌグで始まった。ケニアから会議に参加した the Sisters of the Precious Bloodのシスター・ムンビ・キグサは7日の会合で講演し、アフリカでカトリック信徒が増加を続け、世界をリードする立場に立とうとしているが、「そのまえに、まず、聖職者による性的虐待問題を一掃する必要があります」と参加した指導的立場にある聖職者たちに訴えた。

 「アフリカは世界で最もカトリック人口が増え続けている地域であり、信徒数は2050年までに3億5,000万人に達すると予想されています… それはすでに世界中の教会で実感されています。教会の信徒席に座っている信徒を見ても、司祭を見ても、どこでもです」と彼女は述べたうえで、「しかし、教会でリーダーになろうとするなら、まずその前に、家を掃除する必要があります」と強調。

 「私たちは傷つき、キリストの体は病んでおり、聖職者、一般の信徒、そして加害者も被害者も、皆、癒しを切望しています… 聖職者による性的虐待は未成年者に焦点が当てられ、修道女に対する性的虐待はほとんどが伏せられたままです」と指摘し、マリアの医療修道会の会員であり医師のシスター・マウラ・オドノヒューの被害報告がバチカンから無視された1994年の ことを例に挙げた。

 25年後、教皇フランシスコは聖職者による性的虐待への対応に関する全世界司教協議会会長会議を招集し、参考人として呼ばれたナイジェリアのシスター・ベロニカ・オプニボは「聖職者の性的虐待は、欧米だけの問題ではありません。世界的な問題です」と訴え、教皇は記者会見で、聖職者たちによる修道女への性的虐待を認め、防止のための努力が教会に必要であることを強調していた。

 キグサ女史は、講演で、教会で聖職者による性的虐待が絶えない根本的な原因として、権力と”境”、隠ぺいと支配の文化、文化的規範と女性の役割への認識の欠落などを指摘し、「司祭に与えられた権限はしばしば他の修道者との”境界”を曖昧にし、特にそれが女性だった場合、権限行使の対象の一部にされてしまう… そうした権力は個人的に財務、不動産、車両、その他教会関係の支配を通して振るわれます。教会の秘密主義は、しばしば被害者を犠牲にしても自分を守ろうとします」と批判。

 「こうした状況は、家庭内暴力と同じように虐待する側が我が物顔に振る舞うのを可能にし、被害者に家庭の中で問題を治めるようにさせる… 虐待をする者はこれらの現実をよく知っており、他者を傷つける時に、すべてがうまくいくことを知っているのです」と訴えた。性による差別に関しても、「教会は性による差別を強め、女性を男性が利用できるようにし、それは修道女が司祭の仕事を容易にするために果たしている役割でさらに強化されています」と述べた。

 さらに彼女は、最近ローマで開かれた2つのシノドス(全世界代表司教会議)に、修道会からも参加者があったが、男子修道者には決議案への投票が認められたのに、女子修道者には認められなかったことを指摘。「以前は、性による差別の理由が『ミサ典礼を主宰できない』ことでしたが、今回は何が理由にされるのでしょうか。男女の性で残された識別可能な唯一の違いは、純粋に生物学的、解剖学的な差でしょう」と改めて教会の後進性を批判した。

 そして、教会が今後取るべき対応として、虐待に関して、被害者と加害者が共に癒しと審判を受けられるような、正義が力を取り戻すモデルを受け入れるよう、教会に促し、「正義の回復モデルは、自分の行動に結果があるのを否定しませんが、正義は常に真実、慈悲、愛によって鍛えられます… 正義は、神と自分自身、そして他者との正しい関係のすべてを取り戻そうと努めます。慈善と社会正義は家庭で始まり、兄弟姉妹を助けるより良い方法を確立する必要があります。当然ながら、それは性的虐待の被害者から始めて、加害者にも手を差し伸べるものです」と続けた。そして、「個人的な精神的障害は、制度的な精神的障害を引き起こします。”虐待のサイクル”が続かないように、”自傷行為”を認識せねばなりません」と付け加えた。

 最後にシスター・キグサは、二つのアフリカ的な概念を示した。一つは「Sankofa」-過去から学ぶことを象徴する言葉ー、もう一つは「 ubuntu」-思いやりと人間性を意味する言葉だ。「これらの言葉は、世界中のカトリック信徒にとって最も苦痛で不和を引き起こす懸案の一つを潜り抜け、世界の教会が未来図を描くのに役立つでしょう」と説明した。

 「私たちが生まれ、形成され、繁栄するのは共同体においてであり、私たちが癒され、和解し、神、自分自身と互いの正しい関係を回復するのは共同体ー一人一人に席があり声を上げる、全てを包含する教会ーにおいてなのです」と締めくくった。

 講演の後で、彼女と一緒に写真を撮ろうと神学生の一団が集まった。彼女は彼らに感謝しつつ、こう警告した。「あなた方は私の話を聞きました。だから、私に説明する責任がありますーあなた方が誰かを虐待しているという話は聞きたくありません!」

 

 

2019年12月7日

・イエズス会の前チリ管区長が性的虐待で司祭職はく奪に(LaCroix)

(2019.12.4 LaCroix Xavier Le Normand) チリにおける聖職者による未成年性的虐待のスキャンダルはまだ終息を見せていないようだ。バチカンで聖職者による性的虐待問題を担当する教理省は4日、チリの元イエズス会管区長、ユージェニオ・バレンズエラ・ラングの司祭職を性的虐待の罪によりはく奪したことを明らかにした。

 イエズス会が出した会員除名に関する声明では、バレンズエラはチリで2008年から2013年にかけてイエズス会管区長を務めた。チリのイエズス管区への書簡で、イエズス会のアルトゥーロ・ソーサ総長は、「職権乱用と性的犯罪を犯した」を犯したとしてバレンズエラの告発を検討していると伝えた。

 バレンズエラに関する訴えは2013年に出され、翌年から調査が行われたものの、容疑を裏付ける事実は発見できずにいたが、昨年になって新たな訴えがバレンズエラついて出されていた。

 チリのカトリック教会では、有名司祭らの未成年に対する性的虐待とそれを高位聖職者が組織的に隠ぺいしていたことが昨年明るみに出た。同年5月、教皇フランシスコがチリの司教団をローマに召喚して虐待の問題について話し合った際、司教全員が教皇フランシスコに引責辞任を申し出た。うち数人の辞表が受理されたものの、後任候補の司教にまた問題が起き、就任を辞退するという事態を招くなど、教皇からチリの教会全体に問題がある、と厳重注意を受けていた。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。

LA CROIX international is the premier online Catholic daily providing unique quality content about topics that matter in the world such as politics, society, religion, culture, education and ethics. for post-Vatican II Catholics and those who are passionate about how the living Christian tradition engages, shapes and makes sense of the burning issues of the day in our rapidly changing world. Inspired by the reforming vision of the Second Vatican Council, LCI offers news, commentary and analysis on the Church in the World and the world of the Church. LA CROIX is Europe’s pre-eminent Catholic daily providing quality journalism on world events, politics, science, culture, technology, economy and much more. La CROIX which first appeared as a daily newspaper in 1883 is a highly respected and world leading, independent Catholic daily.

2019年12月6日

・アルゼンチンで聖職者2人が未成年聴覚障碍者への性的虐待で懲役40年以上の実刑判決

(2019.11.28 カトリック・あい)

 教皇フランシスコの故郷、アルゼンチンで複数の聖職者が自身が責任者を務める聴覚障碍者の学校で卑劣な未成年性的虐待をはたらいたとして現地の裁判所から有罪判決を受けたことが明らかになった。

 AP通信がアルゼンチンのメンドーザ市発で伝えたもので、同市の裁判所は25日、同市郊外のルハン・デ・クージョにあるアントニオ・プロヴォロ聴覚障害児研究所で同所に収容されていた犯行当時未成年だった男女の聴覚障碍者10人に性的虐待したとして、責任者のニコラ・コラディ神父(83)に懲役42年、オラシオ・コルバチョ神父(59)に懲役45年の、それぞれ実刑判決を下した。同所の庭師をしていた庭師のアルマンド・ゴメスにも同様の罪で懲役18年の判決が言い渡された。

 3人を起訴した検察当局の調べでは、男女の児童たち(当時)は神父たちから施設の寮や学校のトイレで触れられ、強姦され、ポルノ画像を見ることを強いられた、と証言。コルバチョ神父のパソコンには裸の少女の写真が入っており、少女をおとなしくさせるために使ったとみられる鎖も見つかった、という。

  コラディ神父は、以前イタリアにいた約10年前にも、ヴェローナにある姉妹施設で同様の犯罪行為をはたらいたとして告発されていた。この時は、24人の司祭、修道士、信徒が67人の児童たちを性的に虐待したとして告発され、カトリック教会のヴェローナ教区は被害者に謝罪し、24人を処分していたにもかかわらず、コラディ神父は処分対象に入っていなかった、という。

 司教を含む聖職者による性的虐待を追及しているオンライン・データベースBishopAccountability.orgの共同設立者、アン・バレット・ドイル氏はAP通信の取材に対して、「アルゼンチンの裁判所は、プロヴォロに心身友の虐待された子供たちに、カトリック教会が与えなかった正義の尺度を与えました」と今回の判決を評価。

 「”プロヴォロに関する問題”は二つあります。彼が子どもたちを拷問したこと、そして、それを教会が防げなかったこと、です。この犯罪を知っていたはずの現地の大司教はじめ教会指導者たちに対しても捜査を始めるべきです」と主張し、さらに、「教皇ご自身も、これらの子供たちの想像を絶する苦しみに対する責任を受け入れなければならりません」と述べている。

2019年11月28日

・「中南米に聖職者による未成年性的虐待の”第三の波”」-児童権利保護団体が警告(Crux)

(2019.11.22 Crux Managing Editor Charles Collins)

 ロンドンに拠点を置くChildren Rights International Network(CRIN)は20日、報告書を発表し、「聖職者による性的虐待スキャンダルの『第三の波』がラテンアメリカを襲っている」と警告した。

 報告書は「第三の波:ラテンアメリカのカトリック教会における児童性的虐待の生存者のための正義」と題し、ラテンアメリカのすべての国、および子どもの性犯罪に関する国内法が子どもを適切に保護しているかどうかを精査し、この地域のカトリック教会が危機の程度を隠そうとし続けていることを示す証拠を挙げている。

 この報告書では、聖職者の性的虐待スキャンダルの最初の波はアイルランドと北米で起こり、第二の波はオセアニアと欧州大陸陸ヨーロッパで発生、その「波」が今、ラテンアメリカに及んでいる、といい、CRINの法務、政策責任者のレオ・ラットレッジ氏は「現在、特にカトリック信徒が多数を占める国の多くで、子供の性的虐待に対する教会の説明責任を求める声が高まっている」と述べた。

 報告書によると、ラテンアメリカのカトリック教会は、過去20年間に問題となった米国の教会がしてきたように、性的虐待の被害の訴えと数々の事案を、組織的に抑圧しようとしている。そうした行為には、性的虐待を働いた司祭を他の教区、他の国に異動させることも含まれる。そして今も続けられているのは、被害者とその家族に対して「虐待の事実を表に出さないことを条件に、内密に金を払ってもみ消す」「責任を押し付け、信用を失墜させる」「警察や裁判所に訴えたりしないように、心理的に圧迫する」、そして、新聞、テレビなどメディアに対して「虐待事件を報道しないようにメディアに圧力をかける」などの行為だ。

 聖職者による性的虐待は、ラテンアメリカ地域で広範に認識されているが、とくに、悪名が高いのはチリーオソルノ教区のフアン・バロス司教のケースだ。彼は、同国最悪の未成年性的虐待犯である元神父、フェルナンド・カラディマの犯罪行為を隠蔽したとして訴えられている。この醜聞は、バロスがオソルノ教区長に任命されたことに被害者が抗議の声を上げたことで、マスコミの注目を浴び、昨年1月に教皇フランシスコがこの国を訪問した際にも大きな問題になった。

 ラトレッジ氏は「聖職者に性的虐待された被害者の政府・議会への働きかけが、ラテンアメリカ各国政府に、制度の改革を待つことなく、聖職者の児童への性的虐待そのものとカトリック教会による組織的隠ぺいへの対処を急がせる圧力になっています」と説明している。

 また報告書は、ブラジル、キューバ、エクアドル、ホンジュラスなどの国では聖職者の性的虐待の事例がわずかしか明らかにされておらず、また、アルゼンチン、コスタリカ、パラグアイでは「調査ジャーナリズム」が機能していなかったことも、性的虐待とその隠ぺいが事実上放置される一因だとし、「性的虐待がメディアで取り上げられると、当局に被害を訴える人が増えている」とマスコミの役割の重要さを指摘している。

 「被害が表沙汰にされることで、聖職者の児童性的虐待に関してだけでなく、カトリック教会に関する人々が持っていた諸々のタブーを打ち砕かれ始めている。被害者の集まりが出来、”評判”が損なわれることのなかった教会関係の機関に対しての、被害者救済キャンペーンが始められた。国のレベルで最も活発なのは、『アルゼンチンとチリの聖職者による性的虐待の被害者ネットワーク』で、教会で性的に虐待された人々に助言と支援を行い、各国政府に対して、教会が説明責任を果たし、被害者が司法当局に訴えやすくするための具体的な措置をとるように働きかけを行っている」と報告書は説明している。

 66ページのこの報告書では、この他に、次のような問題を指摘している。

 *聖職者による児童性的虐待に関する公式データは、ラテンアメリカの大半の国に存在しない。利用可能な統計は、ブラジル、グアテマラ、メキシコ、ウルグアイの教会が発表したものだけだ。

 *この地域での聖職者による児童性的虐待は2002年に明らかになり、アルゼンチン、ボリビア、チリ、コロンビアでは表面化した事案が2017年以降、急激に増加した。しかし、世界の他の地域に比べると、明らかになった件数はまだ少ない。調査したすべての国で、性的虐待をした司祭の有罪判決がでているが、明らかにされるのはまれだ。

 *調査対象のラテンアメリカ19か国のうち、児童の性的虐待の制限に関する法律を廃止したのは、6か国に過ぎない。司法権が及ぶ10の分野で、時効は子供たちが18歳になるまで働かない。これらの国のうち、三つの国では、被害の訴えがあるまで時効は開始されない。

 *ラテンアメリカの大半の国では、児童に対する(売春などによる)性的搾取と性的虐待を犯罪としている。だが、状況次第で子供たちに不公平な保護をしている国もある。例えば、10代のレイプ被害者は、相手を罪に問うために暴力や脅しがあったことを立証しなければならないが、10歳未満の場合は、その必要がない。また、加害者が、被害者と結婚した場合、訴追を回避できる国もある。

 *アルゼンチン、メキシコ、ペルーの刑法は、権力の地位の濫用を、有罪の要件、あるいは刑を重くする根拠としている。これらの国の法律では「聖職者」あるいは「児童と宗教的な関係を持っていること」を例示している。

 報告書は、地域の教会に説明責任を果たさせるのに有用な措置を提言している。それは、カトリック教会における児童性虐待に対する調査を公的なものとして、国が支援することだ。「ラテンアメリカの国では、欧州、北米、およびオセアニアのいくつかの国のように、聖職者による性的虐待について公的な調査を行っていない。調査によって、被害の実態が把握できる」と強調し、児童保護の法律や政策、慣行を改善するための機関の措置を設け、虐待被害者への補償とカウンセリングを提供する救済制度の創設につなげる必要がある、と指摘。

 そして、ラテンアメリカの国々は、このような取り組みと無縁ではない。独裁政権が猛威を振るった1970年代、’80年代、  90年代に起きた人権蹂躙を調査する委員会が作られ、問題に取り組んだ実績がある。「これらの調査委員会は、児童虐待に関するものとは非常に異なる文脈で登場したが、大規模で体系的な人権侵害に対応するツールとして使用されており、真実を明らかにし、説明責任を果たし、被害を補償する、という目的において変わることがない」としている。

 この報告書について、国連子どもの権利委員会の元副議長で、国際的な被害者組織「聖職者による性的虐待を終わらせる-グローバル正義プロジェクト」の創設メンバーであるエクアドルのサラ・オビエド氏は「『カトリック教会に対して、性犯罪者を司法当局に引き渡させ、隠蔽を続けた責任をとらせ、性的虐待の被害者の権利を支持するようにする』という、私たちがこれまで数限りなく訴えてきた目標の達成にとても役立つ内容です」と評価している。

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2019年11月23日

・未成年性的虐待で有罪の司祭が、判決後に中央アフリカでカリタスの責任者に(LaCroix)

(2019.11.21 LaCroix Laurent Larcher Central African Republic)

 カトリックの修道会、サレジオ会の司祭が、母国ベルギーで未成年性的虐待と児童ポルノ所持で2012年に有罪判決を受けたにもかかわらず、2015年から中央アフリカの首都バンギにあるカトリックの援助団体、カリタス中央アフリカの事務局長を務め、しかも、同国で同様の罪で訴訟が起きていることが明らかになった。中央アフリカとベルギーの裁判所が調査を始めた。

 この司祭は、ベルギー・サレジオ会のルーク・デルフト神父。米大手ニュースネットワーク CNNがこの問題を報じたのを受ける形で、カリタス中央アフリカのアラン・ビエンベヌ・バンバンジ神父は声明を出し、デルフト神父について同国の裁判所に伝えたことを確認した。

 また、国際カリタスのアロイシウス・ジョン事務局長は「6月16日に、デルフト神父は私に、CNNと話したことについて語り、自分がベルギーで未成年者に対して性的虐待を行った訴えられ、2012年に有罪判決を受けたことを告白した。それを受けて内部調査を行い、私たちが知らなかった事実を確認したので、6月29日に彼を解任し、ベルギーに戻しました」と説明した。

 ベルギーのカトリック司教協議会も6月23日に、デルフト神父の件を弱者の権利保護団体、Dignity Foundationに伝え、同団体がサレジオ会の幹部に電話で、彼を軟禁状態に置き、職務を全てはく奪するよう,要請したことを明らかにした。

 デルフト神父は、ベルギーのゲント市の刑事裁判所で2012年11月に、同市のドンボスコ寄宿学校で2001年に2人の少年を性的に虐待したとして懲役1年半、5年間の公民権はく奪、10年間の職務禁止の有罪判決を受けていた。

 だが、彼は2013年に中央アフリカ共和国に入り、同じサレジオ会員のアルバート・ヴァンブエル司教によってカガ・バンドロ教区に迎えられた。そして、国際カリタスの事務局長によると、ヴァンブエル司教は彼にカガ・ボンドロ教区のカリタスの責任者となるよう求め、2015年からカリタス中央アフリカの事務局長になった、という。

 カガ・バンドロのシェリフ・アベル市長は2013年から2015年まで、デルフト神父と付き合いがあり、「彼は避難民への支援を担当していた。当時犯したかもしれない虐待については何も聞いていなかった。11月17日にラジオでニュースを聞いて初めて知りました」と語った。

 また、ベルギーのサレジオ会のカルロ・ルーツ神父は「私たちは、彼のために未成年と離れたところで活動する仕事を探しました。当時、中央アフリカの人道支援活動は大変困難な状況にあり、避難民のために食料を調達する担当者が必要でした。デルフト神父はその責任を果たすために、ベルギーを出ました」と述べ、他の神父は「これは、ベルギーの司法保護観察委員会とサレジオ会の承認を受けたうえで行われた」と語っている。

 デルフト神父は、2013年に中央アフリカ入りした際、現地のカリタスの事務局長になることを希望していたが、有罪判決を受けていた彼の立場を中央アフリカの教会に知らせてあった、というが、この説明は、「司教協議会が彼の過去について知ったのはごく最近」というカリタス中央アフリカ会長の証言と食い違っている。

 「カリタス中央アフリカ会長もバンギの大司教も、デルフト神父の司法上の過去について知らされていなかった。知らされていたら、彼はカリタスのために働いていなかっただろう。私たちが、知ったのは今年の6月だ」というのが、国際カリタス事務局長の言い分だ。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。

LA CROIX international is the premier online Catholic daily providing unique quality content about topics that matter in the world such as politics, society, religion, culture, education and ethics. for post-Vatican II Catholics and those who are passionate about how the living Christian tradition engages, shapes and makes sense of the burning issues of the day in our rapidly changing world. Inspired by the reforming vision of the Second Vatican Council, LCI offers news, commentary and analysis on the Church in the World and the world of the Church. LA CROIX is Europe’s pre-eminent Catholic daily providing quality journalism on world events, politics, science, culture, technology, economy and much more. La CROIX which first appeared as a daily newspaper in 1883 is a highly respected and world leading, independent Catholic daily.

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(2019.11.21 カトリック・あい)

 米大手ニュースネットワーク CNNは21日、ルーク・デルフト神父が二人の児童に対する性的虐待と児童ポルノを所持していた罪でベルギーの裁判所で有罪判決を受けたことも含めて、カリタスの現地事務局長を務めていた中央アフリカで新たな未成年性的虐待の訴えを起こされていることを報道したが、ローマの国際カリタス本部は21日、声明を発表。

 今回の事態について深く遺憾の意を示すとともに、実態調査と再発防止策の強化、被害者とされている人々とその家族のケアに当たっている現地のカリタス中央アフリカへの支援を表明。また世界各国のカリタスに対して、職員、ボランティアなどの人事管理について精査するよう求め、「カリタスは、自己の安全を守ろうとする人々が進んで現地警察に訴えを出すことを勧める。国際カリタスも受け付ける」と説明している。

 

 

 

2019年11月22日

・シリアでアルメニア人司祭と父親が殺害ー「イスラム国」が犯行声明

(2019.11.12 Vatican News Linda Bordoni)

 シリア北東部で11日、自動車で移動中のアルメニア人のカトリック司祭とその父親が、武装勢力「イスラム国」(直後に犯行声明を出した)の一団に射殺された。教皇フランシスコは12日、ツィートを通して、二人とその遺族、シリアの全てのキリスト教徒のために祈られ、二人の葬儀に集ったアルメニア・カトリック教会共同体の人々に心から寄り添うことを表明された。

犠牲となったのは、ホブセプ・ベドヤン神父とその父、アブラハムさん。一緒に乗っていたアルハセケの町から来たファディ・サノ助祭も重傷を負った。ベドヤン神父は、トルコ国境に近い、クルド人が多数を占めるカミシリの町のアルメニア・カトリック教会共同体の主任司祭。父のアブラハムさんは、襲撃を受けたデイ・アルゾール県の長を務めており、三人で同県のある教会の修復作業の視察に向かう途中だった。

東部シリアのクルド人支配地域は、ユーフラテス河東岸の石油埋蔵地帯であるこの地域から撤退を決めている米軍の監視下にあるが、3人が襲撃された11日には、やはりカミシリの別々の場所で爆破事件があり、少なくとも6人が死亡、22人が負傷したと伝えられている。

 シリアのアルメニア・カトリックの信徒は同国では少数派だが1742年に公認されてから3世紀近い歴史を持ち、信徒数は約60万人。共同体はローマ教皇と完全なつながりを持つ、自主的な部分教会を形成している。シリアには、アレッポ北西部を中心に10万人以上のアルメニア人が住んでいたが、シリア内戦で、多くがアルメニアなどに避難している。

 イスラム国を名乗る武装勢力はキリスト教徒迫害を続けており、以前、イラクとシリアのかなりの地域を支配していた時には、何千ものキリスト教徒を故郷から追い出している。

 シリア内戦が始まって以来、多くの司祭たちが、この地域で殺害されたり、行方不明になっている。殺害された中には、2015年にホムスで射殺されたオランダ人イエズス会士、フラン・バンデルルート神父、2013年に「イスラム国」を名乗る武装集団に斬首されたフランシスコ会士、フランソワ・ミュラ神父がいる。

 誘拐され、いまだに消息がつかめない司祭には、2013年にラッカで行方不明になったイエズス会士、パオロ・ダログリオ神父、同町の北西部で誘拐されたブロス・ヤジギ、ヨハンナ・イブラヒムの二人の東方教会司教、アレッポのアルメニア・カトリック教会のミシェル・カイヤル神父、東方教会のマヘル・マフズ神父がいる。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2019年11月13日

・(解説)既婚者の司祭叙階、女性助祭、アマゾン典礼-教皇に課題残したアマゾン地域シノドス(CRUX)

(2019.10.26 Crux  Editor John L. Allen Jr.)

 ローマ発 -大きな関心を呼んだアマゾン地域シノドスが閉幕したが、このシノドスでは、アマゾン地域の慢性的な司祭不足の解決策として、「既婚者の司祭叙階」を認めるか否かをめぐって様々な意見が飛び交った。

 同様に、教会における女性の役割の重要性を認める手段として「女性助祭」を認めること、原住民の人々の文化を尊重するために特別な「アマゾン方式のミサ典礼」を作ることについても、議論があった。この三つについては、熱烈に支持する意見が出る一方で、抵抗もあり、今回のシノドスの重要性を象徴するものとなった。

 シノドスの結果をこれらの問題をどのように扱ったかで測るとすれば、主な結論は、教皇フランシスコの”皿”にすさまじく沢山残された、と言わざるを得ない。

 26日に発表されたシノドス最終文書の採決では、大部分がアマゾン地域の9つの国の代表で占められた会議参加司教184人全員が、この三つの課題-既婚者の司祭叙階、女性助祭、アマゾン典礼ーの全てについて十分な”注意”を払うことを条件に、”慎重な賛成”を表明した。

 三つの中には実にあっけない結末を迎えたものもあった。なぜなら、教皇自身が、教会内部の議論に焦点を絞ることの誤りを指摘し、強調されるべきはアマゾン自身の運命であると主張することで、シノドスを終わらせようとしたからである。

 既婚男性の司祭叙階については、シノドスは反対意見を付けて、ゴーサインを出した。最終文書は「私たちは、叙階を認める基準と規定を定めることを提案する… キリスト教共同体の活動を支えるための、司祭の適性を持ち、教会共同体で尊敬されている男性で、終身助祭として立派に働いること、司祭職について十分な教育を受けていること、法的にかなった、しっかりした家庭をもっていることだ」と述べている。

 ただし、補足として、この内容の採決では、128人が賛成、41人が反対を表明した―ことを付け加えた。これは項目ごとの採決で、最も多くの反対票だ。また、この項目の最後の行に、重要な一文、「この問題について、出席した司教たちの中には、(注:アマゾン地域に限らず)世界全体に適用することを支持する意見があった」が入れられている。

 おそらく、これは、今回のシノドスに出席しなかった司教たちも含めて出された「ローマ・カトリック教会全体(23ある東方教会を除いて)の規範とすることは、特定の地域に限定したシノドスでは決められない」という意見を反映したものだ。

 また、司祭叙階の対象を既婚者に広げることに反対した1人の司教は、反対意見は全世界の教会でみればもっと多い、との判断からこの一文の追加に賛成したものと思われる。

 

*女性の終身助祭

 一般的にシノドスの最終文書の項目別の採決では、反対票は一桁にとどまるものだが、「女性助祭」の導入も、「既婚者の司祭叙階」に次いで多い反対票が出た。

 最終文書は「多くの話し合いの中で、女性の終身助祭の導入が提案された」とし、今回のシノドスに至る2年間で集められた意見も反映した、としている。

 そして、「そのような理由から、今回のシノドスの重要なテーマとなったが… すでに教皇は2016年に『女性助祭についての研究委員会』を発足させており、女性の助祭叙階はカトリック教会のこれまでの何世紀かの実態と今日的な意味を基礎に置いて、部分的な結論に達した」とし、「それゆえ、私たちは、我々の経験と考察を同委員会と共有することを希望する」と述べた。

 だから、司教たちの何人かが懸念していたように、この表現は、女性の助祭叙階をズバリ認めたものでは、確かにない。

 

*アマゾン典礼

 アマゾン典礼についても、シノドスは必然的に課題として取り上げた。アマゾン地域の教会の「新たな有機体」-地域の協働的な構造の一種-が既に求められており、最終文書は、原住民の人々の慣習に従ってアマゾン典礼について熟考する「有力な研究委員会と対話の場を創設」の創設を提唱した。

 最終文書は「(注:このような過程を経て)カトリック教会に既に存在する複数の典礼に追加され、福音宣教の働きを豊かにし、適切な文化の中で信仰を表現するための幅を与え、教会の普遍性が示す地方分権化と共同性を示すことが可能となる… そして、人々が自分たちの領域と水域を大切に守る仕方とともに、ミサ典礼を豊かなものとする方法を研究し、提示することができるだろう」としている。

 そのような言葉は、アマゾン典礼の最終的な考えに明確な賛意を示すものである一方で、結局のところ、求めているのは、そうした考えを研究する機関の設置であり、この言葉は、賛否についての判断を出していないことを意味している。それでも、29人が反対票を投じている。

 これより前の項目で、アマゾン典礼の考え方と23の東方教会の典礼を比較することについては、27人の司教が”ノー”としている。

 従って、今シノドスで最も議論を呼んだ三つの問題に関しての結論は、さらに徹底した研究をすること、あるいは、教皇に対して肯定的な勧告を重要な留保条件付きで行うことだ。つまり、アマゾン地域シノドスは、教皇に対して、この地域の高位聖職者たちの考えをエックス線を通して集めた結果を提供する、諮問会議的な機能を果たしたのである。

 これまでと同様、最終判断は教皇に委ねられることになる。そして、教皇が何を選ぼうと、今回のシノドスから、決断へ完全にまっすぐな線を描くことは難しいだろう。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2019年10月30日

・アマゾン地域シノドス最終文書発表-既婚者の司祭叙階を提言、女性の終身助祭も検討を

(2019.10.27 バチカン放送)

 「アマゾン周辺地域のための特別シノドス」が26日午後開いた最後の全体会議で、最終文書を採択した。会議後発表された最終文書は序章、5章からなる本文、終わりの言葉から成り、章立てと主な内容は以下の通り。

*本文の章立て

第1章「アマゾン:傾聴から統合的回心へ」
第2章「司牧的回心の新たな歩み」
第3章「文化的回心の新たな歩み」
第4章「エコロジー的回心の新たな歩み」
第5章「シノドス的回心の新たな歩み」

*本文の主な内容

第1章「アマゾン:傾聴から統合的回心へ」

・アッシジの聖フランシスコの生き方に倣う、率直で簡素な生活を通した「真の統合的回心」によって、神が創造された「共通の家」との調和を持った関係を築くよう促し、こうした回心は「アマゾンのすべての人々の心の中に入るための、外に向かう教会をもたらすだろう」としている。

・同時に、アマゾンの調和をゆがめ、生活を脅かす、多くの苦しみに触れ、具体的に、天然資源の私有化、搾取的な生産モデル、全域の約17%に及ぶ森林破壊、産業公害、気候変動、麻薬売買、人身取引、不法な武力集団、そして強制移住や難民も含む広範な現象としての移民問題などが挙げている。

・移民問題に関しては、国から国へ人の移動、あるいは森林地域から都会への人の移動のいずれの場合にも、「移民たちに対する教会の司牧の強化」を期待した。

第2章「司牧的回心の新たな歩み」

・教会の福音宣教のあり方を取り上げ、「サマリア人」のように「すべての人々との出会いへ向かう教会」、「マグダラのマリア」のように「愛され、和解し、キリストの復活を喜びをもって告げる教会」、マリアのように「子らを信仰に導き、生み出し、人々の文化の中で奉仕する教会」を希望した。

・アマゾン地域における福音宣教のために命を捧げた多くの宣教師たちの犠牲を想起する一方で、福音宣教がしばしば時代の権力と共存しながら行われた過去を振り返り、現代の教会が「新しい植民地主義的な権力と距離を置き、アマゾンの人々の声に耳を傾け、透明性を持った活動を進める」必要を指摘した。

・さらに、他のキリスト教会との間、あるいは異宗教との間での対話の重要性を指摘し、原住民の人々、青年、移民、家庭を対象とした司牧を、緊急に取り組むべき課題とした。

第3章「文化的回心の新たな歩み」

教会が人々と出会い、相手から学ぶためには、非キリスト教文化の受容が重要、とし、「アマゾン地域の人々の思いやり、連帯、共同体精神、被造物に対する見方などから、他大陸の人々は多くを学ぶことができる」と述べた。

・「土地を守ることは、生活を守ること」であり、命、人権の保護は福音に根差した原則である。教会は、司牧活動を通し、また各国政府への人権保護の働きかけを通して、アマゾン地域の人々を守るよう呼びかけた。

・原住民の人々の独自性や文化を尊重した宣教や神学のあり方、アマゾン地域の教会メディア網の形成なども提案した。

第4章「エコロジー的回心の新たな歩み」

・アマゾン地域の前例を見ない社会・環境危機に対し、すべての要因を関連付けて考察する「統合的なエコロジー」の視点を持つことを、同地域の未来を救うための唯一の道として提示。

・教会は「神の御業を保護するために、アマゾンの共同体と同盟し共に歩むべきである」とし、「共通の家」である地球を守るための役割、役務を定めること、「エコロジー的な罪」を、神と隣人、共同体と環境に対する一つの「怠り」として定義すること、などが提言されている。

・さらに、アマゾンにおける「エコロジー的負債」を補填するための国際基金の創設などのアイデアも記された。

第5章「シノドス的回心の新たな歩み」

・全ての教会関係者に、「聖職者至上主義や押し付け的な態度を超え、対話と傾聴、霊的な識別の文化を強化することで、司牧問題の挑戦に応える」ように促し、シノドス性、すなわち「皆で共に歩む」態度を、第2バチカン公会議の精神を受け継ぎ、特に男女の信徒の参加、共同責任性、皆が負う任務などに、以下のように言及している。

【信徒の役割と奉献生活】

・教会生活と福音宣教に関する事柄をめぐり、信徒の参加は、男女平等の役割に留意し、業務の担当を特定の人物が独占することのないように、「持ち回り制」にすることを勧めている。

・「司教は、司祭不在において、共同体のメンバーの中から、司祭的性格を伴うことのない一人の人物を、司牧的な世話を行うために、期間を限定して委任することができる」よう提案しており、この場合、責任は司祭が負うことを明記している。

・同時に、原住民の人々の修道者への召命推進、奉献生活についても、貧しい人々や疎外された人々のもとを巡回するなど、アマゾンに密接したあり方を提唱している。

【女性の積極的貢献】

・教会における女性の存在の重要性を強調。アマゾン地域の古くからの叡智は、大地を「母」なるものとして表現し、先住民族の社会では、女性を「人間性の推進において生き生きとした責任ある存在」としている、と指摘。「女性の声に耳を傾け、助言を求め、女性が様々な決定に参加し、教会の司牧や管理上の必要に応じた指導的役割を果たしすことで、教会のシノドス的歩みに女性が貢献することを希望した。

・「女性のための終身助祭」の制定も、今回のシノドスで多く議論され、シノドスに参加した司教たちは、教皇フランシスコが2016年に設立された「女性助祭をめぐる研究委員会」における検討に期待を表明した。

【終身助祭】

・終身助祭の育成と役割の推進は、シノドスで緊急の課題として取り上げられた。

・助祭は「司教の権限のもとに共同体に奉仕し、特に今日、統合的エコロジー、人間の発展、社会司牧、貧しく弱い立場の人々の支援を促進する」ように求められており、そのためにも助祭には、学究と司牧経験を積んだ生涯養成が必要とされ、そこに助祭候補の妻と子も参加することも考えられる。

・助祭の養成課程には、教会一致に向けた対話および諸宗教との対話、異文化受容、アマゾンの教会史、愛情と性、先住民の宇宙観、統合的エコロジーが、テーマとして取り入れられる必要がある、とした。

司祭養成】

・助祭の養成と同様に、司祭養成においても、福音を生き、教会法の知識を持つ、イエスの憐みに倣う司牧者の育成と並行し、そこに、統合的エコロジー、創造の神学、先住民の神学、エコロジー的霊性、アマゾンの教会史、アマゾンの人間学・文化学の課程を取り入れることが推奨された。

【ミサへの参加と司祭叙階】

・ミサへの参加は、キリスト教共同体にとって中心的な活動だ。だが、アマゾン地域の教会共同体は、信徒たちがミサに与るために極めて大きな困難を抱えており、司祭がミサを司式、あるいは赦しの秘跡、塗油の秘跡を授けるために、一つの共同体を訪れるのは、数カ月や数年に一度という地域もある。

・こうした事態に対して、教会共同体への奉仕にすべてを捧げる司祭の独身性を神の賜物として高い価値を持つことを確認し、独身性を生きる司祭たちの召し出しを願う一方で、司祭の独身性は「司祭自体の本質からは要求されていない」もの、と指摘。アマゾン地域の広大さと聖職者の少なさを考慮し、「終身助祭としての豊かな経験を持ち、司祭になるための相応の養成を受けた者が、正当に形成された安定した家庭を保ちつつ、アマゾンの最も遠隔な地域において、御言葉を伝え、秘跡を行うことを通して、キリスト教共同体の生活を維持することができるよう、共同体で認められたふさわしい男性を司祭に叙階するための規則と処置を、担当当局が制定すること」を提言している。

・なお、この提言については、シノドスに出席した複数の司教から、この課題は「特定地域に限定されない、普遍的なテーマである」との意見が出された、と付記した。

【シノドス後の地域教会組織とアマゾン地域の大学】

・アマゾン地域の各教区の広大な管轄領域の縮小・見直し、同一地域の教会のグループ化、遠隔地の宣教を支える基金の創設、新たな地域教会組織を創設することを提案した。

・原住民の人々の伝統の尊重し、聖書に基づき、異文化受容や異文化対話について研究する「アマゾン地域のカトリック大学の創立」の考えも示された。

【アマゾンの典礼】

・アマゾン地域の人々の世界観、伝統やシンボル、原始典礼などの要素に配慮した典礼を求める声に応え、アマゾン地域のための典礼を研究する委員会の設立、そうした典礼を、現在23の様式があるカトリックの典礼に加えることが提案された。

・キリスト教信仰の異文化受容を促進するために、聖書や典礼書をいくつかの地域の言語に翻訳するための委員会の設立や、音楽や歌を通して典礼を豊かにすることが提言された。

・最後に、アマゾンにおいて様々な名のもとに崇敬されている、アマゾンの母、おとめマリアの保護を祈っている。

2019年10月28日

・シノドス:小グループ別討議報告:教会、信徒と女性の役割、召命と既婚者叙階、難民、若者、環境…

Synod HallSynod Hall 

(2019.10.17 VaticanNews ) アマゾン地域シノドスは17日午後、教皇フランシスコと117人の司教が参加して13回目の全体会議を開き、言語別小グループから前日までの討議結果の報告を受けた。 今回のシノドスは、アマゾン地域と全教会への、神学的、司牧的視点から、私たちの共通の家を守り育てるという避けがたい仕事のための聖霊の賜物である。それは Kairos-時の恵み、アマゾン地域の人々と教会の和解のために好ましい機会ーこれが、17日午後にされた小グループによる報告を一致させる共通の糸だった。

*世界全体のシノドス平安

 全ての小グループは報告で、「アマゾン地域で新たなシノドスの道が育つこと」「バチカンで開かれたこの集まりが、真の外に顔を向けた教会の宣教への強い熱意を込めた新たな始まりとなること」への希望が表明された。アマゾン地域の人々の「よき暮らし」が、山上の垂訓の経験と結びつき、神の御言葉の照らされて完全に実現することも、希望された。また、さまざまなグループから、以下のような数多くの多様な具体的提案がなされた-それは、地域シノドスだけでなく、世界シノドスに関わるもの、アマゾン地域から発し、世界全体に影響を与えるものだ。

 

*貧しい人々のための、あらゆる形の暴力に反対する教会

 教会にとって欠かすことのできないことは、人々と地球の叫びを聴くこと。そして、黙っていないで、貧しい人々の側に立って、「暴力に反対」ということだ。 アマゾン地域で、その叫びはさまざまな顔を持っているー過密な刑務所での暴力、性的な虐待と搾取、原住民の人々への人権侵害、自分の土地を守ろうとする人々の殺害、麻薬取引と麻薬ビジネス、若者人口の抹殺、人身売買、女性殺害と”男”文化、大量虐殺、生物資源の略奪、民族文化の抹殺-文化と精神を殺すゆえに、これら全てと戦わねばならない。 組織的な採掘業者の違法行為と森林破壊は有罪であることが明白だ。発言者の中には、最も弱い人々の虐待と自然の破壊の関連を指摘する声もあった。緊急事態を迎えているとされた多くの事柄の中で、気候変動による危機がとくに重視された。

*人権に関する国際的な教会の”観測所”の提案

 その命で最も高い代価を払わされているのは原住民の人々だ。彼らは自分の土地で助けられも、守られもしない。こうした認識から、複数の小グループから提起されたのは、人権に関する国際的な”観測所”だ。人々と自然を守ることは教会の、司牧的な活動の”特権”と確信しているからだ。 小教区は子供たち、青少年、傷つきやすい人々の安全な空間を作らねばならない、との指摘もあった。受胎した時から自然の死に至るまで全期間にわたる生存の権利が改めて確認された。

*教会はNGOではない、必要な”教会一致”のための対話

 小グループから出された指摘の一つが、当局によってしばしば犯罪と見なされる人権保護運動家の活動に寄り添う仕事が、教会にある、だが、同時にNGOに類似した行為は避けねばならない、ということだった。NGO に類似した行為のリスクは、純粋に儀式的な役割を果たすリスクとともに、宗教的な行為や告解に霊的渇きの答えを求めようとする信徒たちを失う原因となるからだ。 複数の小グループからは、教会一致と異宗教間対話の対話推進にもっと力を入れるようにとの提案と、RELEP(ラテンアメリカ・ペンテコステ研究ネットワーク)とカトリックの神学者の間で、アマゾンとローマに二つのセンターを設けることの提案が出された。

*教会の管理・運営、一般信徒の役割、”世俗主義”の拒否

 聖職者中心主義を避けること、そのために、一般信徒の役割を高めねばならないことも、指摘された。大部分の小グループは、「ministerial Church」-一般信徒の共同責任と関与が共にある教会-の意味について理解を深めることを強調した。「スペイン語A」のグループは、「一般信徒の聖職化」を避けつつ、男女信徒が公平な形で教会の運営に関与することを提起した。

*女性の役割と助祭職

 女性の役割については、それを認識するだけでなく、責任の重い役割、指導的役割に関する提案もあり、アマゾンの教会の具体的な活動において、女性の存在の高い価値があることも指摘された。例えば、仕事場において、女性の権利を尊重する保証とあらゆる既成概念の払しょくが求められた。 また、大部分の小グループは、第二バチカン公会議の視点から、女性の助祭職について、アマゾン地域では多くの教会の活動が女性によってすでに担われていることを念頭にして、考えることに注意を払うよう、要請した。だたし、複数の発言者から、この問題は、別の司教たちの会議で扱うこと、その場合、おそらく女性たちにも投票権が与えられるであろう、との指摘もあった。

*司祭職と既婚者の叙階

 既婚者の叙階については、臨時の世界シノドスで扱うことが提案された。この問題についての見解は、グループによって異なり、聖職者の独身制は、原住民の人々の教会共同体に与えられた贈り物であり、問題にならない、との指摘があった。 「イタリア語A」のグループは、独身制の価値が弱められたり、既婚者の司祭叙階制が導入されることで、最も遠く離れた共同体での典礼奉仕で普遍教会の宣教の推進力を失うことへの懸念を示した。

 大部分の小グループー主としてスペイン語、ポルトガル語のグループーは、目指すべきは”訪問”する教会よりも”存在”する教会であり、既婚者に司祭職を与える方法を支持した。その場合、良い評判を得ていること、原住民の人々の共同体から選ばれることが好ましいこと、特定の条件を満たしていることが必要、との指摘もされた。さらに、そのようにして司祭となった人々が、「第二類,あるいは第三類」の司祭と見なされてはならず、真の司祭としての使命を果たす必要があるということも、強調された。

 アマゾン地域においては、現在、多くの人々が一年に一度か二度しか秘跡を受けることができない、という現実を忘れてはならず、聖体拝領だけでなく、神の御言葉が信徒たちの霊的成長をもたらすのだ、という認識を、現地の共同体で高めることが求められていることが、指摘された。

*召命の危機と司祭の養成

 アマゾン地域の広域性と司祭不足に対処する一環として、福音宣教の持続可能性のための地域基金の創設の可能性を検討することが提案された。

 これに加えて、「イタリア語A」グループからは「第二バチカン公会議とその後の教導職によって表明された司祭の独身制を、何らかの形で克服する提案に至った原因について、熟慮されていない」との表明があった。 同時に、司祭とキリストに倣わせることを目的として進行中の新たな教会運営のあり方に希望が表明されるとともに、北半球で司祭職を行っている宣教師たちをアマゾン地域に送ることを強く求める意見も出た。

 召命の危機に直面する中で、複数の小グループは、アマゾン地域の修道士の大幅な減少を指摘するとともに、修道生活の刷新-CLAR(ラテンアメリカ修道会連合)が注力している-が新たな情熱をもって、特に観想生活に関してなされることに希望を示した。 一般信徒の育成にも焦点が当てられ、それは欠かせないことであり、教義面だけでなく、教会の社会規範に基礎を置き、「復活された方」との出会いの経験に導くような福音的なものでなければならない、との指摘もされた。

 また、司祭の育成を、学問的だけでなく、アマゾン地域で「前を向き、苦しむ人々、刑務所や病院にいる人々とともに歩む教会」を実地に経験をさせる形で、強化することも提起された。現地で神学を学び、深めるような原住民の人々の神学校も創設も提案された。

*異文化間対話と非キリスト文化からの影響

 小グループはまた、原住民の人々の顔を持った神学と司牧について考慮を求めている。異文化間の対話と文化受容は、相反するものとして理解されるべきではない、教会の任務は、アマゾンの人々のための決定を下したり、征服者の立場をとったりすることではなく、共に歩み、対話し耳を傾ける共同体的な視点をもつことが必要、との意見も出た。

 具体的には、「アマゾンの儀式」を導入する提案が示された。これは、この地域のカトリック教会の並外れた豊かさの霊的、神学的、神学的、典礼的、そして、規律の面での成長をもたらす。小グループの報告の一つは、「アマゾンの教会の典礼では、ローマ典礼との実質的な整合性を保ちつつ、現地文化のシンボルと動作が重んじられている。教会は、信仰に影響を与えない限り、硬直的にローマ典礼を守ることを望まない」との見方を表明した。

 聖書の知識を高めること、そのために、現地語への翻訳に力を入れることも提案された。ラテンアメリカ教会協議会とリンクし、カリタスが主宰するアマゾン地域の教会ネットワークや地域各国の司教協議会とも連携する「汎アマゾン教会協議会」の創設も提案された。

 また小グループ報告の一つは、「アマゾンの宇宙観」に言及。「テクノロジーに支配され、『金銭崇拝』に傾いた西欧世界に対して、教えることが沢山ある。アマゾン地域の人々は自分たちの聖なる土地について考えている-生物群系、生物多様性、そして土地の権利の持つ精神的価値を思い返すことが奨励される必要がある。一方で、人々の持つ文化を尊重しつつ、福音と死に打ち勝ったキリストの勝利を宣言することが、アマゾン地域の人々の宇宙観を理解し、受け入れるために欠かせない要素だと考えねばならない」としている。

*宣教と殉教 

 宣教師は、植民地主義者的な考え方を捨て、民族に対する先入観を克服し、人々の慣習、儀式、信仰を尊重することが、求められている。複数の小グループは、人々が信仰を表現する仕方は正当に評価され、側に付いて促進されるべきだ、とした。また、ラテンアメリカ教会協議会、各教区の正義と平和委員会、その他の活動組織と連携して、汎アマゾン社会司牧”観測所”を創設することも提案された。

 アマゾンの教会の歴史に光と影があることを認識しなければならない、原住民の人々を「司牧ケアの受け身的な受け手」とみなす教会と、「アマゾンの人々と共に、アマゾンを救う」という原則に従って「原住民の人々を、信仰の体験の主役」として扱う教会を分けて考える必要がある、また、アマゾン地域で福音の愛のためにいのちを捧げた多くの宣教師と殉教者によって示された輝かしい模範を大事にすることも重要だ、との意見もあった。

 スペイン語のAグループは、アマゾン地域で殉教した人々の列福を推進することを提案した。

*移民・難民、若者たち、そして都市部の問題

 また、小グループの報告では、自分の意志で孤立状態にある人々を忘れてはならない、と指摘し、巡回宣教師チームが彼らに対応することが求められた。移民・難民問題に関連しては、特に若者たちの問題を考える必要があること、アマゾン地域の人口の八割が住む都市部では、文化的アイデンティティの喪失、社会的な排除、崩壊、家庭崩壊や不安定化など負の現象が起きており、都市の中心部での福音宣教が緊急の課題になっているが、一方で、都市のスラム街や都市郊外地域、農村部も忘れずに、司牧活動を現場の状況に合わせていかねばならないこと、若者司牧について早急に刷新する必要があること、教育の分野では、教育面では、教会に、複数言語による異文化間教育の推進、原住民の人々のためのアマゾンの科学と異文化間の高等教育に特化した大学ネットワークの同盟を支援することが、教会に求められていること、なども指摘された。

*被造物の保護と環境問題

 環境の分野についても、小グループで討議され、被造物は神の傑作であり、すべての被造物は関連を持っていることを再確認した。

 「真の環境的な回心は、家庭で始まり、個人的な回心を通して、イエスとの出会いを通してなされる」との確信を前提に、気温の上昇やCO2排出との戦いなど、最も実際的な問題に対処することが重要であること、私有化されたり汚染されたして共同体社会全体が生命の危険にさらされないように、人権ー落ち着いた生活と水のように貴重な財産などーを保護すること、アマゾンのビジョンに従って、自然の秘蜜と神聖さを知ることにつながる道を通し、持続可能なプロジェクトの開発と共に、医療に役立つ植物の価値も強調されるべきこと、も強調された。

 また、小グループの一つからは、農業技術の訓練校で植林プロジェクトを進めることも提案された。

 *環境的な罪と連帯の経済の推進

 以上に関連して、二つの提案がされた-教会協議会の指針に欠かすことのできない環境を取り入れること、道徳神学に告解の秘跡の手順の改定を通して”共通の家”への敬意と環境的な罪を取り入れること、である。また、討議に参加した司教の中から、人類は法の主題として自然を認識する方向に進んでおり、「功利主義的な人間中心のビジョンは時代遅れとなり、人は、人類そのものを危険にさらす無限の搾取に自然の資源をさらすことができなくなっている」と見方が表明された。

 また、「ポルトガル語A」グループからは、経済連帯のモデルの推進と私たちの”共通の家”をケアするための体制の確立が、相互関係の中で地球上の生命に関する緊急の一連の措置として求められている、との主張があった。

*アマゾン地域シノドスとコミュニケーション

 最後に、多くの小グループからの報告では、メディアについても多く触れられ、カトリックのコミュニケーション・ネットワークには、アマゾン地域を主たる関心事とし、良いニュースを広め、母なる地球に対するあらゆる種類の攻撃を非難し、真実を伝えるよう、強く求められた。また、この今回の地域シノドスの成果を広めるために、ウェブ・ラジオ、ウェブ・テレビ、ラジオ通信のためのソーシャルネットワークの活用も提案された。

「アマゾン河」の力強さを持つ今回の地域シノドスの流れは、福音宣教のの新たな道を共に歩んだ経験から、多くの賜物と会議場での司教たちの発言を反映したアイデアであふれており、必須の環境学が生まれる可能性を生んでいる、と結論した。

 (翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

2019年10月19日

・アマゾン地域シノドス8日目:地域の人々と地球の”叫び”を聴き、行動することが必要

(2019.10.15 VaticanNews )

 アマゾン地域シノドスは15日午後、最終回となる12回目の全体会議を教皇出席のものとに開いた。会議には173人の司教が参加。16日朝からは言語グループ別の会議を再開し、作業結果は17日午後の全体集会に報告される予定だ。

 アマゾン地域の人々は、自分たちと結びついた教会を望んでいる。会議出席者たちは、教会が彼らが十字架にかけられていることを忘れてー無関心、不作為の罪を犯すことになるー哀れな人々のことを話すことはできない、と反省した。

 -教会は、福音を出発点として、人々と地球の叫びを聴くように求められている。これが、良きサマリア人に倣い、殉教の可能性を恐れない宣教師、最も小さきものを守る者となる唯一の道。参加者の一人が大胆に述べたように「死のために生きるよりも、命のために戦って死ぬ方がよい」。シノドスは、機能的解決策にとどまるのではなく、聖霊が豊かに注がれるような場を残すべきだ、との意見を考慮に入れつつ、討議を続けた。

*虐待を放置せず、人々が共同責任を感じられるようにする

 アマゾンの脆弱な地域の人々は、しばしば「自分たちが見捨てられている」と考えている。例えば、ストリートチルドレン。教会は、彼らが自尊心を高めるのを助け、犠牲者になるのを防ぐように求められている。このような悲劇は、結局のところ、根本的な問題が解決されていないことから生じている。この地域自体が、間違いなく虐待の被害者となっている。必要なのは、人々自身が自分の運命の構築に共同責任を感じられるようにすること。信徒たちは、自分の権利を取り戻し、神が約束された王国に向かって旅を続け、率直に、希望をもって生きる義務を引き受ける最前線に立つ必要がある。

*被造物を守り育てる科学の基本的な役割-教会法に「環境規定」を

 人々と地球の両方からの助けを求める叫びは、すべての人を巻き込む。信徒たちは、すべての被造物の価値を認識すよう求められている。私たちの”共通の家”を守り育てることは、キリスト教徒の召命に根ざしている。

 行動することは、個人、地域社会、そして世界にとって必須だ。無関心でいることはできない。全ての世代の将来が危機に瀕している。アマゾン地域を人為的な破壊から守ることは、全人類に関わる責任だ。会議では、気候変動に地球規模で対応するために、国際レベルで科学者や学者が教皇庁科学アカデミーの協力体制を作ることが提言された。また、教育分野で、私たちの”共通の家”を守り育てることに、一般の人々を認識を高めるため、もっと多くのことをする必要が表明された。環境に関する信徒の義務についての規定(環境規定)を教会法に入れることも提起された。

*環境的回心のために

 教会の魅力は、キリストとその福音への環境的な、協働で完全な回心への呼びかけを想定して、歩みを深めることにある。地球家族として共に歩むことは、「アマゾン地域は、特定の国々にも、国々を統治する者にも属さない」との考えを基にした、広がりを持った招きだ。地域の国々は管理者であり、自らの行為に説明責任を負っている。 信徒-独身あるいは既婚の-が自力で作った日々の賜物を通して、”秘跡”としての教会は、アマゾン地域に作られ、キリストの存在を宣言する。それが必要なことは、共同体社会の生きた経験と既に受けている賜物によって挑戦を受けることを受け入れる霊性と秘跡神学のために述べられている。この点で、地域教会のレベルで取り組みを調整する努力が行われていることは励みになる。

 

*諸関係の対称性-相違を超えた”we”の構築が急がれている

 聖霊に触発された異文化間の対話の重要性も指摘された。その際に求められるのは、「関係の対称性」を手にするために、出しゃばったり、独り占めにするような習慣を手放すことだ。謙遜は「自分たちには”共通の家”を守り育てる共同責任がある」という共通の確信を基礎にした対話に、必要な態度である。単独ではできないことも、協力すれば可能になる。私たち一人一人が異なっているゆえに、一人一人が一緒になった”we”を、急いで構築する必要がある。また、理論を実践でテストできる異文化間対話の積極的な推進体制を作ることが奨励される。

*司祭不在の教会共同体の問題

 アマゾン地域の深刻な司祭不足の問題も改めて話し合われた。この地域では、司祭の訪問が年に1回か2回しかない教会共同体が全体の7割を占めると推定されている。復活祭、聖霊降臨祭、生誕祭など、信徒生活の中心となる行事に、秘跡も、神の言葉も、祝いの祭儀を受けることができず、中には、他宗派の祭儀に参加を余儀なくされ、「羊飼いのいない羊」のような状態に置かれている信徒もいる。

 普遍教会は、このような状況に無関心することはできない。聖霊の声に心を開く、勇気ある選択がなされる必要がある。これに関して、「刈り取りのために働き手を送られる収穫の主」に祈ることの重要性、神の民の司牧が「主の第一の関心」であることを司教の1人が指摘した。だから、私たちは神に問題解決を願わねばならない。

 

*福音宣教への情熱が薄れている

 福音宣教への熱意が、中心部から遠く離れた地域で薄らいでいる問題も取り上げられた。特に一部の地域では、持続することが不可能な大規模な鉱物資源の採掘事業が、疾病の拡大、麻薬取引、人々の自信の喪失などを引き起こしている。国際社会は、こうした事業への投資がされないよう強く働きかける必要がある。アマゾン地域は宣教師を必要としている。現地の人々が信じることのできるのは彼らだけだからだ。

 イエスに触発された宣教師の巡回チームのことが取り上げられた。彼らは、休むことなく、留まるところもなく、村々を巡った。”動き続ける”教会の模範だ-宣教司牧を後にすることは、創造的な行為よりも過去を大事にすることを意味する。そうしたやり方はもはや通用しない。新たな取り組みが強く求められている。周りの世界が先に進む中で、私たちは”役に立たない”ではいられない。福音は語るべき何かを、常に持っている。それはまた、「環境的な回心」の一部をなしている。宣教の新しい形に心を開くことは、女性と若い人々の取り込みを意味する。

*地域から引き裂かれた都市の移住者、そして食糧問題への貢献

 男女の日々の活動に協働性と団体性をもって従事することが、教会に求められている。改めて、移住者ー根を抜かれ、都市に植え付けられた人々ーの問題が、会議の関心となった。

 諸都市で、彼らは、それまで住んでいた地域とは対照的な、政治的、社会的、経済的、空虚で、絶望的ともいえる個人主義と向き合うことを強要されている。そこに福音を存在させるのは義務であり、そうすることで、都市は宣教と聖別の場となる。

 原住民の人々を主役と考える文脈の中で、宣教司牧を勧めることが必要だ。聖書に語られているように特定の人々と土地の結びつきの強さを知ることは、彼らが自分の土地から引き裂かれることの重さを理解する助けとなる。自分の領域を守ることは、アマゾン地域の(森林など)生物群系とそこに暮らす人々の生き方にとって、極めて重要だ。その意味で、原住民の人々の「妥協することのない防御」は推奨される。これには、彼ら自身の文化、自身の神学、自身の宗教に対する権利が含まれる-それは、全人類のために守られるべき財産だ。

 この会議では、最後に食料の問題が取り上げられた。アマゾン地域は、その淡水とともに、世界の飢えの削減に貢献することができる。世界の淡水の26㌫はこの地域からきているという事実から、出席者の一人が、持続可能なプロジェクトを奨励すべきだと、主張した。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

 

2019年10月17日