・「香港の反対運動は若者教育の失敗」として中国本土で教員研修義務付けの動きも(BW)

 香港で続く大規模な市民運動は、香港行政府長官を逃亡犯条例改正法案の撤回に追い込んだが、中国政府・共産党の指導者たちは、こうした運動を始めとる「急進主義」の主たる原因が「愛国心の欠如」と「共産主義思想に触れる経験の不足」であり、「不服従」は、若者の教育の「失敗」が原因だと考えている。そして、中国本土の学校教育が愛国教育の「成功例」である、として、香港で教員になるための教育を受けている学生全員に中国本土での研修を義務付けようとしている。

8月22日、1,000人を超える香港の中学生がストライキに加わった(写真:VOA/Iris Tong)。8月22日、1,000人を超える香港の中学生がストライキに加わった(写真:VOA/Iris Tong)

 「香港では、どんどん過激になる若者がいます。その根底は学校にあります。一番の問題は教育、特に 愛国心 教育の欠如です」。中国人民政治協商会議常任委員会会員を務めるマーガレット陳馮富珍(チャン・フン・フーチュン)氏は、8月28日に同僚に向けた演説で語った。

 「愛国者であり、かつ香港を愛していることが教員に不可欠な採用基準です」。陳氏は言い、提案を付け加えた。「香港を愛する愛国者の『新鮮な血』をもっと多く育成しましょう。教員育成プログラムに入学する学生から始めることです」。 陳氏の考え方は例外ではない。

 先日、Bitter Winterは、中国本土の師範大学(教員を養成する高等教育学校)の教員と学生に話を聞いた。愛国教育とは何か、それはどのように行われているのかについて理解を深めるためだ。

*教え方を学ぶよりも重要なのは政治-「習近平の学習」

 昨年3月、中国北部、山西 にあるいくつかの学校の教員は、政府が指示する一種の自己試験「自己調査および自己是正」の実施を義務付けた。教員に「政治的指針を強化し、習近平 主席の演説の精神を学び、真摯に自己の問題を精査する」ことを要求するものである。

 山西省東部の陽泉 のある教員は、自己試験の一環として全教員がグループでの議論に参加し、舞台に上がって人前で自己評価を発表しなければならないことを明かした。参加者は全員、5,000字のノートを取る必要もある。

 学校によっては、習近平主席の演説を書き写し、その体験から何を得たかを記すよう教員に求めたりもしていた。「人々が 毛沢東 の言葉を書き写していた 文化大革命 時代に戻ったような感じです」教師は不平を言った。「1冊複写を終える前に、次の本が配布されます。時間がないのにあまりにも量が多いときは、深夜の2時、3時までかかるときもあります。次の日の授業では、疲れ切っています」。

 「社会は前進したのか、後退したのか、何とも言えません」。山西省最南端の運城市の学校責任者は皮肉を込めて言った。「もう21世紀ですよ。それなのに私たちはまだ『自己調査および自己是正』をやらなければならないんです。堅苦しくて息が詰まりそうです」。

 中国中央部、河南省の教員たちによると、彼らの学校では、当局が「事例にもとづいた改心」と呼ばれる別種の「自己調査および自己是正」を使っているという。

 「それには、規制違反の事例の詳しい分析が含まれています。同様の問題が再び発生するのを回避するためです」と、ある教員が説明した。「同時に、教員は集団学習とグループの議論にも関わらなければなりません。また、自己批判を書き、学んだことを復習しますが、その際に実例を引用する必要があります。学習内容にはさまざまな政策と規制に加え、政治的志向の問題もあります。たとえ党員ではなくても、党の規則を学ばなければならないのです」。

福州市の幼稚園の教員が、思想及び政治理論の教員のためのシンポジウムで行われた習近平主席の演説を学んでいる。福州市の幼稚園教員、思想及び政治理論のシンポジウムで習近平主席の演説を学ぶ

 教員は、年初以来、政治に結び付いた業務を学校から山ほど課されていることを付け加えた。「数十年教員を務めてきましたが、今年は最悪です」と彼女は言った。「学校の任務は教えることです。政府機関がそのような活動をするのは構わないのですが、なぜ 中国共産党 は教員と生徒にまで参加を強要するのでしょうか。生徒の教育が遅れてしまいます。これでは本末転倒ではありませんか」。

*宗教は「共産主義思想と相容れない」-抵抗すると奨学金没収

 話を聞いた教員と学生の全員が、宗教は共産主義思想と相容れないものとみなされており、中国の教育分野の中でも禁止領域になっていると述べた。信仰をもつ若者が師範大学に入るのは極めて難しい。大学は、中国共産党による宗教禁止キャンペーンの一番の標的になりつつあるからだ。

 教育を専攻しているある大学生はキリスト教徒だ。優秀な成績を収めているにもかかわらず、学校の責任者に何度も質疑に呼び出されて苦しんでいる。

 「学校の党書記いわく、国は社会主義者の継承者を育成しているので、信者の私には教員になる資格がない、と」。この若い女性は学校当局との会合を思い返した。「私の信仰を理由に、書記と学部長にたて続けに6、7回、自己批判を書かされました。教員資格コンペへの参加は許されませんでした」。

 この学生はさらにクラスや学生組織における役職もすべて解かれた。学期初めに受けた国の奨学金も没収された。

 別の学生がBitter Winterに話したところによると、昨年、中央の宗教視察団が河南省西部のある師範学院を訪問した際、団員は音声レコーダーを持って校内を歩き回り、抜き打ちで学生たちに民族宗教法に関する情報冊子の内容を挙げるように言ったという。回答が低水準と判断された学生は処罰された。

 将来の教員を育てる大学内であらゆる信仰の行為を弾圧することで、政府は今後の子どもたちの教育に信仰を持つ人が絶対に入り込まないようにしているのだろう、と学生は言った。

*習近平思想だけでなく、共産党の理論と思想の学習も強制

 ほぼ全員の大学生が「中国では教育と政治がますます絡み合うようになっている」と述べた。学校が教員に対し、習近平主席の演説や中国共産党第十九回全国代表大会での話、主席が主導する数々の取り組みだけでなく、共産党の理論と思想についても学ぶよう求めているからだ。

江西師範大学の教員たちが「習近平の思想」を学んでいる。江西師範大学の教員たちも「習近平の思想」を学ぶ

 山西省のある師範大学の学生によると、学校から1週間にひとつ、習近平主席の演説をオンラインで読む夜間自習クラスを取るよう命じられたという。政府の新たな政策についても、WeChatの公開アカウント「山西青年」で学習する。河南省でも「河南成年学習」といった同様のオンライングループが設置されており、「習近平の思想」は学生の必修である。

 「この勉強をしなければ、将来外国に行ったり、奨学金や学位を得たりするときに支障が出ます。本当はやりたくないのですが」。河南省のある学生は不満を漏らした。

 マーガレット陳氏の演説の日、中国共産党の機関紙『人民日報』の一面に香港の教育体制の問題にどう立ち向かうかを述べた記事が掲載された。

 私は「一般的な知識を身に付けるクラスと国の教育の誤りを修正し、不備を補う」ことが、「政治を裏から操る『黒い手』が大学に近づくのを防ぐ」ためには欠かせないと確信している。

 しかし、その大学に近づこうとしている黒い手は、いったい誰の手なのか。話を聞いた学生の1人は「香港の学生が中国本土へ研修に行き始めれば、香港では若い人全員が、すぐさま目を覚ますだろう」と皮肉を言った。

*Bitter Winter(https://jp.bitterwinter.org )は、中国における信教の自由人権 について報道するオンライン・メディアとして2018年5月に創刊。イタリアのトリノを拠点とする新興宗教研究センター(CESNUR)が、毎日8言語でニュースを発信中。世界各国の研究者、ジャーナリスト、人権活動家が連携し、中国における、あらゆる宗教に対する迫害に関するニュース、公的文書、証言を公表し、弱者の声を伝えている。中国全土の数百人の記者ネットワークにより生の声を届け, 中国の現状や、宗教の状況を毎日報告しており、多くの場合、他では目にしないような写真や動画も送信している。中国で迫害を受けている宗教的マイノリティや宗教団体から直接報告を受けることもある。編集長のマッシモ・イントロヴィーニャ(Massimo Introvigne)は教皇庁立グレゴリアン大学で学んだ宗教研究で著名な学者。ー「カトリック・あい」はBitterWinterの承認を受けて記事を転載します。

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2019年9月5日