(2018 / 03 / 11 言論NPO)
言論NPOは3月10日、世界10か国の主要シンクタンクの代表らを東京・青山の国連大学ウ・タント国際会議場に招き「東京会議2018」の公開セッションを開催しました。
今年の議論は「世界の自由と民主主義」「北朝鮮の核問題」の2つのテーマで行われました。自由や民主主義、人権、多国間協力といった規範のもとで発展を遂げた日本を舞台に、問題意識を共有する世界の言論人が連携してその価値を訴え、世論の流れを変える。言論NPOの呼びかけに賛同した10か国のシンクタンクに加え、中国や韓国からもオブザーバー参加者を招き、日本政府と、G7議長国のカナダ政府に成果を提案することを目指した議論がスタートしました。
リベラルな国際秩序と民主主義の先行きに不安が強まっている
冒頭、開会挨拶に立った言論NPO代表の工藤泰志は、会議に先立って日本の有識者290氏を対象に行ったアンケートの結果を紹介。以下4つの特徴を示し、リベラルな国際秩序と民主主義の未来に、多くの有識者が不安を持っている実態を明らかにしました。
1.世界秩序に今起こっている変化は一時的な調整でなく構造的なものだ、という認識が強まり、かなりの有識者の不安につながっている。「トランプ政権もいずれ軌道修正し、多国間主義に基づく秩序が維持される」との見方がこの1年で大幅に減少し、「世界的な秩序の牽引国がなく、不安定化が深まる」という意見が増加したことが、それを示している。
2.特に、民主主義の先行きに対する不安が強い。世界秩序の懸念材料として「ポピュリズムや権威主義の台頭」を挙げた人が約50%で最も多く、国際社会で優先的に守るべき価値を、51.0%が「基本的人権」、次いで44.3%が「民主主義」だと答えている。
3.グローバリゼーションの今後について、65.2%もの有識者が「自由で開放的な経済は今後も続くが、誰が新しいルールを主導するのかわからない」と感じている。
4.民主主義の危機を乗り越えるために、「政治やメディアに対する有権者や市民の眼力を上げていくこと」が大切だと答えた人が61.4%に上った。「自由と民主主義の規範を共有する多くの人が世界的に連帯すること」も約50%と多い。
そして工藤は、「東京会議が目指すのもまさに『世界的な連帯』だ。自由と民主主義の危機という、世界で最も問われている課題に日本が強い役割を果たすべきだ」と、2年目を迎えた東京会議の意義を説明。「世界の今後、民主主義の今後を一緒に考えていこう」と、会場に集まった約300名の市民に呼びかけました。
エレファントカーブから見える問題の本質とは
第1セッションは「世界秩序の不安定化とリベラルな秩序の未来とG7の役割」をテーマに行われました。工藤はまず、次のような三つの問題意識を提示しました。
・トランプ政権発足から1年、多国間主義やリベラル秩序の不安定さは変わっていない。米国が国際秩序を守る意欲を後退させ、一方で中国が世界の課題への発言を強める中で、世界秩序がどんな展開を見せるのか。
・G7、G20で問われているのは、多くの人をグローバリゼーションの利益に包摂するサイクルを持続的に発展することだ。TPP11に代表される巨大FTA(自由貿易協定)への挑戦や技術革新といった最近の動きは、それにどう貢献できるか。
・しかし、こうした秩序や国際協調を支える民主主義に対し、懐疑心が強まっている。これをどう払拭し、リベラル秩序を守り発展させるのか。その上でG7や知識層はどんな役割を果たすべきか。
続いて、言論NPOアドバイザリーボード・メンバーで元外務大臣の川口順子氏が基調報告に立ちました。川口氏は、工藤の問題提起には「世界秩序の不安定化」「リベラル秩序の未来」「G7の役割」という三つの部分がある、と分析。
初めに「世界秩序」について、「何が本当の問題なのか」と根本的な疑問を提示した川口氏。英国のシンクタンクが作成した「エレファントカーブ」という曲線のグラフを会場に映写し、以下のように主張を展開しました。
「リベラルな国際秩序が安定していた1988年から2008年にかけて、一人当たりの所得の伸びを縦軸、所得の分布を横軸に取ると、所得の伸び率が低い(=象の鼻の付け根)のは先進国の中産階級、伸び率が高い(=象の背中)のは新興国の人たちだ。こうしたデータを踏まえ、グローバル化が所得の不均衡をもたらしたという議論があり、トランプ氏の支持者もその影響を受けている。しかし、影の部分を問題だと考えるのか、光の部分を評価するのか、という点は議論が必要だ。また、自由貿易自体が問題なのではなくて、それを守っていく姿勢の緩みが問題の原因ではないかという議論もある。このように、問題の本質は何かを考えることが必要だ」。
次にリベラル秩序を巡り、川口氏は「民主主義、法の統治、自由という考え方のベースが、1941年にチャーチル英首相とルーズベルト米大統領が作り上げた大西洋憲章だとすれば、これらの規範は70年以上長持ちしてきたことになる」と主張。そうであれば、これから求められる制度も、長い期間世界を律することができるよう、ほころびを出さないものであるべきだ、と語りました。そして、川口氏は今起こっている変化として、国の数の増加や発展段階の多様化、AI(人工知能)などの技術進歩、NGOや地方政府など非国家主体の力の強まりを挙げ、「既存の制度の修正によってこうした対応できるのか、あるいはそれが不可能なので全く新しい制度に変えるべきなのか」がポイントになると述べました。
最後に、G7の役割について川口氏は、工藤が挙げた三つ目の問題意識にも関連し「それぞれの国内で民主主義を機能させ、民主主義のすばらしさを世界に見せていくこと」そして「既存制度の修正にせよ全く新しい制度の構築にせよ、今の変化に対応した制度を作っていくこと」だと発言。TPP11や日EUEPAといった質の高い自由貿易制度の構築を日本が主導したことに触れ、「自由や民主主義を護るために日本が強い役割を果たすべき」という工藤の主張を繰り返しました。また、G7が担うもう一つの役割として「新興国の人材育成」を提案。2050年には世界のGDPの半分以上を新興国が占める、という予測を紹介し、「大国が世界を律するという発想からは離れなければいけないが、新興国が成長した将来においても誰かが秩序を担わないといけない。そう考えると、新興国への貢献は先進国のためにもなる」と語り、報告を締めくくりました。
トランプ大統領は国際秩序をどこまで傷つけるのか
二人の問題提起を受け、世界から集まったパネリストらが次々と発言しました。
米国のジェームズ・ゴーリアー氏(外交問題評議会(CFR)上級客員研究員)は、自国のトランプ政権が自由と民主主義に基づく秩序に与える影響について、楽観的な見通しを示しました。
「第二次大戦と大恐慌の反省から築かれた戦後の国際秩序が、ナショナリズム、保護主義という二つの挑戦に直面している。トランプ氏は破壊を求め、予測不可能であることを好んでいる。米国が維持してきた秩序や安全保障に同盟国が『ただ乗り』してきたと考え、同盟国との協力には消極的だ。また、習近平主席やプーチン大統領といった権威主義的なリーダーには対抗的な姿勢を示している」。ゴーリアー氏はトランプ政権の性質を列挙します。「トランプ氏は何を目指しているのか」という工藤の問いには、「テレビ番組と同じで、次のアクションをより面白くし世間の注目を集めることだ」と答えました。
しかし、「これを忘れてはいけない」とゴーリアー氏は続けます。「米民主党の絶対得票数は、大半の選挙で多数となっている。先の大統領選でクリントン氏に投票した人々はグローバル化で様々な利益を得た。2020年の次期大統領選でトランプ氏の対立候補は今の国際秩序を支持し、米国民もそれを支持するだろう」と語りました。
一方、大西洋憲章のもう一方の当事国であった英国のジョン・ニルソン・ライト氏(王立国際問題研究所(チャタムハウス)シニア・リサーチ・フェロー)は、悲観的な視点を提示しました。
ライト氏は、戦後の国際秩序に生じている三つの変化により、市民の間に感情的な不安が強まっていると指摘。第一に、米国が安全保障を提供することで地域が安定していた構造が、トランプ大統領の登場で揺らいでいるという点。第二に、核抑止は従来、構造的な平和が実現する要因と言われていましたが、北朝鮮は近隣国への脅威を与えるだけでなく米国の同盟システムにもチャレンジしています。ライト氏は、それにより、米国の拡大抑止をどこまで信頼できるのかという懸念が同盟国で広まっていると指摘。第三に、川口氏も触れた中産階級の没落により、多くの人に一体感をもたらしていたコミュニティの脆弱化が進んでいることを挙げました。
このように、市民がポピュリズムに傾くことへの誘因が強まる中、何が必要か。ライト氏が第一に挙げたのはリーダーの役割です。自由、民主主義の規範を共有する指導層が、多国間協力から後退する米国に物を言っていくべきだ、とライト氏は主張しました。
G7結束の意義は多国間主義を護ること
フランスのトマ・ゴマール氏(フランス国際関係研究所(IFRI) ディレクター)は、川口氏が問うたG7の結束の意義を「多国間主義を擁護すること」と位置付けます。中国、ロシアの大国的な行動や米国の一国主義的な動きによって多国間主義が弱体化している、とゴマール氏は懸念し、中でも最大の問題は、地域の主導権を巡り大国の代理戦争が展開されている中東情勢をはじめとした「地政学的な不安定化」にあると語りました。
ドイツでは、昨年の総選挙でポピュリズム政党が躍進。ギッタ・ロースター氏(ドイツ国際政治安全保障研究所(SWP)会長特別補佐)は、その要因を「ソーシャルメディアが自由や民主主義の価値を攻撃している」ことに求めました。ロースター氏は、ソーシャルメディアを使って過激な主張が増幅されており、これを利用したキャンペーンの手法は米大統領選や英国EU離脱の投票結果にも影響した、と指摘。
「その拡散力に対抗し、テクノロジーが秩序に与える影響をコントロールするコミュニケーション手段を政治家が見出さなくてはいけない。しかし、答えはまだ出ていない」と語るロースター氏。具体的には、都市と農村のような異なる教育的背景を持つ人々を結びつける仕組みが必要だ、と提案しました。
ブラジルのカルロス・イヴァン・シモンセン・レアル氏(ゲテューリオ・バーガス財団(FGV)は、川口氏が提示したエレファントカーブの現象を新興国の視点から解釈しています。
「先進国中間層の所得の停滞は、問題の結果であり原因ではない。原因は自由貿易ではなく、金融にある。金融の安定性なくして、予見可能性も安定した未来も民主主義もない」。
その上でレアル氏は、「川口氏が挙げたデータは、先進国において金融危機が国家の信用危機に発展した2000年代後半以降の状況を示している」と指摘。一方、新興国ではそれより早い90年代に金融危機を経験したが、現在はその影響から脱却している。この時間差が、先進国と新興国との所得上昇率の差につながっているのではないか、と語りました。
中国は国際的なガバナンスにどう関与していくのか
民主主義国で起こる変化を巡って様々な論点が提起されたところで、オブザーバーとして参加した中国の陳小洪氏(元国務院発展研究センター企業所所長)に工藤が問います。
「中国は自由と開放経済から利益を得た一方、権威主義的な傾向を強めている。中国は一体、何を目指しているのか」。
陳氏はまず、昨年秋の共産党大会で示された中国の国家目標を説明。当面の政府の任務は「2020年までに全面的な小康社会、つまり国民がまずまずの生活を送れる社会へと発展することだ」と述べ、その達成のために、金融のシステムリスクへの対応や貧困対策、大気汚染などの環境対策が課題になっていると語りました。また、党大会で2035年までの完成を目指すとした「社会主義の現代化」に向け、経済や国防などとともに「環境」が重要任務に盛り込まれたことはこれまでにない変化だ、とも述べました。
一方、国際社会との関係については、習近平主席が演説で語った「人類運命共同体」の意味を「各国が同じ目標を持ち、安定的に発展し、平和を実現する」ことだと説明。改革開放以降の40年における中国の経済成長と世界経済への貢献に強い自信を見せる陳氏は、さらにこう語りました。「世界では相互依存が高まっている。中国は平和や経済に貢献するとともに、国際的なガバナンスにも関与していかなければいけない。中国には巨大な市場があり、一帯一路によってそのアクセスは広がっている。中国は積極的なルールを守ろうとしているが、改善はあるにしても、共に議論し合意形成すべきだ。中国は多国間主義、多国間貿易を支持している」。
技術進歩が民主主義に与える影響をどう考えるか
次に工藤は「多くの有識者が必要性を指摘したグローバリゼーションの自己改革をどう進めていくか。また、それを誰が担うのか」という問いを提示。AIなどの科学技術や、WTOの紛争調停ルールやTPP11といった自由貿易の枠組みをリベラル秩序の改善にどう取り入れていくべきか、パネリストらに意見を求めました。
フランスのゴマール氏は、AIの普及による雇用喪失が民主主義に与える影響について、「労働者がいなくなったら税収、すなわち社会保障の財源が減ってしまう。こうした中で社会福祉をどう構築するかは非常にチャレンジングな問題だが、今のところ政治は対処できていない」と懸念を示しました。
一方、今年のG7議長国であるカナダのロヒントン・メドーラ氏(センター・フォー・インターナショナル・ガバナンス・イノベーション(CIGI) 総裁)は、自国でのG7やアルゼンチンでのG20のテーマに「労働の未来」が選ばれていると紹介し、その理由を「全世界の幸福につながるテーマだからだ」と語ります。「テクノロジーは予想もしない勝ち組を生み出す。実際に産業革命以来、技術革新は世界に富をもたらしてきている。例えば内燃機関が登場したときには、航空産業の発展を予測できなかった」と前向きな見通しを示すメドーラ氏。しかし「そのためには努力の必要がある」と続けます。自身の具体的な取り組みとして、G7のシェルパ(各国首脳の案内役となる外交官)に向け、技術の変化に市民が能動的に対応できるようにすることを目的とした、職業訓練やセーフティネットなどの7つの枠組みを提案する予定であることを説明しました。
シンガポールのオン・ケンヨン氏(S.ラジャトナム国際研究大学(RSIS)副理事長)は、市民が新技術やデジタル化に対応するため、各国での教育改革が重要だと発言しました。一方、オン氏は先進国で多国間主義への不満を生み出している移民への対応策についても言及。「今は、貧しい国から豊かな国に人が集まる構造がある。私たちの開発・投資を、まだ発展していない国に向けることで、人の移動の流れを変えられる」と提案しました。
民主主義が成果を出すため、メディアやシンクタンクに問われるものは何か
英国のライト氏は、民主主義の中で、有権者やメディアが政治への適切な監視の役割を果たさなくなっている、と主張。英国ではEU離脱を決めた国民投票の後、欧州単一市場へのアクセスを維持する「ソフトブレグジット」を支持する政治家を攻撃するメディアの論調が出ている、と紹介しました。
工藤は、こうした懸念は日本でも共通している、と指摘。「民主主義はプロセスが大事だという政治家がいる一方、民主主義が課題解決において成果を出せなければ民主主義の仕組み自体への懐疑論が出始める。課題解決のサイクルとして、民主主義をさらに守り発展させるために何が必要なのか」と問いかけました。
これに関し、イタリアのエトレ・グレコ氏(国際問題研究所(IAI)副総裁)は、「今直面しているのは政党制の危機だ」と訴えます。イタリアでは民主主義のインプット、つまり国民の政治参加は伝統的に機能している一方、問題はアウトプット、すなわち政府が市民の不安に応えるかたちで課題解決の成果を出していないことである、と紹介しました。グレコ氏は、グローバリゼーションによる不均衡の蓄積に市民が不満を募らせており、その責任の一端は政党政治にある、と指摘。その解決策は、生産性の向上にとどまらず、グローバリゼーションに取り残された人々をも包摂するためのより幅広いアジェンダを設定することだ、とし、その中には教育システム改革やテクノロジーへの対応も含まれるべきだ、と訴えました。