(解説)”サミット”一年、聖職者の性的虐待問題と新型ウイス感染拡大との類似性と非類似性(Crux)

On summit anniversary, what we still don’t know about clerical abuse

 バチカンで聖職者の性的虐待問題を扱う教理省の建物(写真手前)。同省には昨年だけで、世界中から1000件の訴えの案件が寄せられた。その中には、これまで報告の無かった国々も含まれており、事態はさらに深刻化することがあり得る。 (Credit: AP Photo/Alessandra Tarantino.)

ローマ-昨年2月に教皇フランシスコが全世界の司教協議会会長を集め、聖職者の性的虐待問題に関する歴史的な”サミット”を開いてから、21日で一年たった。この会議は、(注:聖職者による性的虐待に関する透明性を高め、説明責任を果たす全教会的な文化を促進することを狙っていた。

 それから一年後のまさに今、世界的な問題として、別の種類の”伝染性疾患”に焦点があっているー新型コロナウイルスは21日までに中国本土で2100人以上を殺し、感染者は世界全体で約75600人で、その大半は中国の湖北省の人々で占められている。

 この二つ、聖職者による性的虐待と新型コロナウイルスは一見、何の関係もないように見えるが、少しばかり共通したところがある。

 新型ウイルスの発生から2か月たった今、私たちは、少なくとも”震源地”以外の、感染者が出た場所と人数について信頼のおける基礎的な統計データをもって語ることが可能だ。

 よく言われているように、中国当局は発生当初、この伝染病を隠そうとし、今もなお、新たな感染者と死者の規模について、きちんと情報が提供されているのか、強い疑念がある。それでも、世界中の粘り強い研究者たちは正確な現状を把握しようと努力を続け、”震源地”以外の地域での感染状況やそれへの対処については、かなり良く現状が把握できるようになっている。。

 それに比べると、聖職者による性的虐待という”病弊”は顕在化して何十年もたつのに、世界的な状況についてそのようなデータが存在しないのだ。

 米国、オーストラリア、アイルランド、ドイツなど”震源地”になってきた地域については、性的虐待の案件数、被害者数、そして虐待の罪を犯した司祭の割合に関する、しっかりした情報が手に入るが、その他の地域への拡散状況について知る手掛かりは十分にない。

 そこで見られる傾向は、誰もが語る見方と先入観を反映し、裏付けなしの話をすることだ。たとえば、信徒数でアフリカ最大のカトリック国、コンゴ民主共和国のマルセル・ウテムビ・タパ大司教は「わが国では、聖職者の性的虐待は稀です」と言う。

 彼が言っていることは、1990年代後半から2000年代初めにかけて性的虐待による危機が起きて以来、アフリカの多くの司教たちが言ってきたことと変わらない。いわく、「聖職者による児童性的虐待は、主に西洋の問題だ」、いわく、「アフリカの同性愛に対する社会的不名誉を考えると、少年を食い物にする司祭は多数にならない」、いわく、「聖職者による性的不正行為に問題がアフリカであるとすれば、それは他の形態、特に成人女性との関係だ」と。

 欧米を除く世界の他の地域の司教たちからも同じような話を聞く。性的虐待の被害者のほとんどは、それに冷ややかに反応し、否定的だ。

 今週ローマで、米国を拠点とする「司教たちに説明責任を求める会」が企画した記者会見で、世界中の聖職者による性的虐待に関する質問がでた。それに対する答えは自明-米国や他の場所について私たちが知っていることと同じ、つまり、聖職者の約5〜8パーセントが性的虐待の罪を犯している、というものだった。要するに、コンゴやフィリピンでわずかな数の報告しかないのは、被害者が被害を公表するのを思いとどまらせる”恥の文化”によるもので、被害の実情に、地理的な違いはないのだ。

 新型コロナウイルスの大規模な感染の疫学的な研究は、別の話を語っている。感染の拡大は、保健機関や研究者によって熱心に検査・研究されている。その結果として首尾一貫した結論のの1つは、伝染病あるいは感染症の広がり方がとても不均一だということだ。さまざまな集団がまったく同じ感染リスクにさらされている場合でも、どれだけ激しい感染被害に遭うかは、全体の健康状態、安全でない水や食物の摂取の有無、医療の質、日常的な飲食物の内容、空気の汚染度、その他の様々な要因によるのだ。

 言い換えれば、医療研究者は「病気の原因、広がり、そしてその影響がどこでも同じであるかどうか推測することは、病気と戦うのに役に立たない」と言うだろう。ひな形で始めてデータがそれに合せるようにするのではなく、データを集め、それから、その意味を理解せねばならない-と。

 確かに、新型コロナウイルスがもたらしている危機と聖職者による性的虐待が引き起こしている危機に類似性がある、というのは表現として不正確だ。伝染病は一般的に言って「自然現象」だし、未成年性的虐待は「忌まわしい犯罪」だ。にもかかわらず、この二つを比べるのは有益だ。

 たとえば、危機が頂点に達した何年かの間、欧米文化に他の場所では見られないレベルの虐待を生み出したものがあった可能性があるのか? あるいは、被害者が救済を求めるための法的および文化的な支援システムを欠いた地域で、聖職者主義がはびこる地域で、そして、青少年、児童と性的に関係することに対する文化的な態度が大きく相違する地域で、危機はずっと深刻になる可能性があるのか?

 現時点で、いずれの質問に対する唯一つの答えは「そのような可能性はもちろんある。だが、実際のところ、分からない」だ。世界保健機関からの、全世界の児童虐待に関する総合的なデータを使えば、その可能性は憂鬱になるくらい高いことになるが、正確に実態を表わしていない。

 そうして、私たちは、教皇が開いた”サミット”から一年後の今、に引き戻される。

 ここで驚くべきことは、「あまりにも多くのことが分かっていない」ということだ。世界のほとんどの地域の教会当局も司法当局も、信頼するに足る”画像”を提供する人的・物的資源を投入していないので、この問題について、私たちは憶測と予測の域から出られずにいる。

 確かに、性的虐待の罪を犯した者とそれを隠蔽した者を特定する作業は、なすべき作業の中でも、極めて重要だー対応が遅れることで、訴訟沙汰になり、マスコミを騒がせ、抗議運動を引き起こす可能性があるからだ。また、聖職者による性的虐待の発生と拡散、それを加速し、あるいは妨げる環境的、文化的な要因について解析する、時間のかかる、目立たない作業も、必須の作業リストに加える価値がある。

 おそらく、この種の研究を行うための基盤を広げることは、”サミット”一周年記念から取り出すべき性的虐待問題対策の一つだ。”疾病”は、カトリック教会にとって、他で起きていることと同じように、動かし難い現実。その”疾病”がどこで起き、どのように広がるかについて信頼できる追尾システムを作ることができれば、素晴らしいことだ。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

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2020年2月22日