問われる民主主義ー必要な国際連携「第3回アジア言論人会議」(言論NPO)

(2017.9.4 言論NPO) 非公開会議報告記事

 冒頭、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、言論NPO、インド・オブザーバー研究財団(ORF)、インドネシア・国際戦略研究所(CSIS)、マレーシア・ムルデカセンター、韓国・東アジア研究院(EAI)の5団体が協力し、5カ国合計約7,000人から回答を得た民主主義に関する世論調査結果のポイントについて、「今回の調査結果では、欧米で動揺している民主主義について、アジアの民主主義国でも民主主義の在り方が問われている局面にあることが、明らかになった」とした上で、以下のように説明しました。

【世論調査結果のポイント】

欧米のみならず、アジアの民主主義国でも民主主義の在り方が問われる局面に

・「民主主義はどんな他の政治形態よりは好ましい」と回答する声が各国で4割超と最も多くなるなど、依然、民主主義に対する信頼は根強いが、「一部、非民主主義的な形態でも構わない」、「どんな政治形態でも構わない」という回答も増えている。
・自国の民主主義について、「機能していない」という声もそれぞれ無視できない程度、存在する(日本は約4割、インドは約3割、マレーシアでは半数以上)ほか、政治のリーダーシップに関する設問でも「多少非民主的でも強いリーダーシップが重要」とする回答が増加し、特にインドでは4割近くになっている。
・「自国の民主主義は機能していない」理由について、最も多い理由は「政治は選挙に勝つことだけが自己目的となり課題解決に取り組んでいない」や「政治、行政の汚職」を指摘する国民が多い。
・民主主義のシステムを支える様々な組織や機関への信頼についても、選挙で選出される政治家で運営される「国会・議会」や「政党」、また政治を監視すべき「メディア」への信頼が低く、「軍」や「警察」への信頼が高い。
・「政党に課題解決を期待できるか」との問いでも、日本の約6割、韓国の約5割、インド国民の約4割が「期待できない」と回答している。特に、日本については、自国の将来を悲観的に見る声が半数近くになっているが、こうした課題解決を政党に期待できる、という回答は2割にすぎない。

昨年、民主主義の姿として各国で一致した4つの点

 こうしたポイントを踏まえた上で工藤は、昨年行われた「第1回アジア言論人会議」では、民主主義の発展段階や国情は異なっていても合意することのできる民主主義の姿として、「国民が自由に意見を言い、選挙制度をはじめとする諸制度の中で政治参加する仕組みがあるか」、「制度を通じて、諸課題の解決に向けたサイクルが機能しているか」、「こうした仕組みが国民から信頼されているか(汚職や選挙制度の問題)」、「市民が、主権者、主体者として政治に関わっているか」の4点で一致していたことを改めて振り返りつつ、「今回の調査結果を、これらの4つのポイントから見て皆さんはどのように考えるか」と問いかけ、ディスカッションがスタートしました。

民主主義の揺らぎに対して、説得力のある言葉で説明すべき

 まず、「民主主義の後退」については、多くのパネリストから指摘がなされました。そこでは、欧米の民主主義大国が政治、経済、社会など様々な面で混乱していること、さらにそれらの後を追って民主化した新興民主主義国にも混乱が見られること、それとは対照的に中国をはじめとする非民主主義国家では好調な経済など高いパフォーマンスを見せていることなどの要因から、「民主主義が魅力的に見えない、と多くの人々が感じるようになってきている」との指摘が相次ぎました。

 他にも、ポピュリズムの問題や、民主主義の恩恵が人々に行き渡っていないこと、自らとは異なる集団に対する「不寛容」の姿勢が広がっているなど、民主主義の揺らぎが見られる中、民主主義を守るために必要なこととしては、「それでも民主主義こそが国民の福祉や生活を向上させるための最も良い体制であることを、説得力のある言葉で説明すべきだ」との声が寄せられました。

 また、非民主主義国家の経済が好調であることは、民主主義に問題があることの証左ではなく、民主主義と自由主義経済の問題を切り離して考えるべきとの意見も相次ぎました。そこでは、「あくまでも政府による分配の問題だ」といった意見や、「インドネシアもインドも、これまで民主主義体制の下で高い経済成長をしてきた。逆に、高い成長を誇ってきた中国も今は様々な問題が顕在化してきている」などの指摘が見られました。

民主主義を支える諸システムとそれに対する国民の評価をどう読み解くか

  続いて、今回の調査結果で顕著だった傾向として、民主主義のシステムを支える様々な組織や機関の中で、選挙で選出される政治家で運営される「国会・議会」や「政党」、また政治を監視すべき「メディア」への信頼が低い一方で、「軍」や「警察」が高かったことに話題が及ぶと、今回調査を行った5カ国では、軍が政治に関与しないからこそ支持されているといった見方や、あくまでも安全保障や治安の維持といった面に対する信頼であり、民主主義の担い手としての信頼ではないといった見方が寄せられました。

  また、政党に対する信頼が各国で低い点については、課題解決能力の低さだけでなく、「東南アジアでは政党に対して公的な投資をしてこなかった」ことも一因とした上で、いかにして政党を育てるかという点からの提言がなされました。

  さらに、メディアに関する問題としては、SNSを始めとする新しいソーシャルメディアに対する関心が集まりました。そこでは、人々の認識形成において、既存の主要メディアよりもソーシャルメディアの影響力が大きくなり、そこから発信されるフェイクニュースの悪影響も飛躍的に増大していることや、宗教団体をはじめとする権威主義的な勢力が、自らの勢力を拡大するためにソーシャルメディアを積極活用し、非民主的な価値を広げている現状など、各国の事例が紹介されました。

 宗教団体に関連して、東南アジアの複数のパネリストからは、政府が人々の不満を解消するための行動を取らなかった結果、急進的な宗教団体が国民世論を取り込み、大規模デモを動員するようになってきているとの解説もなされました。

民主主義を守るためには、自国のみならず国際連携が重要であり、「アジア言論人会議」のような動きが重要になる

  そして最後は、様々な問題を抱える中、民主主義を守るために今、求められることは何かについて議論が交わされました。

  そこではまず、「人々は民主主義に対して不安を持ちながらも、その根幹を変えることは決して望んでいない」ものの、「民主主義を支えるはずの市民やメディアは分断され、民主主義の根幹を守れる状況にない」といった問題提起がなされました。

  これについては、ソーシャルメディアに対して情報源を明確にすることを義務付けるなど、フェイクニュースを生産させないようにするためのチェック機能向上などの具体的な提言が出されるとともに、それぞれの国の市民社会の中だけで民主主義を守ろうとするのではなく、そうした動きを国際的に連携させ、それを政府レベルの連携にまで引き上げていくための動きとして、この「アジア言論人会議」のような動きを充実させていくべきとの意見も相次ぎました。

 意見交換を経て最後に工藤は、「非公開会議で議論された内容を午後の公開フォーラムでさらに掘り下げて議論したい」と、午後からのフォーラムへの意気込みを語り、非公開会議を締めくくりました。

不完全なものだからこそ、民主主義を強くするための不断の努力が必要 ~「第3回アジア言論人会議」第1セッション報告

 9月4日午前中の非公開会議に続き、午後からは「第3回アジア言論人会議」の公開フォーラムが開催されました。

第1セッションを前に、開会の挨拶に立った言論NPOのアドバイザリーボードである宮本雄二氏(元駐中国大使)は、「民主主義は世界的な危機に陥っている。しかし、統治の正統性として、これに優るものはないし、これをさらにいいものに改善するしかない。アジアそれぞれの文化と融合して発展し、明るい未来を築いていきたい」と、今回のフォーラムへの意気込みを語りました。

民主主義は当たり前の仕組みだが、常に監視する不断の努力が必要

続いて、言論NPO代表の工藤泰志が議論の素材としてアジア5カ国で行った共同世論調査の結果を説明しました。

その中で工藤は、「世界と同じようにアジアでも民主主義の秩序が問われており、今回の世論調査にそれが垣間見られる」と語りました。具体的には、自国の将来について、日本人はとても悲観的で、5割近い人が不安を感じていること、そうした将来の課題解決を政党に期待出来るか、という設問にイエスと答えた日本人は2割ほどであり、その理由として、「選挙に勝つことが自己目的となり、政治が課題に真剣に向かい合っていないから」(46.7%)、「政党が選挙公約を守らないことが常態化し、守れなかったことについて十分に国民に説明しないなど国民に向かい合う政治が実現していないから」(39.5%)との調査結果を紹介しました。

次に工藤は、日本人の4割以上が、民主主義の形態が一番好ましいと回答しているが、意外と民主主義以外の形態でも構わない人が2割強いること、インドでは45%近くいることを挙げながら、「アジアの人々は民主主義に期待はしているが、それに対する疑問が出ている」と分析しました。

さらに、各国の共通傾向として、政党、国会、メディアへの信頼が極めて少ないのに対し、司法、軍(自衛隊)、警察といった実行力を持つ組織への信頼は高いことを挙げ、「民主主義は当たり前の仕組みだが、常に監視する不断の努力が必要だ。そうしないと、崩れかねない、いつ崩れるかわからない」と説明しました。

続いて議論に入りました。

東アジアでは民主主義に対する感情が変わってきた

まず、インドネシアの元外相、ハッサン・ウィラユダ氏は、「民主主義は衰退しているわけではなく、東アジアでは民主主義に対する感情が変わってきている」と指摘し、「確立された民主主義国、日本、インド以外の国々でも、国民による国民のための真の民主主義統治を目指す必要がある。しかし、世界で台頭するポピュリズムは、民主主義の失敗を反映しており、その背景にはエスタブリッシュメントに対する怒りが表れたからだ」と語りました。

これに対して、イブラヒム・スフィアン氏(ムルデカセンタープログラム・ディレクター)も、民主主義をアジアにおいて導入している国々には同じ課題があるとし、「ソーシャルメディア、インターネットは自由だが、より権威主義的な考え方を支持する人々がテクノロジーを駆使して発言するようになっており、リベラルな民主主義が抑圧されているのではないか」と、ハッサン氏が指摘した変容する民主主義に同調しました。

世界一の民主主義大国・インドから出席のパラビ・マイヤー氏が続きます。マイヤー氏は、「インドの民主主義については興味深い結果となった。6割近くは民主主義に肯定的なのに、インド人の45%は、必ずしも民主主義が最善であるとは考えておらず、力強く、政策の実行力のある政治家、リーダーを求めている」と、インドの現状を紹介しました。

政治家は直面する課題や、政治の欠陥に真摯に向かい合うべき

日本の政治家は、この世論調査の結果をどう読み解くのでしょうか。自民党の逢沢一郎議員は答えます。

「政治に対して、日本国民からの評価が大変厳しいものと自覚した。政策の中身、政策決定までのプロセスと時間、思い切った政策をしているということが国民に伝わらない。そもそも民主主義には時間がかかり、どこかで妥協点を見出す、そういう仕組みだということを国民に理解してもらう。民主主義は何と言っても選挙、公正な選挙をやって、その結果を受け入れることが重要だ」

これに対して工藤が、「国会に対し、一般の市民と政治家の間で、分断は考えられる。その結果、将来的な課題を解決するリーダーシップを求める声が出てきても、不思議ではないのではないか」と、問いかけます。

逢沢氏は、日本の民主主義的な選挙は世界最高水準だが、日本の首相は、世界のどの国より国会に参加し野党質疑に答えていること、また、委員会の質疑はネットで全て見ることができるとしながらも、国民と国会の分断を感じており、日本の政治の欠陥に真摯に向き合わなければいけない、と語りました。さらに逢沢氏は、政治は国民の”いま”の幸せ、安心を提供しなければならない一方で、政治家が簡単に消費税を先延ばしにしてしまう体制はよくなく、政治家は問題を受け止めなければいけない、と話しました。

政治が自分たちの思いを国民に開示し、会話のキャッチボールが必要だ

一方、今回の民進党の代表選を通じて前原氏、枝野氏が全国をまわって、サポーターなどに話を聞けたのはよかった、という民進党国際局長の牧山ひろえ氏は、国民の政治参加がほとんどなく、日本人の間では、政治の話をすると煙たがられる、と話す一方、日本人の政治への関心は、国際比較では低くなく、政治に関心があるのに、政治に距離感をとっていると語りました。また、議会に女性議員が少なく、利益団体を反映できておらず、新自由主義、グローバル化、経済格差のストレスが排外主義へ向かう懸念を指摘。政治家には、「多岐にわたる議論が大事で、わかりやすく、色々なチャンネルをつかって、自分たちの想いを国民に開示し、国民との会話のキャッチボールが必要だ」と、日本の問題点を述べました。

日本とインドネシアのメディアが答える、自国での信頼の低さの理由

国会、政治家と同様、信頼度が少ないと指摘されたメディアは、その信頼度を、どう考えているのか。

毎日新聞主筆の小松浩氏は、世論調査の結果について、日本人の将来に対する悲観的なものの見方が突出しており、その理由として、人口減少、財政破綻、経済成長の不振などの現状を抱え、将来への責任あるビジョンがない、将来への設計図を見たい、安心出来る未来を示してほしい、という国民の意見が読み取れると語りました。

その上で小松氏は、エネルギー問題や社会保障など、大きなテーマであるほど、政治家、有権者はありとあらゆる意見に耳を傾けられたという実感を持つというのが大切であり、決定するまでの討論の中身、国民が知りたいことに対して真摯に答えているか、国会の議論と内容そのものが問われていると指摘。そうした中で、「メディアはプロセスが大事と言いつつ、政策がいつ決まるとか、日程、人事など、目先の物事に目がいって、政治が本質を突きつけてきたかといった問題点が見えなくなっている。そうしたところに、メディアに対する不信があるのではないか」とメディアの問題に答える小松氏でした。

インドネシアのジャカルタポスト副編集長のアティ・ヌルバイティ・ハディマジャ氏が続きます。「私の国でもメディアの信頼は低いが、客観的な報道ができなかった2014年の大統領選の結果から当然かもしれない。宗教組織への信頼度は倍以上もあることからも、インドネシアの民主主義が抱える脆弱性が分かると思う。メディアがしっかりと、仕事を果たさなければいけない」と、同国の実情を話します。

民主主義を壊す強いリーダーを、民主主義で求めていく皮肉

続いて、工藤が「今のアジアの問題は何か」と問題提起すると、インドネシアを中心に東南アジアを研究しているジェトロ・アジア経済研究所東南アジア研究グループ長代理の川村晃一氏は、「今、一つの転換点になっている」と語りました。

具体的には、韓国は任期中に大統領が変わったこと、タイは軍政になり、フィリピンでは法の支配が問題になっていること、さらに、ミャンマーでのロヒンギャの少数民族の弾圧、インドネシアでイスラム保守系が台頭していることを挙げ、アジアの国々は、変化の途上にあると指摘。さらに川村氏は、民族、宗教、格差を煽ることによって、政党政治への不満を募り、国民の分断を図る動きが出て来ており、政治に対して期待を裏切られ、メディアに対する不信を持つ人たちが、ソーシャルメディアを利用し、民主主義を壊していく強いリーダーを、民主主義で求めていくのだ、と皮肉を込めて分析しました。

問題を抽出し、どう対処するのか、ということこそ民主主義の宿命

前駐米大使の藤崎一郎氏は、「民主主義の問題と、自由主義経済の問題は同じではない」と指摘。自由主義の行き過ぎた格差社会への反省はあるが、民主主義はその不満に対する調整局面にはなく、不満があるのは、民主主義の特質であり、不満を表明し、政権を変える、チェンジが出来ることが重要だ、と語りました。

これに加えて宮本氏は、「発展していく過程にあるのが民主主義だ。人間は完全なものを作り出せず、常に不完全なものだ。その不完全さに対処するのが民主主義で、問題を抽出し、どう対処するか、これを制度政策に落とし込んでいく。これは民主主義の宿命なのだ」と民主主義の本質を解き、議論を締めくくりました。

民主主義を機能させるため、絶え間なく点検を行う仕組みづくりを ~「第3回アジア言論人会議」第2セッション報告~

 ここでは第1セッションの議論を踏まえ、アジア各国が自国の民主主義の試練を乗り越え、そして民主政治を鍛えるために、どのようなことに取り組むべきなのか、政党政治やメディアのあるべき姿や有識者の果たすべき役割、さらには今後アジアの民主化国の間でどのような協力を進めていくべきか、などについて活発な議論が交わされました。

まず、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、「政党を中心とした課題解決のサイクルが回っていない」とし、民主主義が機能不全に陥っていると多くの人々が感じる背景には、課題解決能力の欠如など政党の機能不全があるのではないか、と居並ぶ日本の国会議員に対して切り込みました。

日本の政党の課題解決力とメディアのあり方

これに対し、衆議院議員で、元外相の松本剛明氏は、政党には課題解決力が不可欠としつつも、「論戦になったり、報道されたりするのは成果があがっていない分野であり、成果が既にあがっている分野に関しては話題にもならない」とし、「確かに、少子化対策など、国民の将来的な不安を解消するための対策はまだ不十分ではあるが、『年金が危ない』などの言説は明らかにミスリードだし、この10年間を見ても社会保障改革では一定の成果が見られる」と語った上で、「成果については是々非々で評価する必要がある」と主張しました。

これを受けて、衆議院議員で、元防衛相の中谷元氏が「メディアは『色を付けて報道する』傾向があるが、これは問題だ」と語ると、毎日新聞主筆の小松浩氏は、政治家がメディアに不満を抱き、自らの主張をメディアを介さずに伝えようとする場合、その手段はSNSなど直接発信が可能なソーシャルメディアが最適であり、ソーシャルメディアの存在感がますます大きくなっていると分析。しかし、そこは同じ志向を持った人々だけで形成される「閉ざされた空間」であるために、「閉ざされた世界」が形成される傾向が強く、それが「民主主義を分断」してしまいかねないという問題があることを指摘しました。さらに小松氏は、「メディアがそうした状況を作ってしまっているのであれば改善すべきだ。批判だけでも擁護だけでもない、党派性を薄めながら課題解決に向かって皆で議論できるような土俵を作っていくことが、SNS時代のメディアの役割なのではないか」と語りました。

アジアの政党にも大きな課題があるが、明るい兆しも

アジア各国の参加者からも自国の政党と民主主義を取り巻く問題に関する発言が相次ぎました。

インドのジャーナリストで、作家でもあるパラビ・エイヤー氏は、インドの民主主義は、これまで第1フェーズとして、脱植民地化をどう進めるか、第2フェーズとして、様々な領域(地域、カーストなど)の声をどう統合するかという課題に直面しながら発展してきたと語った上で、現在は第3フェーズとして、「生活をいかにして良くするか」という課題に直面していると解説しました。エイヤー氏は、現在のインドでは特に若者の経済、雇用が大きな課題となっているとし、こうした未来の民主主義の担い手の不満に対して政党が答えを出すことができないと、「民主主義は今後さらに大きなチャレンジを受けることになる」と警鐘を鳴らしました。

マレーシアのムルデカセンター共同創設者のイブラヒム・スフィアン氏は、今回の世論調査結果で表れた「マレーシアの政党は、国民から期待はされているが信頼度は低い」という結果に言及しつつ、「そのため、マレーシアの政党はインフラ、雇用など人々のニーズを満たすことで信頼を得ることで努力している」と説明。さらに、それだけでは不十分なので、「説明責任や透明性の向上など民主主義のクオリティを高めるための新しい努力も始まっている」とし、民主主義には「後退」一辺倒ではなく「成長」も見られるなど、明るい兆しもあると語りました。

有権者の「見る目」の確かさが、政党と民主主義を鍛えていく

インドネシアの元外務大臣であるハッサン・ウィラユダ氏は、インドネシアの政党は、いまだ金権政治から脱することができておらず、政党を育てるためにどうサポートするのか、など大きな課題があるとする一方で、「有権者は成熟している。例えば、選挙における現職の再選率は4割程度だが、これはインフラ、公衆衛生、教育など、人々のために成果を出した議員のみが再選されているからだ」と語り、こうした有権者の「見る目」の確かさが政党と民主主義を鍛えていくことになるとの認識を示しました。

インドネシアを中心としてアジア各国の政治を比較研究してきた立命館大学国際関係学部教授の本名純氏は、アジアでは選挙制度の変化によって政党のキャラクターが大きく変容していると指摘。とりわけ、インドネシアやフィリピンなどにおいては、政策やイデオロギーよりも、いかに地元選挙区に利益を誘導できるか、という政治家個人の力量が重要になっており、選挙自体は活発であっても政党自体は形骸化してきていると語りました。その上で本名氏は、そうした問題を解決するためには、選挙制度を政党本位としたものに改革していく必要があると主張しました。一方で本名氏は、特に民族、宗教などで多様性のある国においては、アイデンティティに基づく政党によって利害が細分化され、国全体の課題解決よりも、それぞれのコミュニティの利益が優先されてしまうと指摘し、「日本人からはなかなか理解することが困難な事情もある」とも語りました。

フェイクニュースに対して、メディアはどう対応すべきか

次に、工藤は、民主主義を揺るがす「フェイクニュース」に対して、メディアはどのように対処すべきかを尋ねると、小松氏は、既存のメディアが真贋をすべて判断することは不可能としつつ、「まず重要なのは、メディア自身がフェイク(誤報)を出さないように心がけること。かつての記者は間接情報に頼らず、自分の目で確かめてから記事を書いていたが、そうした基本に立ち返り、地道に信頼性を回復していくしかない」と述べました。

ジャカルタポスト論説委員のアティ・ヌルバイティ・ハディマジャ氏も、メディアのチェック機能には限界があるとしつつ、「それでも、本当に重要なテーマに対しては、細かくチェックしていかなければならない。それを取捨選択した上で、『何が本当に大切なことなのか』を発信することがこれからのメディアに課せられた責任だ」と語りました。さらに、ハディマジャ氏は、現在は既存のメディアもSNSによる発信を多用しているが、「それだけでは不十分だ。多様な議論を俎上に載せることができるような舞台づくりもメディアには求められている」と主張しました。

民主主義を機能させるためには、有識者の役割と国際的な連携が不可欠

最後に、工藤は「現在、課題解決を可能とするような言論空間がないが、そうしたものは構築できるのか。民主主義を機能させ、活性化させるためには何が必要か」と問いかけました。

参議院議員で、民進党国際局長の牧山弘恵氏は、有権者の意識の転換について提言。2013年に「国民総政治家―税金の使い道はあなたが決める。」という著書を出した牧山氏は、納めた所得税の1%を市民の指定するNPOに助成し、公共部門の運営をゆだねるというハンガリーの制度を紹介。さらに、ノルウェーの中学、高校など国政選挙の度に行われ、大人の投票行動にも影響を及ぼすとされている「スクール・エレクション(模擬投票)」にも言及し、「そのように公式の選挙以外でも国民の意思を表明する仕組みを増やしていけば、民主主義を機能させる一助になるのではないか」と述べました。

上智大学国際関係研究所代表で、元駐米国大使の藤崎一郎氏は、「政党は遠すぎる」、「メディアは分かりやすすぎる」という二つの課題を端的に指摘。前者については、政党と市民の接点は選挙時だけであるのが現状だが、アイデアを公募するなど政党と市民の距離を近づけるための工夫が必要だと語り、後者については、メディアごとに論調が固まって意外性がないため、コラムニストを多様化するなどしてバラエティに富んだコンテンツ作りをしていくことが大事だと語りました。

宮本アジア研究所代表で、元駐中国大使の宮本雄二氏は、「専門家の責任」について主張。そこで宮本氏は、「政治家の仕事とは、『選択すること』だ。では、選択肢は誰が作るのか、といったら、それは専門家、有識者だ」とし、「有識者が責任を果たしていないのだから、政党も仕事のしようがないのではないか」と語り、有識者こそ自省すべきとの認識を示しました。

アジア地域で民主主義を普及・定着させるために作られた「バリ民主主義フォーラム」の主導者でもあるウィラユダ氏は、長い時間をかけてリベラルな政治体制をつくり上げてきた欧米の先進民主主義国家とは異なり、アジアでは民主主義の構築や経済発展、法の支配の確立など様々な課題を同時並行的にこなさなければならないという難しさがあると指摘。そうした困難を乗り越えるためには、アジア各国が国際的に連携し、成功事例を持ち寄り、共有することでそれぞれの民主主義を高めていくことが不可欠だと呼びかけると、居並ぶパネリストは口々に「この『アジア言論人会議』のような各国が相互に学び合う場がこれからも必要だ」という声が上がりました。

会場からの質疑応答を経て最後に工藤は、「民主主義の仕組み自体は各国で出来てきているが、それを機能させるためには絶えずメンテナンスが必要であり、それがないと仕組み自体への否定的な意見が広がってしまう。それは今回の調査結果からも垣間見える」とした上で、「そのためには、ウィラユダ氏の言うように、成功事例の共有が大事だし、宮本氏の言うように有識者の役割も重要だ」と述べ、今後もこの「アジア言論人会議」のような国際的な言論空間を創出していくことへの決意を述べて、セッションを締めくくりました。

民主主義を議論するための国際的な連携をどう進めるか~非公開会議報告(9月5日)

 9月5日、東京都内の国際文化会館で「アジアの民主主義の未来をどう作るのか」をテーマとする非公開会議が行われました。

この会議は、前日に開催された第3回アジア言論人会議「民主主義の試練をどう乗り越えるか」を経て、参加パネリストがこれからの議論に向けた課題を明らかにするために行われたものです。

次回、第4回アジア言論人会議では何を議論すべきなのか

会議では、各国の政党や選挙、民主主義そのものをめぐる現状について、各パネリストから紹介がなされ、それぞれが置かれている状況の違いを浮き彫りにすると同時に、共有している課題があることも再確認しました。

とりわけ、今回の世論調査結果でも垣間見られたような非民主的なリーダーシップを期待する世論の増加をどう考えるか、プルーラリズム(多元主義)をどう実現するか、といったテーマに関しては、「各国が考えなければならない来年以降の重要なアジェンダになる」との指摘が相次ぎました。同時に、各国世論の意識をより精緻に分析するために、「世論調査の設問を民主主義が抱える困難がより浮き彫りとなるように工夫すべき」との意見が出ました。また、年齢別の人口構成上、若い世代の有権者が多い東南アジアのパネリストからは有権者教育についての提言も寄せられました

民主主義を議論するための国際的な連携をどう進めるか

そして、前日の非公開会議や公開フォーラムでも度々議題に上った「国際的な連携の強化」についても改めて話し合われました。そこでは、「ジャーナリスト」や「次世代の政治家」など、具体的な主体を例示した上での連携についての提言が相次ぎ、前日よりもさらに踏み込んだ意見交換が行われました。もっとも、具体的にどのような枠組みを作るか、というアイディアよりも、課題解決の意思を共有する個人がまず集まり、時間をかけて発言者の輪を徐々に広げ、そこから枠組みづくりにつなげていくべき、というように中長期的に連携を進めていくべきとの意見も相次ぎました。

議論を受けて最後に、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、「一歩踏み込んで課題を共有する議論ができたことは大きな収穫だ」とした上で、来年以降の対話に向けてさらなる意欲を示し、2日間の日程で行われた第3回アジア言論人会議を締めくくりました。

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2017年9月6日