[論壇誌12月]民主主義脅かす権威主義…社会の自己変革能力に活路(読売新聞)

 

(2017年12月25日 読売新聞朝刊)

 権威主義国の台頭に、政治的自由や民主主義が脅かされている。関連する論考の多さは、論壇が抱く危機感の大きさを感じさせる。(文化部 小林佑基)

 社会学者の開沼博氏は「『リベラル』論を超えて」(『Voice』)で、自由放任主義と父権主義ならば多くの人が前者に理想を見いだすが、本当にそうなのかと問うた。ネットの発達で人々は自由に発信できるようになったが、逆に罵詈ばり雑言があふれ、争いも増えた。ヒト・モノ・カネの移動も自由になったが、幸福度は比例して上がってはいない。自由を抑圧する父権主義的な政治体制が支持を広げている。そんな例を出し、自由の意義を考察し直した。

 こうした問い直しを迫る大きな要因には、中国の存在がある。統制強化や権力集中が進むのに経済は成長し、社会もそれなりに安定しているからだ。経済学者の猪木武徳氏は、政治学者の北岡伸一氏との対談「這い上がろうとしては滑り落ちた30年」(『中央公論』)で、政治的自由と経済的自由が不可分だとの固い信念が、中国を見ていると揺らいでしまうと吐露。「一般の人たちは我々以上にマーケット感覚をもって、自由にやってい」るとした。また、文化学者の葉匡政氏も座談会「中国における言論への懸念と可能性」(『同』)で、たしかに人民は監視されているが、違法行為をしなければよく、「そんなに敏感にならなくてもいいのでは」と話す。

 だが、国際政治学者の遠藤けん氏は、政治学者の牧原いづる氏との対談「冷戦終結がもたらした理念と力の分散」(『同』)で、中国は国境を越え、人権や安全、環境などの社会基準を、自らの都合に合わせ切り下げ、他国における表現や学問の自由も押し下げていくとした。そんな「切り下げの帝国」が、国際社会を率いることを危ぶんだ。

 自由や民主主義の力は失われたのか。国際ジャーナリストのビル・エモット氏は、国際政治学者の田所昌幸氏との対談「自由民主主義の危機と克服に向けて」(『アステイオン』)で、開かれた民主主義は、自然な競争過程を通じて社会の不平等や権力の集中などが起こるため、危機が繰り返し訪れると話す。それでも、社会全体が自己変革能力を持っていることが、自由民主主義の大きな強みだと強調し、失敗から地道に立ち直り、順応する力があるとした。

 ならば自然に任せればよいのか。全米民主主義基金のクリストファー・ウォーカー氏らは「民主国家を脅かす権威主義国家のシャープパワー」(『フォーリン・アフェアーズ・リポート』)で、民主主義国は権威主義国のやり方を侮らないよう呼びかける。例えばロシアの情報操作の目的は、民主制度の根底にある思想を多面的かつ容赦なく攻撃することだという。また中国の対外世論操作の目的は、国内の抑圧を覆い隠し、共産党に批判的な声をおさえ込むこと。これらはソフトパワーの強化といった甘いものではなく、標的の政治・情報環境に穴を開けようとする「シャープパワー」なのだから、民主主義国は積極的に対策をとるべきだとした。

 先の北岡氏は、中国の政治システムを例示し、政治的自由の重要性を強調。「今こそ我々は、デモクラシーでも立派なリーダーを選べるということを示さなければならない」とし、そうでなければ権威主義国に負けてしまうと説いた。中国研究者の呉軍華氏も「国家モデルをめぐる米中競争の時代」(『外交』)で、権威主義国に対抗するには、民主主義国が直面している問題を解決し、政治・経済の再活性化を図り、民主主義の魅力を再び示す必要があるとする。問われているのは、自身のあり方だとした。

 論壇の危機感は、日本の社会全体に共有されているのだろうか。年が明けても考え続けなければならないテーマだろう。

          ◇

  [私の3編]

 〈1〉メリッサ・S・カーニー「政府は格差にどう対処していくべきか―アフター・ピケティ」(『フォーリン・アフェアーズ・リポート』12月号)

 〈2〉ネル・アーヴィン・ペインター(取材・構成 大野和基)「アメリカ『分極化』の影」(『Voice』1月号)

 〈3〉木村忠正「『ネット世論』で保守に叩かれる理由」(『中央公論』1月号)

 

【 ポピュリズムと格差の関連は…久米郁男(早稲田大教授・ 政治学)】

 論壇での格差を巡る議論は下火になった感があるが、論争と研究は続いている。

 〈1〉は、世界的ベストセラーとなったピケティ著『21世紀の資本』の評論集『アフター・ピケティ』への書評の形をとったエッセーである。トップ層への富の集中の原因と帰結に関する研究は進展しているが、富の集中が民主主義に対して持つネガティブな影響が十分に明らかにされていないとする。大きな富を手にした富裕層が、その影響力を駆使して地位と特権を維持しうるという見方は単純に過ぎ、米英の市民がエリート階級を明確に拒絶した「ポピュリズム」の台頭を格差との関連で解明すべきとする。

 〈2〉は、「白人なるもの」が歴史的に作られた事を示した『白人の歴史』の著者へのインタビュー。トランプ大統領の当選の背景に、「白人が犠牲者である」という意識の広まりを見る。白人のための「アイデンティティ政治」の出現が、アメリカの分極化をもたらしているとする。

 〈3〉は、過激な言説に注目が集まる日本のネット世論を実証的に分析し、そこに少数派・社会的弱者への非寛容が強く見られる背景に「非マイノリティポリティクス」の出現を見る。「マジョリティ」として満たされていないと感じる人々が、「マイノリティ」が利益や権利を得ることの「公正さ」に異議を唱える場として、ソーシャルメディアが機能しているとする。

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2017年12月25日